「頼んだぞ、ワシの相棒よ。大樹の真髄を見せてやれ、ゴーゴート!」
地響きと共に現れたのは、巨木のような角を持つ大柄な羊ポケモン、ゴーゴートだった。その佇まいからは、これまでのナットレイやウツボットとは一線を画す、圧倒的な生命力と威圧感が放たれている。
フィールドには、まだウツボットが残した強烈な「にほんばれ」の陽光が降り注いでいた。
ミソラの対面はアブソル。先ほどウツボットを劇的な『ふいうち』で仕留めたものの、連戦の疲労は隠せない。
「フォフォ、先ほどの知略は見事じゃった。だが、ここからはそう簡単に攻略させんぞ! ゴーゴート、『こうごうせい』じゃ!」
降り注ぐ陽光を浴び、ゴーゴートの身体が緑色の淡い光に包まれる。「にほんばれ」の恩恵を受け、その傷が一瞬で、しかも通常の倍以上の効率で全回復していく。草タイプの本質である「無限の生命力による泥仕合」。これこそが、挑戦者の心を折るフクジの絶対防壁だった。
「さらに『ビルドアップ』! 筋肉を研ぎ澄ませ!」
ゴーゴートの攻撃力と防御力がジワジワと上昇していく。このまま要塞化されれば、アブソルの『ふいうち』や力押しでは突破できなくなる。これまでのミソラなら、焦って「アブソル、とにかく攻撃して!」と叫び、相手の起点になっていただろう。
しかし、編み込まれた金髪の下、ミソラの青い瞳は恐るべきほど冷徹に、ゴーゴートのステータス上昇のシステムを計算していた。
「……フクジさん。草タイプの耐久戦術は、一見完璧に見えて、その実『自分の回復力への過信』という致命的な隙を抱えているわ」
ミソラは不敵に微笑み、右手を真っ直ぐに突き出した。
「アブソル、交代!――任せたわよ、マフォクシー!」
ミソラ旅団の大黒柱、進化した魔法使いがフィールドに滑り出る。タイプ相性は炎。ゴーゴートにとっては絶望的な相性のはずだが、フクジは麦わら帽子の下で老獪に目を細めた。
「フォフォ、炎を呼ぶのは織り込み済みじゃ! ゴーゴート、積みに積んだその剛腕で『じしん』を放てぃ!」
大地が激しく割れ、マフォクシーの足元から破壊の衝撃波が迫る。炎タイプにとって致命的な地面タイプの極大技。しかし、ミソラの指示は、フクジの予測のさらに先を行っていた。
「マフォクシー、その『じしん』のエネルギーを利用するの。――『マジックルーム』!!」
「マフォォッ!」
マフォクシーが杖を掲げると、フィールド全体が奇妙なサイケデリック空間へと変貌した。5ターンの間、場にあるすべてのポケモンの「持ち物」の効果がかき消される異空間。
フクジは一瞬、眉をひそめた。「……持ち物の無効化? ゴーゴートは道具など持っておらんぞ。何の意味が――」
「ゴーゴートではなく、私のマフォクシーの持ち物です」
ミソラは冷酷に言い放った。「マフォクシーが持てあましていたのは『くっつきバリ』。毎ターン、持っているだけで自分にダメージが入り続ける、普通なら絶対に持たせないハズレアイテム」
「何じゃと……!?」
「そして、じしんが展開された今、くっつきバリの特性が発動する。……攻撃を経由して相手に移るそのタイミングで、もう一度マジックルームを使うわ」
マフォクシーが再びマジックルームを放った瞬間、マジックルームの効果で一時的に機能停止していた『くっつきバリ』が、ゴーゴートの元で再び効果を発揮する。
「しま――」
フクジが気づいた時には、すでにマジックルームの空間が解除されていた。
その瞬間、ゴーゴートの身体に『くっつきバリ』が実体化し、鋭い針がその肉体に深く突き刺さる。
「グオォォッ!?」
毎ターン、確定で体力を削り取られる凶悪なダメージ。フクジが『こうごうせい』でどれだけ回復しようとも、肉体の内側から絶え間なくダメージが強制的に発生し続ける。ゴーゴートの絶対的な耐久システムが、ミソラの手によって完全に崩壊した。
「お飾りトレーナーと舐めて、私をハメようとしたアズール湾の男たち……彼らの戦術を、私は徹底的に分解して自分のものにしたわ。――これが、私の戦術です」
ミソラは、かつて自分を絶望させたハメ技の構造を、今度は自分が完璧に使いこなして見せたのだ。
「しかし、ワシがもう一度『じしん』を放てば、くっつくバリの行方は再びそちらに移る。ゴーゴート、『じしん』じゃ」
「させないわ。マフォクシー、『あやしいひかり』」
すかさずミソラが指示を出し、ゴーゴートを混乱させる。これにより、ゴーゴートは相手を攻撃できなくなり、さらに自分を傷つけてどんどん体力を減らしていく。
「トドメよ、マフォクシー! 最大出力の――『マジカルフレイム』!!」
「マフォォォーーッ!!」
特性『もうか』によって強化たれたマジカルフレイムの劫火が、にほんばれの陽光を吸収してさらに巨大化し、防壁を失ったゴーゴートを完全に飲み込んだ。
激しい爆炎の後、巨体を横たえて戦闘不能となったゴーゴートの姿があった。
「ゴ、ゴーゴート戦闘不能! 勝者、挑戦者のミソラ!!」
審判の叫び声が響き渡る。
沈黙。そして、大樹の頂上に、パチ、パチ、と静かな拍手の音が響いた。
「見事じゃ……。まさか、自分のポケモンの持ち物と特性を使って、ワシの耐久システムを逆手にとり、完全に転覆させてみせるとはな」
フクジはゴーゴートをボールに戻すと、清々しい笑みを浮かべてミソラに歩み寄った。その手には、緑色に輝くプラントバッジがあった。
「お主はもう、神輿に担がれているだけのお飾りではない。家族の命を背負う、本物の『頭領(ボス)』じゃよ。胸を張りなされ」
バッジを受け取るミソラの手は、もう震えていなかった。
「ありがとうございます、フクジさん」
その背後では、マフォクシーやブラッキー、リザードンなどが、宿で留守番をしていた電気ネズミたちや幼い仲間たちの気配を背負うように、手持ちたちが誇らしげに、そして何より嬉しそうに歓声をあげていた。
(みんな……私、やったよ。もう二度と、あなたたちを無策で傷つけさせない。この知略で、絶対に守り抜くわ)
美貌と猫可愛がりの優しさという「色物」から始まった旅路。
しかし今、泥をすすり、理不尽を攻略する知略を手に入れたミソラは、一人の「真の指揮官」へと変貌を遂げた。
その瞳が見据えるのは、これまでのパワーゲームの先にある、本当の意味でのカロスリーグの壁。そして、自分の前を走っているライバル・カルムと、次こそ対等なトレーナーとして本気でぶつかり合うその日のことだった。