『ONE PIECE:黒雷の流儀』   作:トート

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第12話:『三十億の黒雷、大食らいの未来』

「ぎゃあああああ! 出た、出たぞォ――っ! 新聞だ! 新世界の勢力図が完全にひっくり返りやがったァーッ!」

 穏やかな朝の光が差し込むサニー号の甲板に、ウソップの鼓膜を突き破らんばかりの絶叫が木霊した。

 未来島エッグヘッドの悪夢から脱出し、数日が経過した海域。サニー号の進路は安定していたが、彼らが引き起こした前代未聞の「事件」の結果は、ニュース・クーが落としていった一枚の新聞によって、最悪の衝撃とともに一味へと届けられたのだ。

「ちょっとウソップ、朝からうるさいわね……って、えええええッ!?」

 コーヒーを片手に新聞を覗き込んだナミが、次の瞬間には持っていたマグカップを甲板に落として粉々に砕いた。彼女の美しい顔は驚愕のあまり完全に硬直し、オレンジ色の髪が逆立つのではないかというほどの衝撃に打ち震えている。

「おいおい、何が大騒ぎだコンチクショー。……どれ、俺のスーパー格好いい最新の手配書でも届いたのか?」

 フランキーがリーゼントをいじりながら新聞を奪い取る。だが、そこに躍っていた大見出しを目にした瞬間、彼のサイボーグの巨体もまた、ガタガタと不気味な音を立てて硬直した。

『未来島エッグヘッド崩壊! 四皇・麦わらのルフィ、及び最悪の世代ジュエリー・ボニー、そして――伝説の賞金稼ぎ「黒雷のシルバ」、世界最高権力・五老星を襲撃! バスターコール艦隊百隻を壊滅に追いやる!!』

 新聞の紙面には、燃え盛るエッグヘッドの戦火の様子とともに、世界政府がひた隠しにしてきた最高機密の崩壊が、これ以上ない生々しさで暴露されていた。そして、そのニュースの裏に添付されていた数枚の手配書。ルフィの金額が跳ね上がっているのは当然として、一味の目が釘付けになったのは、その隣にある「禍々しい漆黒の稲妻」を纏った男の新しい人相書きだった。

【 DEAD OR ALIVE 】

【 SILVA 】

【 3,140,000,000- 】

「さ……さんじゅういち億四千万ベリーィィィ!!!?」

 チョッパーが白目を剥いて甲板にひっくり返り、ブルックは「ヨホホホ! 私、心臓は無いんですけど止まりそうです!」とアゴを外して叫んでいる。ゾロとサンジすらも、その『31億』という破格の数字を前にして、言葉を失ったまま冷や汗を流していた。組織も率いず、四皇の看板も持たない単独犯が、五老星をブッ飛ばして艦隊を沈めた。その事実に対する、世界政府の底知れぬ「恐怖」がそのまま現れた、文字通り新世界最凶クラスの金額だった。

「アヒャヒャヒャヒャ! シルバ、お前すっげぇ金額になったなぁ! 俺に追いつきそうだぞ!」

 ルフィが自分の新しい手配書と並べながら、甲板をゴロゴロと転がって大爆笑している。

「……フン。海軍の役人どもめ、勝手に人の価値を吊り上げやがって」

 当のシルバは、いつものマストの影に腰掛けたまま、ボロボロのコートを深く引き締めて冷淡に鼻で笑った。前髪を下ろし、世界を震撼させたその両眼を深く隠している。肺から吐き出される吐息はいつになく静かだったが、彼の見聞色の覇気は、食堂の扉の奥からこちらへと近づいてくる『馴染みの荒々しい足音』をすでに捉えていた。

 ガシャーン!! と乱暴に食堂の引き戸が開く。

「おい!!! シルバァーーーッっ!!! テメェ、そこを動くんじゃねぇ!!」

 飛び出してきたのは、両手に特大の骨付き肉を持ったボニーだった。彼女の新しい手配書もまた、億を大きく超える大物海賊として更新されていたが、今の彼女にとってそんなことはどうでもよかった。ピンク色の髪を激しく逆立て、口の周りを油だらけにしたまま、彼女は怒涛の勢いでシルバの前へと突進してきたのだ。

ボニーは手にしていた骨付き肉を自分の口へ乱暴に放り込み、凄まじい咀嚼音を立てながらシルバの正面へと肉薄した。その勝気な瞳には、怒りとも、割り切れない苛立ちともつかない激しい感情の炎がめらめらと滾っている。

「おい大食らい、飯の途中に大声で騒ぐな。……何の用だ」

 シルバは被っていたフードの縁をぐっと指先で掴み、前髪の隙間から不機嫌そうにボニーを見返した。だが、彼女が自分の手配書を突き出してきた瞬間、シルバは喉を詰まらせた。

「何が用だ、だァ!? テメェ、この金額は一体なんだよっ!! あたしがエッグヘッドであれだけ命がけで暴れ回ったっていうのに、なんで単だの密航者のテメェが『三十一億』で、あたしより何倍も高ぇんだよ!! ナメてんのかっ!!」

 ボニーはシルバのボロボロのコートの胸元を両手で掴み、ガクガクと前後に激しく揺さぶり始めた。目が合っても一切怯まない、彼女の強く瑞々しい瞳が、至近距離でシルバの視界を真っ白にジャックする。

 エッグヘッドでの涙の面影はどこへやら、いつもの負けん気全開で詰め寄ってくる少女の体温が、至近距離でダイレクトに伝わってきた。

(ドクン、とシルバの胸の奥で、またしても制御不能な鼓動が跳ね上がる。)

 シルバは急激に耳の裏まで熱くなるのを自覚した。だが、ここでまた上着を引っ張ったり目を逸らしたりしては、周囲のバカどもに格好の餌食にされる。シルバはフォークを握る手にぐっと力を込め、あえて何も言わずに、ボニーの頭の上にぽんと自分の大きな手のひらをぶっきらぼうに乗せた。

 そして、彼女のピンク色の髪を、くしゃくしゃと雑に掻き回したのだ。

「あ、痛(て)っ! 何すんだよテメェ! 話を逸らすな!」

「うるせぇ。お前はよくやっただろ。……金額の多さなんてのは、海軍のジジイどもがいかにテメェを恐れてるかっていう『臆病者の物差し』だ。そんなもん気にしてる暇があったら、サンジの残した飯でも全部食い尽くしてこい」

 シルバはぶつぶつと文句を言うように低い声で吐き捨てると、今度は自分の長い脚を伸ばし、椅子を少しだけ引いてボニーとの距離を取った。顔を真っ赤にしているのを隠すため、すぐに腕を組んで深く椅子に沈み込む。

「アヒャヒャヒャヒャ! シルバのやつ、また誤魔化しやがったぞ! ボニー、もっと言ってやれ!」

 ルフィが甲板の芝生の上を転げ回りながら大爆笑している。

「おいおい……あの新世界を震撼させた三十億の化け物が、女の子に髪をくしゃくしゃにされて誤魔化すなんてな。本当に世話の焼ける野郎だぜ」

 ゾロが呆れたように刀の重みを確かめながら鼻で笑い、サンジは「ボニーちゃんの美しい髪になんて真似をーーーッ!」と目を炎にしてシルバを睨みつけている。

「ふふ、ごちそうさま。今日も素晴らしい喜劇が見られたわね」

 テーブルの端で、上品にコーヒーカップを傾けていたロビンが、いつものように上品で、けれど深くすべてを見透かしたような妖艶な笑みを浮かべた。

 ロビンは知っている。シルバの放つ世界破壊クラスの覇王色が、どうしてボニーの前でだけは綺麗に消え去り、それどころか彼自身の精神をこれほどまでに狂わせてしまうのか。それが「不戦の流儀」という誇りを超えた、一人の男としての、あまりにも純粋で不器用な感情の始まりであるということを。

「調子が狂うんだよ、お前ら女はどいつもこいつも……」

 シルバはさらにフードを深く引っ張り下げ、赤くなった顔を必死に隠すのだった。

 世界最高権力をブッ飛ばし、バスターコールを切り裂いた三十億の男。しかし、サニー号という眩しい光の中で、彼は大切な少女とともに、新しい海の時代へと不器用に歩みを進めていく。

 

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