「……ふぅ。これで、少しは前を向いてくれるか」
ヒヨクシティのポケモンセンターを出たカルムは、初夏の爽やかな潮風に帽子を抑えながら、小さく息を吐き出した。
部屋を去る間際、ベッドから立ち上がったミソラの姿を思い出す。色白の肌に、光を浴びてきらめく美しい金髪。誰もが見惚れるほどの絶世の美少女である彼女は、その容姿ゆえに、どこへ行っても不躾な視線や、アズール湾でのナンパ男たちのような不埒な輩に侮られ、絡まれることが多かった。
いつも大家族のポケモンたちに囲まれ、健気に、おっとりと微笑んでいるミソラ。カルムにとって彼女は、幼馴染という枠をとうに超え、誰よりも大切な、心から惹かれている少女だった。
だからこそ、昨日彼女が流した涙が、そして「自分のせいでみんなを傷つけた」と自責の念に駆られて震えていたあの姿が、カルムの胸を狂おしいほどに締め付けていた。
(ミソラを傷つけ、あの綺麗な髪を涙で汚した奴らを……オレは、一人残らず掃除してやる)
一歩街へ踏み出したカルムの瞳からいつもの朗らかさは完全に消え失せ、底冷えするような、激しい怒りの炎が宿っていた。
カルムが向かったのは、ミソラがプライドを打ち砕かれたというアズール湾の北にそびえ立つ、切り立った断崖絶壁――スカイトレーナーたちの縄張りだった。
そこには、昨日ミソラを嘲笑した主犯格の男を中心に、チャラチャラした男たちが集まって下卑た笑い声を上げていた。
「おい、昨日のあの金髪のねーちゃん、泣き顔が最高にそそったよな!」
その言葉が耳に届いた瞬間、カルムは音もなく彼らの前に立ち、冷徹に言い放った。
「お前が昨日、ミソラにスカイバトルをふっかけたトレーナーか。……オレと勝負しろ。ルールはお前が大好きなスカイバトルだ」
「あ? 昨日のあのお人形さんのツレか。いいぜ、返り討ちにしてやるよ、シンボラー!」
不気味な単眼を持つ古代の怪鳥・シンボラーが大空へ舞い上がる。
「行くぞ、ファイアロー。……生温く倒すなよ。昨日あいつがやった通り、じっくりと嬲り殺しにしてやれ」
カルムの冷酷な声とともに、ファイアローが爆音を立てて飛び出した。
「先手必勝だ、『でんじは』!」と男が叫ぶが、ファイアローはその超絶的な速度で電磁波を紙一重で完全回避。そして、ここからカルムの、血も涙もない「再現報復」が始まった。
「ファイアロー、まずは『おにび』で奴の自由と体力を奪え」
蒼白い不気味な炎がシンボラーを包み、激しいスリップダメージと攻撃力低下の呪いが襲う。
「ギ、ギィッ!?」
「そこだ、ジワジワといくだけの威力を乗せろ。連続で『ニトロチャージ』。ただし一撃では落とすな。じっくりと、痛みを刻み込め」
ファイアローが炎を纏い、シンボラーの翼を、胴体を、何度も何度も、まるで なぶり拷問 するかのように正確に、かつ容赦なく切り裂いていく。一戦ごとにファイアローの素早さが上がり、シンボラーは避けることも、超能力を発動することすら許されない。
「な、なんだよこれ……オレのシンボラーが、手も足も出ない……っ」
「昨日、あいつを笑った時のように笑ってみろよ。……トドメだ、最大火力の『フレアドライブ』!」
ドガァァァンッッ!!!
爆炎の中、全身を真っ黒に焦がしたシンボラーは、一切の抵抗もできずに断崖の床へと真っ逆さまに墜落し、戦闘不能となった。完璧なる、そして倍以上の苦痛を伴うなぶり殺しの完封劇。
「ひ、ひぃっ……!」
主犯の男が腰を抜かすと、周囲にいたチャラチャラした取り巻きの男たちが、あまりの狂気に慌てて逃げ出そうとした。
「……誰が逃げていいって言った?」
カルムの声のトーンがさらに一段、低くなる。
「おい、地上のお前らも同罪だ。ミソラを侮ったこと、その身で後悔していけ。――出てこい、ゲッコウガ! ニャオニクス!」
ポン、ポン、と放たれた2つのボールから、カルムの誇る地上戦の絶対的エースたちが姿を現した。
「な、なんだよ! 俺たちはバトルしてねえだろ!」
「うるさい。さっさと手持ちを出せ。ニャオニクス、『サイコキネシス』でそいつらの動きを止めろ!」
「ニャーオ」
ニャオニクスの鋭い眼光が光った瞬間、強力な念動力がナンパ男たちと、彼らが慌てて繰り出したポケモンたちの全身を縛り付け、その場に文字通り 完璧に縫い付けた。
「ゲッコウガ、逃さず一人残らず叩き潰せ。『みずしゅりけん』!!」
「コウガッ!!」
ゲッコウガが超高速で跳躍し、巨大な水の結晶の手裏剣を無数に形成。念動力で完全に木偶の坊と化した男たちのポケモン、そして男たちの足元へ向かって、無慈悲な弾幕となって一斉に降り注いだ!
ドガガガガガガガッッッ!!!!
「うわああああああああっ!?」
激しい衝撃と水の爆発。男たちの手持ちポケモンは、一瞬の交戦の余地すらなく、ただの一撃で全滅し、男たち自身も水飛沫と衝撃波で断崖の地面へと激しく叩きつけられた。
まさに一瞬の「粉砕」。アズール湾の強者気取りだった男たちは、全員が泥水をすすりながらガタガタと震え、恐怖のあまり声も出ない。
カルムは静かに歩み寄り、彼らを冷徹に見下ろした。
「二度と、ミソラの前にその汚いツラを見せるな。次は、ただじゃおかない」
その低い声と、ゲッコウガたちの圧倒的な殺気に、男たちは這いつくばったまま、悲鳴を上げて崖の下へと蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っていった。
カルムは荒ぶる息を整え、ポケモンたちをボールへと戻した。
空を見上げると、厚い雲の隙間から、どこまでも真っ直ぐな青空が広がっている。
「さあ、お前の番だぜ、ミソラ。……オレが惚れた女の子の強さ、あのジムで見せてくれよ」
最愛の少女の笑顔を取り戻すため、影の守護者は静かに戦場を後にするのだった。