黄金色に輝くアズール湾の大海原。ラプラスの背に乗って意気揚々と乗り出したミソラ旅団だったが、すぐにミソラの顔は不快感で歪むことになった。
修行の聖地と聞いてやってきたものの、この海に集まっていたのは、砂浜や岩場で波に浮かれるイケイケな水着姿の男たちばかりだったのだ。
「おねえさん、そこのラプラスの彼女! 俺たちとあっちの島でいいことしない?」
「ひとりでそんなにポケモン連れて、寂しいだろ? 俺が相手してやろうか?」
すれ違うたびに、下卑た笑みを浮かべた男たちから浴びせられるナンパの嵐。
「うるさいわね! バトルしないならあっち行って!」
ミソラは辟易としながら彼らを一喝し、ルカリオやイーブイたちと共に、なんとかナンパをあしらいながら野生のポケモンを相手に修行を進めていた。しかし、本当の理不尽は、湾の奥にそびえ立つ切り立った断崖の絶壁から突きつけられた。
「おーい! そこの水上のトレーナー! 骨のある奴を探してたんだ、オレと大空の決闘――『スカイバトル』をしなよ!」
見上げると、崖の上で専用のスーツを纏ったスカイトレーナーの男が、不敵な笑みを浮かべて見下ろしていた。
スカイバトル。それは、飛行タイプや特性『ふゆう』を持つ、文字通り「空を飛べるポケモン」だけに参加が許されるカロス地方独自の特殊ルールだ。
「悪いけど、今は海の上で特訓中なの! 断るわ!」
ミソラが拒否の声を上げるが、崖の上の男は聞く耳を持たなかった。
「ルールを知らないのかい? 目が合ったら強制バトルさ! 怖気づいて逃げるなんて、みっともない真似はさせないよ!」
男が問答無用で投げ放ったモンスターボールから現れたのは、不気味な幾何学模様の翼と、冷徹な単眼を持つ古代の怪鳥――シンボラーだった。
「……しょうがないわね。みんな、ラプラスの背中で待ってて!」
現在の第二陣の中で、空を飛べるのはただ1体。ミソラは肩の上の相棒に視線を送った。
「いけるね、ヒノヤコマ! 私たちの修行の成果、見せてやりなさい!」
「ピキィッ!」
ヒノヤコマは力強く鳴くと、ラプラスの背を蹴って大空へと舞い上がった。上空で静止するシンボラーと、激しく羽ばたくヒノヤコマ。あまりにも圧倒的な高度の差、それから一歩も引けない空中の一騎打ちが始まった。
「先手必勝よ! ヒノヤコマ、『ニトロチャージ』!!」
炎を纏ったヒノヤコマが、流星のような速度でシンボラーへと突撃する。しかし、シンボラーは不気味な軌道でひらりとそれをかわすと、単眼を怪しく光らせた。
「ふん、スピードだけだね。シンボラー、まずはそいつの動きを止めな。『でんじは』!」
「えっ、でんじは……!?」
ミソラが戦慄した瞬間、シンボラーから放たれた目にも留まらぬ速さの電磁パルスが、ヒノヤコマの小さな身体を直撃した。
バリバリッ!
「ピキィ……ッ!」
強烈な麻痺がヒノヤコマの全身を襲う。翼の自由が利かなくなり、空中での羽ばたきが劇的に鈍る。避けることも、逃げることもできない。ただ上空に漂うことしかできない、完璧な木偶の坊と化した。
「あはは、これで逃げられないね! さあ、じっくりといたぶってやるよ。シンボラー、『チャージビーム』だ!」
「ピ……キキィ……!」
麻痺で動けないヒノヤコマを、シンボラーが放った青白いビーム状の電撃が容赦なく貫いた。
致命的な威力ではない。しかし、飛行タイプであるヒノヤコマにとって、電気技はたとえ弱くとも激しい痛みを伴う。
「ピキィィーーーッ!!」
「ヒノヤコマ! 負けないで、なんとか動いて!!」
ミソラの悲鳴のような号令も、麻痺した身体には届かない。
「へえ、まだ耐えるか。じゃあ、もっと上げさせてもらうよ! チャージビーム!」
シンボラーの攻撃は続く。チャージビーム。それは、撃てば撃つほど自身の特攻(電気技の威力)を高めるという、嬲り殺しに特化した技。2発目、3発目と放たれるたびに、ビームの輝きは増し、ヒノヤコマを襲う電撃の威力は、確実に、そして残酷に跳ね上がっていった。
バリバリバリバリッッ!!!!
「ピ、ピキィィィィァァァーーーーッ!!」
空中という逃げ場のない戦場で、ただ1体で、終わりのない激痛に晒され続けるヒノヤコマ。麻痺で羽ばたくこともできず、シンボラーの特攻が高まっていくのを、ただ蹂躙されるままに受けるしかない。
「どうだい、だんだんと熱くなっていく電撃の味は! オレの特攻はもうMAXだ……! これで終わりだ!」
崖の上の男の無慈悲な笑いとともに、シンボラーから放たれた、最大威力までチャージされた青白いビームが、空を裂いた。
ドガァァァァァンッッ!!!
「ヒノヤコマーーーッッ!!!」
爆発のような閃光と衝撃波がヒノヤコマを飲み込む。
激しい電撃に焼かれ、力尽きたヒノヤコマは、煙を上げながら、大空から真っ逆さまに海へと落ちていった。ラプラスが咄嗟にその身体を水際で受け止めたが、ヒノヤコマは全身を痙攣させたまま、一瞬で戦闘不能に陥っていた。
「あははは! 飛行タイプなのに電気の対策もしてないなんて、素人丸出しじゃないか!」
崖の上のスカイトレーナーの男が無慈悲な嘲笑を浴びせてくる。さらに、それを見ていた周囲のナンパ男たちまでが、一緒になってクスクスと笑い声を上げ始めた。
「なんだよ、威勢がいい割にはジワジワとやられて終わりかよ」
「やっぱり俺たちとお遊びしてた方が良かったんじゃないの〜?」
「くっ……う……!」
悔しさと、悔し涙が視界をにじませる。
手も足も出なかった。麻痺で止められ、チャージビームでジワジワといたぶられ、段々と威力が上がる絶望の中で、何の指示も出せなかった自分の無力さ。そして、周囲からの容赦のない嘲笑の嵐。
「ラプラス……戻って……! ヒヨクシティへ戻るわよ……!」
ミソラは震える声でボールにヒノヤコマを回収すると、ボロボロになった仲間を胸に抱きしめ、頭を深く垂れた。
「ルカ……」
前衛のルカリオが、悔しそうに拳を血がにじむほど強く握りしめ、崖の上の男とシンボラーを睨みつけている。ラプラスも主人の悲しみを感じ取り、悲痛な鳴き声を上げながら、全速力でヒヨクシティの港へと引き返し始めた。
背後から聞こえる男たちの笑い声を背中に浴びながら、ミソラ旅団は文字通り、命からがらポケモンセンターへと逃げ帰るしかなかった。
強く賢くなると誓ったばかりのミソラのプライドは、カロス地方の理不尽な洗礼の前に、見るも無残に引き裂かれてしまったのだった。