IS インフィニット・ストラトス ~胡蝶の夢~   作:おおがみしょーい

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第三話 修練

「ん~、やっぱりまだ『最適化(フィッティング)』の最終調整が終わってないみたいですね~」

「そうですかぁ……」

 

 ディスプレイから映し出される文字列を見ながら真耶が明次に申し訳なさそうに言う。

 

「まぁ、今日はしょうがないですかね」

「そうですねぇ、もう少しだと思いますので、もし終わったらお持ちします。せっかくの実践訓練ですもんね、自分の専用機で訓練されたいですよね……」

 

 真耶はそう言って、立って画面を覗き込んでいた明次を見上げる。自分が座っているということもあるが、こうやって見上げてみると、式部地明次という生徒はかなり上背があるように見える。

 

「それはそうですが……俺はまだISというものにそこまで触れていないので、今日は打鉄――でしたっけ? 訓練機で頑張ってみます」

「そうですか……そうですよね。式部地くんがISを起動して、まだ一ヶ月も経っていないんですもんねぇ」

 

 そんな会話がなされている最中、授業開始のチャイムが鳴った。

 

「ああ、実習始まってしまいましたね。私がここで見ていますから、式部地くんは早く着替えてアリーナに向かってください」

「わかりました……遅刻でまたアリーナ30周とか勘弁してもらいたいですからね」

 

 そう言って肩をすくめる明次をみて、

 

「でも、あんまり堪えてないように見えますよ」

 

 真耶はくすり、と笑う。

 

「まさか、へろへろです」

 

 そんな真耶の反応に、今度は明次がおどけて答えた。

 

 ――ピー。

 

 その時、画面から警告音のようなものが鳴った。

 それに気づき二人が画面に目を向けると、

 

「あれ?」

「ん?」

 

 画面の数字に変化が出ていた。

 

「山田先生、このパーセンテージって確か、『最適化』の調整完了数値でしたよね?」

「そうですね」

「さっきより減って……ますよね?」

「……そうですね」

「普通、減ります?」

「まぁ、ないことはない、かと……」

 

 画面にはさきほどまで98%と表示されていた数値が、いつの間にか96%となっている。

 

「俺、何か触ってしまいましたかね?」

 

 明次が恐る恐るといった感じで真耶に聞く。

 

「そんなことはない……と思うんですけどねぇ……」

 

 明次の言葉に真耶は首をひねる。

 

 う~~ん、と二人は腕を組んで頭をひねったが、今の一連の行動の中に何か問題があったとはまるで思えない。

 

「まぁ、ともかく式部地くんはもうアリーナに向かってください。ここまでくればもう時間の問題だとは思いますので。それに、これ以上遅れちゃうと、アリーナ30周じゃすまないかもしれませんよ」

「わかりました、俺の機体。よろしくお願いします」

 

 真耶の言葉に促されるように、明次は調整室から出ていった。

 真耶は再びディスプレイに視線を戻す。

 先程96%に減った数字が、97%になっている。

 

 それにしても――と、真耶は改めて画面の数字を見つめ直す。

 

 実は真耶は元々、この明次の専用機が本日の実践訓練に間に合うとは思っていなかった。この機体は、ついさっきまで『初期化(フォーマット)』以前の状態だったからだ。『初期化』から『最適化』までは、通常三十分強かかる。休み時間に来てもらって終わるほど短いものではない。事実、真耶はこの時間に『初期化』を完了させておいて、放課後『最適化』を終わらせるというスケジューリングを頭に描いていた。そして先程、明次がきて『初期化』を行ったわけだが……そこから『最適化』までの時間が驚異的な早さだった。おそらく通常の半分もかかっていないかもしれない。専用機はもともと乗者と相性がいいのだろうが、それを差し引いても驚異的だ。

 そんなことを考えていると、この数字もそろそろ授業の時間が近いということでISから明次が降りた96%ぐらいから一気に数字の上がり方が鈍化したことを真耶は思い出す。

 

 つまり、

 

「よほどこのISに気に入られているんですねぇ、式部地くんは」

 

 そんなことを真耶が呟く。

 そんな時、ふと、あることが頭をよぎった。

 先程『最適化』の数字が減ったとき、自分と明次は会話をしていた。もしかして、はたから見たら楽しそうにおしゃべりをしてるふうに見えたかもしれない……

 

 まさか、

 

「やきもち……やいた、とか?」

 

 そんなことを言いながら真耶は明次の専用機を見るが、

 

「まさか……ねぇ」

 

 そう言ってディスプレイに視線を戻す。

 

 だからそれに応えるように紫色のコアが小さく閃いたのを、真耶は気づくことができなかった。

 

 

―――――

 

 

「よおしっ! みな揃っているな、本日もISの格闘並びに射撃を含む実践訓練だ!」

『はいっ!!』

 

 軽やかで、溌剌(はつらつ)とした少女たちの声が響く。

 実践訓練は基本2人1組、アリーナには1年1組と1年2組の二つのクラスの生徒が全員整列していた。

 

「まずはいつもどおり、『打鉄』か『リヴァイヴ』を選んで搭乗しろ。さすがにそろそろ自分にどちらがあっているかわかってきただろう。専用機持ちは手伝ってやれ」

 

 千冬のよく通る声がアリーナに響く。

 そんな時、あることに気づいた一夏が、

 

「あ! 明次いないんですけど」

 

 と、声を出す。

 

「織斑ぁ! 発言するときは手を上げろといっているだろう!」

 

 その言葉に千冬がギロリと一夏を睨みつけて一喝する。

 

「すっ! すみません!!」

 

 バッ! と、直立不動で謝る一夏。

 

「まったく……式部地は奴の専用機の調整に行っている。まぁ、そうそう早く終わるものでもないから途中で切り上げてくるはずだ。そろそろくるころだろう」

 

 そんなふうに千冬が説明をしていると、

 

「すみません! 遅れました!!」

 

 謝罪の言葉とともに明次が走ってきた。

 着替えてきたのであろう。明次もしっかりと一夏と同じように男性用の試作用ISスーツを着用していた。

 

『おおおぉっ……』

 

 少女たちのざわめきが、おこった。

 

 明次のISスーツは臍上の半袖のインナーシャツとスパッツといういでだちだ。スーツ自体もピッチリと身体に張り付いているし、肌の露出も大きい。その為、明次の鍛えられた身体が少女たちの目にさらされている。

 見事な身体だった。

 細い針金を無数に束ねて束ねてまとめた物を、(ひね)って、(ねじ)って作ったような筋肉が全身を覆っている。

 それでいて重さや太さを感じさせないのは一つ一つの動きが軽やかだからだろう。

 見るものが見れば、実用的な筋肉であることがひと目でわかるはずだ。

 

「ほう、なかなか鍛えてるじゃないか……」

 

 明次を見た千冬がそんなことをつぶやいた。

 

「1年1組 式部地明次。専用機の調整の為、只今遅参いたしました」

 

そんな視線にさらされながら明次は千冬の前に立つと直立不動で立ち、報告する。

 

「ああ、連絡は受けている。ちょうど訓練用のISに搭乗するところだ。式部地、お前もどちらか選んで搭乗しろ。どちらも初めてだろうからどちらでも構わんだろう」

 

 千冬が親指で指し示した方向を見ると、無数の打鉄とリヴァイヴに生徒たちが集まっていた。

 

「うーん、たしかにどっちでもいいんだけど……こっちかな」

 

 明次は少し頭をひねると、打鉄の方へと駆け寄っていく。

 

「おい、織斑。式部地はあのISの搭乗は初めてだ、手伝ってやれ」

「あ、はい!」

 

 千冬に声をかけられ、一夏が明次の元へと駆け寄る。

 

「なぁ、明次。IS乗るのってこれが初めてか?」

 

 そんな一夏の言葉に、

 

「いや、入学前にテストみたいのやらされて何回か乗ったな」

 

 明次が思い出すように答える。

 

「んじゃ、装着から起動は問題ないかな?」

「ああ、とりあえずやってみるから、引っかかったら教えてくれ」

「いいけど、俺も乗ってまだ2、3ヶ月だぜ?」

「はは、知ってるよ……ま、優しく教えてくれよ。先輩」

「なんだよそれ……」

 

 そんな軽口を交わしながら、明次は打鉄をまとっていく。

 

「むむ……何故だ……何故、私の嫁はあんなにも楽しそうなのだ」

 

 それを見ていたラウラが睨みつけるように鋭い視線を一夏と明次に投げる。

 

「まぁ、ほら、同性だからさ。一夏もその辺は気安いんじゃないかなぁ」

 

 そう言いながら、フォローをするようにシャルロットがまぁまぁ、とラウラの肩を叩く。

 

「むー、納得いかん! 嫁というものは伴侶に最も心を許すべきじゃないのか?!」

 

 そんなふうに食ってかかるラウラをいなしながら、シャルロットは

 

(いや……一夏がラウラの嫁という大前提がまずもって……)

 

 などと心の中で思うが、

 

「とりあえずさ、皆の装着手伝おうよ。じゃないと織斑先生から怒られちゃうよ」

 

 と、ラウラを宥める。

 

「む……教官からか……」

 

 さしものラウラも千冬の名前を出されては頷かざるを得ない。

 しぶしぶという感じを全面に出しながらも、他の生徒たちの装着を手伝っていく。

 態度こそお世辞にも友好的だとは言わないが、それでも文句も言わずに他の生徒の手伝いをするというのは、学園に来た当初のラウラから考えれば格段の進歩だろう。

 そんなラウラを見て少し安心したのか、シャルロットはふぅ、と小さく息を吐く。

 そして、チラリと先ほどラウラが見ていた方向――明次と一夏の方を盗み見る。

 二人は頭を付き合わせて、あれやこれや話している。傍から見ても、楽しそうだし、仲が良さそうにも見える。

 

「僕、もう少し男の子でも良かったかなぁ……」

 

 シャルロットはかつて自分に気安く接してくれた一夏の態度を思い出し、小さく呟いた。

 

 

―――――

 

 

 ふわりと身体が浮くようなIS装着時の独特の浮遊感を感じながら明次はゆっくりと現状の感触を確かめる。

 身体が軽い。浮いているという事もあるが、なんとも不確かな感覚が明次を包み込んでいた。束の所と、日本に来てからで何回かISにのって訓練をした事があるが、この感覚は未だ慣れない。

 

「気分は? なんか問題ありそう?」

 

 一夏が下から見上げるように聞いてきた。

 

「まぁ、気分は悪くないんだけど……俺は地面に足がついていた方がいいな」

 

 そんな一夏の言葉に、小さく苦笑を浮かべながら明次が答えた。

 

「ん? 明次ってもしかして、飛行機とか苦手系?」

「いや、そう言うんじゃないんだけど……ほら、俺はこっちが得意だからさ」

 

 そう言いながら、明次はISの拳を一直線に突き出した。

 軽く突き出した拳だったが、一夏はそのISの拳が空気を切り裂くのを見た気がした。

 

「ああ、なるほどね」

 

 そんな明次の行動を一夏が何を言わんとしているのか理解したかのように頷く。

 一夏もある程度以上武術をかじったものとしては、明次の感覚がわからなくもない。

 こと身体を使うという事において、何より重要なのは下半身だ。特に武術においてはその傾向が顕著であろう。地面と下半身から生み出されたエネルギーを如何に相手に叩き込むかというのが、乱暴に言ってしまえば数多の武術の根幹と言ってもいいかもしれない。

 その為、そう言う動きを得意とする明次としては、文字通り『地に足がつかない』という状態はなんとも心もとないのであろう。

 

「その辺は慣れるしかねぇよ。乗ってりゃわかるだろうけど、ISは人の身体以上にいろんなんことが出来る。俺もあんまりうまいこと言えないけど……一発、頭のリミッター取っ払えば新しいとこにいける……らしいぜ」

「なんだよ、その『らしい』ってのは」

「先輩の受け売りなんだよ」

「先輩っていうと、更織会長かな?」

「そそ、学園最強の御言葉さ」

「じゃあ、ありがたく聞いておかないとな――」

 

 そう言って一夏と明次は顔を見合わせて小さく笑う。

 

「おい! いつまでしゃべってる! 装着がすんだらすみやかに前に出ろ!」

 

 千冬の怒声が響き渡る。

 

「おっと、んじゃな」

「ああ」

 

 一夏は軽く手を上げると明次の打鉄から離れていく。

 それを見送ると明次も列へと入っていく。

 

「よし、今日の訓練は1対1での模擬戦だ! 各自相手と大会形式で戦闘してみろ! 式部地はここでのISの操作は初めてだろうが、テストの結果を見るに問題無かろう参加しろ。制限時間は3分。シールドバリアがレッドゾーンになった時点で戦闘中止だ。何か質問は?」

 

 そんな千冬の言葉に、

 

「はい、織斑先生」

 

 箒が手を上げた。

 

「なんだ、篠ノ之」

「相手は指名できるのですか?」

「向こうが了承するのならば問題無い。誰か戦いたい奴がいるのか?」

「はい、私は……」

 

 そう言って箒はすぅ、と人差し指を延ばして真横を指すと、

 

「私は、式部地と戦いたい」

 

 そう言った。

 

「ほう……篠ノ之はそう言っているが、どうだ? 式部地?」

 

 それを聞いた千冬は明次に視線を向ける。

 

「喜んで」

 

 その視線を真っ向から受け止めて、明次はにこりと笑う。

 

「よし、ならば決まったな。残りの者は通用口まで下がっていろ。それから次にどの組がやるか決めておけ」

 

 千冬の言葉を合図に、生徒達が左右の通用口へと散っていく。

 アリーナには互い打鉄を纏った、箒と明次の二人だけが残された。

 

「おい」

 

 向き合った箒の打鉄から明次に回線越しに言葉がかけられた。

 

「ん?」

「……何故、私が貴様を指名したのか、聞かないのか?」

「んー、必要ないかな。別にそこにはあまり興味はないし……それに、ちょっと予想もしてたから」

「何?」

「だって、俺が一夏と戦ってる時、すごい視線を感じたからね。あれ、篠ノ之さんでしょ?」

「ふん――」

 

 箒は明次の言葉を聞くと機嫌悪そうに息を吐く。

 明次はそんな箒に構わず言葉を続けた。

 

「それにさ――俺も興味があったんだ。篠ノ之さんに」

「なに?」

 

 それを聞いた箒が怪訝そうに眉をひそめた。

 

「正確には、その技かな。一夏の戦いの土台になっている、篠ノ之道場の本家本元……興味があるなぁ……見てみたいなぁ……」

 

 明次がモニター越しに箒の中身を見透かすようにそろり、と言った。

 

「いいだろう、吠え面かくなよ」

 

 その言葉を真っ向から受け止めて箒は明次を睨みつける。

 

『二人とも準備はいいな?』

 

 アリーナにマイク越しの千冬の声が響く。

 

『後がつかえている。準備ができているならさっさとはじめるぞ』

 

「俺は、大丈夫です」

「いつでも」

 

 二人とも千冬の声に小さく頷く。

 

『よし、ならば――はじめっ!!!!』

 

「たああっ!!」

「しゃあっ!!」

 

 互の打鉄が同時に地を蹴った。

 

 

 

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