シャラシティのポケモンセンターのロビー。
昼間の激しいリベンジマッチと、その後の砂浜での大乱戦を終え、ミソラ旅団の面々は心地よい疲労感に包まれていた。
リザードンはすっかり元の落ち着きを取り戻し、広めのスペースでどっしりと構えている。その大きな翼の影で、テールナーやマリルリがリラックスして毛づくろいをしており、昼間のギクシャクが嘘のような、いつもの大家族の温かい空気がそこにはあった。
「ふぅ、本当に濃い一日だったわね……」
ミソラはソファーに深く腰掛け、昼間、映し身の洞窟の奥深くで偶然拾い上げていた「あるアイテム」をリュックから取り出した。
それは、夜空の月をそのまま閉じ込めたような、淡く神秘的な紫色の輝きを放つ、不思議な歪みを持った美しい鉱石だった。
「これ、確か『つきのいし』って言うのよね。特定のポケモンを進化させるエネルギーがあるって聞いたことはあるけど……どうやって使うのかしら? 飾っておくだけでも綺麗だけど」
ミソラがランプの光に石をかざし、不思議そうに眺めていると、その手元に「にゃ〜お?」と可愛い鳴き声が近づいてきた。
旅団の自由奔放なマスコット、エネコだ。
エネコはミソラの膝の上に器用に飛び乗ると、見たこともないピカピカ光る石に、たちまち旺盛な好奇心を刺激されたようだった。丸い瞳を輝かせ、左右にせわしなく髭を揺らしている。
「あ、コラ、エネコ。これはおもちゃじゃないわよ。危ないから見ているだけに――」
ミソラが手を引こうとした、まさにその一瞬前だった。
動くものや光るものに目がないエネコは、我慢できずに「ていっ」と、その小さな前足を伸ばし、弾むような肉球で『つきのいし』をチョイチョイとつついたのだ。
ピトッ。
肉球が石の表面に触れた、その刹那――。
「えっ――!?」
つきのいしが、割れんばかりの強烈な、そしてどこか冷徹なまでに美しい純白の光を放ち出した。
驚いたミソラが思わず石を手放すと、光の粒子はそのままエネコの全身へと吸い込まれるように絡みつき、彼女の小さな身体をまたたく間に包み込んでいく。
「嘘、触れただけで進化が始っちゃうの!? 待って、まだ心の準備が――!」
ミソラの焦り声をよそに、進化の光はロビー全体を眩しく照らし出す。
その異常な光量に、のんびりしていたテールナーやマリルリ、そしてリザードンまでもが「なんだなんだ!?」と一斉に飛び起き、目を丸くして光の中心を凝視した。
光の中で、エネコの丸っこかったシルエットが、しなやかに、そして大人びたスマートな体躯へと引き伸ばされていく。首の周りにはふんわりとした襟巻きのような毛並みが形作られ、尻尾の先には気品を感じさせる美しい飾りが現れた。
パァン……!と、まるで夜空に弾ける花火のような、静かで美しい光の破片が散る。
光が収まったそこに佇んでいたのは――細くしなやかな四肢に、上品な紫とクリーム色の毛並みを纏った、どこからどう見ても高貴なオーラを放つポケモン、エネコロロだった。
「エ、エネコ……じゃなくて、エネコロロ……!?」
ミソラが呆然と呟く。
進化を遂げたエネコロロは、細められた瞳で自分の新しくなった身体をフニフニと確かめるように見つめると、次の瞬間。
「にゃ〜〜〜ん♪」
中身は全く変わっていなかった。
エネコ時代と変わらない、緊張感のまるでない気の抜けた鳴き声を上げると、エネコロロはそのままミソラの胸元へダイブし、ゴロゴロと喉を鳴らして甘え始めたのだ。見た目は高級ホテルのロビーが似合うようなお嬢様風になったというのに、やることは完全にただの甘えん坊の猫である。
「もう……びっくりさせないでよ。でも、すっごく綺麗になったね」
ミソラが苦笑しながら抱きしめると、周囲で見守っていた大家族の面々も、ようやく状況を理解して集まってきた。
リザードンがその大きな顔を近づけ、鼻をフンと鳴らして匂いを嗅ぐ。昼間はあんなに狂暴だったリザードンに対し、進化したエネコロロは全く物物しせず、新しい長い尻尾でリザードンの鼻先を「ペシッ」とご機嫌そうに叩いてみせた。
それにはさすがのリザードンもタジタジとなり、バツ悪そうに顔を背ける。大家族の力関係に、早くも新しい風が吹いた瞬間だった。
「テール、テェルナ」
テールナーが「お前、ずいぶん立派になったな」と感心したように腕を組み、マリルリも嬉しそうに足元を跳ね回っている。リザードンに続き、まさかのアクシデントでエネコまでが最終進化を遂げた、本当に嵐のような一日だった。
――翌朝。
一段と賑やかさと個性が大爆発したミソラ旅団は、シャラシティの北にそびえ立つ聖地『マスタータワー』へと足を運んでいた。
タワーの奥で待っていたのは、ジムリーダー・コルニの祖父であり、このカロス地方のメガシンカの歴史をすべて知る人物――通称『メガシンカオヤジ』。
「ほう……お主がミソラか。そして、その背後にいるのは……実に猛々しく、傷を負うごとに強くなる執念を秘めたリザードンじゃな」
メガシンカオヤジの鋭い眼光が、ミソラとリザードンを射抜く。彼はミソラたちがこれまで歩んできた旅の重み、そしてリザードンが映し身の洞窟で屈辱を乗り越えて手に入れた「真の強さ」を一目で見抜いていた。
「メガシンカとは、ただポケモンを強くするだけの器ではない。トレーナーとの、命を賭した『絆』の結晶。お主たちにその資格があるかどうか……まずは見極めさせてもらおう」
重々しい伝承の言葉に、ミソラはゴクリと息を呑む。
メガシンカの秘密、そしてそれを引き出すためのアイテム『メガリング』。しかし、それを手に入れるためには、避けては通れない壁があった。
「待ってくれ、ミソラ」
タワーの静寂を破って声をかけてきたのは、同じくメガシンカの力を求めてこの街にやってきたライバル――カルムだった。
その隣には、いつも以上に気合の入った彼の相棒ポケモンが控えている。
「メガリングは、ここにいる全員分があるわけじゃない。誰がそれを手にするにふさわしいか……ミソラ、俺とここで勝負だ」
カルムの瞳には、一切の手加減なしの真剣な炎が宿っていた。
メガシンカの継承権を賭けた、ライバルとのガチンコ対決。
進化したばかりでまだ技の未知数なエネコロロ、そして最強の翼を手に入れたリザードンを擁するミソラ旅団は、このカルムという最大の試練をどう迎え撃つのか。
「望むところよ、カルム……! 私たちの『大家族の絆』、全力で見せてあげる!」
マスタータワーの厳かな空気の中、メガシンカを巡る運命のライバル戦の幕が、今切って落とされようとしていた。