6番道路の並木道を抜けた先、ミソラたちの目の前に現れたのは、カロスの歴史と富のすべてを悪趣味なほど凝縮したかのような大建造物――「パルファム宮殿」だった。
そびえ立つ白亜の壁、いたるところに施された金箔の装飾、そして広大な敷地を埋め尽くすように整えられた幾何学模様の庭園。サナはその圧倒的なスケールに「うわあ、信じられないくらいおっきい……!」と声を弾ませていたが、ミソラはその豪華絢爛な門をくぐった瞬間から、微かな居心地の悪さを覚えていた。
宮殿の内部は、まさに「金の亡者」の巣窟だった。廊下に並ぶ調度品の一つ一つに、持ち主の虚栄心と独占欲がこれでもかと張り付いている。
ミソラの足元では、テールナーが警戒するように尻尾の小枝をピクリと動かし、ヒトカゲは冷たい大理石の床に少し戸惑うように、尻尾の炎を細めてミソラのスカートの陰に隠れた。
「……冷たい場所ね。命の温もりが、どこからも感じられないわ」
ミソラがそう呟いた時、宮殿の奥から、けたたましい怒鳴り声と、何かが壊れる派手な音が響き渡った。
「ええい、使えない使用人どもめ! 私の、私のかわいいトリミアンがどこへ行ったか聞いておるのだ! 早く探し出さんか!」
声を荒らげていたのは、これ見よがしに宝石を散りばめた指輪をいくつもはめ、丸々と太った体型に贅沢な衣装を纏った、宮殿の主――シャドー公爵だった。彼の周囲では、数人の従者たちが青い顔をして右往左往している。
「あ、あの、公爵閣下! トリミアン様は、先ほどのヘアカットのデザインがお気に召さなかったようで、裏手の広大な庭園の奥へと逃げ込んでしまいまして……」
「黙れ! あれは世界に一頭しかいない、最高級のトリミングを施した私のステータスなのだぞ! バトルで勝つための道具としても、私の権威を示す飾りとしても、あれ以上の個体はいない! 傷一つつけずに連れ戻してこい!」
その傲慢な言葉が、ミソラの耳に突き刺さった。
ミソラは、静かに、けれど氷のように冷たい視線をその男へと向けた。
『最高級のトリミング』『私のステータス』『バトルで勝つための道具』。
男の口から出てくる言葉には、ポケモンに対する愛情も、一つの命に対する敬意も、一片すら存在しなかった。あるのは、ただ自分の富と権力を誇示するための「所有物」としての価値だけ。
(……こんなトレーナー、絶対に許せない)
ミソラの胸の奥で、激しい嫌悪感と怒りがふつふつと湧き上がる。
なついてくれる命には全力で応える。タイプが被ろうが、バトルの数値が低かろうが、家族として抱きしめ、共に生きる。それがミソラの通す絶対の『筋』だ。
それに対して目の前の男は、ポケモンをただの数字と飾り、金儲けの道具としか見ていない。カビゴンを鎮めるための大切な『ポケモンのふえ』を、借金の形として私物化していることからも、その浅ましさは十分に伝わっていた。
「ミ、ミソラちゃん……あの人、なんだかすごく怖いっていうか、嫌な感じだね……」
サナが怯えたようにミソラの袖を引く。ピカチュウは頬の電気袋をパチパチと鳴らして威嚇し、エネコも低く「うにゃう……」とうめき声を上げていた。
「ええ、サナ。私の最も嫌いな人種だわ。ポケモンを自分の飾りだと思っている哀れな人間よ」
ミソラがそう吐き捨てた時、シャドー公爵がこちらに気づき、尊大な態度で指を差してきた。
「おい、そこにいる旅の娘ども! ちょうどいい、手伝いなさい! 私のトリミアンを庭園の迷路へ追い詰めて捕まえるのだ! 見事捕まえたら、ほんの少しばかりの褒美をくれてやってもいいぞ!」
上から目線のその物言いに、ミソラは一歩前に出た。スカートの裾を軽く揺らし、冷徹な微笑みを浮かべる。
「お断りしたいところですが……その『トリミアン』という子が、貴方のような方の元から逃げ出したい気持ちは、痛いほどよく分かります。ただ、私には貴方の宮殿に用があるの。……その騒動を治めれば、『ポケモンのふえ』を返していただく話し合いに応じていただけますね?」
「ふん、そんな古い笛など、トリミアンが無事に戻るならいくらでもくれてやるわ! 早く行け!」
「約束は守っていただきますよ。……行きましょう、みんな。あの可哀想な子を、これ以上この男のヒステリーに付き合わせるわけにはいかないわ」
ミソラはシャドー公爵に背を向け、美しいが迷路のように複雑に入り組んだ宮殿の裏庭へと歩き出した。
テールナー、ヒノヤコマ、ピカチュウ、ルリリ、エネコ、そしてヒトカゲ。6匹の家族たちは、ミソラの毅然とした決意をその肌で感じ取り、男への怒りを共有しながら、静かに、しかし力強くその足を進めるのだった。