バトルシャトーを後にし、7番道路の並木道をのんびりと歩いていたミソラたちの前に、またしても賑やかな足音が近づいてきた。
「あ、ミソラ! ちょうどいいところに!」
息を切らせて走ってきたのはティエルノとトロバ、そして――どこか不器用な表情を浮かべたカルムだった。
「実はさ、ティエルノとダンスのステップを取り入れたコンビネーションを試したくて、ダブルバトルの相手を探していたんだ」
トロバがノートを片手に熱心に言う。ティエルノも「そうそう! 2対2のストリート・ダブルバトルさ。カルム、乗ってくれるだろ?」と笑う。
カルムは少し帽子を目深に被り直し、隣に立つミソラをちらりと盗み見た。
「……まあ、お前が組んでくれるなら、悪くない」
「あら、そう? 良いわよ、私たちの絆の強さ、見せてあげるわ」
ミソラが快く微笑むと、カルムは一瞬だけ、耳の後ろを赤くしてフイッと視線を逸らした。
こうして、突発的なストリート・ダブルバトルが始まった。
「行くよ、ヘイガニ!」「バルビート、ステップスタート!」
ティエルノとトロバの息の合った指示で、2匹のポケモンがリズミカルに動き出す。
「ピカチュウ、行きなさい!」
「ゲコガシラ、ミソラのピカチュウに合わせろ!」
カルムの指示は的確だった。それどころか、ミソラが声を出すよりも一瞬早く、ピカチュウの動きを察知してゲコガシラに絶妙なカバーを回してくる。まるで、バトル中ずっとミソラの一挙手一投足に神経を集中させているかのような、あまりにも献身的で、過剰なまでのサポートだった。
(……あら?)
ミソラはバトルをコントロールしながら、ふとカルムの横顔を見た。
真剣そのものの瞳。けれど、ゲコガシラへの指示を出す合間に、彼は何度も、まるで無意識のようにミソラの安全を、あるいはミソラの表情を確認するように視線を送ってきている。
世間の計算高い女の子なら、「隣の男の子、完全に私に気があるわね」と勝ち誇るか、あるいは上手く利用して旅を優位に進めようとするかもしれない。
(カルム……もしかして、私のことが好きなのかしら?)
ミソラは心の中で、そっと小さくため息をついた。
彼の視線にある、不器用で、けれど真っ直ぐな好意。それに気づかないほど、ミソラは鈍感ではない。
(――ごめんなさいね、カルム)
ミソラにとって、ポケモンたちとの旅は何よりも純粋で、何者にも代えがたい大切な時間だ。今の彼女には、誰かと恋仲になって歩むような未来は、これっぽっちも頭になかった。彼女の心は、可愛い我が子たちを愛で、共に成長することだけで満たされていたからだ。それに、そもそもカルムはタイプではない。
「テールナー、『サイケこうせん』でヘイガニのステップを止めて!」
ミソラはすぐに思考をバトルへと引き戻した。
「ゲコガシラ、『みずのはどう』でテールナーの死角を補え!」
カルムがすぐさま完璧な追撃を重ねる。
どれだけ完璧に息が合おうとも、それはバトルの盤面だけのこと。ミソラの真っ直ぐな視線が、カルムの熱い視線と交差することは決してないのだ。
「そこよ、ピカチュウ! 『エレキボール』!!」
黄金の雷球が炸裂し、ティエルノとトロバのコンビネーションを打ち破った。爆煙が晴れた道路に、満足げな手応えと共に静寂が戻る。
「いやぁ、完敗完敗! カルムとミソラちゃんのコンビ、まるで見えない糸で繋がってるみたいに息がピッタリだったよ!」
ティエルノが頭を掻きながら称賛する。
「……当然だ。ミソラの動きなら、大体わかる」
カルムは少し誇らしげに胸を張り、ミソラの方を振り返った。褒めてほしい、というような少年らしい期待が、その瞳の奥にほんのりと透けて見えている。
ミソラはそんなカルムに、いつもの、けれどどこか「一線を引いた」完璧に美しい笑顔を返した。
「ありがとう、カルム。貴方のサポートのおかげで、我が子たちに無理をさせずに済んだわ。本当に、良い『お友達』ね」
「お、友達……あ、ああ、そうだな」
カルムは一瞬、胸を突かれたように言葉を詰まらせ、それからバツが悪そうに帽子をさらに深く被り直した。
ミソラは懐のボールたちにそっと触れ、我が子たちの温もりを感じる。
誰に寄り添うでもなく、ただ己の美学と大切な家族だけを道標に、自分の足でカロスを歩んでいくこと。それこそが、彼女の誇りだった。
「さあ、みんな。私たちの旅を続けましょう」
美しい金髪を夕日になびかせながら、ミソラは再び凛とした足取りで、カロス地方の次なる大地へと真っ直ぐに歩み出すのだった。