7番道路の賑やかな喧騒を後にし、ミソラたちが辿り着いたのは、地中深くへと続く『地つなぎの洞窟』の入り口だった。ひんやりとした湿った空気が、外の夕暮れの熱を心地よく冷ましてくれる。
「ここを抜ければ、海岸沿いの街、コウジンタウンよ。みんな、足元に気をつけてね」
ミソラが声をかけると、ボールの外を歩くピカチュウとエネコが元気よく返事をした。進化したばかりのリザードも、自分の尻尾の炎で暗い洞窟の壁を頼もしく照らし出している。
洞窟の中は、外の世界の効率主義や華やかな爵位争いとは無縁の、静寂に満ちた空間だった。時折、天井から滴る水滴の音と、暗闇をズバットたちがバタバタと羽ばたく音が響くだけ。ミソラにとって、この静けさは子どもたちの息遣いをより近くに感じられる、愛おしい時間でもあった。
「リザード、その火の粉の灯り、とっても助かるわ。テールナーも、足元が危なそうな場所は『サイケこうせん』の光で優しく案内してあげてね」
子どもたちがそれぞれの方法で家族を労わる姿に、ミソラは目を細め、その美しい金髪を揺らして微笑んだ。ルリリも、ミソラの腕の中で安心しきったように小さな尾を揺らしている。
そうしてしばらく暗い岩道を歩み、ようやく前方に地上の眩しい光が見えてきた、その時だった。
「――ッ!?」
リザードがピタリと足を止め、喉の奥で低く警戒の声を上げた。ピカチュウの頬からも、バチバチと小さな火花が散る。
洞窟の出口、逆光に照らされた岩棚の上に、それは音もなく佇んでいた。
しなやかで引き締まった、雪のように白い体躯。頭部からは、牙のようにも鎌のようにも見える漆黒の角が伸びている。鋭い群青色の瞳が、真っ直ぐにミソラたちを射すくめていた。
「アブソル……?」
図鑑の知識では、災いの予兆を察知し、人々に警告するために姿を現すと言われるポケモンだ。しかし、世間では「災いを呼ぶ不吉な存在」として忌み嫌われることも少なくない。
アブソルは、襲いかかってくる様子は微塵も見せなかった。ただ、その深い瞳でミソラと子どもたちをじっと見つめている。その眼差しは、どこかこの先に待ち受ける「何か」を警告しているようだった。
ミソラがその高潔な佇まいに見惚れたのも束の間、洞窟の出口から、荒々しい足音と共に数人のトレーナーたちが乱入してきた。
「おい、いたぞ! 災いを呼ぶアブソルだ!」
「縁起の悪いポケモンめ、ここで叩きのめして謎を解いてやる!」
彼らはミソラたちの存在など目に入らないと言わんばかりに、好戦的なポケモンたちを一斉に繰り出した。アブソルを邪悪なものと決めつけ、力ずくで排除しようというのだ。
「待ちなさい! この子は何も悪いことはしていないわ!」
ミソラが制止するのも聞かず、トレーナーたちは「うるさい、どけ! 邪魔するならお前らも敵だ!」と、強制的にバトルを仕掛けてきた。
岩山の狭い足場、実質的な多勢に無勢の奇襲。
「リザード、火の粉で牽制して! テールナーはサイケこうせん!」
ミソラはすぐさま指示を出すが、乱戦の中で相手の波状攻撃を受け、子どもたちが徐々に防戦一方へと追い込まれていく。岩肌が削られ、激しい砂煙がミソラたちの視界を奪う。
「くっ……!」
ここまでかと思われた、その瞬間だった。
「――シィッ!!」
鋭い咆哮と共に、白い影が岩棚から飛び降りた。
アブソルだ。その漆黒の角が不気味な光を放ち、繰り出された『つじぎり』が一閃。ミソラたちを狙っていた相手のポケモンたちを、圧倒的な速さと威力で一網打尽に弾き飛ばした。
「な、なんだと!? アブソルがそいつらを助けた!?」
うろたえるトレーナーたちを、アブソルは群青の瞳で冷徹に睨みつける。その圧倒的な威圧感に恐怖をなしたトレーナーたちは、「ひ、ひえぇっ!」と悲鳴を上げて一目散に逃げ去っていった。
静寂を取り戻した岩山で、アブソルはゆっくりと振り返り、ミソラへと歩み寄ってきた。
怪我はないか、と問いかけるような優しい眼差し。
アブソルは災いを呼ぶのではない。身を挺して、災いから自分たちを知らせ、守るために来てくれたのだ。
ミソラは色白の頬に微かに砂をつけながらも、ふんわりと、心の底から温かい笑みを浮かべた。そして、そっと両手を広げる。
「ありがとう。貴方のその本当の優しさ、私にはちゃんと伝わったわ。……ねえ、もう孤独に警告して回る必要は無いのよ。これからは、私たちの大家族の一員として、一緒に歩みましょう?」
ミソラの真っ直ぐな言葉と、周囲で「ありがとう!」と言わんばかりに目を輝かせるピカチュウやリザードたちの姿を見て、アブソルの群青の瞳が柔らかく揺れた。
アブソルは静かに歩みを進め、ミソラの手元にある空のモンスターボールに、自らその黒い角をそっと触れさせた。
カチリ、と心地よい音が響き、ボールが優しく光る。
アブソルが、本当の家族になった瞬間だった。
「ふふ、よろしくね。新しい私たちの可愛い子ども」
ミソラはすぐにアブソルをボールから出し、その美しい白い毛並みを愛おしそうに撫で回して、これでもかと猫可愛がりし始めた。
アブソルはオスのプライドから、最初は「シィ……」と少し身を硬くして戸惑っていたのだが、そこへ「ピカァ〜〜ッ!」と大喜びのピカチュウが飛び込んできた。ピカチュウは歓迎の意を込めて、アブソルの白い足元へ激しくほっぺをスリスリと寄せつける。
ジジジジッ……!
「シ、シィッ!?」
ピカチュウの電気袋から漏れ出た微弱な電撃が、アブソルの全身を駆け抜けた。体に走る小気味良い痺れのせいで、アブソルは完全に体の自由を奪われ、ピキーンと硬直してしまう。
おかげで、ミソラの温もりと金髪の甘い香りに包まれながら全力でモフモフされるのを、文字通り「されるがまま」に受け入れるしかなくなってしまった。ピカチュウの電撃の痺れと、ミソラの極上の愛撫。アブソルは群青の瞳をパチクリと丸くさせながらも、あまりの心地よさに抗えず、最後は完全に脱力して「シィ、シィ……」と、とろけたように喉を鳴らすのだった。
洞窟を完全に抜けると、潮の香りを孕んだ爽やかな海風がミソラの金髪を大きく吹き上げた。目の前に広がるのは、雄大なコーストラインと、目的地であるコウジンタウンの街並み。
最高に頼もしく、そして早くも大家族に染まりつつある新しい家族を迎え、ミソラは子どもたちと共に、再び力強く、誇り高き足取りで新たな大地へと歩みを進めるのだった。