チタタプを堪能した四日後の昼下がり。
私は「からくりサーカス」の終盤を描いていたとき、玄関の扉を乱雑に叩く音に肩を震わせ、恐る恐る廊下を覗き込むように寝室の戸を開け、頭だけ覗かせる。
「阿呆が。ふざけてないで此方に来い」
「ひうっ」
ギロリと鋭すぎる眼光にビクリと小さな悲鳴を上げつつ、ゆっくりと斎藤一に近付く。左之助さんよりも背丈の高い彼の鋭い眼力はいつも怖いです。
今日は一段も怖いです。
「糸色、コイツはお前の発明品か?」
そう言って彼の差し出した筒状の道具を受けとり、私は首を傾げてしまう。電球その物は既に日本国内の高級店や洋式建築物に普及していますけど。
懐中電灯は、まだ存在していません。
まあ、軍用型の巨大な電球と鉄板の偏光を集めた放射型のライトは実在しているけれど。懐中電灯は明治四十年代に普及し、凡そ乾電池もその頃です。
「私の発明品ではありませんね(そもそも設計図を作るようにドクトルに相談は受けていないですし、今はショドウフォンの改良版に夢中です)」
「そうか」
「何かあったんですか?」
「数日前に起こった辻斬り事件の証拠品だ。尤もお前の反応を見る限り。光の剣を使った公共の面前での演劇中に発生した不慮の事故の可能性を視野に入れるべきだな」
そう呟く斎藤一に首を傾げる。
「まさか刀傷があったんですか?」
「嗚呼、右肩から左腰に掛けての斜め傷は残っている。目撃者も複数どころか大勢いるせいか。証言の食い違いもあるが、共通しているのは、この光の剣だ」
斎藤一は、私の持つ筒状の道具を指差す。
「成る程、少しお借りしても良いですか?」
「フン。そう言うだろうと思っていた」
「……私の事をどう思っているのか気になりますけど。怖いので聞きませんからね」
「大抵の悪事に関わる愚鈍なヘビ女だ」
「愚鈍なのは認めますけど。ヘビ女はイヤです」
ヘビは、こう怖いじゃないですか。
そんなことを話しながら、居間に斎藤一を案内し、襷を使って袖を縛り、温かいお茶を湯呑みに注いで、お茶菓子のお煎餅を斎藤一に差し出す。
その間に私は筒状の道具を調べていく。
「(焦げ、仄かに魚介の匂い…?)」
「なにか分かったのか」
「そんな簡単には分かりませんよ。ただ、この道具を使っていた人は薬売りか漁師ですよね」
「薬売りだ。父親と息子の二人組。死んだのは父親の方だが、息子の方は『分からない』『知らない』ばかりで、いっこうに話そうとすらしていない」
薬売り。親子。公共の面前。
────答えは凡そ分かりましたね。
「斎藤さん、犯人は違う人ですね。多分、その二人は薬売りではなく雑技団の演目の一つ、蝦蟇の油の公演を披露している最中だったんです」
「雑技団の公演でか?」
「はい。公演で、です」
「分かりやすく話せ」
「先ず、薬売りの親子は雑技団の団員でしょうね。父親は其処に長く勤める地位の高い人、もしくは経営に口出しできる立場の方です。蝦蟇の油の公演は、傷を負って薬を塗れば簡単に治るというモノです」
「光の剣は、どうなる」
「そちらの答えは和紙の剣です。剣速こそ遅くても摩擦によって火を起こしやすい油性を染み込ませ、乾燥した代物を振るえば簡単に燃える。それと、父親の死因は斬殺ではなく毒殺でしょうね」
「理由は?」
「フグ毒の香りです。昔、お父様にフグ毒を盛ろうと考えていた演者を見たことがありますし。一度、匂いを嗅いでいるので間違いないかと」
「犯人は?」
「雑技団の団長でしょうね。蝦蟇の油は特殊な粘液を使いますし、ただの団員に調合するのは難しいです」
私の言葉を聞き終えた斎藤一は深々と大きな溜め息を吐いて、お煎餅も食べず、筒状の道具を奪い取ると帰って行ってしまいました。
ついでに言えば筒状の道具の血糊を仕込む窪みに練ったフグ毒の塊を流し込み、和紙に伝うように細工しておけば後々に犯人を押し付けることは出来ましたね。
まあ、その心配はありませんでしたけど。
しかし、あまり言いたくないですけど。
────あなたの父親は、だあれ?
そう聞けば、簡単に終わる事件でしたね。
「不倫、浮気、やっぱりNTRは悪い文明です」