感想、評価に感謝。
スターピースカンパニーの旗艦「メガ・ウェルス号」の巨大なメインスクリーンに映し出されたのは、銀河のいかなる天体物理学の教科書にも存在しない、宇宙の因果そのものが捻じ曲がっていく絶望のプロセスであった。
「な……、あ、あれは……何なんだ……!?」
艦長の喉から、掠れた、獣のような悲鳴が漏れ出た。
小型の私有艇の上に立つ、正体不明の紫紺の生命体――アンテラ。その背後の虚空が、まるでガラスが割れるかのようにパキパキと不気味な亀裂を走らせ、そこから染み出してきたのは、見る者の精神を根底から汚染するような『深紫の光の粒子』であった。
光はまばゆい黄金の輝きではなかった。それは、暗黒の真空よりもなお深い、血と虚無を混ぜ合わせたような悍ましくも美しい紫紺の輝き。その光の濁流が瞬く間に空間の座標を編み上げ、一尊の、神々しくも悍ましい超巨大なシルエットを物質化させていく。
顕現したのは、アンテラ自身の肉体を構成する外殻に酷似した、冷徹な昆虫の硬質甲殻を身に纏う【千手演算機構】であった。
それは、博識学会が「不変の公理」として神聖視していた知恵の数理を、アンテラというバグが強引に捕食し、自らの「貪喰」の概念へと書き換えて鋳造し直した、絶対破壊の機構。幾何学的な曼荼羅を描くようにして、宇宙の闇に一斉に展開された数千、数万の紫紺の機械腕。その無数の指先が、空間をハッキングするための数式の波形を帯びて怪しく蠢いている。
「か、艦長! 敵性存在を中心とする空間の『存護』の固定障壁が、内側から完全に書き換えられています! 制御権が……カンパニーのホストサーバーから、あの千手の機構へと強制移譲されていく! システムが、奪われているッ!?」
オペレーターの悲鳴がブリッジに響き渡るが、艦長にはそれを制する言葉すら残されていなかった。
彼らが誇っていた、光の一粒すら逃がさないはずの「鉄の檻」。空間をガチガチに固定していたカンパニーの概念格子が、その紫紺の機械腕が指先を僅かに躍動させただけで、まるでただの薄い紙切れのように、いとも容易く引き裂かれ、書き換えられていくのだ。
そして、アンテラが冷徹にその指先を「メガ・ウェルス号」へと向けた瞬間、蹂躙の幕が上がった。
ド、バ、バ、バ、バ、バ、バ、バッッッ!!!
音の無い真空の宇宙で、数万の紫紺の手が一斉に突き出された。
それは物理的な打突ではない。宇宙の構造そのものをデータレベルで「解体・咀嚼」するための、数理の絶滅連撃。包囲網を形成していたカンパニーの最新鋭の宇宙戦艦群が、その紫紺の手が触れた瞬間に、爆発することすら許されずに、物質としての結合を根底から失っていく。
最前線にいた重装甲巡洋艦が、一瞬にして四角いブロック状のデジタルデータへと解体され、そのままアンテラの背後の千手へと吸い込まれて消滅した。さらに別の防衛機甲の軍勢が、空間の座標ごと握り潰され、ただのノイズの霧となって霧散していく。
「あ、ああ……。我がカンパニーの、無敵の艦隊が……! クリフォトの盾が、貪り食われている……!?」
艦長は、メインスクリーンに映る自軍の戦闘艦隊が、まるで算盤の珠をバラバラに破壊されるかのように瞬く間に「消去」されていく光景を、ただ呆然と見つめることしかできなかった。
旗艦「メガ・ウェルス号」の周囲にいた姉妹艦が次々とデータに還元され、そのエネルギーがアンテラの血肉へと変わっていく。エネルギーの放射の高まりを示していた計器は、もはやカンパニーの算盤では測りきれない無限の領域へと到達し、過負荷によって次々と爆発、火花を散らして沈黙していった。
完璧だったはずの包囲網は、わずか数十秒のうちに、全体の過半を失う絶望的な不良債権へと変えられていた。紫紺の千手が描く絶対の絶滅の軌道は、いよいよこの旗艦の眼前にまで迫りつつあった。
スターピースカンパニー戦略投資部が誇る最新鋭旗艦「メガ・ウェルス号」の重厚なブリッジは、もはや一つの巨大な精神病院、あるいは死刑を執行される直前の囚人たちが閉じ込められた冷たい牢獄と化していた。空間を支配しているのは、静寂ではなく、無数の電子機器が過負荷によって断末魔の悲鳴を上げる高周波のノイズと、人類がこれまでの歴史で蓄積してきたあらゆる「絶望」を凝縮したかのような生々しい恐怖の気配であった。
「全艦……! 全艦へ告ぐ、即座に陣形を崩せッ! カンパニーの防衛規律を一時凍結する! 各艦の個別の判断において、最大出力での散開を許可――いや、命令するッ!!」
艦長は、血の気の完全に失せた幽霊のような顔で通信マイクを両手で強く掴み、喉の粘膜が千切れんばかりの絶叫を全通信回線へと叩きつけた。彼の拳は恐怖による極度の緊張で激しく震え、爪が手の平に食い込んで生々しい血が滲んでいたが、その痛みを感じる余裕すら今の彼には残されていなかった。数分前まで、あれほど誇らしげに、傲慢に語っていた『存護』の意思による空間固定も、敵を完全に包囲するための緻密な数理陣形も、今の彼にとっては己の首を絞めて窒息させるための冷たい縄でしかなかった。戦術、戦略、規律、そのすべてが、眼前の怪物の前では無意味な記号へと成り下がっていた。
メインスクリーンの向こう側では、アンテラが顕現させたあの悍ましき「紫紺の千手演算機構」が、数千、数万の腕を規則正しく、しかし人間の動体視力では到底捉えきれない絶対的な速度で躍動させている。その細く硬質な指先が宇宙の真空を軽くなぞるたびに、カンパニーが天文学的な資金を融資して建造した最新鋭の宇宙戦艦が、爆発の炎すら遺さずに、ただのデジタルデータの幾何学模様へと解体され、そのまま胃袋へと貪り食われていく。真っ向から立ち向かうなど、ただの自殺行為に過ぎなかった。カンパニーが何世代もの時間をかけて築き上げてきた富の結晶が、ただの一匹のバグの『リソース』として消費されていく光景は、ブリッジにいる全員の理性を内側から破壊するのに十分な破壊力を持っていた。
「退避だ! 反転して即座に跳躍しろ! 遮蔽物を探すな、質量兵器をすべて破棄して軽量化しろ! とにかくこの座標から、一秒でも遠くへ離れろッッ!!」
艦長の狂乱に満ちた命令を受け、数秒前まで完璧な檻を構成していた黒鉄と黄金の巨艦群は、一斉にその推進スラスターを最大出力で点火した。かつて多くの未開惑星や敵対勢力をその圧倒的な物量で恐怖に陥れてきたカンパニーの無敵艦隊が、今はただの一匹の虫のような生命体から逃れるため、バラバラになって、まるで巣を突つかれた蜘蛛の子が散るように四方八方へと逃げ惑い始める。かつての誇り高き「存護」の壁は見る影もなく崩壊し、ただ個人の浅ましい生存本能だけが、宇宙の闇に不揃いな光の軌跡を描いていった。軍隊としての統制は完全に消失し、ただひたすらに、自分が喰われるまでの時間を数秒でも引き延ばしたいという見苦しい逃走劇が幕を開けた。 だが、知恵の使令の力を我が物とし、世界のすべての数式を網羅したアンテラから逃れることなど、この宇宙のいかなる物理法則や高出力のエンジンを以てしても、絶対に不可能な領域にあった。
ピ、ピピピピ、ピーーーーーーッッッ!!!
旗艦の通信コンソールが、突如として制御を完全に失ったかのように激しい火花を散らし、警告音を鳴らし始めた。艦長の耳元に深く差し込まれたインカムへ、そしてブリッジの全スピーカーへ、散開して宇宙の闇へと逃げ延びたはずの各艦から、凄まじい密度の無線通信が同時多発的に流れ込んでくる。それは、統制された軍隊の正確な戦況報告などでは断じてなかった。ただの、死を前にした人間の、醜くも哀れな絶叫の濁流であった。
『こちら第三巡洋艦「ゴールデン・ゲート」ッ! 逃げられない、前方空間の数式が書き換えられている! 推進機関が逆転――ああああっ、手が、紫の腕が、船体を直接ハッキングしてくるッッ! 装甲が溶けているのか!?私たちの存在そのものが『不要な数式』としてゴミ箱に捨てられていくんだ! 誰か、誰か助けてくれ――!』
『助けてくれ! 艦長、メインエンジンが消失した! 衝撃波を検知できない、ただ存在そのものを消去されているんだ! 嫌だ、私はまだ死にたくない、カンパニーの株を、次期役員の昇進の権利を、まだ手放したくない! 私はまだ、富を――ガガッ、ピーーー……』
『うああああああっ! 誰か、誰かあの怪物を止めてくれ! あれは化け物だ、クリフォトの敵だ! 盾が、私たちの信じていた絶対の障壁が、ただの栄養剤のように舐め取られていく……! 私たちの人生の価値が、全部あいつの餌に――!!』
無線から響くのは、部下たちの血を吐くような助けを呼ぶ声、理性を完全に失い狂気へと逃避した絶望の叫び、そして最後は例外なく、プツリと冷酷に情報の糸を絶ち切られる無音のノイズ。その一つ一つの沈黙が、その座標にいた数千、数万のカンパニー社員たちの『完全な消滅』を意味していた。
蜘蛛の子を散らすようにバラバラに逃げようとした艦隊の動きすらも、アンテラの脳内にある「知恵」のプロセッサにとっては、最初から折り込み済みの単純な一次方程式に過ぎなかったのだ。各艦が逃げるはずの未来の座標には、すでに紫紺の千手の指先が先回りして正確に配置されており、逃げようとした戦艦は、自らその死の手の平へと飛び込む形になっていた。彼らがどれほど必死に計算し、逃走ルートを導き出そうとも、その計算の基礎となる数理そのものがアンテラの手の中に握られている以上、すべての選択肢は最初から『死』という一つの解に収束していた。
艦長は、その無数の絶望のセリフが耳を
計器の画面はすべて、生存確率『0%』の無慈悲な赤文字を表示したままフリーズしている。彼らの命、これまで積み上げてきた富、そしてスターピースカンパニーという銀河最大の組織としての栄光が、今まさに、あの紫紺の曼荼羅の内側でドロドロに溶かされ、一匹の王の知性をさらに高めるための栄養素へと再構築されていく。逃げ惑う巨艦の群れは、ただの贅沢な晩餐のコース料理に過ぎなかった。
スターピースカンパニーの旗艦「メガ・ウェルス号」は、死に物狂いの超空間跳躍を敢行し、辛うじてあの地獄の座標から離脱することに成功していた。
「……ハァ、ハァ、ハァ……。に、逃げ切った……のか?」
艦長は、コンソールに両手を突き、過呼吸気味の息を吐き出しながら、ようやくの思いで顔を上げた。 恐怖によって麻痺しかけていた思考を奮い立たせ、彼は震える指先で背後のメインスクリーンを作動させる。そこに映し出されたのは、今しがた自分たちが脱出してきた、人工演算星系「ロゴス=ナイン」の跡地を中心とする広大な宙域であった。 だが、スクリーンを視界に収めた瞬間、艦長は息を詰まらせた。
ほんの数分前まで、星系を完全に覆い尽くすほどの規模で展開されていた、黒鉄と黄金の美しきスターピースカンパニーの無敵宇宙戦艦群。それらは今、見る影もなかった。光の一粒、電子の迷い一つすら逃がさないと豪語していたカンパニーの誇る戦闘艦隊の海は、どこを見渡しても存在しない。
そこにあるのは、すべてを冷酷に呑み込んだ、底無しの暗黒と静寂の闇だけであった。
「……全滅……? 嘘だろ……。我が艦隊の過半数が、本当に一瞬で……消えたというのか……?」
艦長の身体を、言葉にできないほどの激しい戦慄が駆け巡った。どれほどの予算が、どれほどの物量が、そして何よりも、どれほど無数のカンパニー社員たちの命が、あの紫紺の機構の前にただの「栄養素の配列」として処理され、消去されてしまったのか。その天文学的な損失の重さが、彼の脳髄に直接のし掛かってくる。
怒り、動揺、生存の安堵、そして己の無力さに対する悍ましい恐怖と絶望。グチャグチャに狂い乱れた感情が彼の胸の内を激しくかき乱し、胃の底からせり上がってくる酸っぱい塊を、艦長はただ俯くことで必死に耐えるしかなかった。彼は己の指揮棒が完全にへし折られたことを自覚し、ただ絶望に打ちひしがれていた。
ピ、ピピ……ッ。
その時、完全に全滅し、沈黙していたはずの緊急通信コンソールが、奇跡のようにかすかな明滅を再開した。その信号波形は、先ほどまで散開して逃げ惑っていた、我が艦隊の生き残りの巡洋艦のものであった。
「……ッ!? 通信が生きてる! 生き残りがいたのかッ!?」
俯いていた艦長は弾かれたように顔を上げ、狂おしいほどの歓喜をその表情に浮かべてマイクをひったくった。全滅という最悪の不良債権のどん底の中で、一筋の救いの光が見えたかのような、そんな狂喜が彼の心を一瞬にして支配した。
「こちら旗艦メガ・ウェルス号! 応答しろ、現在の状況は!? 救助に向かう、今すぐ座標を――」
しかし、スピーカーのノイズの向こうから響いてきたのは、艦長が期待していたような生存の喜びの声などでは断じてなかった。それは、すでに内臓をすべて潰され、死の淵に立たされている瀕死の隊員の、理性を完全に失った血を吐くような叫びであった。
『……逃げ……て……。艦長、頼むから……今すぐ、そこから逃げてくれぇぇぇッッ!!!』
インカムを劈くその絶叫の背後から聞こえてきたのは、空間そのものがデータレベルでパリパリと引き裂かれ、解体されていく、この世のものとは思えない不気味な破砕音。
『あああ、あいつは追ってくる! 散開なんて意味がなかったんだ! 最初から、俺たちの未来は、あいつの手の平に……。うあああああ、手が、紫の腕が、船体に直接ハッキングして――ガガッ、ピーーーーーー……』
ツ、プ、リ。
非情な無音のノイズとともに、通信は完全に途絶えた。
艦長の顔から、先ほどの歓喜の色彩が一瞬にして消え失せ、蝋人形のような白さへと戻っていく。生き残りがいたのではない。あの怪物は、逃げ惑う蜘蛛の子たちを、一匹ずつ、確実に、その知恵のハッキング能力で未来を先回りしながら、順序よく「間食」していたに過ぎなかったのだ。
――そして、メガ・ウェルス号のブリッジの照明が、一斉に血のような深紫の光へとエラー明滅を始めた。
「ひっ……!?」
計器のすべてのモニターが、突如としてカンパニーの制御を失い、幾何学的な紫紺の数式を激しく走らせ始める。メインスクリーンの中央に、音も無く、空間の因果を捻じ曲げて現れたのは、あの紫紺の千手演算機構を背後に従えた、孤高の王アンテラのホログラムであった。
いや、それはホログラムなどではない。直接、ブリッジの全システム、全社員の脳内へと、知恵の使令の力を以て
突然、ブリッジの全スピーカーから、そして艦長の脳髄へ直接、感情を一切排した平坦な、しかし絶対的な死の宣告が届いた。
「――貴様が最後だ」
瞬間、メガ・ウェルス号の白亜の装甲が、ブリッジの床が、そして艦長自身の指先が、爆発の炎すら遺さずに、見る見るうちに美しくも悍ましい『紫紺の幾何学データ』へと溶解していった。
叫ぶ暇すら与えられない。スターピースカンパニーの誇る巨大な旗艦は、その全艦隊、全生命の構成情報ごと、新王アンテラの強大な胃袋の内側へと、ただ冷徹に呑み込まれてゆくのであった。
◇
スターピースカンパニーの誇る最新鋭の無敵艦隊が、まるで算盤の珠をバラバラに破壊されるかのように、一瞬にしてデータへと解体され、貪り食われていく。その凄惨きわまる蹂躙劇――旗艦「メガ・ウェルス号」を含む全艦隊の信号が、瞬く間に、そして「メガ・ウェルス号」の反応を最後にして完全に宇宙から消失したその光景を、はるか後方の特等席から見届けていた二人の男女の空気は、異様な緊迫感に包まれていた。
彼らは前線のブリッジが呑まれるよりも早く、カブの尋常ではない怯え方からいち早くこの致命的な危機を察知し、視察艦を最大出力で後退・撤退させていた。だからこそ、今こうして五体満足で、艦隊が「一瞬で絶滅した」という最悪の確定データを見つめることができている。
「……嘘でしょ。カンパニーの最新鋭艦隊が、一瞬で絶滅した……? メガ・ウェルス号の信号まで、最後に完全に消えたわ……」
トパーズの顔からは、完全に余裕の笑みが消え失せていた。彼女の傍らでは、次元プーマンの「カブ」が、見たこともないほどの恐怖の鳴き声を上げながら、トパーズの足元にしがみついてガタガタと震えている。生命科学の直感、そしてカンパニーの役員としての戦術眼が、目の前にある紫紺の千手演算機構を『絶対に触れてはならない、宇宙の天敵』だと告げていた。
「アベンチュリン、ここも危ないわ。あの怪物の演算能力は、カンパニーが敷いた空間固定の檻すらも内側からハッキングして、自分の武器に書き換えている。これ以上の観察は無意味。即座にこの宙域から離脱し、撤退を――」
トパーズは、完全に撤退の姿勢を見せながら、さらなる緊急脱出の座標入力を進めた。しかし、その隣に立つ青年――アベンチュリンは、未だに不敵な笑みをその端整な顔に貼り付けたまま、指先で黄金のダイスを弄び続けていた。彼の色彩の瞳には、前線の絶望の光が、まるでカジノのきらびやかなネオンのように美しく反射している。
「ハハ、撤退だって? トパーズ、君は相変わらず真面目で、お堅いね。見てごらんよ、あの無残に消え去った黒鉄の海を。クリフォトの神威に捧げられるはずだった我がカンパニーの莫大な資産が、今夜だけで、文字通り天文学的な額の『不良債権』になってしまった」
アベンチュリンはダイスをピタリと指先で止め、漆黒の宇宙に浮かぶ紫紺の王、アンテラを冷徹に見据えた。
「カンパニーのルールは単純だ。貸したものは利息をつけて回収する。そして、出てしまった損失の分は……どんな手段を使ってでも、相手の骨の髄からむしり取って『取り立てる』。それが、僕たち戦略投資部の仕事だろう?」
その言葉の意図を察したトパーズは、信じられないものを見る目で彼を凝視した。
「……アベンチュリン、あなた、まさかあの化け物と戦うつもりなの? 正気? 相手は博識学会の使令を喰らい尽くして、宇宙の公理すらへし折る怪物よ! 基石があるからって、勝てるわけがないわ!」
「おっと、手厳しいね」
アベンチュリンは肩をすくめ、トパーズの方を振り返って、くすくすと楽しげに笑った。
「トパーズ、君はもしかして、僕のことをただの命知らずな『戦闘狂』とでも勘違いしているのかい? 僕はカンパニーの優秀な社員だよ。殴り合いの快感のために、わざわざ自分の命をチップにするような野蛮な趣味は持ち合わせていないさ」
「私は真面目に聞いてるのッ!!」
トパーズが激昂し、展望デッキのガラスを強く叩いた。その真剣な怒りを受け止めながらも、アベンチュリンの瞳の奥にある狂気的なまでの冷静さは、微塵も揺らがなかった。彼は弄んでいたダイスを静かにポケットへと仕舞い込み、窓外の紫紺の光を見つめながら、トーンを落とした声で語り始めた。
「僕だって真面目さ、トパーズ。ただね、考えてみてくれ。彼は、これで銀河最大の組織に完全に目をつけられたわけだ。遅かれ早かれ、彼にはカンパニーからの執拗な追跡が死ぬまで待っている……」
アベンチュリンの胸元で、存護の力を宿した『博戯の砂金石』の基石が、不気味に、しかし絶対的な防御の輝きを放ち始める。
「だけどさ……ただ滅ぼす…それで本当に今までの不利益分を取り戻せるのかな?」
「何が、言いたいの…」
アベンチュリンは妖しげに輝く瞳をトパーズへ向ける。
「分からないかなトパーズ。僕には彼が今までにない投資対象にしか見えないのさ」
「なっ!?あ、貴方!本当に正気!?あの怪物に取引でもしようっていうの!そんなの命が幾つあっても足りないわよ!」
「くく…トパーズ。
青年は、自らの命を完璧な『捨て駒』、あるいは『最高効率の投資』として冷徹に計算していた。
アベンチュリンはトパーズに背を向け、視察艦のハッチへと歩き出す。その背中からは、もはやカンパニーの社員としての枠を完全に逸脱した、破滅の死線に身を躍らせることを至上の快楽とする狂気的なギャンブルの渇望が、ドロドロとした熱気となって溢れ出していた。