「呪術師にならないんじゃなかったの?」
「嫌な現実よりマシな地獄」
足元が覚束ない暮らしよりはいい、結界が安定している場所なら不意に踏み外す事もない。
一歩足を進める度に足元を補強するよりは、自分で小さな世界を創る方が気が楽だ。
勿論危険だったりで逃げたくなるだろうし、今自分が歩もうとしている世界が楽ではないのは理解している。
自分が呪術師に向いてるとは思わないけど、術式という小さな世界と育ち腹に溢れんばかりの呪いに蝕まれている...まあ似てはないが普通とは違う境遇の人達と居た方が良いかもしれないから。
「歓迎するよ、夜蛾学長からも了承を得てるからねようこそ呪術高専へ。」
アッサリと頷いてくれた、もう少し踏み込んで良い待遇をしてくれる人を探るつもりだったのだが。
残念ながら私にはこの人以外の伝手がない、理想だけど一度すれ違った歌姫先生との伝手が作れたら良かった。
だからこそ、今からでも遅くない。
「東京じゃなくて、京都がいいです。」
「...理由を聞いてもいいかな?」
「革命しようとしてる不穏分子扱いされたくない、近寄らないで。」
裏切者だったりはみ出し者扱いされるのは嫌、普通の人に見えない物が視えるだけで周囲の扱いが違ったからこそ。
...髪の色瞳の色現象的な意味での認識範囲の差、あまりにも大き過ぎた。
同年代なら、東京校より京都校の方がマシな関係は築けると思う。
距離感は近過ぎない方がいい、私の目の前で割けた結界で足元を踏み外す誰かの姿は見たくない。
孤独には耐えられない、そして自分のせいで被害を受ける人が居る事の方がもっと辛い。
孤独になるなんて言わないから、そして危険な事ができる
...呪術師との関係の方が、よほどシビアだから故意的なものと思われて攻撃されたくない。
「何度も言ってるけど上層部は呪術界の魔窟だって、保身馬鹿世襲馬鹿高慢馬鹿ただの馬鹿、腐ったミカンのバーゲンセール。
後ろ盾のない人間が一人生きていけるなんて言えるほど、温い場所じゃない。」
私は自信がないし何もできない事を理解してるつもりだ、だからこそ否それだからこそ分別はできると思う。
一方的な視点で模られたレッテル貼りをそのまま信じるなんてしない、少なくとも御三家筆頭の目の前の男はその腐ったミカンの中心人物でもあるのだ。
「今の主流派閥は想定できる限り一番マシな存在、少なくとも体制の転覆を学生に主張する教師よりは保守的な地位のある人達の助けが必要。
私には力のある大人より、共に歩める友が同じぐらい必要だと思うから過度な干渉はいらない。」
「東京校でも同じでしょ?」
「ダメね」
ガラの悪い連中は私の心象的な問題でいざという時に頼り難い、その点京都校には真面目な名家の跡継ぎが居るらしい。
自分勝手な考えだろう、だからこそうつつを抜かせない。
武力で上層部の判断を変えられる、それを目の前に居る特級術師達が証明してしまった。
そして五条悟の要望を突っ撥ねられる時点で、何であれ確かな自分があるという評価を得られる筈だ。
ただ五条悟に付いて行くのはリスクが大きい
所詮術師でも人間だ、力と権威にはいずれ平伏して五条悟やそれ以外の特級に首を垂れる。
その後は都合よく利用されて終わり、だからこそ関わらないで済む道を探す。
「ならいいよ、後見人の希望はあるかな?」
「結界か支援に関係した術式を持つ人がいいです」
「なら歌姫と伊地知かなピッタリの人がいるよ、それじゃあ試験しようか。」
私の術式も体質も、どれだけ素人ながら鍛えてきたかもその瞳で分かっている癖して何を言うか。
「げっ」
「試験内容は一つ全力でかかってきなさい。」
「いきなりなんて乱暴するわね!」
「いいや、歯を食いしばって。」
「わざわざ受ける訳ないでしょ!」
私を胴体をすり抜けて、五条悟の腕部は背中から突き出た。
「妙な感覚だね?しかし器用だ、そこに居るようで居ない。」
「捕まえた」
境界から結界で固定した腕を無理矢理掴んだ、ちょっとした負荷なんか気にしないみたい。
私の領域或いは体内という解釈のもと、五条悟の術式効果を無効化しつつ既に触れているという解釈のもと術式で掴んだ腕を殴り付ける。
自分の臓物が何かを介して殴られたみたいな嫌な感覚がした...
反転術式があれば即死する怪我以外は無視して...
それでも今は痛いのが嫌だ、だがいつか怪我には忌避観念がなくなるのかもしれない。
「呪力の弾幕か、組み立ては悪くない。」
無下限のバリア無しで弾幕が躱された、模擬戦用だからダメージは無いけど見せつける様に避けている。
「すばしっこい、ただの機転で平然と避けるの本当にイラつく。」
「その術式、言葉にするなら『境界を操る程度の能力』と言ったところだね。」
無下限の境界を視て、その境界を結界で切り開く事で私の手刀は彼の掌に届いた。
彼の拳が私の腹に突き刺さる、だがその衝撃は開かれた境界を経て失われた。
自分が生きようとしている世界がヒシヒシと伝わってくる、例えば今の攻撃も普通なら術式を絡めてくるなんて事はないから。
吸い込まれる様な嫌な感覚、弱くはない衝撃が伝わってきた。
「四重結界」
低速で飛んでくる赤い呪力の塊、それを4重の結界で防ぐ。
着弾の衝撃で一枚割れて、もう一枚で炸裂を防いだ。
正直拍子抜けだった、想像よりも威力が弱い。
...だからこそ、それは自分の身に余る。
「いけない」
「痛っ」
結界術の行使とその負荷の両方には耐えられず、媒介として用いていた私の腕の肉が裂けた。
衝撃を吸収できなかった、想像より術式は強くて私の肉体が弱かった。
改めて自分には何も才能は無いんじゃないかって、この特別な瞳と術式があるだけで扱える力がない。
それでも下積みは十分な筈だ、スキマを視て結界術で足場を支えてきた日々は確実な私の成功だから。
...だから私の人生に纏わりついている沢山の下駄、それがなくても生きていけるって何かができるって信じたい。
それまで何度も怪我してきた、何度も失敗してきた。
特別な才能をと経験を与えてくれた両親、頑丈な体で産んでくれたおかげ。
...習得した反転術式で治療する、不可なく治ってくれた。
「反転術式も使えるのか、少し乱暴しちゃおうか。」
五条悟の本気の戦闘行動によって、在りし場所の境界を弄る前に目的を果たされてしまった。
飛ばされた先は海上、私が海面に降り立つ瞬間に虚式茈が直撃するだろう。
「式神『小泉藍』」
盾役として使うつもりはなかった人工呪霊、調整中だったが背に腹は代えられない。
頭が痛い
鉄の味がするし生臭い感覚が鼻にツンとしている
息をするのが辛い
視界も少しボヤけてきたし、音もあまり鮮明には聞こえない。
「式神も使役してるのか、それは予想外、独学なりに努力していたんだね。」
「私だって、できる事はある。」
自分がある、私はマエリベリー・ハーンではなく小泉羽恩だ。
ただ何もかもが保護者頼りなんていう年頃じゃない、主体性をもって自分で決められる大人になり始める頃だ。
高専に行けば戦える様になるなんて考えて何もしない理由はない、勿論完璧にはなれなくてもできる事はしてきたつもり。
「少し勘違いしてたかな、認めるよ。今度は手加減できないから。」
尋常ではない呪力の起こり、これまで使われた技の上となれば一つしかない。
本当に代えがたい機会だ、私の訓練してきた事がどこまで通用するか無駄じゃなかったかを試す。
「境界の先があるとすれば、そして何ができるか。」
下駄なんていらないと願った最中、一つ自分の中で意識を変えてしまったからこその恐怖。
「術式情報の開示、基礎はできているみたいだね。領域展開『無量空処』」
認識できた領域の縁という境界、その先の領域に触れた。
確かに領域術も私はできる、それどころか術式に領域が備わっているから使えて当然だ。
だけど、だからこそ私を示すために。
術式効果が私に適応される前に動く...
「術式順転『領域を破壊する程度の能力』」
私が足元に潜ると同時に、領域が模られる前に崩れた。
また式神を身代わりにして生き残れる、とんでもない疲労で動く事も難しいが海面に立つ事はできる。
どうやらこの憎たらしい男は私の強みを見抜いて、私の操る技を伸ばす選択もさせてくれたらしい。
手向け或いは下駄かもしれない、それでも確かに届いた。
「合格、普通の人より頭がキレるみたいだ、中々面白いものを見せてもらったよ。」
全身の穴という穴から血を吹き出す私にそう言った、哀れにも海面に落ちたバカ目隠しが楽しそうにしているのがイラつく。
「呪術師は才能が8割だけどキミはその極地、術式の格も僕より上だし期待しているよ。
君の納得がいく楽しい学校生活を送れる事を、僕は祈ってるよ。」
「チッ...」
思い通りにはいかない、この空想に等しい技も実践段階で本当に通用すると思っていなかった。
それは最初というか今まで自分で無意識に展開した領域を術式で破壊するという、生命的な本能に縛られた訓練しかできなかったから。
式神に術式対象を移している間に、ヤケで結界の弱い部分から抜け出す予定だったのだが想像以上の効果だった。
「京都校を軽く見てるでしょ、一応言っとくけど僕より京都校の歌姫先生は厳しいよ。」
「口だけは分かってるつもり...」
分かりやすい形で術式を使わされてしまった、想像よりも自分の術式の使い勝手の良さと底力を知れていい機会ではあったが納得はいかない。
術式のみで呪術的に一つの極致に至れる私の才能、更にその先へと容易く踏み出せる私の直感はあの現代最強と呼ばれる五条悟が認める水準。
自分で選んだつもりだ、それでも痛いのも苦しいのも怖いのも嫌だ。
転ぶのは痛いから嫌、眠りを妨げられるのは苦しい、不意に触れた物の形が崩れるのは見て辛い。
そして意図せず視たものに心が侵されて穢されるのは嫌だ...
こんな心の内人には明かせない、どう話せばいいか分からない。
...今更どう話せばいい?
「いつでもかかっておいで、ダメ出しぐらいならしてあげるよ。」
ただ悔しい、ただ何かを変えてもこの負の感情は拭えるとは思えない。
...私はこの人達の想いに応える方法を知らない、だからこそ自分を認められない。
書き溜めがある限り週1回投稿します