大都会ミアレシティの北側ゲートを抜け、ミソラが足を踏入れたのは、うっすらと緑の芝生が広がり始めた5番道路――別名、ヴェルダン通りだった。
都会の無機質なコンクリートからようやく解放され、足元ではピカチュウやヤヤコマ、フォッコたちが嬉しそうに草の感触を確かめている。ミソラもまた、大都市のどこか冷たい喧騒から離れ、ようやく我が子たちといつもの穏やかな旅に戻れたことに安堵の息を漏らしていた。
「やっぱり、こういう自然のある場所の方が落ち着くわね」
ミソラが微笑んだ、その刹那だった。
背の高い草むらが、爆風に煽られたかのように激しくなびいた。言葉を発する暇すらなかった。視界を過ったのは、目にも留まらぬスピードで低空を疾走する、鮮烈な青と黒の影。
突如として現れたその影は、ミソラのすぐ目の前でピタリと動きを止めた。
鋭い耳、しなやかでありながら鋼のように鍛え上げられた肉体、そして胸元に光る鋭い棘。――それは、カロス地方でも極めて珍しいとされる、波導ポケモンルカリオだった。
ルカリオは低い姿勢のまま、じっとミソラを見つめている。戦う意志があるわけではない。ただ、その燃えるような赤い瞳は、ミソラの魂の奥底を見透かすかのように、真っ直ぐに彼女の存在を捉えていた。
ミソラの手持ちのポケモンたちも、一瞬にしてその圧倒的な気迫に圧され、身構えることしかできなかった。しかし、ミソラ自身は恐怖を一切感じていなかった。それどころか、そのルカリオの瞳の奥にある、強さを求める純粋な渇望と、どこか寂しげな孤高の光に、強く心を惹きつけられていた。
世間の数字や効率ばかりを気にするトレーナーなら、「野生のルカリオがいきなり目の前に現れた! 捕まえれば即戦力だ!」と、すぐにボールを投げただろう。しかし、ミソラはそんな浅ましいことはしない。なついてくる命、そして自分の心が「美しい」「可愛い」と認めた命としか、絆は結ばない。それが彼女の美学だからだ。
ミソラはゆっくりと一歩前に進み出た。
「貴方……誰かを探しているの?」
その言葉に、ルカリオの耳がピクリと跳ねた。ルカリオの周囲に、目に見えぬ細かな空気の振動――「波導」が広がる。ルカリオはミソラが纏う、ポケモンたちへの嘘偽りのない深い愛情のオーラを感じ取り、驚いたように目を見開いた。
その時、遠くから快活な足音と、ローラーが地面を削る音が響いてきた。
「おーーい! 待ってよルカリオ――っ!」
現れたのは、インラインスケートを履いた金髪の賑やかな少女――コルニだった。ルカリオはコルニの姿を見ると、ミソラから視線を外し、トコトコと彼女の元へと戻っていく。
「もー、いきなり走り出すからびっくりしたよ! ……あれ? 先客がいたんだね。ごめんね、うちのルカリオが驚かせちゃって!」
コルニは快活に笑いながら頭を下げた。
「いいえ、大丈夫よ。とても……綺麗で、強い目をした子ね」
ミソラがルカリオを褒めると、ルカリオは少し照れくさそうにふいっと顔を背けた。その様子を見て、コルニはニヤニヤと悪戯っぽく目を丸くする。
「へえ! いつもは真面目一徹な子なんだけどなぁ。もしかして、お姉さんがあまりにも美人だから、カッコいいところを見せたくて飛んでいっちゃったのかな?」
コルニはお茶目に笑いながらルカリオの脇腹をツンツンと突き、ルカリオはさらに気まずそうにそっぽを向いた。コルニにとっては、これはあくまで「相棒のちょっとしたおませな気まぐれ」の一コマに過ぎないようだった。
「波導……」
ミソラはもう一度、その青き背中を見つめた。ルカリオもまた、コルニに連れられて歩き出す去り際に、ちらりと一度だけミソラの方を振り返る。
今回は、ただそれだけの、ほんの一瞬の邂逅だった。
この時はまだ、この先二人の運命がどう転がっていくかなど、誰も知る由はない。しかし、5番道路の青空の下で交わしたあの視線は、確かにミソラの心に深い足跡を残していた。
(いつかまた、この子と深く交わる時が来る――)
ミソラは胸の奥でそう予感しながら、ローラーの音を響かせて去っていくコルニとルカリオの背中を、静かに見送るのだった。