IS インフィニット・ストラトス ~胡蝶の夢~   作:おおがみしょーい

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第四話 打鉄

「たああっ!!」

「しゃあっ!!」

 

 同時に二体の打鉄が地を蹴った瞬間、アリーナの中央でその二体はかち合った。

 互いに打鉄に標準装備されている近接ブレード『葵』を手につばぜり合いを演じている。

 ぎり、

 ぎり、

 力を込めた刀が、一進一退もせずに止まっている。それほどまでに力を込めているということだ。

 

「くうう……」

「つうう……」

 

 刃をはさんで箒と明次の視線がぶつかり合う。

 

 ISの戦闘のセオリーとしては、おそらく外れているだろう。

 ISの特徴でもある汎用性と高機動を殺しての初手から接近戦での力比べ。

 一夏の白式の様な特殊な例を除けば、このような戦い方はまずしない。

 基本は中、近距離からの牽制を中心に、相手の出方を見る。そして自らの得意な距離に持込み、勝負する。

 そこに至るまでに、幾つもの戦略があり、読み合いがあり、駆け引きがある。

 それが基本的なISでの戦闘のはずだ。

 それを全て投げ捨てて、二人はかち合ったのだ。

 

 こいつッ!

 

 箒の目に怒りの色が疾る。

 先ほどの言葉からもわかるように、明次は箒が篠ノ之道場の技を身につけているということを知っている。

 つまり、箒がISでの接近戦が得意だということを知っているはずなのだ。

 なのに目の前の男は踏み込んできた。

 これは明確な挑発だといっていい。

 明次は言っているのだ、篠ノ之の技を俺に使ってみろと、試してみろと、見せてみろと……そう言っているのだ。

 

 ああ、いいだろう。その挑戦、受けてやる――

 

 箒の中に熱い炎が灯った。

 

 篠ノ之道場の技が見たいといったな。

 ああ、いいだろう。使ってやる、みせてやる――

 

 箒は炎を灯した眸でギラリと明次を睨みつけた。

 

 そして――

 箒はすぅ、と息を吸うと同時に、ISの手首を僅かに外へと開いた。

 ISのパワーを全面に押し出しての力比べだ、微かな出口があればその力は一気にそちらに向かう。それはあたかも塞き止められた水が一気に川に流れ出すように……

 

 これで明次の体勢を崩し攻勢にでる。

 そんな意図を込めた動き。

 

 しかし、箒が息を吸うのとほぼ同時に、

 ひゅ――

 明次が鋭く息を吐いた。

 

 盗まれたっ!!

 

 箒はギリッ、と奥歯を噛み締めた。

 盗まれた――何をか?

 呼吸だ。

 箒は今、呼吸を盗まれたのだ。

 ISが如何に高性能であろうと、現状動かしているのは人間だ。

 ならば人間の機微や、思考や、習性が、戦いにおいて大きなファクターになるのは自明の理だろう。

 その駆け引きにおいて、今、箒は完全に読み負けたのだ。

 それがわかったからといって動きは止められない。

 手首を開き出口を作ったが……力という名の水は箒の思惑のとおりには流れていかなかった。

 

「たりゃッ!!」

 

 明次は箒が手首を開いたのと同時に、『葵』に入れていた力を上に持ち上げ刃を滑らすように箒に切っ先を突き立てる。

 

「くうぅ!」

 

 箒はその突きに対して回避を諦め、身体をひねると、肩の楯で明次の切っ先を受け止める。

 金属音のぶつかり合う、耳障りな音と、シールドバリアの展開による光があたりを包む。

 

「なめるなっ!」

 

 明次の一撃を受け止めた箒は楯で刃を受け止めながら、打鉄を力任せに回転させる。

 そしてその回転を利用して手に持った刀を振り抜き、明次に斬りかかる。

 それを嫌い明次が一歩、後ろに下がろうとするところに、箒は一気に踏み込み肉迫する。

 

「篠ノ之の技! 望み通り見せてやるっ!!」

 

 箒の裂帛が轟いた。

 

 白刃を閃かせて箒の打鉄が襲いかかる。

 刀と体捌き、そこに打鉄の機動力を組み込で絶え間なく斬撃を放ち続ける。

 唐竹。

 右薙。

 逆袈裟。

 逆風。

 閃光のような太刀筋が網目のように明次を襲う。

 

「ひゅぅ――」

 

 そんな閃のような斬撃を、明次はISのPICをフル稼働させアリーナの地面を滑るように逃げながら、箒の苛烈な斬撃の連撃を躱していた。

 受けない。

 全てを躱している。

『葵』をもった腕はだらりと下に垂らし、回避に邪魔にならないように身体につけている。

 箒の繰り出す斬撃と、明次の操る打鉄の間に目に見えない薄紙が存在しているかのようだった。

 しかし、その薄紙が破れない。

 箒の斬撃はその薄紙をなぞる様に躱されている。

 

 箒はそんな明次の動きを捉えようと回転を上げる。

 

 袈裟。

 左切上。

 右薙。

 刺突

 唐竹。

 

 まだだ、まだだ、もっと疾く! もっと鋭く!!

 箒の思考が、感覚が、動きが細く鋭く研ぎ澄まされていく。

 

 袈裟。

 逆袈裟。

 右薙。

 左薙。

 唐竹。

 逆風。

 唐竹。

 逆袈裟。

 

 まだだ、まだまだ、まだいける。

 もっと鋭く踏み込んで、もっと激しく斬りつけろ。

 相手の動きを読み、呼吸を捉えて、体捌きに無駄をなくせ。

 目の前の相手を斬滅せんとする意志を、一太刀、一太刀に練り込み続けろ。

 

 箒の中に閃きの様な思考がはしる。

 

「はああっ!!」

 

 そんな中で、箒は今までよりも強い一歩を踏み込んだ。

 

「やあっ!!!!」

 

 その踏み込みそのままに、箒は渾身の刺突を放つ。

 いままでの斬撃よりも、さらに疾く、さらに鋭い、瞬きの様な突きだった。

 

 二人の間にあった見えない薄紙が破れた。

 

「しゅっ――」

 

 今までの拮抗を崩すほどの箒の一太刀。

 しかし明次はその渾身の突きを身体を引くでもなく、開くでもなく、敢えて前に出た。

 半身をそらしながら突きを躱し、その動作で箒の間合いに踏み込むと、右手に持っている『葵』を箒めがけて突き出す。

 突きを出し体勢が崩れた箒の眼前に『葵』に先端が迫る。

 

「くう――はぁッ!!」

 

 箒は鋭く声を上げて、ギリギリまで迫った刃を打鉄の右足を鋭く振り上げて蹴り上げた。

 

「お――っと」

 

 その蹴りで『葵』ごと腕を持っていかれそうになった明次は、そのまま地面を蹴って距離を置く。

 箒も今回は追わない。

 試合開始の距離まで、二体の間合いが広がった。

 

「ふうぅぅ……」

 

 距離が離れたことで、箒はこの戦いが始まって初めて大きく息を吸う。

 体全体に酸素が行き渡るのを感じた。

 目を上げると視線の先に明次の打鉄が立っているのが見える。

 あれだけ切り込んで、無傷。

 

 強い――

 

 箒は純粋にそう思った。

 如何にPICやハイパーセンサーといった機能が備わっているといっても、それは互いに同じ。

 そんな状況下であれだけの回避運動ができるということはISの操縦技術という以前に、明次自身の能力の高さがモノをいっているのだろう。

 呼吸、拍子、間、動き。

 そんな目に見えるか見えないかの微細な反応を瞬時に処理して箒の行動を読み続けているのではないか。

 

 強い――

 

 再び箒の頭にその言葉が浮かぶ。

 しかし同時に、

 

 だから――、

 

 だから――――、

 

 ――面白い。

 

 そんな思いが全身を駆け巡った。

 

 全身に流れる血が熱くなった気がした。

 

 怒りは――まだある。

 あるが、それだけではない。

 なんのわだかまりもなく、真っ向から向かってくる式部地明次という男との戦いを、篠ノ之箒の中にある『武』が喜んでいるのだ。

 

 こんなに真剣に『武』に触れたのはいつ以来だろうか……

 

 そんなことを考えながら、その現状が、存外――

 

「……悪くない」

 

 そう箒は小さく呟いた。

 

 向こうに佇んでいる明次の打鉄はこちらに左肩の楯を向けるように半身を開いて『葵』をだらりと下げながら、構えている。

 そんな明次から回線が開かれた。

 

「どうしました? もしかしてお疲れですか?」

 

 明次のおどけた声が耳に入る。

 

「そんなわけがあるか、お前こそ逃げ回って疲れてるんじゃないのか?」

 

 そんな明次の言葉に、負けじと箒が返す。

 

「あれ? バレちゃいました? 結構ヘトヘトなんですよねぇ。篠ノ之さん激しいから……」

 

 箒の返しに、今度は明次が肩をすくめて答える。

 

「戯言を――」

 

 箒は明次の言葉を鋭い視線で返す。そんなことはないということを、本人以上に箒自身が分かっている。

 

「試合時間はあと半分……貴様の動き必ず捉えてみせる」

 

 箒はギロリと明次を睨みつけながら宣言する。

 

「ふふ……負けませんよ」

 

 そんな箒の言葉に、明次は口元に笑みを浮かべながら答える。

 回線がどちらからともなく切れた。

 

 箒は今まで以上に大きく、大きく、すうぅ、と息を吸い込むと、

 

「はあっ!!!」

 

 鋭く吐き出した。

 目の前の打鉄を睨みつけながら、自らの中の温度を上げていく。

 式部地明次という『武』に届くために、身体を、心を集中させていく。

 

 この時、箒の中に一つの変化が起こっていたが、それを箒自身は気づくことができていなかった。

 

 ここ最近、常に感じていた苛立ちが消えているのを、箒はまだ、気づいてはいなかった。

 

 

―――――

 

 

「すげ……」

 

 箒と明次のやりとりを見ていた一夏が思わずと言うふうに呟いた。

 

「あんな接近戦ナンセンスですわ! まったく野蛮にもほどがあります!」

 

 その感嘆ともとれる呟きを聞いたのか、セシリアが憮然とした顔でアリーナを睨みつける。

 

「確かに今のISのセオリーから見ると外れてるけど、同機体――しかも二人とも打鉄だからね。そう言う意味じゃ、あんな感じのやり取りになるのもあり得るんじゃないかな。それに、それを差し引いても訓練用の第二世代機であそこまで動ける二人――特に式部地くんは凄いと僕は思うな」

 

 今度は隣にいたシャルロットが口に人差し指を当てながら感想を述べる。

 

「ふん……あの男、随分と目がいいな。まぁ、私の『シュバルツァ・レーゲン』の敵ではないがな」

 

 アリーナを隻眼で見透かすように眺めながらラウラが呟く。

 

「そりゃ、ああいうちょこちょこした動きは、アンタの機体とは相性がいいってだけでしょ。じゃんけんみたいなもんじゃない」

 

 それを聞いたツインテールの少女。2組の凰鈴音が呆れたように返す。

 

「なに? 貴様――この前完膚なきまで叩き潰してやったが……そのおめでたい頭では、覚えてはいないか?」

「はあ? あれは油断してただけだし! 次やったらあんたなんかボッコボコよ!」

「ほう……おもしろい、やれるもんならやってみろ」

「望むところよ!!」

 

 そんなラウラの言葉から端を発した口喧嘩は、

 

「おい、うるさいぞ。少しは静かに見れんのか……」

「――!! 申し訳ありません! 教官!!」

「う……ごめんなさい」

 

 千冬の静かな一言であっけなく終わった。

 

 素直に謝る二人を一瞥すると、千冬はアリーナに視線を戻す。

 そして、

 

「おい、織斑。お前、ISを乗りこなす上で一番重要なものは、なんだと思う」

 

 そう、いきなり一夏に質問を投げた。

 

「え? あ? えーーっと……」

 

 一夏はいきなりの質問に腕を組んで頭をひねる。

 

「遅い! オルコット。なんだと思う」

「え? えーっと……『知識』です。ISを乗りこなす上でISの知識というものは絶対必要なものですから」

「ふむ、一理あるな。お前はどうだ、ボーデヴィッヒ」

 

 セシリアの答えに小さく頷くと、千冬はラウラに聞く。

 

「は! 『経験』であります。戦闘経験は瞬時に行う状況処理の最重要ファクターとなりえます!」

「なるほどな……デュノア、お前は?」

 

 ラウラの答えを聞いた千冬は、次にシャルロットに視線を送る。

 

「はい。僕は……セシリアに近いとは思うんですけど、『情報』だと思ってます。様々な『情報』を集めてそれを正確に処理することがリスクの軽減につながります」

「なるほど、お前らしい……凰、お前は?」

 

 千冬は最後に、鈴の方を向いて問いかけた。

 

「『才能』に決まってるじゃないですか! 天才はすべてを凌駕するんだから」

 

 そう言って鈴はあたかも自分がそうであるというふうに、ぐぐっと薄い胸をそらす。

 

「まぁ、そうだな。たしかにそれもあるだろう」

 

 鈴の答えを聞いた千冬は小さく頷いた。

 

「ちふ……織斑先生、先生は全部頷いてたけど、結局どれが一番なんですか?」

 

 全員が答え終わったところで一夏が千冬に聞いてきた。

 答えた四人も興味深そうに千冬のことを見ている。

 

「別に答えがあるわけじゃない。各々ISを乗る上での重要項目というのは違って当たり前だし、今上がったものはどれも欠かすことのできない要素だ。ただ――」

「ただ?」

「今上がったもの以外で、私があえて入れるとするならば――『センス』だな」

『センス?』

 

 千冬の言葉を聞いていた五人の言葉がハモる。

 

「それって、鈴の言っていた才能となんか違うの?」

 

 一夏が頭に?マークを浮かべながら、千冬に質問する。

 

「まぁ、似たようなものといえばそうだが、私が今言っているのは、『自らの動きのどれだけ具体的にイメージ出来るか』という意味のセンスだな」

 

 そう言うと、千冬は胸の前で腕をくんで言葉を続ける、

 

「ISはまさに人機一体だ。搭乗者の性質がダイレクトに動きに現れる。では、搭乗者の力の強さのみがその優劣を分けるのかといわれれば、否だ。重要なのは搭乗者が自らの意志や思考や動きをどれだけ具体的にISに伝えられるかというところにかかっている。普通の人間は動きをいちいちイメージしたりはしない。お前だって歩くときに『まずは右足を出して、つま先から地面について……』などと考えはしないだろう?」

 

 千冬は一夏に視線を向ける、

 

「そりゃ……まぁ……」

 

 一夏は千冬の言葉に頷く。

 

「だが、ISは違う。人機一体といっても自分自身ではない、自らの動きをISに反映させなければならない。もちろん漠然としたイメージでもISは動かせるが、搭乗者が詳細な指令を出せればISとのあいだのやりとりは爆発的に向上する。先程の話と少々逆説的になってしまうが、ISの上位ランカーが軍人のようなISをおりてもそこそこ“できる”人間ばかりなのはそのためだ」

「つまり、生身でまるで動けない人は、ISのってもダメってこと?」

 

 そんな一夏の言葉に、

 

「別にそうは言わん。ただ、お前が使う瞬間加速(イグニッション・ブースト)。100メートルを20秒かかって走る人間と、100メートルを9秒台で走れる人間。どちらがコツをつかみやすいと思う?」

「そりゃ……後者、だろうな」

「つまりはそういうことだ。この学園のカリキュラムにISの実技だけではなく、身体自体を鍛えるものが組み込まれているのもそのためだ。身体の強化はそのままISの操作技能に結びつくことが多い」

「なるほどなー」

 

 千冬の説明を聞いた一夏は、更識楯無を思い浮かべる。

 ISでも一級。降りても一級。

 千冬や楯無のことを考えれば、なるほどと納得がいく。

 

 そんな事を一夏が考えていると、

 

「つまり、ISの搭乗経験が少なくてもあれだけやれる、彼や……あと一夏はそういうことだってことですね」

 

 千冬の言葉をまとめるように、シャルロットが言う。

 

「まぁ……そういうことだな」

 

 シャルロットの言葉に千冬が小さく苦笑しながら答えた。

 

「ん? どういうこと?」

 

 一夏が言葉の意味が分からず聞き返すと、

 

「式部地明次という方はとても『センスがいい』、ということですわ」

 

 その問いかけには、セシリアが答えた。

 

「え? ん? それって……」

 

 セシリアの言葉の意味を一夏が考えようとしたとき、

 

「おい! そろそろ試合終了だ、よく見ておけ!」

「は、はい!」

 

 一夏の思考は、千冬の声に中断されてしまった。

 

 千冬は小さく嘆息する。

 ここに真耶がいなくて良かったなと、思った。

 いたらあの持ち前の天然で生徒の前にもかかわらず、面倒なツッコミが入ったことだろう。

 あぶなくアフター5の酒席での恰好の“肴”を提供してしまうところだった。

 

 そんな事を考えながら、千冬はアリーナに意識を向ける。

 

 そこにはいまだ肉薄というほど近づいた二体の打鉄が舞うように絡み合っていた。

 

 

 

 




 このままだと1万字超えてしまうので、途中ですが投稿させていただきました。

 というか、あれですねISの戦闘というのはまた全然勝手が違いますね。
 ISの戦闘描写に全然なってない……

 精進します。
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