コウジンタウンの騒動から数日。ミソラ一行は次なるジム戦の舞台であるショウヨウシティを目指し、潮の香りが心地よい海岸線のルートを進んでいた。
現在のミソラの手持ちは、リザード、テールナー、ヒノヤコマ、エネコ、そして進化を遂げたマリルとアブソルの6体。ガルーラ、クチート、そして復元されたばかりのアマルスは、ボックスでのんびりとお留守番である。
あの『トレーナープロモ』のバズり動画の影響は凄まじく、海岸沿いの道を歩いているだけでも、すれ違う旅人や観光客から「あ、動画のモフモフお姉さんだ」「アブソル本物じゃん!」などと視線を集めていた。
「有名になるというのも、少し落ち着かないものね……」
ミソラがいつもの凛とした佇まいで美しい金髪をなびかせ、水平線を眺めていた、その時だった。
「おっ、そこの綺麗な金髪のお姉さん! もしかして今噂のネット有名人?」
「これからショウヨウシティに行くの? 暇ならさ、俺たちと一緒にちょっと海釣りでもして遊ばない?」
岩陰から現れたのは、日焼けした肌にいかにも軽薄そうな笑みを浮かべた、地元の釣り人の男たちだった。あからさまなナンパ目的の視線がミソラに注がれる。さらに彼らは、ミソラの後ろに控えるアブソルを見てニヤニヤと笑った。
「動画見たぜー。そのアブソル、見た目は格好いいのに身内にデレデレで電気ネズミにおもちゃにされてるんだろ? ギャップ萌えってやつ?」
「そんなマスコットみたいなポケモンじゃなくて、俺たちの自慢の相棒が見せてあげるよ!」
男たちがそう言って繰り出したのは、強靭なハサミを持つシザリガーと、ぬめり気のある巨体のガマゲロゲだった。
デレデレな日常を馬鹿にされ、さらに主であるミソラへの無礼な態度。これには旅の先輩であるリザードたちが怒りを露わにしようとしたが――その前に、凄まじい殺気を放ちながら一歩前に躍り出た影があった。アブソルだ。
(……あの動画の件を蒸し返すなぁぁぁ! しかも、この俺をマスコット扱いだと……!?)
群青の瞳に静かな、しかし絶対的な怒りの炎が灯る。オスのプライドを完全に傷つけられたアブソルは、フサフサの体毛を逆立て、漆黒の角を2体に向けて鋭く突き出した。
「ふふ、どうやらうちの子が怒ってしまったみたいね。……アブソル、お行儀の悪い大人たちに、貴方の本当の強さを教えてあげなさい」
ミソラの冷徹かつ美しい声が響く。
「シィッ……!!」
「ハッ、返り討ちだ! シザリガー、『クラブハンマー』!」
「ガマゲロゲ、『ハイドロポンプ』!」
激しい水の奔流と、巨体から繰り出されるハサミの強打。しかし、アブソルの鋭い感覚がここでも覚醒する。特性『きょううん』が、シザリガーの甲殻の継ぎ目と、ガマゲロゲの急所を的確に捉えていた。
アブソルは海岸の砂を鋭く蹴り上げると、ハイドロポンプの隙間をすり抜け、空中を舞う。そして、一瞬にして2体の死角へ着地した。
「終わりよ、アブソル! 『つじぎり』!」
闇を切り裂く白い閃光。アブソルの漆黒の角が放った一閃は、狂いなく2体の急所へと同時に炸裂した!
ドガァァァン!!!
「な、なんだってえぇぇ!?」
バトルの『強運』による確定クリティカル。凄まじい衝撃波とともに、シザリガーとガマゲロゲは白目を剥いて砂浜へと沈み、一撃で戦闘不能となった。
「ひ、ひえぇーっ! 動画と全然違うじゃねえか! バケモノかよ!」
「ご、ごめんなさいぃぃ!」
釣り人たちは慌てて相棒をボールに引っ込めると、竿を放り出して脱兎のごとく逃げ去っていった。
「よくやったわ、アブソル。本当に非の打ち所がない完璧な強さね」
ミソラが極上の微笑みを向ける。アブソルはふっと息を吐き、(フッ……見たか。これぞ本来の俺の……)と、今度こそ完璧な勝利の余韻に浸り、クールに佇もうとした。
その時だった。ミソラの足元にいた水色の女の子――マリルが、突如として眩い純白の光に包まれたのだ。
「えっ……? マリル、また進化したの!?」
先日ルリリから進化したばかりのマリルだったが、大家族の中でミソラの無限の母性を浴び、さらにアブソルの格好いいバトルを見てテンションが最高潮に達した結果、その「なつき」と「経験」のエネルギーが臨界点を突破。異例のスピードで再び進化の光を放ったのだ。
光の中で身体がぐんぐんと大きくなり、長い耳がさらにウサギのように立派に伸びていく。
やがて光が収まると、そこにはお腹に大きな白い模様を持つ、立派な、しかし最高に愛らしいマリルリが佇んでいた。
「マリルリ……! 驚いたわ、こんなに早く進化するなんて!」
「リリルーーーッ!」
進化して身体が大きくなったマリルリは、爆発する喜びのまま、満面の笑みでトコトコと突進。そして、最も近くにいた「命の恩人(戦闘を頑張ったアブソル)」へ向かって、全力のダイビングハグを敢行した。
それは、特性『ちからもち』が宿った、正真正銘の「物理特化型ハグ」だった。
ドゴォッ!!!
「シ、シィィィィーッ!?」
進化したことで、マリルの時とは比べ物にならないほどの『怪力』と『重量』がアブソルの脇腹へとめり込む。せっかくナンパ師を蹴散らして最高にクールに決めていたアブソルだったが、マリルリの愛の重戦車ハグにより、身体をくの字を通り越して「折」の字に曲げ、目からハイライトを完全に消して砂浜へと突っ伏した。
そんな哀れな後輩の姿を、少し後ろから見ていたリザード、テールナー、ヒノヤコマの3体は、静かに頷き合っていた。
リザードは腕を組みながら「あーあ、マリルリになっちまったか。あれのハグはマジで効きそうだな……」と遠い目をし、テールナーは木の枝で砂浜に『ドンマイ』と文字を書きながら哀愁を漂わせ、ヒノヤコマはパタパタと飛びながら「おめでとうー、そしてがんばれー」と、完全に熟練の先輩としての生暖かい視線を送っている。
案の定、砂浜でピキピキに固まるアブソルの元へ、ミソラが「まぁ! マリルリったら、お兄ちゃんにお祝いしてほしくて甘えてるのね! 本当に可愛いんだからぁ!」とデレデレの極上の笑顔で駆け寄り、2体をまとめてぎゅーっと抱きしめて頬ずりを始めた。
アブソルは、砂の味が混ざった潮風を吸い込みながら、ガタガタと震える心の中で、血の涙を流して絶望していた。
(おかしい……絶対に何かがおかしい……。俺の特性は『きょううん』……。バトルで100%の急所を引き当てる『強運』のはずなのに……なぜ日常に戻った瞬間、進化したての『ちからもちマリルリ』の最大打点ハグを100%の確率でモロに喰らう、この『狂った引きの強さ(不運)』になるんだ……!?)
マリルリの強烈な締め技(物理)に耐えながら、自分の『強運』が日常において完全に「ブーメラン」として自分を破壊しにくる事実に絶望するアブソル。ショウヨウシティへの道のりは、彼にとってさらなる耐久特訓の場となるのだった。