IS インフィニット・ストラトス ~胡蝶の夢~ 作:おおがみしょーい
朝の食堂。
比較的早い時間の為だろう、生徒の数は少なく、騒がしさもさほどではない。
そんな穏やかと言っていい朝の時間、明次は撫子と向かい合い朝食をとっていた。
「はむっ! ふわ~、おいしいです~」
撫子は生クリームと季節のフルーツ(ブルーベリー、バナナ、ラズベリー)をたっぷりと散らした、おばちゃん特製の『ふわふわフレンチトースト』をフォークでほおばると、頬に手を当てて声を上げる。
「そうか、よかったね。撫子」
そんな撫子を微笑ましそうに眺めながら、明次は明次で自分の前の純和風の朝食を次々腹の中へとおさめている。
炊き立ての白ごはん(ドンブリ)、季節の新キャベツと豆腐の味噌汁(ドンブリ)、いい塩梅に焼けた鯵の開き(2枚)、おしんこ、茄子の田楽、冷奴、生卵、キンピラ、ヒジキ、鶏ササミの照り焼き、海藻サラダ(ボール一杯)。
朝は他の時と比べればまだ常識的な量の様だが……それでもゆうに常人の2倍以上はあるだろう。
しかし、そんな明次の非常識な食事の量にも慣れたもので、今では朝の挨拶がてらに生徒達が、
「おはよう、式部地くん。お、今日のお味噌汁はキャベツかぁ」
「式部地くん、おはようございます。あ、今日のお魚は鯵なんですね。うふふ、楽しみです」
「おはっよー。げっ、茄子かぁ……私、茄子苦手なんだよなぁ……今日はパンにするかー」
こんなふうに朝のメニューの探りを入れに来るくらいだ。
そしてもう一つ新たに加わった食堂の名物、それは、
「おっはよう、撫子ちゃん! あ~、朝からそんなもん食べちゃって~、羨ましいなぁ」
「おはよう、式部地くん、撫子ちゃん。あら、フレンチトースト美味しそう……でも、私昨日の夜にケーキ食べちゃったからなぁ」
「おはよ~、お二人さん。あ、目玉焼きおいしそう~、わたしは今日はパンにしよ~」
明次と共に食事をしている撫子の存在。
撫子の存在も既にIS学園に溶け込んでいる。そして、その食事風景も。
そう、撫子もマスターである明次同様、その小さく華奢な身体からは想像出来ないほどに食べるのである。
因みに今日の撫子の朝のメニューは、前段のフレンチトースト(2皿目)、目玉焼き、ポーチドエッグ、ベーコン(こんもり)、ソーセージ(たっぷり)、ハッシュドポテト、グリーンサラダ、オレンジジュース、フレッシュフルーツ(いっぱい)である。
これには意外な効果があった。
IS『藤袴』の待機状態での修復能力効率が爆発的に上がったのだ。
ISに備わっている、通常の修復能力に加えて、外部からエネルギーを取り込んでいるためだとは考えられるが……
――人間が摂取する有機物と同じものがISのエネルギーになるなど……ある意味エネルギー革命だぞ……
とは、ラウラの談である。
まぁ、そんな理論的なところはともかくとして、男らしく旨そうに食べる明次と愛らしく美味しそうに食事をする明次と撫子はいまや食堂の名物になりつつあった。
「ほら、撫子。クリームが付いてるよ」
「ん~……えへへ。ありがとうございます。マスター」
唇の端についたクリームをナフキンで拭ってもらい、にへらと笑う撫子。
そんな二人の席に、
「おはようございます。お二人共……朝から仲がよろしいこと」
セシリアがお盆を持ってやってきた。
「やあ、おはよう。オルコットさん」
「おはようございます」
明次と撫子がセシリアに挨拶をする。
「……一夏さんは今日もいらっしゃらないのですね」
残念そうにつぶやくセシリアに、
「何か最近、朝のトレーニング終わったらラボに行ってるみたいですよ。更識会長のご指名だとかなんとか……」
「むっ、更識楯無先輩ですか……」
明次の言葉にセシリアの形の良い眉がピクリと動かすと、
「……一体どう言うつもりかしら、私の一夏さんを朝から連れ回すなんて……」
ブツブツと小さく独り言をつぶやいた。『私の』という部分にさりげない強調が見える。
「更識会長か……まぁ、なんというか、つかみどころのない人ですよね」
「その評価はわからなくもないですが……先輩もあなたに言われたくはないと思いますわよ?」
そんなセシリアの言葉に小さく肩をすくめる明次。
因みに、楯無と一手まじえてから、既に二日が立っている。
「まぁ、いいですわ。あとで本人から直接聞きます。取り敢えずご一緒させていただいてよろしいかしら?」
セシリアはそう言うと撫子の隣に音もなく滑り込み、テーブルにお盆を置く。
セシリアの朝食はシリアルにサラダ、野菜スープとグレープフルーツジュースに紅茶と年頃の女の子らしくヘルシーに整えられていた。
そして三人が食事を再開しようとしたとき、
「あ! いたいた! 大変、大変だよ二人とも! 寮の前の張り紙みた?」
シャルロットが食堂に飛び込んできた。
「おはよう、デュノアさん」
「お、おはようございます……」
「どうしたんですのシャルロットさん。そんなに慌てて……」
そんなシャルロットに三人は朝の挨拶を言う。撫子が若干ぎこちないのは、未だに初日のトラウマが取れないかららしい。
「ふん、お前たちはこれを知らないからそんなふうに余裕な顔をしていられるのだ」
「あれ? ボーデヴィッヒさんも」
シャルロットの後ろから、ラウラが出てきて言う。
「まぁ、取り敢えずこれを見ろ」
「まったく、あの会長何考えてんだか……」
いつの間にか箒や鈴も来ていて、一夏と簪以外の一年の専用機持ちが集まることになっていた。
「えっと――なになに?」
「第2回 一年生限定タッグマッチトーナメント 開催のお知らせ?」
箒から差し出された張り紙を見た明次とセシリアが、張り紙を読み上げる。
「――先のトラブルで途中中断となった、タッグマッチトーナメントを再び開催。新たな専用機も現れて、この混沌とした戦場を勝ち上がるのは誰だ……」
「優勝者にはとっても素敵な賞品をプレゼント。賞品は後日、楯無会長より発表……いったいなんなんですかこれは?」
明次とセシリアは差し出された張り紙を読み上げて首をかしげる。
「読んで字の如し。この前のタッグマッチを再び行うという事なのだろうが……問題は主催が学園側ではなく、あの更識会長という事だ」
「あの先輩の事だから、賞品ってのも、いろんな意味でとんでもないモノ用意してるわよ。絶対」
箒と鈴がそんな二人に答えると、二人も納得したように、なるほどと頷く。
「あの更識会長が用意する賞品ねぇ……ちょっと興味あるなぁ」
「ふん、どうせ碌なものではありませんわ」
「マスター、マスター。賞品って美味しいですか?」
そのような感じで専用機乗り達が集まっているところに、
「ふっ、みんな、集まっているようね!」
食堂の入り口から声がした。
皆がその声に振り返ると、そこには一夏の両肩に乗って仁王立ちしている学園最強・更識楯無その人がいた。因みに身内の所業が恥ずかしいのか、簪は一夏の陰に隠れている。
「……一夏、何やってんの?」
変形肩車の様な状態で楯無を担いでいる一夏に、明次がつっこむ。
「あー、なにやってんだろうな……」
明らかに言いくるめられたか、丸め込まれたのだろう。一夏が何かを諦めたような顔で、明次のつっこみに答える。
「はい! 一夏くん、肩落とさない! そして、上も見ない! お姉さんの下着が知りたいならあとで教えてあげるから!」
「いや、おれは別に――ぶへっ!!」
そう言って思わず声のする方――つまりは上方へ顔を上げようとした一夏に、
「は~い、だから上みな~い」
楯無が落とした扇子が当たる。
「な! 不潔ですわ一夏さん!! 婦女子の下着を覗こうなんて!!」
「貴様、下着が見たければ夫である私のを見ろ!」
「不埒なヤツめ……恥を知れ!!」
「も~、あんたいい加減にしなさいよね」
「……一夏のえっち……」
その行為を見咎めたセシリア達から一斉砲火が一夏に襲い掛かる。
「ひ、ひでぇ……」
「り、理不尽すぎる……」
一夏と明次がそれぞれ呟くが、そこは圧倒的数の暴力にかき消されていく。
「で、一体全体、先輩は何の用なんです」
いち早く気を取り直した鈴が楯無に向かって問いただす。
「みんな、私の作った張り紙を見てくれたみたいだからね……闘争心に火を付けてあげようかなって思ってさ」
「ふん、よけいな御世話だ。我々は各国の代表候補生。貴様にそんなことをされずとも、心に火は
楯無の言葉にラウラが腕組みをしながら言い放つ。
「ふっふ~ん、そんな事言っていいのかなぁ。皆がとっても欲しがっている賞品を用意したんだけど……」
「――ッ!! まさか、黒猫さん、白猫さんに次ぐ『猫さんパジャマ』の存在があるとでもいうのかッ!!」
「……いや、ラウラ。たぶん違うからね。落ち着こうね」
再び挑戦的に放たれた、楯無の言葉に勝手に動揺するラウラ。そして、それをなだめるシャルロット。
「ああっん! もう、話が進みませんわ!! 更識会長もさっさとおっしゃってください!」
「そうね、時間もないし、ちゃっちゃと言っちゃおうかな」
そういうと、楯無は手に持った扇子をばっ! と広げると、
「優勝ペアには夏に行われる臨海学校で泊まる部屋の相手を自由に決めれる権利をプレゼント~~。もちろん、部屋は二人部屋よ」
にやりと笑いながら言い放った。扇子には『相部屋』という文字。
――っ!!!!!!!!!!!!!
女性陣の身体が電流を流されたかのようにびくり、と跳ねる。
簪も同じ反応をしているという事は、楯無からは聞いていなかったのだろう。
「さぁて……みんなは誰と一夜を共にしたいかなぁ~」
楯無の言葉に、瞬間、女性陣が一斉に視線を交わす。
思考。
駆け引き。
情念。
恋慕。
その刹那の間隙に、乙女たちは閃きの様な思考を巡らせる。
(これは一夏と一晩ともに過ごすという、またとないチャンス!)
(ふ、ふん。他のメンツが一緒では落ち着かぬだろう。ここはかつて相部屋をしていた私が一肌脱ごうではないか。も、もちろんこれは一夏の為だ)
(あっ……そんなっ……ダメですわ一夏さん。でも、私、一夏さんなら……)
(夫婦である我々が同じ部屋で寝泊まりするというのは、なんら不自然なことはない。故にこれは夫婦が歩むべき道の第一歩というわけだ)
(え? 一緒の布団で寝たいの? もう、そんな、でも……いいよ。ふふ……一夏のえっち……)
(お、お、お、織斑くんと相部屋!? そんな、そんな……で、でも、もしかして、もしかしちゃったら……)
全員くねくねと身をよじらせながら、妄想に身を躍らせる。が、そこは代表候補生。すぐさま勝つための思考に切り替わる。
(ここは一夏と組んで優勝するっていうのがベストだよね)
(果たして他のペア相手に勝ち抜けるか……勝てなければ折角ペアを組んでも奪い取られてしまう。が、しかし、此処で引くわけにもいかん)
(私の『ブルーティアーズ』と一夏さんの『白式』との相性は抜群です。たとえ強敵相手でも粉砕して見せますわ)
(前回タッグを組んだ僕たちなら、問題ないよね)
(ふん、嫁はじゃじゃ馬だが、夫である私が面倒を見よう)
「「「「「 一夏(さん) 」」」」」
五人が一夏の名前を呼ぼうとした時、
「あ、そうそう言い忘れてたけど。今回、一夏くんのパートナーは簪ちゃんで決まってるんで、そこんとこよろしく」
楯無が何かを見透かしたようにふふん、と笑って言う。
「「「「「 なっ!? 」」」」」」
「一夏くんはここ数日、簪ちゃんの『打鉄弐式』の調整を手伝ってくれて、そのおかげもあって簪ちゃん専用IS『打鉄弐式』は完成した。だから、今回初陣の『打鉄弐式』のパートナーにはちゃんとそれに携わってた人がいいと思うのよねぇ~」
セシリア達の顔が驚愕に彩られる。
「ほ、本当なんですか? 一夏さん」
絞り出すようにセシリアが問いかけると、
「ん? ああ、さっきそう言われてさ。まぁ、そういわれればそうかなぁと思って、さっき簪と組んだぜ」
あっけらかんとした一夏の答えが返ってきた。
――先手を取られた!!
全員が同じ思いに駆られる。
が、ここで異議を申し立てても見苦しいだけだし、なによりもこれで勝負が決まったわけではない。
自らの目標を達成するには何が必要か――
いち早く動いたのは、シャルロットだった。
「ラウラ!!」
「むっ、な、なんだ!?」
シャルロットは勢いよくラウラの方を振り向いて、ガシッと両肩をつかむと、
「僕と組もう」
ラウラの瞳を見つめながらそういった。
「え? い、いや、私には嫁が……」
いきなりの提案に戸惑うラウラを、
「大丈夫だよ、ラウラ。何の問題もない……僕らが勝てばいいんだ……僕ら二人で勝ち取るんだ……ね」
シャルロットは一言一句、力を込めてラウラに言い聞かせる。
「僕らが勝てば、賞品は僕らのものだ……でも、勝てなきゃ僕らの欲しいものは手に入らない……ね」
「……」
一瞬の沈黙のあと、
「……わかった。夫である私以外と組んだ不貞の嫁に鉄槌を下さねばなるまいな」
その瞳の強さに説得されるようにラウラが小さく頷いた。
(くっ!?)
(シャルロットとラウラが組んだ!?)
(こうなりますと私は残る専用機の鈴さんと組むのがベスト!)
「鈴さん、私と――」
「式部地! あんた、私と組みなさい!!」
セシリアが声をかけるより先に、鈴が明次に向かって言い放つ。
「なっ!」
「え? は?」
絶句するセシリアと戸惑う明次。
「私は戦ったあんたのこと、結構買ってるのよ。だから、今回はパートナーとして組んであげる。嬉しいでしょ?」
鈴はなんとも偉そうに薄い胸をそらして明次に目を向ける。
「え? まぁ、別に断る理由もないし……了解、こちらこそよろしく、凰さん」
「ふん、当然よね――勝つわよ、絶対に!」
差し出された明次の手を握りながら、鈴の瞳がギラリと光る。
(そうか、そういうことか!)
(女同士で組んでもどちらが一夏さんと相部屋になるかで必ず争いが起きる。そこをシャルロットさんは踏まえた上でまず勝利を確定するためにラウラさんと組んだ)
箒とセシリアが悔しさをにじませる。
(そう、そうなるならあと残された選択肢はそう多くない。なら私は式部地と組んで“勝てば必ず一夏と同じ部屋になる”選択肢を取る。勝つなら大勝ち狙わなきゃね!)
鈴は心の中でふふん、と笑う。
「セシリア……」
「箒さん……」
残された者同士の視線が重なり合う。
箒は悔しかった。
専用機を持っていない自分は、タッグパートナーとしての土俵にすら立っていない。
しかし、それでも機体性能のみがISの戦いを決めるわけではない。
一矢は必ず報いることができるはず――そう、心に火をつける。
セシリアは悔しかった。
自らもイギリスの代表候補生。
だのにここまで残ったということは、ある意味“専用機持ちのなかで一番格下”と言われたにも等しい。
もちろん様々な思惑が絡み合った結果だが、今ひとり残っているという事実は消えない。
ならばどうするか――決まっている。戦って、勝って。セシリア・オルコットは健在だということを皆に知らしめなければならない。
「セシリア――」
「箒さん――」
二人の視線が再び絡まる。
そして、
――ガシッ!!
どちらからともなく、力強く二人の手が重なり合った。
「勝とう」
「ええ、勝ちますわよ」
二人の瞳に炎を滾っていた。
「ふっふ~ん、いい感じで熱くなってるみたいじゃない」
そんな後輩たちを一夏の上から見下ろしながら、楯無が満足そうに頷く。
「もう、お姉ちゃん。こんなことして大丈夫なの?」
下から簪が不安そうな瞳で姉を見上げる。
「大丈夫だって。タッグマッチの再戦は学園側もOKしたし。明次くんの『藤袴』と簪ちゃんの『打鉄弐式』が出てきたなら、それも踏まえて一年の専用機を全機試したいって意向はわかるしね~。まぁ、心配しないで簪ちゃん。簪ちゃんの初陣は一夏くんがしっかりナイトの役を担ってくれるわよ。ね」
「え? まぁ、頑張りますけど……どうでもいいですけど、先輩そろそろ降りてくれませんかね?」
「い~や、だっていい眺めなんだもん。パンチラだけじゃなくて、ブラチラもおまけしてあげるから我慢なさい」
「もう! お姉ちゃん!!」
「……はぁ……」
更識姉妹のやりとりに一夏は深い溜息をつく。
「やれやれ……一夏も大変だ」
そんな一夏の姿に同情を込めた視線を投げていた明次の袖を、
「マスター、マスター」
撫子がクイックイッと引っ張る。
「ん? なんだい? 撫子」
明次は視線を下げて撫子に問いかける。
「えっと……撫子は頑張れば、マスターのお役にたてますか?」
「え?」
「皆さん、ISで戦うんですよね?」
「え? ああ、そうだね」
「じゃあ、撫子が……『藤袴』が頑張ったら、マスターは嬉しいですか?」
そんな健気な撫子の言葉に、
「ああ、嬉しいよ。でも、撫子だけが『藤袴』だけが頑張るんじゃない。みんなで頑張るんだ」
「みんなですか?」
「ああ、みんなだ。俺も撫子も『藤袴』もみんなで頑張るんだ」
そう言って、明次は撫子の頭に優しく手を載せる。
「それにね――」
「それに?」
「みんなで頑張ったあとは、とてもいいことがあるんだよ」
「とってもいいこと?」
「ああ――知りたい?」
「はいです!」
撫子の返事に明次は、
「はは、みんなで頑張ったあとはね――ご飯がいつもより美味しくなるんだよ」
小さく笑ってそう言った。
「――ふあ~、素敵です~」
明次の言葉に、撫子がキラキラと瞳を輝かせる。
「じゃあ、美味しいご飯を食べるために頑張ろうな。撫子」
「はいです! マスター、撫子は頑張ります!」
そう言いながら撫子は明次の胸の中へ飛び込んでいく。
早朝の慌ただしい一時を、さらに波乱に巻き込む楯無企画のタッグマッチトーナメント。
決戦は一週間後。
IS学園のアリーナで行われる。