『ONE PIECE:黒雷の流儀』   作:トート

7 / 13
第7話:『未来島への針路、見透かすお姉さん』

「ただいま戻ったぞー! おいサンジ、街の裏通りで変な奴らに絡まれたけど、シルバのやつが面白ぇ拳で全員ブッ飛ばしたんだ!」

 サニー号のタラップを勢いよく駆け上がりながら、ボニーが両手にお土産の食べ物を抱えたまま大声で叫んだ。街での激しい戦闘などなかったかのように、その表情は明るく、生命力に満ち溢れている。

 その後ろから、シルバはいつものように深くフードを被り、長い前髪の奥に両目を隠したまま、のっしのっしと重い足取りで甲板へと戻ってきた。街での大立ち回りで少しコートが汚れたが、その無骨な佇まいは相変わらず新世界の怪物のそれだった。

「オゥ、おかえりボニーちゃん! 無事で何よりだ! ……で、ルフィとゾロのバカどもはやっぱり迷子になって別行動か?」

 サンジがエプロン姿のまま甲板に出迎え、ルフィたちへの呆れ顔から一転、ボニーへは目をハート型にして極上の笑顔を向けた。

「あぁ、あいつらは街に入った瞬間、肉の匂いにつられて勝手にどっか行っちまったよ。だけど、シルバがいてくれたから問題なかったぞ!」

 ボニーはそう言うと、隣のシルバの肩をバシバシと遠慮なく叩いた。18億の賞金首であり、睨むだけで男を失神させる男に対して、これほど物怖じせずに触れることができる人間は、新世界広しといえども彼女くらいのものだろう。

(な……っ!?)

 肩に伝わるボニーの手のひらの感触と、その容赦のない距離の近さに、シルバの心臓が再び不自然なほどドクンと跳ね上がった。フードの奥で耳の裏まで一気に熱くなるのを自覚し、シルバは慌てて彼女の手を払うでもなく、ただ乱暴に首を横へと向けた。

「……ふん。俺はただ、飯の家賃分、目の前の野郎どもを片付けただけだ。大袈裟に騒ぐな、大食らい」

 声を低く作り、冷淡を装うのが精一杯だった。

「あはは、相変わらず態度のでけぇ奴! テメェ、街でもあたしがお礼言ったらすぐに目を逸らしやがって、本当に不器用な化け物だな!」

 ボニーはケラケラと楽しそうに笑いながら、サンジに買ってきた食材を渡すためにキッチンのある食堂へと向かっていった。

 取り残された形になったシルバは、小さくため息をつき、いつものマストの影へと移動しようと足を動かした。

 だが、その進路を遮るように、静かな、けれどすべてを見透かしたような大人の足音が近づいてきた。

「ふふ、おかえりなさい、シルバ。ずいぶんと楽しいデートだったみたいね」

 カツカツと小気味良いヒールの音を響かせ、黒髪の考古学者――ニコ・ロビンが、一冊の本を胸に抱えたまま、シルバの前に佇んでいた。その美しい顔立ちには、まるで質の良い喜劇を観劇した後のような、実につまらなそうに、けれど深い愛おしさを孕んだ妖艶な笑みが浮かんでいる。

「……ニコ・ロビン。何の用だ。デートなどというくだらねぇ冗談を言うな。俺はただ、あのオレンジ頭の指図で仕方なく――」

「あら、ナミのグループ分けに感謝しているのよ? おかげで、あなたがボニーの前でどれだけ『形無し』になるか、よく分かったわ」

 ロビンは一歩シルバへと近づき、その深い瞳で前髪の奥のシルバをじっと見つめた。彼女の持つ、歴史の闇を潜り抜けてきた強靭な精神力は、シルバの漏れ出る覇気を優しく受け流し、彼の動揺だけを正確に捉えている。

「あの子、あなたの『王の眼』を見ても全く怯まないでしょう? ……それはね、あの子の胸の中に、どんな絶望にも屈しない強い『光』があるからよ。そして……」

 ロビンは少しだけ声を潜め、シルバの耳元で悪戯っぽく囁いた。

「そんなあの子の真っ直ぐな瞳の前じゃ、あなたのその狂暴な眼も、ただの『一人の恋する男の目』になっちゃうのね。ふふ、本当に可愛い覇王様だわ」

「――ッ!!!」

 シルバの全身の血が一急激に逆流したかのように、顔面が猛烈な熱さで支配された。

 ロビンの大人の余裕たっぷりな追撃に、シルバは完全に言葉を失い、返す言葉も見つからないまま、バッと乱暴に背を向けてマストの影へと逃げ込んだ。

(クソが……どいつもこいつも、俺の調子を狂わせやがって……っ!)

 フードの奥で顔を真っ赤に染め、荒くなる呼吸を必死に整えるシルバ。

 だが、そんな一味の微笑ましい日常の時間は、ナミが慌ただしく甲板へと飛び出してきたことで、一瞬にして切り裂かれることになる。

「みんな、大変よ! ログポースの磁気が、とんでもない方向に書き換えられたわ! 新しい針路が指し示しているのは……世界政府の直轄地、未来島『エッグヘッド』よ!!」

 ナミの緊迫した叫び声が、サニー号全体に響き渡った。

 その島の名を聞いた瞬間、シルバの脳裏に、かつて裏社会で耳にした『ある男』の残酷な噂と、目の前のピンク色の髪の少女が背負う過酷な運命の糸が、一本の線となって繋がっていくのを強く感じていた。

「エ、エッグヘッドだとォーーーっ!?」

 ナミの叫び声に続いて、サニー号の食堂から大慌てで飛び出してきたのはウソップとチョッパーの二人だった。街での別行動からいつの間にか戻っていたルフィとゾロも、そのただならぬ空気に足を止める。

「エッグヘッドって、確かあの天才科学者ベガパンクの研究所があるっていう、政府の島だろ?」

 ゾロが三本の刀の並びを確かめながら、低く、警戒を孕んだ声を出す。サンジもタバコを咥え直し、青い瞳を新世界の不気味な空へと向けた。

「ええ。世界政府の直轄地にして、あらゆる未来の技術が集まる島よ。……でも、今のあの場所は、海軍の軍艦が不穏な包囲陣形を敷きつつあるという、最悪の火種を抱えた戦場でもあるのだけれど」

 ロビンが優雅に長い黒髪をかき上げながら、歴史の闇に埋もれた島の名前を静かに口にした。彼女の落ち着いた、けれど確かな重みを持つ言葉は、これからの航路がこれまでの冒険とは次元の違う危険を孕んでいることを一味に告げていた。

 その言葉を聞いた瞬間、それまでお土産の食材を嬉しそうに抱えていたボニーの身体が、目に見えて硬直した。彼女の大きな瞳から先ほどまでの勝気な輝きが消え、代わりに、底知れぬ焦燥と深い悲しみが混ざり合った、張り裂けそうな光が宿る。

(エッグヘッド……。そこに、ベガパンクがいる……! あたしの、おとうを改造した男が……!)

 ボニーはきつく唇を噛み締め、持っていた食材の袋をギリギリと力任せに握り潰した。彼女の胸の奥にあるのは、世界政府によって人間兵器『パシフィスタ』へと完全に改造され、自我を失ってしまった最愛の父親――バーソロミュー・くまを何が何でも救い出し、その本当の理由をベガパンクに問い詰めるという、命をも削る執念だった。

 マストの影に潜んでいたシルバは、前髪の奥からそのボニーの横顔をじっと見つめていた。

 彼女の全身から放たれる、今にも壊れてしまいそうなほどの張り詰めた気配と、それ以上に激しく滾る強い意志の炎。シルバの研ぎ澄まされた見聞色の覇気は、彼女が背負う運命の重さを、まるで我がことのように生々しく捉えていた。

(バーソロミュー・くま。元革命軍にして、元王下七武海。……世界政府の奴ら、あの男をそこまで玩具にしやがったか)

 シルバは裏社会の賞金稼ぎとして、かつて世界政府や海軍が裏で進めていた不穏な『人間兵器計画』の噂を何度も耳にしていた。地獄のような訓練に耐え、ただ身一つと覇気だけで生きてきたシルバだからこそ、その計画がいかに非道なものであるかが分かる。そして今、目の前で今にも泣き出しそうな顔をしながら、それでも必死に前を向こうとしているピンク色の髪の少女が、その残酷な歴史の被害者であることを完全に理解した。

 シルバの右拳が、ボロボロのコートのポケットの中で、静かに、けれど鋼のように硬く染まっていく。バリバリと微かな黒い雷光が、彼の肌を伝って冷たく弾けた。

 男の悪党どもをただ一瞥で平伏させてきた『黒雷』の力。それは、世界の頂点に立つための力であると同時に、彼にとっては、己の守るべき美学を貫くための盾でもあった。

 女性は殴らない。それは、彼女たちが世界の『未来』を産み落とし、紡いでいく尊い存在だからだ。ならば、その未来を理不尽な暴力と世界の闇で踏みにじろうとする男の悪党(世界政府)どもに対し、彼が振るうべき拳の理由は、すでにこれ以上ないほどに完成していた。

「――おい、大食らい」

 シルバはのっしのっしと重い足取りでマストの影から這い出ると、ボニーのすぐ隣へと歩み寄り、いつも通りそっぽを向いたまま低く呟いた。

「あァ!? なんだよシルバ、あたしは今、それどころじゃ――」

「お前の後ろには、俺がいる。……街の野郎どもを片付けた時と同じだ。行くぞ、未来の島へ」

 顔は見ない。声もぶっきらぼうで不器用極まりない。だが、その言葉に込められた圧倒的な芯の太さと確かな覇気は、ボニーの震える心を真っ正面から力強く支えてみせた。

「……っ、テメェ、本当にどこまでも生意気な化け物だな!」

 ボニーは一瞬だけ目を見開いた後、フッといつもの勝気で眩しい笑顔を取り戻し、シルバの腕をガシッと乱暴に掴んだ。目が合っても一切怯まない彼女の瞳が、至近距離でシルバの視界を再び熱く焦がしていく。

(な……っ!?)

 またしても急激に顔が熱くなるのを感じ、シルバは慌てて乱暴にフードを引き下げてそっぽを向いた。

「ふふ……本当に息がぴったりの共同戦線ね。エッグヘッドの厳しい寒さも、今の二人ならすぐに吹き飛んでしまいそうだわ」

 それを見ていたロビンが、いつものように上品で、けれど楽しそうに目を細めてクスクスと笑い声を響かせた。

「面舵いっぱーーーいっ!! 突き進むわよ、未来島エッグヘッドへ!!」

 ナミの力強い号令と共に、サニー号は白波を立てて激動の海へと舵を切った。

 無能力にして最強の覇王シルバ。彼が流儀を貫き通し、最愛の少女を世界の絶望から救い出すための、真の決戦の幕が今、静かに上がろうとしていた。

(第7話・了)

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。