ショウヨウシティジム――そこは、高々とそびえ立つ巨大な岩壁を、トレーナー自らがロッククライミングで登っていくという、極限の体力を要求されるタフなジムだった。
「ふふ、なかなか骨のある壁ね。行くわよ、みんな」
ミソラは長い金髪をポニーテールに結び直し、美しくもしなやかな動きで岩肌を登っていく。そのすぐ後ろを、主力メンバーであるテールナー、アブソル、ヒノヤコマ、リザード、マリルリ、エネコの6体がそれぞれの方法で追随していた。
ようやく辿り着いた最初の踊り場で、待ち構えていたジムトレーナーの男がニヤリと笑う。
「ようこそショウヨウジムへ! 俺の岩タイプの硬さ、突破できるかな!?」
相手が初手で繰り出したのは、頑丈な岩の殻を背負ったイシズマイだ。
対するミソラが前に立たせたのは、ここ最近の日常の受難でメンタルをゴリゴリに削られ、「バトルで暴れたくて仕方がなかった」守護獣アブソルである。
「アブソル、一気に決めるわよ! 『かみつき』!」
「シィッ……!!」
並々ならぬ殺気を孕んだアブソルが、電開のスピードでイシズマイの懐へ飛び込み、その鋭い牙で岩の隙間を噛み砕く!
凄まじい衝撃。イシズマイは特性『がんじょう』によって辛うじてHP1で持ちこたえたものの、アブソルの放つ圧倒的な威圧感(きょううん)の前に完全に『ひるみ』、動くことすらできない。
「隙だらけよ。トドメは『でんこうせっか』!」
間髪入れずに白い閃光が走り、アブソルはイシズマイを容赦なくぶち抜いた。
「イシズマイ戦闘不能! アブソルの勝ち!」
審判の声が響く。アブソルはフサフサの美しい体毛を誇らしげに張り、(フッ……見たか! これが本来の、無傷で勝利を掴む完璧なる俺の姿……!)と、ここ最近で一番のドヤ顔を決めてみせた。
しかし、カロス地方のジムはそう甘くはなかった。トレーナーが2体目に繰り出したのは、太古の深海から這い出てきたような無骨な魚、ジーランスだった。
(……チッ、水と岩か。分が悪いな)
アブソルが身構える。ジーランスは大きく不気味な口を開け、こちらの動きを止めようと『あくび』のモーションに入った。
「させないわ。アブソル、『ちょうはつ』!」
ミソラの冷徹な指示が先んじる。アブソルの鋭い眼光がジーランスを射抜き、相手の『あくび』を完全に不発に終わらせた。ここまでは完璧な立ち回りだった。
だが、ジーランスの岩石のような「頑丈さ」は尋常ではなかった。こちらの物理技が面白いように通らない。逆に相手のじわじわとした反撃に押し切られそうになり、アブソルは戦闘不能寸前まで追い詰められてしまう。
「アブソル、戻りなさい! バトンタッチよ、マリルリ!」
「リリッ!」
満身創痍のアブソルと入れ替わり、水色の重戦車がフィールドに立つ。岩タイプ相手ならマリルリの水技で一撃――と思われたが、相手は半分水タイプが入ったジーランス。こちらの水技が今ひとつ通りにくく、決定打に欠けたまま無情にも時間が過ぎていく。
そうしているうちに、アブソルの『ちょうはつ』の効果が切れてしまった。
「ジーラァァ……」
ジーランスの口から、再び大きな『あくび』の泡が吐き出される。それをまともに浴びてしまったマリルリの瞼が、急激に重くなっていく。
「マリルリ、眠らされる前に交代よ! 出番よ、エネコちゃん!」
「にゃ〜〜ん!」
眠気でフラフラのマリルリに代わって飛び出したのは、大家族の気まぐれな末っ子、エネコだった。
場に出たエネコは、目の前の強面のジーランスを見ても怯む様子すらなく、のんびりと自分の足を舐めている。
「エネコちゃん、何が出るかはお楽しみよ。……『ねこのて』!」
ミソラの声に応え、エネコが小さなピンクの肉球を「にゃんっ!」と前に突き出した。
控えにいるマリルリの水技か、あるいはアブソルの悪技か――大家族の誰の技を引っ張ってくるのか、アブソルが固唾を呑んで見守る中、エネコの体内から溢れ出たのは、なんと「燃え盛る激しい炎」だった。
ごぉぉぉぉぉっ!!!
「エッ!? ほ、炎の渦ぅぅう!? 岩タイプに炎技だって!?」
相手トレーナーが目玉を飛び出させて驚愕する。それは、控えにいるリザード先輩かテールナー先輩、あるいはヒノヤコマ先輩のいずれかから借りてきた『ほのおのうず』だった。
タイプ相性としては「効果は今ひとつ」。普通なら悪手のはずだった。
しかし、この『ほのおのうず』は、相手を炎の檻に閉じ込め、毎ターン「じわじわと体力を削り続ける」という追加効果を持っていた。
「にゃはは!」
楽しそうにステップを踏むエネコの前で、ジーランスは炎の渦に巻かれ、身動きが取れないまま少しずつ、しかし確実に体力を削られていく。限界寸前だったジーランスの体力が、ついに底を突いた。
「ジ、ジーランス戦闘不能! 勝者、エネコ!」
「やったわ、エネコちゃん! なんて賢くて可愛いの、やっぱり天才ねぇ!」
ミソラが即座にエネコを抱きしめてデレデレモードに突入する。勝利したエネコはミソラの腕の中で嬉しそうに喉を鳴らしていた。
一方、モンスターボールの隙間からその様子を見ていた炎の先輩3体(リザード、テールナー、ヒノヤコマ)は、お互いに顔を見合わせて「いや、俺たちの技だけどさ……」「岩タイプ相手に炎の渦でハメ殺すとは、あの子猫、可愛い顔してなかなかの策士だな……」と、エネコの気まぐれが生んだ奇妙な大金星に、静かに戦慄していた。
そして、戦闘不能寸前で命からがら生き残ったアブソルは、濡れた砂の上でぜぃぜぃと息を荒らしながら、天を仰いでいた。
(おかしい……。初手であれだけ完璧に急所と怯みを引き当てて『きょううん』を証明したはずなのに、なぜ2体目でここまで泥沼の死闘に巻き込まれるんだ……。しかも最後は炎の先輩たちの技で、ノーマルタイプの猫がジーランスを焼き魚にしちまうなんて、このジムの確率、色々と狂ってやしないか……!?)
己のバトルの「運」すらも大家族の混沌(カオス)に飲み込まれていく事実に頭を抱えつつ、アブソルは深くため息をついた。