「エモンガを落とすとはね。だが、我がジムの電圧はここからが本番だ! 頼んだぞ、デンリュウ!」
エリートトレーナーが放った次なる光から現れたのは、黄色く、丸みを帯びたタフな身体を持つデンリュウだった。その尾の先にある球体が、ジムの電力を吸い上げるように不気味に明滅している。
ミソラは、麻痺と疲労で限界を迎えているルカリオをこれ以上戦わせるわけにはいかないと判断し、即座に手元のボールを切り替えた。
「ルカリオ、戻って。……次を任せられるのは、あなたしかいないわ。行って、アブソル!」
「フゥーッ!」
漆黒の角を揺らし、白い毛並みを砂嵐の時のように引き締めながら、大家族のエース・アブソルがバトルフィールドへと滑り出る。先ほどの発電所での快勝の余韻を残した、鋭く不敵な眼光。
だが、ミソラの脳内にある戦術ノートは、すでにこのデンリュウの「高い耐久力」という厄介なデータに冷や汗をかいていた。
(デンリュウ……エモンガのような素早さはない。けれど、並大抵の攻撃ではビクともしない圧倒的なHPと防御力がある。一撃で落とせなければ、またあの電磁波が来る……!)
「一気に決めるわよ! アブソル、隙を与える前に『つるぎのまい』!」
アブソルが高速回転し、その身に宿る攻撃力を爆発的に強化していく。
「甘いよ! デンリュウ、構わず『でんじは』だ!」
「させるもんですか!『ふいうち』!!」
攻撃技を出そうとしたデンリュウの出鼻を挫くべく、アブソルが影のように鋭く踏み込んだ。剣の舞で強化された漆黒の角が、デンリュウの白い腹部を深く抉る。
ドォン!!
強烈な衝撃音が響く。普通のポケモンならこれで沈む。しかし――。
「リュゥゥ……ッ!」
デンリュウはその巨体を震わせながらも、驚異的なタフネスでその場に踏みとどまった。耐えきられた。肉薄したアブソルの至近距離から、デンリュウの尾が狂ったような電磁波を全方位に放射する。
バチバチバチッ!!!
「ツ、アッ……!?」
回避不能の距離。アブソルの美しい白い毛並みに、容赦なく黄色い火花が走り、その強靭な四肢がカチリと凍りついたように硬直した。
(最悪の展開……! アブソルまで麻痺の連鎖に飲まれた……!?)
「よし耐えた! デンリュウ、そのまま上から押し潰せ!『放電』!」
「アブソル、ステップを踏んで! 避けてッ!」
ミソラの鋭い指示。だが、アブソルの身体は自分の意志とは裏腹に、痺れによって一歩も動けない。
ドガガガガッ!!
ジムの強化プラグから放たれた強烈な電撃が、アブソルの身体を容赦なく焼き尽くす。
「グッ……!」
誇り高きエースが、苦悶の表情を浮かべて床に膝をつく。先日の余裕など、一瞬で吹き飛ぶほどの泥沼の苦戦。
「アブソル……!」
ミソラは唇を噛み締めた。ここでアブソルを下げれば、残るメンバーたちまでもが、この高耐久のデンリュウの麻痺戦術の餌食になる。
しかし、ボロボロになりながらも、アブソルは赤い瞳でジッとミソラを見つめていた。その眼光には、まだ微塵も諦めの色は無い。
(おい、ミソラ。俺を誰だと思っている。この程度の痺れで、俺が機能停止にされると本気で思っているのか?)
アブソルは心の中で、いつもの騒がしい大家族の光景を思い浮かべ、忌々しげに、しかし誇らしげに己の闘志を奮い立たせる。
(俺は常日頃から、あの電気ねずみ達の『ほっぺすりすり』を強制的に受け続けてきたんだぞ。……不本意だがな。あいつらの容赦ない電撃の甘えに比べれば、この程度の負荷、意地でもねじ伏せてみせる!)
日々、ピカチュウやデデンネたちにおもちゃにされ、理不尽な麻痺を叩き込まれ続けてきた「経験」とエースのプライド。それがアブソルの身体を動かす執念となり、麻痺の縛りを無理やり打ち破る。
ミソラはノートをバサリと閉じ、前線のアブソルと完全に意識を同期させた。
「……ええ、信じてるわ。私たちの最大出力で、その防壁を叩き割る! アブソル、動けないなら、誘い込んでカウンターよ!『からげんき』!!」
状態異常の時に威力が2倍になる、逆境の特効技。
「逃がすなデンリュウ、もう一撃『放電』でトドメだ!」
デンリュウが再び電力を溜め、最大の電撃を放とうとするその瞬間――アブソルは痺れる身体の痛みを全て己の牙と爪の狂気へと変換し、凄まじい執念の突撃を敢行した。
「フゥゥ、オオォォーーーッ!!」
電撃の嵐を正面から突き破り、倍加された『からげんき』の衝撃が、デンリュウの胸元へと炸裂する。剣の舞の補正も乗った、まさに一撃必殺の攻勢。
カァァァン!!!
「リュ、ウ……」
流石のタフネスを誇るデンリュウも、その破壊力には耐えきれず、白目を剥いて轟音と共に戦闘フィールドへと崩れ落ちた。
「デンリュウ、戦闘不能! 勝者、挑戦者ミソラ!」
レフェリーの声が響いた瞬間、アブソルはハァハァと激しい息を吐きながら、辛うじて四肢で踏みとどまった。
流石に今回はドヤ顔を決める余裕はない。全身を襲う麻痺の残滓に顔をしかめ、ただ、ミソラに向かって(……当然の結果だ。早くあのねずみ共のいない静かな場所へ戻せ)とでも言うように、不器用に小さく顎を引いてみせた。
「ありがとう、アブソル。本当に……最高の粘りだったわ」
ミソラはすぐにアブソルをボールへと戻し、その冷たい金属の感触に、確かな手応えを感じていた。
パチパチパチ、と静かな拍手が、フロアの奥から響いてくる。
「素晴らしい戦術、そしてポケモンとの強固な絆です。データや相性だけでは測れない不確定要素を、見事に制御してみせましたね」
回路基板の光を浴びながら現れたのは、背中に大型のロボットアームを背負った、眼鏡の少年――ミアレジムリーダー、シトロン。
前座のエリートトレーナー相手に手持ちの2体が麻痺で大消耗するという満身創痍の状況。しかし、ミソラの瞳には、かつてのお飾り美少女の面影はない。
「お待たせ、ミソラ。……さあ、本番のバトルを始めましょうか」
残る手持ちは4体。満を持して、カロスの中心で、5つ目のバッジを懸けた真の頭脳戦が幕を開ける。