2番道路を抜けたミソラたちの前に立ちはだかったのは、巨木が折り重なり、まるで天然の迷宮のようになった「ハクダンの森」だった。
頭上を覆う鬱蒼とした葉が日光を遮り、森の中は昼間だというのにひんやりとした静寂に包まれている。時折、草むらの奥からコクーンやコフキムシが顔を覗かせるが、ミソラはそれらの視線に優しく微笑み返しながら、奥へと進んでいった。
足元ではフォッコが周囲を警戒し、ミソラの肩の上では、新入りのヤヤコマがパタパタと羽を揺らして小さな騎士のように見張りをしている。
「みんな、迷子にならないように気をつけてね」
ミソラが声をかけた、その時だった。
少し開けた木漏れ日の下に、一面の黄色い花畑が広がっていた。森の奥深くに隠された、秘密の庭園のような場所。
その美しさに息を呑んだミソラの耳に、微かに「パチ……パチ……」と、何かが爆ぜるような愛らしい音が聞こえてきた。
(何の音かしら……?)
気になって花畑の奥へと一歩踏み出す。背の低い草をそっと掻き分けた先で、ミソラの瞳が大きく見開かれた。
そこにいたのは、鮮やかな黄色い体と、長い耳、そして背中にある茶色の縞模様。誰もが知る、けれどこの森では滅多に出会えない憧れのポケモン――ピカチュウだった。
ピカチュウは花の中に座り込み、小さな前足で顔を洗うような仕草をしていた。その一挙手一投足が、あまりにも愛くるしい。
だが、ミソラの視線はその直後、彼女の「尻尾」に釘付けになった。
「あ……ハートの形……」
ギザギザとした稲妻の形をした尻尾の先端が、綺麗なハート型に割れている。それは、彼女が「女の子」である証拠であり、ミソラの胸を激しく焦がすのに十分すぎるほどの、特別な可愛らしさの象徴だった。
ミソラの気配に気づいたピカチュウが、ピクリと耳を立てて振り返る。
黒い瞳がミソラを捉え、丸い赤いほっぺが、恥ずかしそうに一瞬だけバチバチと小さな電撃を放った。威嚇というよりは、「見つかっちゃった」とはにかんでいるような、そんな無垢な反応だった。
「ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったの。……でも、貴方、本当に、信じられないくらい可愛いわね」
ミソラはゆっくりとその場にしゃがみ込み、目線をピカチュウと同じ高さに合わせた。
ピカチュウは不思議そうに小首をかしげる。その愛らしさに、ミソラの胸の奥から「なついてくるなら応えるのが筋」というあの熱い矜持が、静かに、けれど確かに湧き上がってきた。
世のトレーナーなら、ピカチュウを見つければ「電気タイプの即戦力だ」と色めき立つかもしれない。けれど、ミソラが感じているのはそんな打算ではない。この美しい花畑で出会った、ハートの尻尾を持つ彼女を、自分の家族として全力で愛したい。ただそれだけだった。
「私のところへ、来てくれないかしら。貴方を、私の特別な女の子にしたいの」
ミソラは静かに、バッグからモンスターボールを取り出した。
ピカチュウはボールとミソラの顔を交互に見つめていたが、やがてトコトコと短い足で歩み寄ってくると、小さな前足でボールにちょんと触れた。
自ら望むようなその仕草に、ミソラの胸が温かいもので満たされる。
カチリ、と開いたボールがピカチュウを光の中に包み込み、そして草むらの上で、一度だけ小さく揺れて静まった。
「ありがとう……!」
すぐにボールから呼び出すと、ピカチュウは花畑の光の中で、嬉しそうにミソラの足元へ飛びついてきた。ミソラがそっと抱き上げると、柔らかい体温と共に、ピカピカと甘えるような鳴き声が耳元で響く。
「ふふ、よろしくね。貴方は今日から、私たちの特別なメインヒロインよ」
フォッコが嬉しそうに鼻先を寄せ、ヤヤコマも祝福するように頭上で羽ばたく。
薄暗いハクダンの森の中に、まるで一筋の眩しい光が差し込んだかのように、ミソラの「大家族」の輪は、さらに華やかに、愛らしく色づいていくのだった。