「待っておったぞ、若き挑戦者よ。……いや、今は『戦士』と呼ぶべきかね」
大樹の頂上、ヒヨクジムのウッドデッキ。
麦わら帽子の下からフクジが見つめる先には、数日前とは完全に別人の空気を纏ったミソラが立っていた。
乱れていた金髪は美しく編み込まれ、色白の端正な顔立ちには一点の迷いもない。その青い瞳は、フクジの後方に広がる巨大な温室や、フィールドに配置された草木の密度、太陽の光が差し込む角度までを、冷徹なまでに観測していた。
「時間をいただき、ありがとうございました、フクジさん」
ミソラは静かに、しかし凛とした声で告げた。
「私の大家族の命を預かる指揮官として、あなたに挑戦します」
「フォフォ、良い目じゃ。お主が本物か、ただの張り子の虎か……ワシの植物たちで確かめさせてもらおう!」
フクジが最初に投げ放ったのは、鈍い金属音を立てて現れたナットレイだった。全身の棘が陽光を反射して怪しく光る。前回の特訓前、イーブイをブラッキーへ進化させるきっかけとなった、あの堅牢な要塞だ。
対するミソラが選んだ初手は――。
「行って、リザードン!」
咆哮と共に、圧倒的なポテンシャルを誇る紅蓮の竜が舞い降りる。タイプ相性は圧倒的にミソラが有利。これまでのミソラなら、ここでただ「火炎放射!」と叫び、リザードンの個人技の暴力で押し切ろうとしただろう。
「フォフォ、相性だけを見る悪癖、直っておらんな。ナットレイ、『でんじは』じゃ!」
ナットレイの棘から放たれる、あの暗黒のアズール湾を思い出させる忌まわしき電撃。ヒノヤコマをなぶり殺しにした、起点化の罠。
しかし、ミソラの瞳は微塵も動かない。
「リザードン、その場で『みがわり』」
「グオォッ!」
リザードンはミソラの意図を正確に汲み取り、自らの体力を削って身代わりとなる幻影を生み出した。放たれた『でんじは』は身代わりを焦がすだけに終わり、ナットレイの戦術が空を切る。
「な……!? 相性有利の炎を出しておきながら、初手で守りに入ったか!」
「当然です。ナットレイの狙いは、相性不利を補うための機能停止(麻痺)。それを防げば、あなたの『てつのトゲ』による接触ダメージのリスクを排除するだけ」
ミソラは真っ黒になるまで書き殴ったノートの全データを脳内でハッキングするように、冷酷に指示を飛ばす。
「非接触の最大打点――『かえんほうしゃ』!」
リザードンの口から放たれた猛烈な業火が、ナットレイの鋼の身体を焼き尽くす。一歩も触れ合わせることなく、要塞を一撃で消し去ってみせたのだ。
「ほう……! ポテンシャルに溺れず、相手の『狙い』を潰したか。だが、ここからがワシの真骨頂じゃよ!」
フクジの2匹目は、不気味に葉を揺らすウツボット。
フィールドに差し込む強烈な太陽光。ウツボットの特性は『ようりょくそ』――この晴天下では、その素早さは通常の2倍に跳ね上がる。
「ウツボット、『にほんばれ』でさらに陽の光を強めよ! そして『ソーラービーム』じゃ!」
超加速したウツボットが、チャージなしで光線を放とうとする。これまでのミソラなら、その速度に翻弄され、ただ立ち尽くしていただろう。
「……ウツボットの『ようりょくそ』によるシステム加速。今までのデータを読めば、その対策は容易です」
ミソラは手首のメガリングをそっと指でなぞった。
「リザードン、戻って! 代わって、アブソル!」
光の中に現れたのは、ミソラ旅団の絶対的エース、漆黒の角を持つ白い獣。
ウツボットの超高速の『ソーラービーム』が、容赦なくアブソルへ向けて照射されようとする。直撃すれば、耐久の低いアブソルはひとたまりもない。
「フォフォフォ! 自ら不利な対面に交代するとは、やはり無策――」
「アブソル、右斜め30度へ跳躍、そのまま『ふいうち』」
その瞬間、アブソルの赤い瞳が妖しく光った。
ウツボットがビームを放つ「その一瞬の隙(行動の優先度)」を、ミソラとアブソルの波長が完璧に捉えていた。
『ふいうち』――相手が攻撃技を出そうとした時、その速度に関係なく、必ず先制して致命傷を与える悪タイプの戦術。
アブソルは、光線が放たれる直前のウツボットの懐へ、影のように滑り込んだ。漆黒の爪が、ウツボットの胴体を十字に引き裂く。
「ギニャァッ!?」
ビームが発射される前に、ウツボットは糸が切れた人形のようにフィールドに倒れ伏した。
「ウツボット戦闘不能!」
審判のコールが響く。
完璧な先読み。相手の天候加速システムそのものを攻略し、 転覆させてみせたのだ。
アブソルは、倒れた敵の前に着地すると、ふん、と鼻を鳴らした。
そして、ゆっくりと振り返り、机に向かって泥をすすり続けた主人の横顔を見る。
その鋭い角を少しだけ揺らしながら、アブソルは心の中で呟いた。
(……やるじゃないか、ミソラ。お前のその指示、俺の『個人技』とやらに、完璧に噛み合ってるぞ)
「素晴らしい戦術じゃ、ミソラ」
フクジは、麦わら帽子を深く被り直した。その顔から笑みが消え、本物の「壁」としての威厳が立ち上る。
「ただの猫可愛がりの色物かと思ったが、よもやこれほど短い時間で、ワシの草木を理詰めで毟り取る指揮官になるとはな。……だが、次がワシの最後の1匹、大黒柱のゴーゴートじゃ。お主のその硝子の知略、本物かどうか、この老木の全霊でへし折ってくれよう!」
「望むところです、フクジさん。私の大家族の、本当の『責任』を見せてあげます!」
風が激しく吹き抜け、ミソラの金髪が戦場に躍る。
お飾りと呼ばれた美少女トレーナーの、本当の実力を証明するための最終決戦が、今幕を開ける。