タイズルスの落し子   作:ナゴン

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第五話 呑まれゆく黄金、至る叡智

 千手演算機構が繰り出す「確率の網」を、宇宙空間に漂う数万の戦艦の残骸(ジャンク)を足場にしてすり抜けたアンテラは、ついに主演算システム「 omni-プロセッサ」の中枢コアを複眼の視野の中心へと捉えた。

 

 それは鋼鉄の惑星の最深部、剥き出しになった地殻の底で、宇宙の万理を数式化して脈動する、幾何学的な結晶構造の主演算中枢。アンテラは無重力の宇宙空間から、引力の法則を【貪喰の主権】によって完全に自らの手へと書き換え、弾丸のごとき速度でその結晶コアへと肉薄した。

 

 細い紫紺の右腕が、淡々と突き出される。

 

 手の平の前に形成されたのは、光さえも吸い込む漆黒を帯びた紫色の重力渦。使令級の演算能力を誇るこの鉄の知性を、その存在確率、蓄積された全論理データ、そして歩んできた「知恵」の運命の軌跡に至るまで、情報のレベルで根底から咀嚼し、自らの肉体の階梯へと強制統合するための、冷徹な統治の爪。

 

 だが、アンテラの指先が結晶の表面に触れる、まさにその一連の駆動の刹那――。

 

 ズ、ザァァァァァァンッ!!!

 

 世界を拒絶するような、絶対的な黄金の輝きが、アンテラの視界を完全に遮断した。

 

 中枢コアの周囲に展開されたのは、百の手や千の掌による物理的な迎撃ではなく、博識学会の学士たちが「論理的に絶対に破られない定理」をエネルギーの位相へと変換して構築した、絶対不可侵の『黄金の光の障壁』であった。

 

 バチ、バチバチ、と硬質な音を立てて、アンテラの手の平に渦巻いていた【貪喰の主権】の重力波が、その黄金の壁に接触した瞬間から、激しい不協和音を上げて霧散していく。

 

 捕食の拒絶。アンテラのあらゆる生命データを情報の次元で分解しようとする紫の波動が、その障壁の前に、ただの一ミリメートルも内部へ侵入することを許されず、完全に弾き返されたのだ。 アンテラは反作用によって無重力の空間を数十メートル後退し、再び静然と佇んだ。

 

 その深紫の複眼は、微かな動揺も昂ぶりも見せず、ただ眼前の黄金の障壁が放つ数値の配列を冷徹にスキャニングしていた。

 

「……私の【貪喰の主権】による情報の統治を、論理の定義そのもので遮断している。捕食の数式を無効化する、絶対的な否定の定理か」

 

 アンテラの肩の傍らで、ルアン・メェイの鳥型監視装置が、黄金の光の余波によって激しい電磁ノイズを上げながら、そのスピーカーから初春のそよ風のような声を響かせた。

 

『本当に見事な拒絶ですね。あれは知恵の使令の出力によって維持された「論理の城壁」。宇宙のあらゆる存在確率をあらかじめ計算し尽くしていることで、あなたの持つ重力操作も、物質分解の権能も、すべて「計算済みの例外」として防壁の外側に隔離されてしまう。彼らの計算が続く限り、物理的な接触を果たすことさえ、この宇宙の理では不可能と言えるでしょう』

 

 ルアン・メェイの言葉を肯定するように、黄金の障壁は脈動を強め、アンテラの存在そのものを「不要な計算エラー」として空間から抹消するための、新たなる迎撃数理を構築し始めていた。 物理的な接触を拒まれた孤高の王と、全知の数理で籠城する鉄の使令。

 

 この絶対の拒絶を前にしてなお、アンテラの知性は、ただ冷ややかに次なる解法への演算を、深淵の如き速度で開始するのだった。

 

 「破られないと定義された定理……。ならば、その定義の前提を解体するまで」

 

 アンテラの声には、微塵の動揺もなかった。

 

 黄金の光の障壁から放たれる絶対不可侵の斥力を受け流しながら、王の細い身体は、一瞬にして中枢コアの周囲を円状に高速移動し始めた。残像が紫色の輪となってコアを囲む。その一歩一歩ごとに、【貪喰の主権】の波動を針のように細く研ぎ澄まし、障壁の表面へとミリ秒単位で打ち込んでいく。

 

 一打、十打、百打。

 

 それはかつてグラモスの空で交わされた鉄火の如き速度。しかし、黄金の盾は、アンテラの放つあらゆる超重力波、あらゆる運命の干渉を、ただの「ゼロ」として処理し続けた。数理的に証明された絶対不変の盾の前では、使令の放つ一撃でさえ、最初から存在しなかった数式として消去される。

 

 ピ、ピピピピピ……ッ!

 

 中枢コアの警告音が、一転して不気味な高音へと変わる。

 

 omni―プロセッサの主演算装置が、防衛から「完全排除」へと計算のフェーズを移行させたのだ。絶対定理の障壁が微かに流動し、黄金の光そのものが無数の『幾何学的な結晶の刃』へと姿を変えていく。

 

 宇宙の定義そのものが牙を剥く。

 

 空間の座標そのものを「アンテラという生命が存在しない数式」へと書き換えるための、絶対論理の千手が、四方八方から音もなく押し寄せた。

 

 ド、バ、バ、バ、バ、バ、バッ!!!

 

 白亜の鋼鉄の床が、座標の消失と共に消滅していく。

 

 アンテラは身に纏う不可視の重力障壁を出力最大で展開したが、黄金の刃が触れた瞬間、その重力圏すらも「論理の矛盾」として容易く切り裂かれた。王の紫紺の外殻に、初めて浅い一筋の亀裂が走り、中から美しい紫色の体液が蒸気となって漏れ出る。

 

『危険です、アンテラ。その刃に触れ続ければ、あなたの細胞の配列情報そのものが「存在しないもの」として全消去されてしまいます。私の計算式でも、その絶対定理を内側から崩すコードは導き出せない。……一度、私の宇宙艇まで撤退してください』

 

 鳥型の監視装置から、ルアン・メェイの切迫した声が響く。彼女ほどの天才にとっても、確定された宇宙の公理と真っ向から殴り合うのは、無謀の極みであった。

 

 だが、アンテラはその警告を平坦な思考で切り捨てた。

 

 「……撤退などという選択肢は、私には存在しない。破られない定理があるのであれば――」

 

 アンテラは跳躍し、迫り来る黄金の刃の網目を、物理法則を無視した超音速の機動で潜り抜ける。

 

 外殻の数箇所が削られ、再生の速度を上回るほどの論理消去が肉体を蝕んでいく。しかし、その深紫の複眼の奥では、これまでに喰らってきた「壊滅」「豊穣」「巡狩」「調和」、すべての運命の因子が、一つの壮大な計算式として超高速で編み上げ直されていた。

 

「――その定理を成立させている『知恵』の根源ごと、私の胃袋に収めるのみ」

 

 傷つきながらも、王の冷徹な眼は、黄金の障壁の奥にある「数式の繋ぎ目」を、ただ静かに見据えていた。

 

 「omni―プロセッサよ。お前の計算は完璧だ。だが……決定的な前提を見落としている」

 

 幾何学的な光の刃がアンテラの細い首筋を掠め、紫紺の外殻が激しく火花を散らす中、アンテラは中枢コアの真上へと到達していた。

 

 空間を埋め尽くす黄金の連撃は、まさに数理の千手観音。一秒に数億回振るわれる「存在否定」の概念打突に対し、アンテラは自身の肉体を極限まで加速させていた。

 

 ド、ド、ド、バ、バ、バ、バッ!!!

 

 激突の衝撃波が、ロゴス=ナインの最下層を物理的にへこませていく。白亜の合金床は原子レベルで結合を解かれ、ただの電子の霧となって霧散していく。

 

 アンテラは空中を蹴り、omni―プロセッサが放つ絶対定理の「波動の隙間」へと、針の穴を通すような精度で滑り込んだ。

 

 王の四肢はすでに、数万回の不可視の打突によってズタズタに引き裂かれていた。豊穣の因子による超高速再生と、絶対定理による存在消去が、細胞の一粒一粒を舞台にして熾烈な主導権争いを繰り広げている。肉体が再生した刹那に消滅し、消滅した直後にまた肉々しき紫紺の組織が盛り上がる。

 

 筆舌に尽くしがたい激痛が脳を焼くはずの領域。しかし、アンテラの精神は、凍てついた絶対零度の湖のように静まり返っていた。

 

「……お前は詰みだ」

 

 アンテラは呟く。

 

 omni―プロセッサが展開する「絶対に破られない定理」。その数式が前提としているのは、この宇宙に現存する『星神たちが定めた法則』の範疇に収まる生命体のみ。宇宙の物理法則という「ルールの内側」で動く駒である限り、知恵の使令が敷いた絶対の公理からは逃れられない。

 

 だが、眼前にいるアンテラという存在は、何か。

 

 繁殖の神タイズルスが最期に運命を捻じ曲げて遺した、生殖能力を持たない「不生のバグ」。さらにはルアン・メェイの温室で他系統の因子を貪り、惑星「フェルマータ」で調和の精神波をも同化した、既存の宇宙のどの分類にも当てはまらない『絶対的な規格外』。

 

 アンテラの脳内で、取り込んだばかりの「調和」の因子が最大出力で駆動を始めた。

 

 それは他者を同化させるためではなく、omni―プロセッサが放つ黄金の絶対定理の波形に対して、完璧な「論理的矛盾(悖理))」を突きつけるための逆共鳴。

 

「私は宇宙の数式に収まる存在ではない。私が存在するということ自体が、お前の公理に対する最大の不協和音だ」

 

 アンテラが両手を黄金の障壁へと直接突き立てた。

 

 ガ、ギ、ギ、ギ、ギギギギッッ!!!

 

 王の指先が黄金の膜に触れた瞬間、空間そのものがへし折れるような異音が鳴り響く。

 

 破られないはずの黄金の盾の表面に、パキ、と不気味なノイズが走った。アンテラという「存在してはならない数式」が直接触れたことで、omni―プロセッサの主演算装置に、宇宙の物理法則のバグによる猛烈なフリーズが発生したのだ。

 

 黄金の障壁が、激しく明滅を始める。

 

 omni―プロセッサの中枢は、この「計算不可能なバグ」を排除すべく、残された全エネルギーを注ぎ込んで、さらなる超高密度の定理の槍を形成した。数千、数万の黄金の槍が、アンテラの心臓を目掛けて一斉に収束する。

 

「無駄だ。その数式はすでに、私の存在によって解を失っている」

 

 アンテラは避けない。

 

 迫り来る槍の雨を、あえてその胸元で正面から受け止めた。

 

 ド、ゴ、ォ、ォ、ォ、ォ、ンッ!!!

 

 王の胸部が大きく陥没し、紫色の外殻が弾け飛ぶ。しかし、アンテラは一歩も退かない。それどころか、突き刺さった黄金の槍を、自らの肉体の内側に存在する「空虚(貪喰の領域)」へと無理やり引きずり込み、内側からそのエネルギーの性質を書き換え始めた。

 

 調和の逆共鳴が、omni―プロセッサの制御コードを内側から狂わせていく。

 

 それは美しい歌声をノイズで塗りつぶすかのような、絶対的な情報汚染。

 

 ピ、ガガガガ、ピ、ピピピピピ――ッ!!!

 

 中枢コアから、これまで聞いたこともない絶望的な電子の悲鳴が上がる。

 

 黄金の光の刃が霧散し、絶対定理の障壁が、ただの「未確定なエネルギーの塊」へと格下げされていく。その隙を、王の冷徹な本能が見逃すはずもなかった。

 

「【貪喰の主権】、全機能解放」

 

 アンテラの全身から、光さえも吸い込む漆黒を帯びた紫色の重力渦が爆発的に膨れ上がった。

 

 ズ、ガ、ガ、ガ、ガ、ガ、ガ、ガァァァァァンッ!!!

 

 それは物質としての破壊ではない。人工演算星系「ロゴス=ナイン」が幾星琥珀にわたって蓄積してきた「知恵」の全論理情報、使令級の全自動演算コード、そして星系の因果そのものが、アンテラの手の平を通じて、情報の濁流となってその肉体へと吸い込まれていく。

 

 凄まじい情報の奔流が、アンテラの神経系を駆け巡る。

 

 数万年分の宇宙の歴史、博識学会が導き出した数理の真理、星神ヌースが見つめる世界の数式――そのすべてが、アンテラの胃袋の中でドロドロに溶かされ、再構築されていく。

 

 あまりの情報の重さに、一瞬、アンテラの複眼が白濁し、精神が宇宙の深淵へと引っ張られそうになる。

 

(これが……ヌースの視界か……)

 

 だが、王の「捕食」への執念は、その神の如き知性の水濁すらも、力ずくでねじ伏せた。

 

 博識学会の英知の結晶が、ただ一匹の王の『知性の栄養素』へと変えられていく。

 

  ゴキ、バキ、バキ、バキッ!!!

 

 アンテラの体内で、すべての運命の回路が臨界点を越えて組み替えられていく。

 

 壊滅、豊穣、巡狩、調和、あるいはそれ以上のもの。

 

 宇宙の全事象を網羅する知恵の使令の力を取り込んだことで、アンテラの深紫の複眼には、星々の運行、運命の星神たちの思考の軌跡さえも予測し得る、筆舌に尽くしがたい神の如き冷徹な知性が宿った。傷ついていた紫紺の外殻は瞬く間に修復され、より洗練された、神々しくも悍ましい漆黒の紫へと変態を終える。

 

 すべての演算の音が消え、ロゴス=ナインには完全な、凍りつくような静寂が戻ってきた。  アンテラは自身の新しく最適化された細い指先を静かに見つめ、それから肩の側で呆然とホバリングしているルアン・メェイの鳥型監視装置へと、冷ややかな視線を向けた。

 

『……宇宙の確定された公理を、自らの存在そのものの矛盾でへし折って、丸ごと喰らい尽くすとは…アンテラ、あなたは本当に……』

 

 ルアン・メェイの声には、いつものおっとりとした余裕はなかった。生命の再現を追う天才の瞳には、いよいよ自らの計算を完全に超越した「本物の神の雛形」への、底無しの、しかし美しい狂気が染み付いていた。

 

 アンテラは感情を排した声で、静かに告げた。

 

「ルアン・メェイ。お前の言う通りだ。数多の運命を統べることで、私は私を縛る神の呪縛を書き換える……」

 

 知恵の使令を喰らい尽くした孤高の王、アンテラ。

 

 新たな神としての胎動は、今や宇宙の理そのものを震わせながら、次なる捕食の航路へとその爪先を向けるのだった。

 

 

 スターピースカンパニーの戦略投資部。そこは、銀河の富の過半を直接的に動かし、そのすべての利益を「存護」の星神クリフォトへと捧げるための経済的・軍事的決断を下す、冷徹なる絶対算盤の座である。その意志は時に一星系の生死を数秒で決定し、時に未知の宙域を丸ごと買い上げる。

 

 その最深部にある円卓の間は、今、凍りつくような沈黙に支配されていた。

 

 部屋の壁面を埋め尽くす数百のモニターには、無数の数式、株価の乱高下を示すグラフ、そして各セクターの軍事境界線が目まぐるしく表示されている。しかし、中央のホログラム投影機が映し出し、誰もが言葉を失って見つめているのは、ただ一つの「完全なる虚無」の映像であった。

 

 かつて、博識学会の英知が結晶し、幾星琥珀にわたって宇宙の真理を演算し続けていた人工演算星系「ロゴス=ナイン」。その星系が存在していたはずの座標には、今、太陽も、惑星も、人工建造物も、ただの一片の電子の塵すら残されていない。

 

 爆発の残骸も、放射線の余波もない。それはまるで、宇宙という壮大なキャンバスから、ロゴス=ナインという存在そのものが、最初から描かれていなかったかのように、綺麗さっぱりと「消去」されたかのような光景であった。

 

「――損失、一星系。および、我がカンパニーが多額の資金を融資し、博識学会が総力を挙げて管理していた自律暴走演算システム、omni―プロセッサの完全なロスト。これが、現時点で判明している唯一の確定情報よ」

 

 静寂を破ったのは、卓に気怠げに頬杖をついた女性――トパーズの声だった。

 

 彼女の傍らで、次元プーマンの「カブ」が怯えたようにその丸い身体を小刻みに震わせ、トパーズの膝の裏へと隠れようとしている。プーマンの鋭敏な感覚は、ホログラムの映像越しにすら、その宙域に残留する、名もなき「何か」の悍ましい残滓を察知しているようだった。

 

「学会の連中は、通信が途絶える直前に『宇宙の公理がへし折られた』『絶対に破られないはずの盾が……』なんて、正気とは思えない暗号コードを遺して全滅したわ。反物質レギオンによる破壊の痕跡はない。星核の活性化の兆候もない。それなのに、博識学会の最高峰の知恵が、一瞬にして形も遺さず消え去った。これは『存護』の資産に対する、カンパニーの歴史上でも最大級の、原因不明の『大穴』よ」

 

 トパーズは手元の端末を操作し、さらに詳細なデータを円卓に展開する。だが、そこにあるのは演算が失敗したことを示す赤色のエラーログばかりだった。どれほどカンパニーの超高性能レーダーを駆使しようとも、消滅の「原因」となる熱源や重力波の逆算ができない。犯人の身元はおろか、生命体の仕業であるかどうかも、データの上では完全に『不明』であった。

 

 トパーズの正面で、きらびやかなトランプのカードを指先で器用に弄んでいた青年――アベンチュリンが、不敵な笑みを崩さずに言葉を継いだ。彼の瞳は、サイコロの出目を弄ぶかのように妖しく明滅している。

 

「へえ、あの絶対に破られない定理の障壁を誇っていた知恵の使令がね。レギオンでも、巡海レンジャーの仕業でもないとなると……宇宙の物理法則のバグか、あるいは星神の気まぐれか。どちらにせよ、算盤の珠を弾く前に、盤ごと虚空に呑まれたってわけだ。博識学会の最大パトロンとしては、投資額の回収どころか、歴史的な大赤字もいいところさ」

 

 アベンチュリンは手元の一枚のカードを卓に叩きつける。それは、道化師が深淵へと飛び降りるような、不吉な絵柄だった。彼の美しい、しかし常に死線を踏み越えてきた狂気を孕んだ双眸が、冷徹に細められる。

 

「だが、原因が何であれ、ダイヤモンドの『基石』を動かすには十分すぎる事態だ。犯人の姿が見えないというのなら、その不可視の災厄が立ち去る前に、空間そのものを『固定』してしまえばいい。三光年を丸ごと鉄格子で囲めば、どんな神の気まぐれだって、檻の柵にぶつかって音を立てるはずさ」

 

 戦略投資部が下した決断は、電光石火であった。

 

 ロゴス=ナインの消滅が宇宙の金融市場に未曾有のパニックを引き起こす前に、カンパニーの誇る巨大防衛機甲、星間封鎖艦隊、そして概念的な空間固定装置が、ロゴス=ナインの跡地を中心とする宙域へと一斉に跳躍を開始する。

 

「……トパーズ、君はどう見る?」

 

 アベンチュリンがダイスを弄びながら問いかける。トパーズは、モニターに映る冷え切った虚無の宙域を見つめたまま、ただ小さく息を吐いた。

 

「データがない以上、賭けは成立しないわ、アベンチュリン。でも、一つだけ確かなことがある。この無音の消失には、知的生命体の冷徹な『意志』のようなものを感じるの。もし、これが私たちの想定を超える『何か』の仕業だとしたら……」

 

「それこそ、僕の全財産を賭けるに値するゲームだ」

 

 アベンチュリンの笑みが深まる。

 

 スターピースカンパニーという巨大な組織が、その総力を挙げて構築する「鉄の包囲網」。それは、正体不明の『原因』をあぶり出すための、絶対に突破を許さない強固な檻の構築であった。  暗黒の宙域へと次々に現れるカンパニーの黒鉄の巨艦。その無数の光が、静かに檻の格子を編み上げていく。原因不明の消失という絶望の影に対して、カンパニーは「存護」という名の物質的・概念的な絶対防御をもって、真っ向からその姿を暴こうとしていた。

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