IS インフィニット・ストラトス ~胡蝶の夢~   作:おおがみしょーい

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第二話 手合

 

「しゃっ!!」

「つぁっ!!」

 

 二人の裂帛の気合いと共に放たれた拳と掌は互いに空を切った。

 原因を作ったのは、一夏。

 一夏は放った掌で明次の顔ではなく、伸びた腕を打った。それにより明次の拳の軌道を外側にはじき出したのだ。

 先ほどの筆箱よりも数段鋭い拳が一夏の頬を掠めていった。

 ざわり――と、全身の産毛が総毛立ったきがした。風圧だけで肌が切れそうになっている。ナイフのような、日本刀のような、そんな拳だった。

 

「かあっ!!」

「くあっ!!」

 

 素早く拳を戻した明次が再び一夏に逆の拳を突き出す。

 一夏はそれも掌で捌く。

 しかし、今度は明次が捌かれた拳を戻さなかった。

 

「――っ!!」

 

 次の瞬間、一夏は明次の身体が一気に膨らんだように見えた。

 

 縮手(しゅくしゅ)――っ!!

 

 箒の道場で習った古武術の中にもあるフェイントの一種。

 初めから拳を間合いの中に入れておいてから、拳の位置を宙に固定したまま腕を曲げて自分の肉体の間合いを近づける。相手は拳という明確な目標に目を奪われて、一瞬、隙が生まれる。その間に自らの身体を間合いにねじ込むという技だ。

 明次はこの技を使い一夏と同じ机に飛び乗ってきた。

 簡単な技ではない、闘いの最中で使うにしても巧くタイミングをとらなければならない。

 

 こいつ、拍子をとるのが抜群に巧い!!

 

「――こんにちは」

 

 明次の声が耳元で聞こえた。

 

「くうっ!!」

 

 声と共に顎に叩き込まれてきた肘を掌で受け止める。

 しかしそれだけでは勢いを殺しきれずに、掌ごと一夏の頬に明次の肘がぶち当てられた。

 頬に硬いものがぶち当たる感触と、頭がぐらりと揺すられる感覚が襲ってくる。

 

「ざあっ!!」

 

 ふらつきそうな意識を歯を喰いしばって強引に繋ぎ止めると、一夏は明次の肘を受け止めた掌で明次のシャツをつかむ。そしてそのまま身体を入れ替え机を蹴り、ソバットの要領で明次の胴体を蹴ると、その反動を使い、先ほどまで明次がいた机に飛び移った。

 

 再び間合いが拳の間合いに戻る。

 

「やるなぁ」

「つあっ!!」

 

 明次の声に一夏は裂帛の気合いで答えた。

 一夏は拳ではなく蹴りを繰り出した。

 とん、

 その蹴りを明次が先ほど一夏がやったように掌で往なす。

 

「さあっ!!」

 

 しかし、一夏の蹴りはそれで終わらず打ち込んだ脚の膝だけ曲げて、明次のこめかみ、肩、脇腹、膝を次々に狙い、打ちこんでいく。

 連舞脚――これもかつて道場で習った古武術の技の一つだ。

 だが、膝のみで蹴りの軌道を変えるこの技を明次は悉く掌で捌いていく。

 そして――

 

「つかまえた」

 

 こめかみを狙った蹴りが明次の両手で捕らえられた。

 

「ちいっ!!」

 

 一夏はその瞬間、机で軸足にしていた足で机を蹴って飛ぶと、跳び蹴りの要領で捕らえられている足が狙った方とは逆の側頭部を狙う。

 

「おっと!」

 

 明次はその蹴りを掌で受け止めるが、掴んでいた足を離してしまう。

 

「っと!」

 

 一夏はその瞬間を逃さずに、空中で身体を捻るとバク宙の要領で身体を回し、両足で机に着地する。

 

 間合いが離れた。

 

 この間わずか30秒。時間という概念を煮込み、凝縮したような濃密な時間だった。

 

「すぅ……」

 

 一夏は思い出したかのように大きく息を吸う。

 自らの身体が熱くなっているのを感じた。

 

「へへっ……」

 

 何故か口から自然と、笑みがこぼれていた。

 

 

―――――

 

 

「ちょっ、ちょっと、箒さん! 何なんですかあれは!!」

「い、いや、私に言われても……」

 

 息を呑むように二人のやり取りに一瞬の間ができ、思い出したようにセシリアは箒に詰め寄る。

 

「うん、さすが私の嫁。良い動きだ」

「いや、ラウラ……そうじゃなくてさ」

 

 ラウラはラウラで何かを納得するように頷いている。

 

「まぁ、何がどうなっているのかはわかりませんが……どうなんですか? 一夏さんは勝っているのですか?」

 

 セシリアは気を取り直したように周りの友人に問いかける。

 セシリアも国を代表する専用機乗りだ。もちろん素手による戦闘術も一通りは弁えてはいるが、専門ではないし、目の前で展開されているやり取りには目では追えているが思考が追いついて行ってない。

 故にセシリアはその手に強い、ラウラと箒に聞いてきたのだ。

 シャルロットも興味がありそうな顔で、二人の回答に耳を傾けている。

 

「――さっきも言ったが、一夏はいい動きをしている」

 

 ラウラは先程の言葉を繰り返す。

 そこに、

 

「はっきりいってしまえば、一夏は押されている。あの式部地という男、かなりやる」

 

 箒が単刀直入に今の現状を切り捨てた。

 

「じゃあ、一夏このまま、負けちゃう……の?」

 

 箒の言葉を聞いたシャルロットが聞きにくそうに、問いかけてくる。

 

「……」

 

 そんなシャルロットの言葉に、一瞬考えるように沈黙した箒は、

 

「……わからない」

 

 小さく首を振った。

 

「どういうことですの? 箒さんは一夏さんが押されていると言っていたではないですか」

 

 箒の答えにセシリアが聞き返す。

 

「だから言ったのだ、嫁はいい動きをしている……と」

 

 三度目になるラウラの言葉、セシリアとシャルロットは頭に?マークを浮かべて箒を見る。

 

「一合目より二合目、そしてそれより、その次。一夏はだんだんとあの男の動きについていけるようになっている」

「それってつまり――」

「一夏さんがどんどん、強くなっていっている。ということですの?」

 

 箒の言葉を受けたシャルロットとセシリアの言葉に、

 

「だから私は言っているのだ、良い動きだとな」

 

 ラウラは戦っている二人から目をそらさずに、答える。

 それを横で聞いていた箒が胸の前で腕を組むようにしてラウラの視線を追う。

 箒もラウラと同じほぼ同じ意見だ。

 だが、ひとつ違うところがある。

 一夏は強くなっているのではない――戻っているのだ。かつて箒の道場で本気で武に取り組んでいた頃の一夏の感覚を取り戻しつつあるのだ。

 

 箒は組んだ腕を抱えるように強く抱きしめる。

 

 かつて箒を守り、戦ってくれた一夏が帰ってきつつある。

 

「……やればできるではないか……バカ者め……」

 

 箒は誰にきかせるでもなく、小さく、小さく呟いた。

 

 

―――――

 

 

 一夏と明次は互いに拳や足を交わし合う。

 

「かあっ!!」

「つあぁ!!」

 

 二人の裂帛が交わされる。

 

 一夏はふつふつと湧き上がる衝動に身を任せている。

 肉が、熱くなっている。

 背が、ぞくぞくとしている。

 肉は、燃えるように熱いのに、背の皮一枚に寒さが張り付いているようであった。

 不思議な、震えのようなものが、一夏の(うち)から(うち)から込み上げてくる。

 明次と、戦いはじめた時にはなかったものだ。

 それが、戦っているうちに、身体の底の方から生じてきたのである。はじめは、それに気づかなかった。しかし、ゆっくりとその量が増していくにつれて、一夏はそれに気づいていったのである。

 

 全力で動き続けている自分の裡側(うちがわ)こういうものが生じてくるのか。

 これは何だ。

 興味?

 たしかに、これは興味かもしれない。

 恐怖?

 たしかに、これは恐怖かもしれない。

 興味も恐怖もあるが、それは、まだ充分ではないきがする。これらを含みながら、なお、それ超えたもののような気がする。

 (よろこ)び?

 そうか。

 そうだ。

 これは、悦びなのか。

 今、自分の身体は悦んでいるのだ。

 

 目の前の男――式部地明次は、強い。

 とてつもなく強い。

 実力のそこが見えない。

 あの更織楯無とどちらが強いだろうか。

 こんな短時間に、こんな使い手に連続で出会えるとは……

 自ら学んできたものが、身につけてきたものが一歩届かない。

 そのことに、自分は今、落胆している。

 そのことに、自分は今、悦んでいる。

 自分より、強い相手がいる――それを、不思議なことに自分は悦んでいるらしい。

 

 何故そんなことを思っているか、なんとなくだがわかりはじめた。

 頭ではなく身体が教えてくれた。

 

 ――俺はまだ、強くなれる。

 

 その実感が、身体のなかから湧き出していた。

 喜悦が身体全体を駆け巡った。

 

「かあっ!!」

 

 その悦びを吐き出すように、一夏は鋭く息を吐く。

 

「はあっ!!」

 

 その呼気に応えるように、明次も息を吐く。

 

 二人の視線がぶつかりあった。

 

「つあっ!!」

「さあっ!!」

 

 一夏と明次は同時に額を振り抜いた。

 

 ――ごんっ!!

 

 骨と骨のぶつかり合うにぶい音を教室中に響かせて一夏と明次の額がかち合う。

 二人のぶつかりあった額から、つぅ、と一筋血が流れて、落ちる。

 

「ねぇ」

 

 額をぶつけ合わせたまま、明次が声をかけてきた。

 

「ねぇ、そんなに楽しいかい。一夏君」

「あ?」

 

 明次の言葉に一夏が声を出す。

 

「だって一夏君……笑ってるよ」

 

 そんな明次の言葉に、

 

「あんたこそ――」

 

 ――笑ってんじゃん。

 

 一夏が答える。

 

「ふふん」

「ふふふ」

 

 一夏と明次が同時に笑い合う。

 

 そして、同時に額を離し、次の一手にうつろうとした時――何かに気づいたように、二人は同時に後ろに飛び退いた。

 

 ――ヒュっ!!

 

 次の瞬間、二人が額をこすりつけていた空間に白い何かが弾丸のように通り抜けていった。

 そして同時に、

 

「何をやっているっ!!!! このバカ者共があっ!!!!!!」

 

 教室を震わさんばかりの怒声が響き渡った。

 

「げっ」

「あっ」

 

 一夏と明次が同時にそちらを向くと、そこには全身から溢れ出す怒りのオーラを隠そうともせずに仁王立つ、このクラスの担任にしてブリュンヒルデ。織斑千冬が立っていた。

 

「あ、千冬姉……これは、その……」

「いやー、ははは……」

 

 一夏も明次もその威圧感に押され頬を引きつらせる。

 

「いいから、机から――降りろっ!!!」

 

 千冬はそんな二人の様子を気にもせず、手に持った出席簿とチョーク(おそらく二人を最初に止めたのもこの白いチョーク)を目にも止まらぬ速さで二人に投げつける。

 

「ぐはっ!」

「はうっ!」

 

 出席簿とチョークは狙いたがわず一夏と明次の眉間を穿つ。

 そして、二人がぐらりとよろめくと、

 

「ちょ! わわわ!」

「お! おおお!」

 

 そのままバランスを崩して机の上から転がり落ちた。

 

「あー、ててて」

「つぅ……」

 

 声を上げ痛みに耐えながら上半身を起こす二人を待っていたのは、上から絶対零度の眼差しで二人を見下す鬼教官の声だった。

 

「で? 朝のホームルームの時間に机の上で大立ち回りをやらかしているとは、随分と元気が有り余っているようじゃないか……なぁ、織斑……式部地」

「いや……あの……」

「ははは……はは……」

 

 千冬の威圧感に二人の口からは力のない笑い声しか出てこない。

 

「そんなに元気が有り余っているならIS用アリーナ30周だ!! 一限目までに間に合わなかったら追加でもう30周!!! 行ってこいッ!!!」

 

「サーっ!!」

「はいっ!!」

 

 一夏と明次は一気に直立不動で返事をすると我先にとクラスの扉を出て走り出す。

 千冬のことだ、一限目に間に合わなければ、本当にもう30周させるつもりだろう。

 

「いやー、怒られちゃたね」

 

 となりを走る明次が言葉とは裏腹に楽しそうな声で、一夏に声をかけてきた。

 

「ったく、いったい誰のせいだよ」

 

 そんな明次の言葉に、ため息を付きながら一夏が答える。

 

「ははは。まぁまぁ、そう言わないでさ」

 

 そんな溜息に明次が軽やかに笑って返す。

 

「はぁ……」

 

 そんな声にいちいち返すのも馬鹿らしくなり、一夏は再び大きなため息を一つついた。

 

「あー、なぁなぁ、一夏君」

「一夏。“君”はいらないよ、同級生だろ」

「OK。じゃあ、俺のことも明次でいいよ」

「わかった」

「んでさ、一夏」

「ん?」

「ISアリーナってどっち? 俺、今日こっち来たばっかでわかんないんだよね」

 

 そんな明次言葉に、

 

「……こっちだよ」

 

 一夏はがっくりと肩を落としながら明次を先導していく。

 

「サンキュー」

 

 背中にかけられる明次の軽い礼を、一夏はため息を飲み込んで受け止める。

 

 一体全体、俺は何をやっているんだ……

 一夏は一連の流れを思い返す。

 いつもの自分なら、まず受けない。

 何か熱にでも当てられたように、身体が動いてしまった。

 

 一夏はそんなことを思いながら先程あった、後ろを走る男とのやり取りを思い出す。

 

 ずきり、と最後にぶつけた額が疼いた。

 

 同時に身体に灯った火の熱さを思い出した。

 

「ふぅ……」

 

 一夏はまた、一つため息をついた。

 

 しかし、その口元は微かに綻んでいるように見えた。

 

 

 





 久方ぶりの戦闘描写。
 相変わらず半分以上戦闘しているようでしていないのはご愛嬌ってことで……

 お付き合い頂きまして、ありがとうございます。
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