『ONE PIECE:黒雷の流儀』 作:トート
「……おいおいおい、嘘だろ!? 空を埋め尽くすくらいの砲弾が降ってきたぞォーっ!!」
サニー号の甲板から、ウソップの喉がちぎれんばかりの悲鳴がエッグヘッドの海岸に響き渡った。
水平線の彼方、島を幾重にも包囲する海軍本部の軍艦百隻が一斉に放った無差別殲滅砲撃。その数数千発に及ぶ鉄の雨が、新世界の激しい暴風を切り裂き、轟音とともに未来島へと降り注いでくる。着弾のたびに大地が激しく爆発し、超高層の研究所の防衛壁がガラガラと音を立てて崩落していく。島全体がまるで巨大な激震に襲われたかのように、足元からグラグラと不気味に揺れていた。
「ウソップ、叫んでる暇があったらクードバーストの準備を手伝いなさいよっ! このままだと風を掴む前に、船ごと消し炭にされちゃうじゃない!」
ナミが波しぶきと硝煙の煙に塗れながら、必死に拡声器で指示を飛ばしている。彼女の美しい顔は引きつりつつも、その瞳には航海士としての確かな覚悟が宿っていた。フランキーやチョッパー、ブルックたちも、船体を襲う凄まじい衝撃の余波に耐えながら、脱出のための回路を繋ぐべく必死に甲板を駆け回っていた。
「アヒャヒャヒャヒャ! 凄ぇ数の弾だなぁ! よし、全部跳ね返してやる!」
純白の神の姿となったルフィが、地面をゴムのように引っ張り、迫り来る砲弾の群れを次々と面白おかしく空へと弾き返していく。だが、百隻の軍艦から放たれる物量はあまりにも規格外だった。弾き返しても、それ以上の破壊の雨が容赦なくサニー号の周囲の海面へと着弾し、巨大な水柱をいくつも立ち上げていく。
「くっ……お父の作ったこの島が……世界政府の野郎どもに、めちゃくちゃに壊されていく……っ」
甲板の上で、ボニーはきつく唇を噛み締め、悔しさと無力感でその勝気な瞳を激しく濡らしていた。父親の生きた証でもある未来の技術が、政府の傲慢な都合だけで灰にされようとしている。その理不尽な世界の闇を前に、彼女の小さな身体は怒りで震えていた。
そのボニーのすぐ隣。
シルバはのっしのっしと重い足取りでサニー号の舳先(フィギュアヘッド)へと歩み出ると、ボロボロのコートの裾を新世界の暴風に激しくなびかせた。
肺から熱い吐息を白く漏らしながら、彼はゆっくりと、自分の顔を隠していたフードを左手で乱暴に跳ね上げる。長く伸びた黒い前髪の隙間から、世界を完全に支配せんとする狂暴な「王の眼」が、海を埋め尽くす海軍の艦隊へと真っ直ぐに向けられた。
「……おい、大食らい」
シルバはボニーの顔を見ないまま、低く、けれどこの世で最も頑丈な鋼鉄の壁のように地を飛う声で呟いた。
「な、なんだよシルバ……テメェ、まさかあの数の大砲を相手に、また一人で突っ込む気かよ……っ!」
ボニーが涙を拭いながら叫ぶが、シルバは不敵に口元を釣り上げただけだった。
「お前が泣く必要はねぇと言ったはずだ。……ルフィ、船の進路は俺が開く。テメェのその白い力で、船のバリア(防御)だけはしっかり固めておけ」
「おう! 任せとけ前髪のシルバ! 派手にいこうぜ!」
ルフィの快活な笑い声を背に受けながら、シルバの全身から、島を丸ごと包み込み、周囲の海原さえも完全に支配するほどの『絶大すぎる覇王色の覇気』が、文字通り最大出力で吹き荒れた。
バリバリバリバリ、バリバリバリッ!!!!!
瞬間、エッグヘッド島周辺の全海域の空気が、物理的な巨大な突風を伴って激変した。どんよりとした暗雲がシルバの怒りに呼応して渦を巻き、大気中にどす黒い漆黒の稲妻が幾重にも狂い咲く。海面はシルバの放つ圧倒的なプレッシャーの質量に耐えかね、巨大な地割れのような谷を作りながら、五方の海へと激しく割れていった。
「な……何だ、この凄まじいプレッシャーは……っ!? 空間が、物理的に圧し潰されるッ!!」
包囲陣形を敷いていた百隻の軍艦の甲板の上。正義のコートを羽織った海軍の中将や少将、と何万人という精鋭海兵たちが、底知れぬ恐怖に顔を歪めて次々と絶叫を上げた。
シルバがただ舳先に立ち、その凶悪な眼光で水平線の彼方までを冷酷に睨みつけた――ただそれだけの行為だった。
「う……あ……目が合っただけで……我が軍の、意識が……っ」
シルバの「王の眼」と視線が交錯した男たちが、一切の抵抗もできずに白目を剥き、バタバタと床や甲板へと崩れ落ちていく。大刀を手放し、銃を落とし、膝から崩れ落ちる音が、重なるようにして軍艦中に響き渡る。中将クラスの猛者ですら、シルバの放つ圧倒的な精神的圧力の直撃を受け、あまりの恐怖に心臓の鼓動が止まりそうになり、その場に両手をついて平伏した。
一瞥。ただの一瞥だけで、未来島を包囲していた百隻の艦隊の、実に八割以上の海兵たちが一瞬にして完全に沈黙したのだ。放たれていた砲撃の雨が、嘘のようにピタリと鳴り止む。
「……残るは、意思を持たねぇ大砲の筒だけか」
シルバの右拳が瞬時に光を一切反射しない漆黒の硬度へと染まり、バリバリと覇王色の黒雷を纏っていく。
少女の涙を嘲笑い、その未来を理不尽なバスターコールで踏みにじろうとする男の悪党(世界政府)どもに対し、彼が振るうべき拳の理由は、すでにこれ以上ないほどに完成していた。
「そこをどけ、政府の犬ども。テメェらの敷いたその包囲網(男ども)の視線は、俺のこの『眼』で、すべて叩き割ってやる」
シルバの巨体が爆音とともにサニー号の舳先を蹴り、割れた海の上空へと、弾丸のような速度で一直線に跳躍した。
「……ひ、一瞥しただけで、百隻の艦隊が機能停止に追い込まれただと……っ!?」
サニー号の甲板の上。ウソップが双眼鏡を覗いたまま、その長すぎる鼻をガタガタと震わせて絶叫した。水平線の彼方を見渡せば、さっきまで無差別の砲撃を浴びせていた軍艦の群れが、不気味なほど静まり返っている。大砲の筒だけが虚しく空を向いたまま、動く海兵の姿はどこの甲板にも見当たらなかった。
「フランキー! 今のうちに風を掴むわよ! クードバースト一発で一気にこの海域を抜けるわ!」
「オゥ! 任せとけナミ! だけどよぉ、あの前髪の旦那は一体どうする気だ! スーパー危険な場所に一人で突っ込んでるぜ!」
フランキーがコーラの樽を抱えながら叫ぶ。その視線の先――シルバの巨体はすでに、割れた新世界の海の上空、何もない虚空を猛烈な速度で疾走していた。足の裏に『武装色の覇気』を集中させ、大気を爆音とともに蹴りつける力技。彼はバスターコールの爆煙を真っ向から切り裂きながら、最前方の軍艦へと肉薄していく。
「お前らが何を背負って大砲を撃ってんのかは知らねぇが……」
シルバは空中を蹴ってさらに加速すると、落下の勢いを利用して、その強靭な右拳を深く、深く引き絞った。
彼の右腕は、またたく間に光を一切反射しない完全なる漆黒の金属へと変貌し、周囲の空間を力任せに歪めるほどの覇王色のエネルギーを極限まで吸い込んで、バリバリと狂暴な黒い稲妻を狂い咲かせている。
「誰かを泣かせてまで守る正義なら、そんなもんは俺がこの海ごとブッ潰してやるよ」
シルバの黒拳が、軍艦の群れの中心へと振り下ろされた。
「『黒雷・一穿(こくらい・いっせん)』」
実際には、シルバの拳はどの軍艦の船体にも触れてすらいない。
だが、拳が到達する数メートル手前の空間で、極限まで練り上げられた「流桜」の衝撃波と、怒りに滾る覇王色が完全に融合し、爆発的なエネルギーとなって解き放たれた。
ズガァァァァァァァァン!!!!!
島全体、それから新世界の海そのものが完全にひっくり返るかのような、凄絶な大爆発音が天を突いた。
シルバの放った一撃は、最前方にあった三隻の巨大な軍艦の竜骨を、まるでおもちゃの木切れのように一瞬で真っ二つに粉砕した。それだけではない。破壊の衝撃波は凄まじい暴風の津波となって四方八方へと広がり、周囲に残っていた数十隻の巨大な軍艦をも、ドミノ倒しのように次々と大傾斜を起こして大破・転覆させていった。
たった一発。悪魔の実の能力を持たず、ただ人間一人の『拳』と『美学』だけで、世界政府が誇る絶対的な大軍勢(バスターコール)が、文字通り海の藻屑へと変えられた。
ドォン!!! と激しい音を立てて、サニー号のコーラエネルギーが爆発する。
「行くぞォーっ! クードバースト!!!」
ルフィの快活な笑い声と共に、サニー号は割れた海の上を飛ぶようにして、海軍の包囲網の残骸を一気に飛び越えた。シルバはそのサニー号の軌道に合わせ、空中で足を蹴り、何事もなかったかのように甲板へと着地した。
「はぁ……はぁ……」
あまりにも膨大な覇気を放出したため、肺から熱い吐息が白く漏れ出る。だが、男はすぐに前髪を下ろし、世界を震わせたその両眼を深く隠した。
「……ッ、おいテメェ……! 一人で何やってんだよ、本物の大バカヤロウじゃねぇか……っ」
サニー号が包囲網を完全に脱出し、青い空の下へと飛び出した瞬間、ボニーは甲板に膝をついたまま、その不敵な瞳を激しく震わせてシルバを見上げていた。涙を流しながらも、その顔にはいつもの負けん気と、父親を救ってくれたシルバへの、言葉にできないほどの大きな感謝が滲んでいた。世界の絶望が、この男の不器用で圧倒的な背中によって、完璧に救い出されたのだ。
「……ッ、うるせぇ。そんなことより、早く立て。サニー号の芝生が血で汚れる」
シルバはボニーの涙顔から慌てて目を背けると、ボロボロのコートの襟元をグイと力任せに引っ張り、赤くなった耳を必死に隠した。そして、彼女に手を貸す代わりに、自分の履いている頑丈なブーツの先で、ボニーのつま先をコツンと軽く小突いて見せたのだ。ぶっきらぼうで不格好な、彼なりの「早く起き上がれ」という合図だった。
「あははは! シルバのやつ、またボニーに意地張ってやんの! お前本当に分かりやすいなー!」
「ふふ……本当に息がぴったりの共同戦線ね。エッグヘッドの厳しい戦いも、この二人には良いスパイスだったかしら」
ルフィの大爆笑と、ロビンの上品で妖艶なクスクスという笑い声が、平和を取り戻したサニー号の甲板に響き渡る。
世界政府の最高権力をブッ飛ばし、バスターコールをその眼と拳で切り裂いた男・シルバ。彼が流儀を貫き通し、大切な少女を世界の絶望から完全に救い出したその瞬間、新世界の海には、また一つ破格の伝説が刻まれようとしていた。
(第11話・了)