ハートの尻尾を持つピカチュウを家族に迎え、さらに華やかさを増したミソラの一行。木漏れ日が優しく差し込むハクダンの森の遊歩道を進んでいると、前方の草むらがガサガサと大きく揺れた。
「あ、見つけた! 旅行中のトレーナーだね。勝負、勝負だよ!」
飛び出してきたのは、虫取りアミを元気に掲げた少年――ミニスカートや虫取り少年たちが腕を競い合うこの森では、お馴染みの光景だった。少年の腰のベルトからは、やる気に満ちあふれたモンスターボールが一つ、小気味よい音を立てて外される。
「僕は虫取り少年のユウタ! 森の虫ポケモンたちの強さ、見せてあげるよ!」
ミソラは一瞬驚いたものの、すぐに凛とした表情に戻り、スカートの裾を軽くつまんで淑やかに一礼した。
「ええ、お相手するわ。私はミソラ。……初めての対戦、受けて立つわね」
ミソラが微笑むと、足元のフォッコが励ますように彼女の脚に体をすり寄せ、肩のヤヤコマが羽をパタパタと鳴らした。そして、新入りのピカチュウが、赤いほっぺをパチパチと鳴らして一番にミソラの前へと躍り出た。その目は「私に任せて!」と訴えているようだった。
「いけっ、コフキムシ!」
ユウタが投げたボールから、白い光と共に、小さな灰色の毛虫ポケモンが現れた。小刻みに体を震わせ、戦意を剥き出しにしている。
「私たちの初陣ね。……ピカチュウ、貴方に任せてもいいかしら?」
ミソラが優しく声をかけると、ピカチュウは「ピカッ!」と短く力強く鳴き、素早い動きでフロントラインへ進み出た。ハートの尻尾が、緊張感の漂う戦場で愛らしく揺れる。
フォッコとヤヤコマは、ミソラの後方に一歩下がり、じっとその背中を見守る。一対一の真剣勝負。それがトレーナーとしての、そして命と向き合う者としての最低限の「筋」だった。
「コフキムシ、先手必勝だ! 『たいあたり』!」
ユウタの鋭い指示を受け、コフキムシが小さな体からは想像もつかないほどの瞬発力で、一直線に突っ込んでくる。
「かわして、ピカチュウ!」
ミソラの通る声が森に響く。ピカチュウは持ち前の高い素早さを活かし、まるで行く先を知っていたかのように、サイドへひらりと身を翻した。コフキムシの体が、ピカチュウの残像を虚しくすり抜けていく。
「今よ、『電気ショック』!」
着地の勢いのまま、ピカチュウが小さな体を丸め、一気に電気エネルギーを放とうとした。しかし、コフキムシもさるもの、すぐさま身を翻して口から粘り気のある白い糸を大量に吐き出した。
『いとをはく』――。
放たれた糸がピカチュウの足元を掠め、自慢の素早さが一瞬だけ鈍る。初めてのバトルという緊張もあり、ピカチュウの動きにわずかな焦りが生じた。
「ピカ、ピカッ……!?」
体勢を崩しかけたピカチュウの耳に、後ろからの声が届いた。
フォッコが声を枯らして応援の鳴き声を上げ、ヤヤコマが頭上で大きく羽ばたいて風を送り、ピカチュウを鼓舞している。
(一人じゃない。後ろには、大好きなミソラと、温かい家族がいる)
その声援が、新入りのピカチュウの心に火をつけた。
ぐっと足元に力を込め、彼女はミソラの顔を真っ直ぐに見上げる。ミソラは深く頷き、確信に満ちた声で指示を出した。
「大丈夫、貴方の力を信じているわ。全力の『電気ショック』!」
「ピカァ……チュウウウッ!!」
黄色い鮮烈な閃光が、薄暗い森の木々を鮮やかに照らし出した。
ピカチュウの小さな体から解き放たれた激しい電撃が、今度は真っ直ぐにコフキムシを捉える。パチパチと青白い火花が散り、その圧倒的な光の前に、コフキムシはたまらずその場に倒れ込んだ。
「コ、コフキムシ戦闘不能! 僕の負けだぁ……」
ユウタはがっくりと肩を落としたが、すぐに大切な相棒をボールへと労うように戻した。ミソラもまた、深く息を吐き出し、張り詰めていた肩の力を抜く。
「よく頑張ったわね、ピカチュウ!」
ミソラがしゃがみ込んで両腕を広げると、ピカチュウは最高の笑顔でその胸へと飛び込んできた。フォッコも嬉しそうに駆け寄り、ヤヤコマがミソラの肩へふわりと舞い降りる。
「うわぁ……君のピカチュウ、後ろの仲間たちからの応援をもらって、一気に強くなったみたいだった。正々堂々とした、いいバトルだったよ。完敗だ!」
ユウタの爽やかな言葉に、ミソラは我が子たちを愛おしそうに抱きしめながら、誇らしげに微笑んだ。
「ええ。この子たちは私の、大切な『家族』ですから」
初めての勝利。それは、卑怯な手を使うことなく、お互いを信じる「絆」と、正々堂々と戦うピカチュウを心から支えた家族の声援が導いた結果だった。
火花が散った後の森には、以前よりもずっと深い信頼の温もりが、静かに満ちていた。