「ここから先はGBA関係者以外、立ち入り禁止だ。お引き取り願おう」
「だから何度も言ってるだろ! マサムネ会長に会わせてくれって!」
「会長はお忙しい。出直したまえ」
「くっ……!」
GBA関係者用通用口から侵入し、マサムネ会長に直接会おうとした俺だったが、すぐに黒服のボディーガードに見つかり、行く手を阻まれてしまった。
当然といえば当然だ。
事情を説明しても会長に取り次いでもらえる気配はない。
黒服の男は訝しげに俺を見下ろした。
「第一、なぜそこまで会長に会いたがる? 何か事情があるのか?」
「それは……」
言葉に詰まる。
クロノギアス。
歴史改変。
未来の記憶。
そんな話をいきなりしたところで信じてもらえるはずがない。
まして今の俺は子供だ。
妄想癖のあるガキだと思われて終わりだろう。
ならば――。
必要最低限の情報だけを伝えて立ち去る。
それが一番賢明だ。
「君も今日の日本代表戦の出場コマンダーだろう? こんな所で油を売っていないで、ギアフォースの整備でもしていたまえ」
「ねぇ、おじさん。紙とペン持ってる?」
「あぁ? 仕事柄持ってはいるが……」
「貸して」
男からメモ帳とペンを借り取る。
そして素早く一つのマークを描いた。
四つに割れた時計。
時間を破壊し、歴史を歪める秘密結社。
クロノギアスの紋章。
描き終えると、俺はメモ帳を男へ突き返した。
「これ、マサムネ会長に渡して!」
男は怪訝そうな顔でメモを受け取る。
そして内容を見た瞬間――
表情が変わった。
何も言わない。
ただ、その紋章をじっと見つめている。
数秒。
沈黙。
「……これは、なんなんだ?」
「この刺青をした人間に気をつけて!」
俺はそう言い残し、踵を返した。
これ以上ここにいても仕方ない。
今は一人でも多く危険を知らせる方が先だ。
「じゃあね!」
そう言って俺は走り去った。
⸻
キョウヤの姿が完全に見えなくなったのを確認すると。
黒服の男はゆっくりと口元を吊り上げた。
「ククク……」
その笑みは先ほどまでの警備員のものではない。
獲物を見つけた捕食者のような笑みだった。
「またあの少年……常磐城《ときわぎ》キョウヤか」
男は手元のメモを見つめる。
四つに割れた時計。
クロノギアスの紋章。
何故だ。
何故この少年は我々の正体を知っている?
いや――それ以上に。
「何故、お前は我々がこの大会に潜入していることを知っている?」
男の瞳が細められる。
「何故、ターゲット抹殺計画まで知っている?」
しばし沈黙。
そして男は小さく呟いた。
「……ホログライド解除」
その瞬間。
男の姿が揺らいだ。
まるで蜃気楼のように輪郭が歪み、別の姿へと変貌していく。
光の屈折を操り、幻覚を見せるギアフォース――ホログライド。
その能力による変装だった。
現れたのは。
シルクハット。
サングラス。
黒いローブ。
そして右腕には四つに割れた時計の刺青。
クロノギアスの一員。
ヴェザー。
「どうやら面白い砂利が紛れ込んでいるようだな」
その時だった。
コツ。
コツ。
静かな足音が廊下に響く。
「何を浮かれているの、ヴェザー?」
振り返る。
そこには黒いロングパーカーを纏った白髪赤眼の少女が立っていた。
全身から殺気を漂わせるその姿は、年齢に似合わぬ威圧感を放っている。
「おーおー、幹部殿じゃありませんか。今日も可憐なお姿で」
「相変わらず減らず口の減らない男ね」
「口の上手さと顔の良さだけでここまで生き残ったもので」
少女は冷ややかな目でヴェザーを見つめる。
「私はお前の仕事ぶりには一定の信用を寄せている」
そこで言葉を切った。
そして。
「人間性については一切信用していない」
左目を覆う眼帯を指差す。
「私の左眼に嘘は通用しないわ」
「相変わらず手厳しいね」
ヴェザーは肩を竦める。
しかし彼女は気にした様子もなく話を続けた。
「私は大会参加者として潜入し、プローブとなるコマンダーの観測を行う」
プローブ。
クロノギアスが将来ギアボーグ化する候補者に与える呼称。
有望なコマンダーたちは、彼らにとって研究対象でしかない。
「ヴェザーはターゲットの抹殺」
少女の赤い瞳が細まる。
「分かっているとは思うけど――」
「クロノギアスに失敗は許されない」
ヴェザーは言葉を引き継ぎ、不敵に笑った。
「分かっておりますとも……闇狃《あんな》様?」
闇狃《あんな》。
それがクロノギアスの幹部を務める少女の名前のようだった。
闇狃《あんな》とヴェザー。
二人の影が交差する。
歴史の闇に潜む怪物たち。
その視線の先には、日本代表戦の舞台。
そして――常磐城《ときわぎ》キョウヤ。
かつてない波乱の幕が、静かに上がろうとしていた。