『ONE PIECE:黒雷の流儀』   作:トート

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第8話:『未来島エッグヘッド、絡み合う因縁』

「うおォォォ! なんだこのアイス、めちゃくちゃ美味(うめ)ぇ!」

「おいルフィ、あたしの分まで横取りすんじゃねぇよ! これもベガパンクの未来の技術なのか!?」

 白く、どこか無機質な近未来の建造物がそびえ立つ島――未来島『エッグヘッド』。

 上陸するや否や、ホログラムの怪獣や無人調理機に大はしゃぎしていたルフィとボニーは、冷たいアイスを口いっぱいに頬張りながら、さっそく騒がしく次の区画へと走り出していた。

 その賑やかな背中から数十歩遅れて、シルバはいつものように深くフードを被り、長い前髪の奥に両目を隠したまま歩いていた。周囲の冷たい風がコートの裾を揺らす。チョッパーに巻いてもらった頭の包帯はすでに外れており、その肉体はどんな突発的な戦闘にも即座に対応できる全盛期のキレを取り戻していた。

「――ねぇ、シルバ。顔、険しいわよ?」

 カツカツとヒールの音を響かせ、隣を歩くロビンがフッと上品に微笑みながら彼の顔を覗き込んできた。

「ベガパンクの研究所に近づくにつれて、あなたのその凄まじい気配(覇気)が、少しずつ外に漏れ出しているわ。……そんなに心配?」

「……フン、何の冗談だ、ニコ・ロビン。俺はただ、この島の空気(気配)が肌に合わねぇだけだ」

 シルバは頑なに首を横に向け、ロビンから視線を逸らした。低い声で冷淡を装うが、見聞色の覇気は、前方を走るピンク色の髪の少女の「小さく震える心の気配」を正確に捉え続けていた。

「ふふ、相変わらず素直じゃないのね。でも……無理もないわ」

 ロビンは少しだけ表情を引き締め、本を胸に抱え直した。

「この島は世界政府の最高機密が眠る場所。そして、あの子の父親……バーソロミュー・くまの人生を狂わせた、すべての始まりの場所でもあるのだから」

 ロビンの言葉通り、ベガパンクの研究所(ラボフェーズ)へと近づくにつれ、島のハイテクな輝きの裏に潜む、世界政府のドス黒い闇の気配が濃くなっていく。シルバの右拳が、ボロボロのコートのポケットの中で、静かに、けれど鋼のように硬く染まっていった。

「――ここが、ベガパンクの部屋か……!」

 ルフィたちと合流し、ついにたどり着いた研究所の最奥。

 そこに置かれていたのは、数々の奇妙な機械と、部屋の中央に浮かぶ巨大な『記憶の塊』のような光の球体だった。

「おい、ベガパンク! どこにいやがる! あたしのおとうを……くまを元に戻しやがれ!」

 ボニーは部屋の壁を乱暴に叩き、涙を浮かべながら叫んだ。だが、返ってくるのは冷たい機械の動作音だけだった。

 その時、シルバの見聞色の覇気が、研究所のモニターに映し出された『あるデータ』を捉えた。世界政府によって人間兵器『パシフィスタ』へと完全に改造され、自我を奪われていったバーソロミュー・くまの、血の滲むような過酷な記録。

 娘を守るため、未来を紡ぐために、自らの肉体も精神もすべてを政府に捧げた男の、あまりにも残酷な真実。

「……おとう……。なんで……なんであたしを置いて、そんなことしちまったんだよ……っ!」

 データを目にしたボニーは、ついに堪えきれずにその場に膝をつき、激しく床に涙をこぼした。先ほどまでの勝気な強がりは完全に崩れ去り、一人の傷ついた少女の、張り裂けそうな慟哭が冷たい部屋に響き渡る。

 ルフィが険しい顔で拳を握り、ロビンが悲しそうに目を伏せる中、シルバはのっしのっしと重い足取りでボニーの前に歩み出た。

「おい、大食らい」

 シルバは彼女の前にドカリとしゃがみ込むと、いつも通りそっぽを向いたまま、低く、けれど地を這うような確かな質量を持つ声で話しかけた。

「あァ!? シルバ……テメェに、あたしの気持ちが分かってたまるかよ……っ!」

 涙を拭いながら、ボニーが真っ赤になった瞳でシルバを強く睨みつける。目が合っても絶対に怯まない、彼女の強く儚い瞳が、至近距離でシルバの視界を真っ白にジャックした。

(ドクン、とシルバの心臓が激しく跳ね上がる。)

 いつもならここで顔を真っ赤にして逃げ出すシルバだったが、今は違った。彼は前髪の奥の「王の眼」を、初めてボニーの瞳へと真っ直ぐに向けた。

「あぁ、分からねぇよ。だが……これだけは分かる」

 シルバの右拳から、バリバリバリッと、空間を物理的に引き裂くほどの漆黒の雷光が激しく弾けた。島全体の空気が、彼の放つ圧倒的な覇王色の余波で数トン重くなる。

「その『くま』って男が命がけで遺したお前の未来を、世界の闇で踏みにじろうとする奴らがいるなら――」

 シルバはボニーの涙をその大きな手で乱暴に拭うと、不敵にニヤリと笑ってみせた。

「海軍だろうが世界政府だろうが、俺がこの『黒拳』で、全員跡形もなくブッ飛ばしてやる」

「……っ、な、何してんだよテメェ! あたしは子供じゃねぇんだぞっ!」

 シルバの無骨で大きな手によって涙を乱暴に拭われ、ボニーは一瞬だけ呆気に取られたように目を見開いた後、顔をりんごのように真っ赤にして激しくまくしたてた。照れ隠しを隠しきれない様子で、シルバの頑丈な胸元を拳でバシバシと力任せに叩きつける。

 世界の怪物を一瞥で沈めるシルバの「王の眼」が至近距離で自分を捉えているというのに、彼女の瞳にはやはり微塵の恐怖も宿っていない。むしろ、その瞳の奥にある強い光が、シルバの放つ漆黒の雷光を真っ正面から撥ね返していた。

(ドクン、ドクンと、シルバの心臓がうるさいほど爆音を立てる。)

 正面を向いたまま、ボニーの距離の近さに激しく動揺したシルバは、これ以上限界だとばかりに、バッと乱暴に視線を真横へと逸らした。耳の裏まで真っ赤に染めながら、深くフードを引っ張り下げて顔を隠す。

「……ふん。勘違いするな、大食らい。俺はただ、世界政府の野郎どものやり口が気に入らねぇだけだ」

 声を低く切り替え、そっぽを向いたまま応じるのが精一杯だった。

「ふふ……本当に頼もしい騎士様ね」

 そんな二人の様子をすぐ後ろで眺めていたロビンが、いつものように上品に、けれど楽しそうに目を細めてクスクスと笑い声を漏らした。

「でも、その自慢営業の『黒拳』を存分に振るう機会は、思ったよりも早くやってきそうだわ」

 ロビンの言葉が終わるか終わらないかの瞬間だった。

 研究所の冷たい金属壁に設置された無数の警告ランプが、一斉に血のような赤色に点滅し始めた。耳を劈(つんざ)くような大音量のサイレンが、白い部屋全体に鳴り響く。

『警告。ラボフェーズ内に不法侵入者を確認。世界政府直轄の最高暗殺機関「CP(サイファーポール)」の精鋭部隊、及び迎撃用パシフィスタが戦闘態勢に突入しました』

 無機質なアナウンスと共に、部屋の強固なセキュリティ扉が爆音を立てて吹き飛んだ。

 白煙の中から現れたのは、黒いスーツを身に纏い、冷酷な笑みを浮かべた政府の男たち数十人。立ち込める煙の影からはさらに、ボニーの父親である『くま』と全く同じ容姿をした、無機質な大柄な鋼鉄の人間兵器がずらりと並んで姿を現した。

「ひゃははは! 麦わらの一味、それにジュエリー・ボニー! まさか伝説の賞金稼ぎ『黒雷のシルバ』まで潜り込んでいるとはな! まとめてここで消去してやる!」

 政府の男たちが一斉に銃口を向け、剃(ソル)の高速移動で間合いを詰めてくる。

 ボニーはそのパシフィスタの姿を見た瞬間、再び身体を強張らせ、激しい怒りと悲しみで拳を震わせた。父親の姿をした人形が、自分たちに牙を剥こうとしているのだ。

「――ボニー、下がってろ」

 シルバの声が低く響いた。

 彼はのっしのっしと重い足取りで前へ出ると、深く被っていたフードをゆっくりと左手で跳ね上げた。長く伸びた黒い前髪の隙間から、世界を震わせる狂暴な「王の眼」が完全に剥き出しになる。

「おい、政府の犬ども。その中に、女の構成員はいるか」

「あァ!? 何を寝ぼけたことを――」

「いるなら今のうちに逃げ失せろ。俺の攻撃に巻き込まれたら、跡形も残らねぇぞ」

「ハッタリを! 我が精鋭部隊に女など一人もおらん! 全員が闇の暗殺術を極めた男たちだ!」

「……そうか。男(野郎)ばっかりか。なら――加減の必要すらねぇな」

 シルバが完全に両目を開いた、その刹那。

 バリバリバリバリ、バリッ!!!

 部屋全体の空気が、物理的な質量を伴って一気に数十トン重くなったかのように激変した。シルバを中心に放たれた『絶大すぎる覇王色の覇気』が、どす黒い稲妻となって四方八方の壁や床を激しく破壊していく。

「な、何だこのプレッシャーは……っ!? 身体が、動か……」

 襲いかかろうとしたCPの男たちが、恐怖に顔を歪めて次々と絶叫を上げた。シルバがただ視線を向け、その凶悪な眼光で睨みつけただけで、数十人の精鋭たちが一切の抵抗もできずに白目を剥き、バタバタと床へ崩れ落ちていく。ただの一瞥で、暗殺部隊が全滅したのだ。

「残るは、その鉄クズ(パシフィスタ)だけか」

 シルバの右拳が瞬時に漆黒の硬度へと染まり、バリバリと覇王色の黒雷を纏っていく。

 自我を持たないロボットの男相手なら、彼の流儀は何の枷にもならない。シルバは足の裏に武装色を集中させ、爆音と共に床を蹴って虚空へと跳躍した。

「『黒雷・一穿(こくらい・いっせん)』」

 上空から振り下ろされたシルバの黒拳。

 実際にはパシフィスタの鉄の頭部に触れてすらいない。だが、数センチ手前の空間で爆発した「流桜」の衝撃波が、数億円の価値がある人間兵器の巨体を、一瞬にして消し炭のように真っ二つに粉砕した。衝撃の暴風が研究所を吹き抜け、残されたロボットたちも次々と大破していく。

 たった一発。悪魔の実の能力を持たず、ただ身一つと覇気だけで世界の頂点に立つ男の、圧倒的な破壊の流儀。

 静寂が戻った研究所。シルバは何事もなかったかのように着地すると、再び前髪を下ろし、世界を震わせたその両眼を深く隠した。

「……すご……。テメェ、口だけじゃなくて本当に、とんでもなく強いんだな……」

 床に座り込んだまま、ボニーが呆然としながらも、その不敵な瞳をさらに激しく輝かせてシルバを見上げていた。

「フン、言っただろ。男が相手なら、俺は誰にも負けねぇよ」

 シルバは不敵にニヤリと笑ってみせたが、ボニーが感心したように一歩近づいてきた瞬間、またしても顔を真っ赤にしてフイッと視線を逸らすのだった。

 

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