カロス発電所の重厚なバックドア。その電子ロックパネルの前に、ミソラは静かに立っていた。
彼女の細い指先に挟まれているのは、道中で遭遇した間抜けなフレア団のしたっぱが、うっかり落としていったオレンジ色のロゴ入りのパスだった。
「どれだけ厳重なセキュリティを気取っていても、末端のつまらないミス一つで、システムなんて簡単に崩壊するわ」
ミソラがパスを読み取り部に滑らせ、コードを端末に入力する。カチリ、という小気味よい電子音と共に、重厚な扉が滑らかに左右へと開いた。ルカリオの手を借りて力任せに破壊するまでもない。知略によるスマートな侵入だった。
手持ちたちを率いて内部へと足を踏み入れた瞬間、赤と黒の奇妙なタイツに身を包んだ集団――フレア団のしたっぱたちが、侵入者に気づいて一斉に振り返る。
「なんだあ!? ガキが一人に……おい、あの金髪、アズール湾で噂になってたお飾り美少女じゃねえか!」
「へえ、カモが自分からネギ背負ってやってきたか。おい、色仕掛けなら受けて立つぜ!」
下劣な笑みを浮かべるしたっぱたち。以前のミソラなら、その視線と不躾な言葉に恐怖し、身体を竦めていたかもしれない。だが、今の彼女の青い瞳は、彼らを人間としてすら見ていない。ただ排除すべき「盤面の障害」として、冷酷に捉えていた。
「下品なノイズね。……マリルリ、黙らせて」
ミソラの冷徹なトーンに応じ、新戦力の水色のみずたま風船が、最前線へとバウンドしながら躍り出た。
「したっぱども、まとめていけ! グラエナ、レパルダス、ヘルガー、突撃ぃ!」
悪タイプたちの牙が迫る。しかし、ミソラの脳内にはすでに彼らの能力値、タイプ相性、精度、そしてマリルリの圧倒的なポテンシャルが数式のように並んでいた。
「マリルリ。特性『ちからもち』による攻撃力の底上げ。悪タイプに対して、私たちのフェアリー属性は絶対の防壁よ。――『じゃれつく』!」
「リルリィッ!!」
その愛らしい見た目からは想像もつかない、爆発的な質量兵器のような突撃。マリルリの放った妖精の波動を纏った拳が、迫るグラエナたちを文字通り「一撃」で消し飛ばし、したっぱたちをまとめて壁へと叩きつけた。
「な、なんだあのバケモノ火力は……! 話が違うぞ!」
泡を吹いて倒れるしたっぱたちを一瞥もせず、ミソラは奥の制御室へと歩みを進める。そのすぐ隣を、漆黒の角を持つ白い獣――アブソルが、静かに、しかし飢えた狼のような足取りで歩いていた。
中央制御室。そこには、一際派手なオレンジ色の髪をしたフレア団の女性幹部が、不敵な笑みを浮かべて待ち構えていた。
「あら、したっぱたちを蹴散らしてここまで来るなんて、少しはやるようね。だけど、私のライボルトの電気がこの発電所のエネルギーを吸収し続けているわ。あなたたちのシステムごと、黒焦げにしてあげる!」
放電し、バチバチと青白い火花を散らすライボルト。
ミソラは腰のベルトに手をやることもなく、隣の相棒に視線を送った。
「アブソル。フクジさんのところで、じっくり私の『指示』を観察していたわね。……久しぶりの実戦だけど、私の速度についてこられる?」
アブソルはフイッと顔を背け、ふん、と鼻を鳴らした。
(誰に口をきいている。俺を誰だと思っているんだ、ミソラ)
アブソルが静かに前に出る。幹部は「電気タイプ相手に、等倍の悪タイプを単騎で出すなんて、やっぱりただのお飾りね! ライボルト、『10万ボルト』で消し去りなさい!」
激しい電撃が制御室を奔る。だが、ミソラとアブソルは、すでにライボルトの予備動作からその軌道を完全に「先読み」していた。
「左へステップ。軸をずらして『つるぎのまい』」
アブソルは影のように滑らかな動きで電撃を紙一重で回避。その場で高速回転し、己の攻撃力を極限まで引き上げる。
「まだよ、ライボルト、連続で『ボルトチェンジ』!」
ヒット&アウェイでアブソルを翻弄しようとするライボルト。超高速の突撃がアブソルに肉薄する。しかし、ミソラの指示は、その加速すらも縛る。
「逃がさない。『ふいうち』」
ライボルトが技を放ち、後ろへ飛び退こうとする「その一瞬の隙」。
アブソルの赤い瞳が妖しくギラリと光った。ライボルトの速度を完全に上回る優先度で、アブソルの漆黒の角が、ライボルトの懐へと一直線に突き刺さる。
「キャンッ……!?」
攻撃を繰り出すよりも早く、剣の舞で強化された破壊的な一撃を喰らったライボルトは、電力を失った泥人形のように床へと崩れ落ちた。
「な、何が起きたの……!? 私のライボルトが、一歩も動けずに一撃で……!?」
幹部が絶望に顔を歪ませる。ミソラの頭脳と、アブソルの超一級の戦闘センスが噛み合った時、フレア団の戦術など、ただの子供騙しのプログラムに過ぎなかった。
「……終わりよ、フレア団。そこを動かないでね」
ミソラは冷たく告げると、部屋の隅で縛られていた発電所の本物の職員たちに歩み寄り、その縄をルカリオの爪で素早く切り裂いた。
「ありがとうございます、助かりました……! すぐにメインシステムを復旧させます!」
解放された職員たちが大急ぎでコンソールへと駆け寄り、慣れた手つきで復旧コマンドを叩き込み始める。ミソラはその様子を背中で聞きながら、静かに息を吐いた。彼女の仕事は、あくまで「盤面の障害を排除すること」なのだ。
静まり返る制御室。
アブソルは、倒れたライボルトに視線すら向けず、ゆっくりと自分の前足を舐めて毛並みを整えた。
正式なパスでスマートに入り、実戦でも完璧な頭脳戦を見せた主人に対し、アブソルはこれ以上ないほどの完璧な「ドヤ顔」を決めてみせた。
フカフカの体毛をこれでもかと張り出し、漆黒の角を誇らしげに蛍光灯の光に尖らせ、(ふん、見たか。俺を戦場に出せば、幹部だろうが何だろうがこのザマさ。やはりこの大家族の絶対的エースは俺しかいないな)と言わんばかりの、実に満足げでツンとしたドヤ顔である。
「……クスッ。ありがとう、アブソル。やっぱりあなたは最高の相棒よ」
ミソラが振り返り、いつもの優しい笑顔で頭を撫でようとすると、アブソルは慌てて「フイッ」と顔を背け、いつもの一匹狼のツラに戻ろうとした。だが、その尻尾の先が、嬉しそうにパタパタと揺れているのを、マフォクシーたちは見逃さなかった。
障害は排除された。
ミアレの電力は職員たちの手によって間もなく復旧し、ゲートは開く。
知略を尽くしてフレア団をブチ抜いたミソラ旅団は、いよいよカロスの中心地、カルムの待つミアレシティへと凱旋する。