歴史あるクノエシティの象徴とも言える、巨大な大樹と一体化したドールハウスのようなジム。
一歩その中に足を踏み入れたミソラは、あまりにもおとぎ話めいた、しかしどこか奇妙な歪みを感じさせる内装に眉をひそめた。
「……何よ、この部屋。出口もなければ、次の部屋への扉もないじゃない」
ミソラのすぐ後ろで、ブラッキーが周囲の気配を警戒するように耳をピクピクと動かし、アブソルも鋭い赤い目で部屋の隅々を見据える。部屋の真ん中にあるのは、不気味に光る小さな幾何学模様のパネル――ワープパネルだけだった。
「行くしかないわね。みんな、離れないでよ」
ミソラが意を決してパネルを踏んだ瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。
次の瞬間、気がつくと全く別の、今度はピンクの壁紙に彩られた部屋に立っていた。
「みんな、無事……って、あれ?」
振り返ると、誰もいない。いつもすぐ後ろについてきていたはずのブラッキーもアブソルも、どこか別の部屋へ飛ばされてしまったようだった。
「完全な分断トラップね……。引き離して、こちらの動揺を誘う気かしら」
一瞬だけ焦燥がよぎるが、ミソラはすぐに気持ちを切り替える。自分が求めるのは、どんな理不尽な状況からでも22匹の大家族を必ず守り抜ける、本物の強さだ。ジム戦はその力を証明するための大切なステップであり、こんな小細工に負けてはいられない。
ミソラは迷うことなく、目の前にあった別のワープパネルに飛び込んだ。
だが、次に飛ばされたのはグリーンの部屋。その次はパープルの部屋。
行けども行けども元の場所には戻れず、完全に迷宮の渦に呑み込まれていく。
「イライラしても始まらないわね。冷静に、構造を割り出さないと……。ブラッキー、アブソル、どこにいるのよ……」
ミソラが深く息を吐き、5回目か6回目のワープを敢行した時だった。
「あら?」
「まぁ……!」
辿り着いた黄色い部屋には、艶やかな振袖を纏ったカロス特有のジムトレーナーたちが三人、お茶を引いていた。
突然現れたミソラを見て、彼女たちは一瞬でその目を爛々と輝かせた。
大家族を優しく、時に力強く束ねる頭領(ボス)としての気高いオーラと、その凛とした美貌。修羅場をくぐり抜けてきた少女の持つ独特な雰囲気が、彼女たちを強く惹きつけた。
「ちょっと、あなた! すごく素敵だわ!」
一人の振袖がミソラの手をガシッと掴んだ。
「な、何よ……? バトルを仕掛けてくるなら、受けて立つけど」
身構えるミソラを無視して、もう一人の振袖がミソラの顔を覗き込む。
「バトルもいいけれど、あなた、クノエの振袖のモデルにならない!? うちのマーシュ様が作る新作の衣装、絶対に似合うわ!」
「そうよ! その戦うトレーナーならではのキリッとした目元に、妖精の羽をあしらった和服を着せたら……あぁ、想像しただけで失神しそう! 新しい『美と強さ』の表現だわ!」
「ちょっと、離しなさいってば!」
ミソラは慌てて手を振り払うが、振袖たちの熱量は下がるどころかヒートアップしていく。
「マーシュ様のデザインをこれほど完璧に着こなせるトレーナー、滅多にいないわよ! クノエのトップモデルとして、私たちと一緒に新しい美を追求しましょう!」
「今すぐマーシュ様に会わせるわ! 囲い込みよ、囲い込み!」
「……変なこと言わないで。私はこの子たちを、大切な家族をどんな脅威からも守るために強くなりに来たの。モデルになるために旅をしてるわけじゃないわ」
ミソラは自身の熱い信念を宿した瞳で、彼女たちを真っ直ぐに見据えてピシャリと言い放った。だが、熱狂した振袖たちには、その強い意志を宿した美しい瞳さえも「最高の素材」にしか見えないようだった。
「その強い目、最高だわ!」とさらに距離を詰めてくる。
その時、部屋の左右にある二つのワープパネルが、ほぼ同時に光を放った。
滑り込んできたのは、ミソラを探して別々の迷宮を死に物狂いで駆け回っていたアブソルとブラッキーだった!
「フゥーッ!」
「ブラッ!」
二匹は一瞬でミソラの左右を固め、振袖たちに向けて鋭い威嚇の声をあげる。ミソラへの忠誠を誓う悪タイプの双璧が揃ったその姿は、恐ろしくも息をのむほど美しかった。
「キャーッ! その二匹もセットでモデル決定よ!」
「ダーク・フェアリーの最高傑作だわ!」
(ダメだわ、この人たち、さらに熱が上がっちゃった……!)
バトルの戦術ならいくらでも頭に浮かぶが、人間の執念と純粋な熱狂から繰り出される規格外のスカウト攻勢は、完全にミソラの計算の外だった。アブソルもブラッキーも、バトルの敵ではなく「服を着せよう」と迫ってくる人間の異様な熱気に、さすがに引き気味で後退りしている。
「ブラッキー、アブソル、逃げるわよ! ここにいたらペースが狂うわ!」
ミソラは二匹の背に手を置き、迫り来る振袖たちの手を間一髪でかわしながら、目の前のワープパネルへと同時に飛び込んだ。
空間ワープという物理的な迷子に加え、人間の熱狂という精神的な罠。クノエジムの本当の難所を身を以て体感しながらも、無事に相棒たちと合流できたミソラは、大家族の絆と強さを証明するため、マーシュの待つ本堂へと必死に歩みを進めるのだった。