IS インフィニット・ストラトス ~胡蝶の夢~   作:おおがみしょーい

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第十話 姉妹

 明次と撫子がIS学園に所属して既に1週間近い時間が流れている。

 ここまで来ると、当初の騒動はだいぶ落ち着いてきた印象になっていた。

 もちろん今でも注目の的ではあるのだが(男性操縦者と擬人化となった初のISのペアなのだ、注目を浴びないわけがない)、それもやはり当初に比べればだいぶ静かになった方だ。

 そこはやはり、エリート集団――というか、常に非日常に身を置いているIS学園の生徒達だからということもあるだろう。

 

「…………」

 

 そんな落ち着きを取り戻したIS学園の一年生寮の一室に早朝、忍び込む影がひとつ。

 ラウラ・ボーデヴィッヒだ。

 もちろん忍び込んだのは一夏(と明次)の部屋。

 前回の成功から更識楯無のトラップが強化されたと見えて一週間ぶり(今月)三回目の侵入成功であった。

 しかも今朝は意気込みが違った。それは服装からも見て取れる。

 お気に入りの“黒猫さんパジャマ”での初チャレンジ――故に、覚悟の度合いが今までよりも一段、グレードアップしているのだ。

 

「ふん、この“黒猫さんパジャマ”を傷つけるわけにはいかん……不退転のこの決意、貴様のトラップを上回ったぞ! 更識!」

 

 ラウラは一夏(と明次)の部屋に降り立って達成感にぐっ、と握りこぶしを固め侵入口である天井についている換気扇を見上げる。が、格好が“黒猫さんパジャマ”なのでなんとも締まっていない。

 

「ふん、まぁいい……これで阻むものは何もない。嫁との逢瀬を堪能するとするか」

 

 そう言いながらベッドに近づこうとしたとき、

 するり、

 と、ベッドの中から腕が伸びてきてラウラを絡め取った。

 

「なっ!」

 

 流石に不意をつかれ、布団の中に引きずり込まれるラウラ。

 

「くっ、不意打ちとは……だが、今日は随分と積極的じゃないか、いいだろう一夏。嫁の激情を受け止めるのも夫である私の役目、全て受け入れて見せよう!」

 

 そう瞬時に思考を切り替えると、絡みついてきた腕の先の人物をラウラは抱きしめた。

 

 ふに――

 

 一夏とは――というか、男性とは思えない感触がラウラの腕の中に広がる。

 

「むっ」

 

 ラウラは真っ暗な布団の中で二度、三度と腕を動かす。

 

 ふに―― ふに――

 

「やぁん……くすぐったいです~」

 

 そんな声と共に鼻腔をくすぐる甘い少女特有の香り。

 

「まさかっ!」

 

 ラウラは思いっきり身体を起こすとそこには、ラウラの首からぶら下がるように抱きついている撫子がいた。

 

「くっ、ベッドが違ったのか」

 

 そう言って視線をもう一つのベッドにはしらせるが、そこは既に畳まれた布団が置いてあるだけだった。

 

「くう……まさか、今日はトレーニングの日か……ぬかった……」

 

 悔しそうに顔を歪めるラウラ。

 一夏はここ最近、定期的に早朝のトレーニングに出ている為、空振りになる日もあった。しかも直近はかなりの頻度でトレーニングを行っている様子もある。

 ともあれ、そうなるとラウラ的にはもうこの部屋には用はない、撫子を寝かせて自らの部屋に戻ろうかと思い、撫子の腕をそっと外そうとすると、

 

「いや~、マスター、いっちゃ、やです~……」

 

 撫子は一層強くラウラの首に手を回してきた。

 

「む、むう……」

 

 少女の思わぬ拘束に、動くに動けず固まるラウラ。

 動かなくなったのを確認して安心したのか、撫子はまたすぅすぅと静かな寝息を立てる。

 その愛らしさにラウラの心が撃ち貫かれる。

 

「ま、まぁ、保護者がいないのではしょうがない……これも遠くない未来に一夏との子を抱く練習だと思えばたやすいことだ」

 

 そういうと、ラウラは静かに撫子を抱きしめ、そっ、と布団に潜り込む。

 

「うぅん……マスター……」

 

 撫子の寝言に小さく微笑むラウラ。

 

 黒猫と少女は布団の中でひとつに丸まるように再び微睡みのなかへと戻っていった。

 

 

―――――

 

 

「くはっ――はっ――はっ――」

 

 荒い息を吐きながら一夏は早朝の公園を走っていた。

 ここはIS学園内にある自然公園。

 部活に入っていない一夏は早朝こうしてこの公園内を走ることで朝のトレーニングとしているのだ。

 しかも、ただ走っているわけではない。腰にタイヤをぶら下げて、それを引きずりながら走っている。さらに言うなら、そのタイヤの上はに少女が一人、胡座をかいて座っている。

 

「ほら~、一夏くん、ファイト、ファイト~」

 

 タイヤの上の少女からメガホンで一夏に声援が送られていた。

 声援を送っているのは――IS学園生徒会長・更識楯無である。

 楯無はタンクトップの上に大きめのTシャツを羽織り、下はホットパンツというかなりラフな格好で一夏に声援を送っていた。

 楯無は一夏との接触後、たびたび生徒会長の職権を濫用して一夏のトレーニングに参加している。一夏としても生徒の中で最強であろる更識楯無とのトレーニングは望むところではあるので、こうして付き合ってもらっていることも多い。

 そしてもう一人――

 

「織斑くん、最後の一周タイムが落ちてるよ」

 

 一夏のとなりを自転車で併走しながら、もうひとりの少女が一夏に声をかける。

 大きなメガネが特長だが……タイヤの上にいる楯無とどことなく雰囲気が似ていた。

 更識楯無の妹、更識簪である。

 簪も動きやすいTシャツにスパッツという出てだちで、時計を見ながら都度都度、一夏に声をかけている。

 

「――ふぅん」

 

 一夏に所々に声をかける簪の姿に、楯無はにんまりと人の悪い笑顔を顔に覗かせる。

 

「な、なによ、お姉ちゃん」

「いや、べっつに~、最近トレーニングの参加にやけに積極的だなぁと思ってね」

「わ、私は別に――ダイエットのついでに……」

「ほっほう~、ダイエット――誰のためになのかなぁ」

「それは……その……って、もう! お姉ちゃんのいじわる!!」

「ははは、ごめん、ごめんってば、簪ちゃ~ん」

 

 後ろで更識姉妹がじゃれあっているが、一夏はそれどころではない。

 軽いとは言え――重いなんて口が裂けても言えない――楯無という人間一人を引きずりながらこの30分延々と公園を走り続けていた、肺が破裂しそうなくらいに熱い。

 

「ほらほら、あと少しだよ~、終わったらお姉さんが懐で温めておいたミネラルウォーターのペットボトルをプレゼント~」

「ちょ、ちょっとお姉ちゃん、どっから出してんのよ!」

 

 そんな姉妹の声に、

 

「がああああ―――――」

 

 一夏は最後の力を振り絞るように足に力を込めてゴールを駆け抜けた。

 

 

―――――

 

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 

 一夏が芝生の上に大の字に寝転がり荒い息を吐く。

 

「織斑くん、大丈夫?」

 

 簪が気遣うようにミネラルウォーターのペットボトルを差し出す。

 

「さっきまで私の懐に入ってた、私の体温をたっぷり含んだ一本よ。どこに入ってたか、みたい?」

 

 楯無がホットパンツとTシャツをまくろうとするのを、

 

「もう! お姉ちゃんうるさい!」

 

 簪が止める。

 

「はいはい、ごめんなさ~い」

 

 楯無は軽い調子で謝る。反省は……まるでしていない様だ。

 

「……ありがとうございます」

 

 一夏は更識姉妹のやり取りは無視して、身体を起こしてペットボトルの水を喉に流し込む。

 楯無があっためていたかどうかは知らないが、確かに温くなっている。が、こんなふうに身体が熱くなっているときは冷たい水よりも、これくらい人肌にぬるくなっている方が身体にはいい。

 そんな様子を興味深そうに見ていた楯無が、

 

「最近、一夏くん随分とトレーニングに熱心よね、なんかあった?」

 

 問いかけてきた。

 

「え? いや、なんかちょっと、気合入れないとなぁって思って」

「ふうん――」

 

 一夏は楯無の問いかけに無難な答えを返すが、楯無はその答えに納得が言っていないのか微妙な返事をする。

 そんな時、

 

「あれ? あっちに誰かいますね。あれは……」

 

 簪が声を上げる。

 その言葉に二人が簪の視線の先に目をやると、ひとつ向こう側の広場に全身を汗で濡らした明次がいた。

 

「あれ? 明次じゃん」

「式部地さん……でしたっけ?」

「ほうほう、あれが噂の“二人目”ね」

 

 明次を見た楯無は扇子を口に当ててニヤリと笑う。

 

「直接見るのは初めてだけど……ふ~ん、相当“やって”るね、彼」

「あ、やっぱりわかりますか?」

「まぁね、伊達に学園最強名乗ってないわ、それくらいは躰つき見ればわかるでしょ」

「でも、汗びっしょりですね、どうされたんでしょう」

「多分、外を走ってたんじゃないかな。俺が起きてこっち来た時にはもういなかったからな」

 

 そんなふうに話していると、息を整えた明次がすぅっ、と息を吸い、姿勢を正すのが見えた。

 

「何かやるね」

 

 それを見た楯無が興味深そうに小さく笑う。

 

 明次は三人に気づいているのか、いないのか。すくなくても三人には目もくれずに息を整える。

 そして丹田の辺りで明次は右掌と左掌が交差するように重ねた。右掌が上、左掌が下だ。

 揃えられた足が左右に開き、掌が拳となって両脇に下がる。

 次の瞬間、左拳が目のも止まらぬ速度で前に突き出され、そして引き戻される。次が右拳。

 鋭く、疾い動きだ。しかし、硬さがない。動作一つ一つは刃物のように鋭いのに、それを包み込むのは柔らかな動きだ。柔らかいくせに、力で満たされている。

 

「はあっ!!」

 

 鋭い気合の声が、明次の口から(ほとばし)る。

 

「楯無さん……あれって」

壱百零八手(スーパーリンペイ)だね」

「え? え? スーパー? 英語?」

 

 明次の動きを見ていた一夏と楯無が同じ結論に達するが、簪一人が取り残されている。

 

「ああ、違うんだ、スーパーリンペイっていうのは空手の“型”の名前なんだよね」

「そうそう、因みに英語じゃなくて沖縄の言葉ね。壱百零八手って書いてスーパーリンペイ。其の“型”の中に108の技が入っているからこの名前になってるの」

「へぇー、なるほどね。それにしてもなんか踊ってるみたい――綺麗……」

「綺麗か……そうだな、確かに綺麗だな……」

 

 こと格闘について無知な簪の感想は、逆に適格に明次の動きを表しているといってもいいかもしれない。

 確かに明次の動きは美しかった。一つ一つの動きに乱れがなく、まるで舞を舞っているようにも見える。

 そんな時、簪が声を上げる、

 

「あれ? なんか変わった」

「あれは……」

平安(ピンアン)ですね」

 

 次の型に移行した明次の動きを楯無と一夏は追っていく。

 明次の身体が、次々に動き、拳が、掌が、足が前や横、四方に打ち出され蹴られてゆく。

 正拳、貫手、猿臂(肘)、一本拳、裏拳――

 攻撃と受けが一体となっている。

 激しく、疾く、そして、美しい。

 明次さらに安南(アーナン)十三(セイサン)と“型”を続けてようやくその動きを止めた。

 

「終わった?」

 

 簪がそれに気づき声を出すが、

 

「いや、まだやるみたいね」

 

 楯無が明次の裡の気配に気づいて首を横に振る。

 

 楯無の言うとおり、明次がまた動き出した。

 今度は先程とは一転してとてもゆっくりと動き始めた。

 明次を包む早朝の夏の空気を取り込むように、全身を広げてゆるゆる、ゆるゆると動いている。

 身体全体で円を描くように動いている。

 舞の様だった。

 先程もそんな印象を見るものに与えたが、こちらの方が更にその印象が強い。

 公園にかすかに吹いている風と同じ速度で、明次の身体が大きく動く。そしてその中に時折、鋭い刃物のようなきらめく動きが交じりはじめる。

 公園の景色に明次の身体が溶け込んでいっているようだった。

 

「楯無さん、あれって……太極拳……ですよね?」

「そうだね、その中の陳家太極拳の老架式だね」

「え? 太極拳って事は、中国の? もう空手じゃない?」

「そうみたいね、随分と芸達者だこと」

「いや、それ楯無さんだけはいっちゃダメっすよ?」

 

 三人がそんなことを話していると、いつの間にか明次の動きは止まっていた。

 

 ――ひゅうぅぅぅ

 

 明次が大きく息を吐きだしたのがわかった。

 

「ふふん――」

 

 それを見た楯無が口元に笑みを浮かべた。

 

「なるほどね、一夏くん。一夏くんが本気になった原因わかった気がしたわ」

「え?」

「……」

 

 楯無の言葉に簪は疑問の声を、一夏は肯定の沈黙を返した。

 

「ふふ、いいじゃない。その気持ちわからなくもないわ、“武”を収める人間としてはね。だから――」

 

 そう言って楯無はおもむろに立ち上がり、

 

「私も試してみたくなっちゃった」

 

 にやりと笑った。

 

「え?」

「お姉ちゃん、なにいって……」

 

 一夏と簪が疑問の声をあげようとした時、

 

「おはよう! 式部地くん!」

 

 楯無は大声で明次に声をかけていた。

 その声にゆっくりと明次が振り返る。

 

「おはようございます……更識先輩。おはよう、一夏。それと……そちらは初めましてかな?」

 

 楯無の声に驚くこともなく明次は挨拶を返す。

 

「へぇ、私のこと知ってるんだ」

「それは、まぁ、この学園の“顔”ですからね。先輩は」

「ふふふ、ありがとう。あとその様子だと、私たちが見てたのは気づいてたみたいね」

「そりゃあ……だってそちらも隠れてたわけじゃないでしょう?」

「まぁ、そうなんだけどさ」

 

 明次と楯無のやり取りを、一夏と簪はぽかんと眺めている。急な展開に思考がついていけてないのだ。

 

「で、さ、式部地くんの方はウォーミングアップは終わったのかな?」

「ええ、一通りは……」

「そう、じゃあさ……」

 

 そう言いながら楯無は明次のいたずらっぽく覗き込むと、

 

「――ちょっと遊ばない?」

 

 そろり、と言った。

 楯無の言葉に、明次の顔にあの、あるかなしかの笑が広がる。

 

「更識先輩がお相手してくれるんですか?」

「もちろん――魅力的でしょう?」

「ええ、とっても――」

「――じゃあ」

「――じゃあ」

 

 二人は同時に、

 

「決まりね……」

「決まりましたね……」

 

 そう言って、にやりと笑った。

 

 明次と楯無はそろり、そろりと言葉を交わしていた。

 言葉を交わすたびに二人の間の空気がぴりっぴりっ、と張り詰めていくのがわかる。

 

「一夏くん!」

「え? ――っわっぷ」

 

 名前を呼ばれて我に返った一夏の顔に、楯無が脱ぎ捨てたTシャツが被さる。

 

「どお? いい匂いでしょ? それお姉さんのお気に入りだからちゃんと持っててね」

 

 楯無はタンクトップとホットパンツという動きやすい格好になると、歩き始める。

 

「ちょ、ちょっと、お姉ちゃん!!」

 

 そんな楯無の背中に簪が声をかけるが、もう楯無は前しか見ていなかった。

 

 明次も楯無と同時に歩き出す。

 互いに早くもなく、遅くもない歩みだ。休日公園をブラブラと散歩をしている、そんな速度で互いに距離を縮めていく。

 

「何にしましょうか?」

 

 歩きながら明次が楯無に声をかける。

 

「私はね生徒会長。つまり学園最強。なんでもいいわよ」

 

 その言葉に、楯無が返す。

 

「その返答、男を困らせる返しNO1ですよ?」

「この返答に粋な返しをしてこそ“いい男”よ?」

「なるほど……じゃあ、大履(だいり)対打(たいだ)散手(さんしゅ)を順番で――というのは如何ですか?」

「ふふ、いいところついてくるじゃない、それで決まりね」

 

 会話の最中も二人の歩みは止まらない。

 二人の距離はどんどんと近づいてきている。

 

「じゃあ――」

「じゃあ――」

 

 一歩一歩と互の射程距離に入っていく。

 

 そして、

 

「ひゅっ――」

「しゅっ――」

 

 互の間合いに入ったと同時に、二人は鋭く息を吐く。

 

 明次と楯無の身体が交差した。

 

 




 更識姉妹の登場です。
 個人的にはデレる前の楯無先輩が一番好みだったりします。

 いいですよね、あのつかみどころのない感じが。
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