「マフォクシーの仇は取らせてもらうわ。……私たちの盾になりなさい、ブラッキー!」
ミソラが放ったボールから現れたのは、漆黒の毛並みに鮮やかな黄色の輪紋を光らせるブラッキーだった。霧深い湿地帯の景色に、その静謐な佇まいがよく映える。
カルムは不敵に目を細めた。
「ブラッキーか。高い防御力を誇る壁ポケモンだな。……だが、俺たちの勢いは止められないぞ! ゲッコウガ、『ハイドロポンプ』!」
先ほどマフォクシーを沈めた圧倒的な激流が、再びバトルフィールドを鳴らしてブラッキーへと襲いかかる。
「防ぎきりなさい!『まもる』!」
ブラッキーが吠えると同時に、その周囲に強固な光の障壁が展開される。激流は障壁にぶつかり、激しい水飛沫を上げて周囲の泥に吸い込まれていった。完璧な遮断。
「防いだところで次があるだけだ! 距離を詰めろ、ゲッコウガ、『つじぎり』!」
ゲッコウガが水面を滑るような超高速で肉薄し、鋭い一閃を放つ。
「ブラッキー、目眩ましよ!『あやしいひかり』!」
ブラッキーの身体の輪紋が怪しく不気味に発光した。ゼロ距離でその光を浴びたゲッコウガは、ハッと息を呑み、放とうとした刃の軌道を大きく乱す。強烈な混乱状態。ゲッコウガは頭を振り、苦しげに自身のステップを踏み外した。
「チッ、足止めか……!」カルムが舌打ちする。
「ここからが私たちの本領発揮よ。ブラッキー、『つきのひかり』!」
霧の隙間からわずかに差し込む光を浴び、ブラッキーの身体が柔らかな光に包まれる。ゲッコウガの猛攻を耐える中で負ったわずかな擦り傷が、瞬く間に癒えていく。
『まもる』で攻撃を遮断し、『あやしいひかり』で敵のテンポを狂わせ、受けたダメージは『つきのひかり』で完全にリカバリーする。これぞミソラが大家族の守り神として信頼を寄せる、ブラッキーの絶対防御戦術だった。
「ゲッコウガ、正気に戻れ! もう一度『ハイドロポンプ』だ!」
カルムの声が響くが、混乱したゲッコウガの放った激流は、ブラッキーの『まもる』の障壁に再び阻まれる。
「本当にしぶといな、ミソラ。相変わらず崩し甲斐がある」
「これが21匹の命を守るための、私たちの強さよ!」
じりじりと時間だけが過ぎていく泥仕合。カルムの波状攻撃をブラッキーが涼しい顔で受け流し続ける、完璧な均衡状態。決着の糸口が見えないまま、二人が次の一手を繰り出そうとした、その時だった。
「――あ! ミソラさん! カルムくんも!」
霧の向こうから、少し息を切らした賑やかな声が響いてきた。
バトルを一時中断し、二人が声のした方へ視線を向けると、大きなリュックを背負ったトロバ、そしてティエルノとサナが揃って走ってくるのが見えた。
「やっぱりバトルしてた! 遠くからすごい音が聞こえたから、もしやと思ったんだよね!」サナが嬉しそうに手を振る。
「お二人とも、相変わらず熱いですね!」トロバがポケモン図鑑を片手に、心配そうにフィールドの泥の荒れ具合を見つめた。
すると、ティエルノがニヤリと笑って、霧の奥にある奇妙な建物を指差した。
「ねえねえ、バトルの続きもいいけどさ、すぐそこに『怖い家』があるんだって! いわゆるお化け屋敷だよ。みんなでちょっと寄ってみない?」
「お化け屋敷!?」ミソラが目を丸くする。
「うん、この湿地帯の名物らしいよ。せっかくだし、みんなでドキドキしようよ!」サナも目を輝かせて大賛成の様子だ。
仲間たちの楽しげな提案に、ミソラがカルムの方を振り返った。しかし、カルムはゲッコウガをボールへと戻すと、興味なさそうに肩をすくめた。
「俺はパスだ。お化け屋敷なんて寄っている暇はない。クノエシティのジム戦に向けて、少しでも早く調整を進めたいからな」
カルムはそれだけ言うと、青いジャケットの襟を正し、振り返ることもなく一人で霧の奥へと歩き去ってしまった。相変わらずのストイックさに、ティエルノは「相変わらずつれないなぁ」と苦笑いしている。
「……みたいね。カルムとの勝負は、クノエの街にお預けってことになりそう」
ミソラはブラッキーの頭を撫でながら、カルムの背中を見送った。
「じゃあミソラさん、僕たちで行ってみましょう!」とトロバが促し、ミソラは大家族の仲間たちを思い浮かべながら微笑んだ。
ライバルとの激闘は持ち越しとなったが、目の前には賑やかな仲間たち。霧の向こうのクノエシティを目指し、大家族の旅は少しだけ寄り道をしながら進んでいく。