「リザード! もうやめなさいって! 待ちなさい、リザード!」
シャラシティのポケモンセンター。ジョーイさんから引き渡された瞬間、ボールから飛び出したリザードは、ミソラの静止の声を完全に無視して走り出していた。その瞳は、怒りと屈辱で真っ赤に血走っている。
ドス、ドス、と凄まじい足音を立てて逆走したリザードは、再び「映し身の洞窟」へと突入。凄まじい殺気を放ちながら、出口付近の広場にいたソーナンスを猛烈な『ほのおのキバ』で撃粉した。
ドゴォォン! と倒れ伏すソーナンス。だが――リザードは、その焦げた姿を見下ろしたまま、ピキリと動きを止めた。
「リザ、ァ……?」
鼻から激しい煙を吹き出し、怒りの炎をさらに燃え上がらせる。そう、これじゃない。
リザードをハメて、あの忌々しい『カウンター』で無敗記録を泥に塗ったのは、口紅を塗ったような顔をした「メス」のソーナンスだった。今目の前で目を回しているのは、口紅のない「オス」のソーナンスだ。
ターゲットはこいつじゃない――そう確信したリザードは、さらに狂暴な声を上げて洞窟の奥へと突き進もうとする。
「リザード、もういいでしょ!? 仇は討ったじゃない、もう帰りましょう!」
ミソラが必死にその逞しい腕を掴んで止めようとするが、リザードはそれをグイと振り払い、鏡の壁の奥、岩の隙間、影という影を咆哮とともに暴き立てていく。完全に目が据わっているリザードの異常な執念に、テールナーやマリルリたちも顔を見合わせ、引き気味にその後を追うしかなかった。
そして、洞窟のさらに深い暗がりに足を踏み入れ、いくつかの岩をリザードが力ずくで破砕した、その時だった。
「ソ〜〜ナンス♪」
岩陰から、ぬっとあの顔が現れた。間違いなく、唇にべったりと赤い口紅のような模様のある、あのふざけたメスのソーナンスだ。こちらの姿を認めた瞬間、奴はまたしてもあの「してやったり」と言わんばかりの、人を小馬鹿にした敬礼ポーズを取ってみせた。
その瞬間、リザードの脳内で何かが完全に決壊した。
「リザァァァァァァァァーーーーーーッッッッ!!!!」
洞窟全体が激しく鳴動するほどの咆哮。リザードの全身から、これまでとは桁違いの、ドス黒く熱い暴虐的な紅蓮の炎が噴き出す。
「リザード、ダメ! やめなさい!!」
ミソラの制止の悲鳴など、今のリザードの耳には一切届かない。
ソーナンスのメスが、再び物理攻撃を倍返しにすべく、その身体を禍々しく発光させて『カウンター』の構えを取る。だが、今回のリザードの執念は、その発動速度すら完全に置き去りにした。
リザードは爆発的な踏み込みで地面の岩を粉砕し、弾丸のような速度で肉薄。ソーナンスが衝撃波を形成しきるより一瞬早く、リザードの顎が、地獄の業火を伴ってメスの脳天へと容赦なく振り下ろされた!
『ほのおのキバ』――いや、それはもう、技という概念を超えたただの「剥き出しの凶暴さ」だった。
ガブゥゥゥゥッッッッ!!!!
「ソ、ナ――……ッ!?」
カウンターを合わせる隙すら与えない、超絶的な破壊力。間髪入れず、牙から解き放たれた極大の熱量が、ソーナンスの肉体を内側から爆破した。
ドゴォォォォォォォォンッッッッ!!!!
凄まじい炎の渦が暗い洞窟を真っ赤に染め上げた。
炎が静まり返ったフィールドの真ん中には――あの生意気な口紅ごと真っ黒焦げになり、目を限界までぐるぐるに回して、完全にピクリとも動かなくなったメスのソーナンスが転がっていた。
文句なしの完全なるリベンジ。しかし、リザードの執念はそれだけでは収まらなかった。
宿敵を地獄へ叩き落とし、己のプライドを完全に奪い返した瞬間、リザードの胸の奥から言葉にならない圧倒的なパワーが突き上げてくる。
その身体が、これまでとは比較にならないほど眩い、純白の進化の光に包まれた。
光はみるみるうちに巨大に膨れ上がり、その背中から、猛々しい二枚の大きな翼が力強く突き出す。長い尾の先には、洞窟の闇をすべて焦がすような大炎が宿った。
まばゆい光が弾け飛ぶ。
そこに立っていたのは、堂々たる体躯と、すべてを焼き尽くす圧倒的な威厳――そして、触れるものすべてを拒絶するかのような凶暴なオーラを纏った竜、リザードンだった。
「リザァァァァァァァァァァァァァーーーーーーッッッッ!!!!」
洞窟の天井を突き破らんばかりの、地響きのような大咆哮。
見事リベンジを果たし、最強の最終進化へと上り詰めたリザードン。
「リザードン……」
ミソラはその圧倒的な姿に息を呑み、一歩後退した。
そして、フィールドの端で見守っていた仲間たちの間には、歓声ではなく、冷たい戦慄が走っていた。
「テ、テール……」
いつもは頼れる兄貴分としてみんなを引っ張るオスのテールナーが、完全に腰が引けた状態でリザードンを見上げ、その手に持つ枝をカタカタと震わせている。
「マ、マル……リ……」
タフなマリルリも、リザードンから放たれるドス黒い熱気と、怨敵を一切の容赦なく粉砕したその冷酷なまでの狂暴さに恐怖し、新入りのイーブイやエネコを自身の背後に隠しながら、ガタガタと震えてドン引きしていた。アブソルでさえも、その圧倒的な気迫に冷や汗を流し、警戒の姿勢を崩せない。
いつもなら進化を真っ先に喜び合うはずの大家族の仲間たちが、完全にリザードンのその「キレたら何をするか分からない恐ろしさ」に、本気で戦慄していたのだ。
我に返ったリザードンはバツが悪そうにフンと鼻を鳴らすと、怯える仲間たちを振り返ることもなく、ただ圧倒的な威圧感を背中で放ちながら、シャラシティへの出口へと堂々と歩き出す。
真のリベンジを果たし、最強の翼を手に入れたリザードン。しかし、その代償として大家族の間に走った奇妙な緊張感を抱えたまま、ミソラたちは再び洞窟の外へと足を踏み出すのだった。