「バトルは2対2。お互いの手持ちは二匹。……よろしゅうおすな?」
マーシュがはんなりと告げると同時に、審判の振袖がフラッグを掲げた。
ミソラは一瞬、腰のベルトのモンスターボールに手を伸ばそうとした。しかし、足元で鋭い闘志を燃やすブラッキーとアブソルの姿を見て、その手を止める。
(……そうか。あの広大な迷宮で私とはぐれず、あの狂気の猛追から一緒に駆け抜けてくれたのは、今ここにいるこの二匹だけだわ)
本来なら、フェアリータイプに対して悪タイプは圧倒的に不利。相性を考えれば、ボックスからリザードンやマフォクシーといった炎タイプの男の子たちを呼び出すのがセオリーだ。しかし、この迷宮を共に突破した「成り行き」こそが、今の自分たちに流れる運命の絆のように思えた。
「ボールには戻さないわ。このまま、あなたたち二匹でいくよ!」
ミソラの言葉に、ブラッキーが不敵に喉を鳴らし、アブソルがフゥッと気合の息を吐き出す。
「あら、悪タイプが二匹……。うちの可愛い妖精たちに、どこまで耐えられるやろね。――おいで、クレッフィ!」
マーシュが最初に繰り出したのは、無数の鍵をジャラジャラと鳴らすクレッフィだった。鋼・フェアリーという、悪タイプにとって非常に厄介な耐性を持つトリッキーなポケモンだ。
「先鋒はあなたに任せたわ、アブソル! 突撃!」
「アブッ!」
アブソルが芝生を蹴り、前線へと躍り出る。
「クレッフィ、まずは『いばる』で翻弄しとうおみやす」
マーシュの指示で、クレッフィが挑発的な音を立ててアブソルを混乱させようと動く。電磁波や壁貼りなど、クレッフィは補助技を絡めた嫌がらせのような戦術(ハメ手)を得意とする。まともに付き合えば、相性不利も相まってじわじわと削り殺されるのは明白だった。
しかし、ミソラはニヤリと笑った。
「そんな絡め手、私たちに通じると思わないことね! アブソル、『ちょうはつ』よ!」
「フゥーーーッ!!」
アブソルが鋭い眼光と共に、クレッフィを激しく睨みつけ、凄まみい威圧感を放つ。
その瞬間、クレッフィの動きがピキリと止まった。ミソラのアブソルが放った完璧な『ちょうはつ』により、クレッフィは得意のトリッキーな補助技をすべて封じられ、攻撃技しか出せない状態へと追い込まれたのだ。
「あら、手厳しいな。なら『マジカルシャイン』や!」
強引に放たれたフェアリーの光。アブソルは効果抜群の光を浴びながらも、家族を守るために鍛え上げた強靭な肉体と精神力でグッと踏みとどまる。
「そこよ! 技が単調になればこっちのもの! 『サイコカッター』で切り裂きなさい!」
光の隙間を縫うようにアブソルが影となって疾走する。鋭い漆黒の角が、補助技を封じられてうろたえるクレッフィの隙を完璧に捉えた。引き絞られた一閃がクレッフィを深く切り裂き、金属音と共にクレッフィはその場に崩れ落ちた。
「クレッフィ、戦闘不能! アブソルの勝ち!」
「ようやるわ。絡め手を封じて力でねじ伏せる……男前な戦い方やね」
審判の声が響く中、アブソルはふっと息を吐いてミソラを振り返る。
マーシュはクレッフィを戻すと、慈しむような手つきで最後のボールを掲げた。
「けれど、うちはクノエのジムリーダー。ここからは本気でいかせてもらうよ。――おいで、うちの特製の可愛い子、ニンフィア」
光の中から現れたのは、大きなリボンのような触手をなびかせたニンフィア。マーシュの切り札であり、圧倒的なプレッシャーを放つフェアリータイプの申し子だ。対峙したアブソルに、ニンフィアの鋭い眼光が突き刺さる。
(クレッフィは難なく倒せたけれど、アブソルはさっきのダメージがある。これ以上、相性最悪の相手に無理はさせられないわ。私の役目は、この子たちを傷つけずに勝たせること!)
ミソラは迷わず、ポケットからアブソルのモンスターボールを取り出した。
「アブソル、よくやったわ! 最高の先鋒よ、戻って!」
赤い光がアブソルを包み、ボールへと吸い込まれていく。一仕事を終えた相棒をしっかりと手元に収めると、ミソラは隣で静かに闘志を燃やす漆黒の相棒へと視線を移した。
「さあ、真打登場よ。ブラッキー、イーブイ進化系対決、絶対に負けられないわよ!」
「ブラァァッ!!」
満を持してブラッキーが芝生の上へと歩み出る。漆黒の体躯に黄金の輪紋を輝かせ、桃色のリボンをなびかせるニンフィアと対峙する。黒と白、月と妖精の対決。しかし、相性差は依然として絶望的だ。
「ニンフィア、挨拶代わりに『ハイパーボイス』」
マーシュの美しい声と共に、空間を震わせる妖精の衝撃波が放たれる。だが、ミソラはすでにその先を読んでいた。
「初手から大技ね、読めてるわ! ブラッキー、『まもる』よ!」
「ブラッ!」
ブラッキーが身構えると同時に、漆黒の強固な障壁がその身体を包み込む。ニンフィアの破壊的な『ハイパーボイス』が荒れ狂うが、障壁は火花を散らしながらその衝撃を完璧に防ぎきった。
「守りの姿勢も美しいね。けれど、次はどうするんえ?」
「こうするのよ! ブラッキー、そのまま一気に仕掛けるわよ、『どくどく』!!」
障壁が消え去った一瞬の隙を突き、ブラッキーの口元から紫色の猛毒の塊が撃ち出された。クノエシティに入ったばかりの時に街の人から貰った、あの技マシンの成果だ。不意を突かれたニンフィアの美しい体が、紫色の不気味なオーラに包まれる。毎ターン、じわじわと体力を奪う呪いがニンフィアを蝕み始めた。
「あら、そんな泥泥した技を使うんやね。でも、毒が回る前に落させてもらうよ。ニンフィア、もう一度『ハイパーボイス』!」
絡め手を嫌い、圧倒的な火力で押し潰そうとするマーシュの選択。これこそがミソラの待っていた瞬間だった。
(フェアリーの最大火力をまともに喰らえば、タダじゃ済まない。……でも、あなたの耐久力と、あの驚異的な『粘り』があれば、絶対に耐えきれる!)
ミソラは拳を強く握りしめ、魂を乗せるように叫んだ。
「耐えて、ブラッキー! 大きく削られたその瞬間に、すべてを引っ繰り返すわよ! 『しっぺがえし』!!」
ズガァァァン!!
空間そのものが割れるかのような、凄まじい妖精の衝撃波がブラッキーの全身を直撃した。効果はバツグン。ブラッキーの強固な防御力をもってしても体力を大きく削られ、大広間に激しい砂煙が舞い上がる。並のポケモンなら一撃で戦闘不能になるほどの威力。
だが、漆黒の相棒の目は、まだ牙を剥いていた。
『しっぺがえし』――相手から攻撃を受け、後手に回ったその瞬間に威力が「2倍」になる悪タイプの執念の技。大きく削られた痛みと怒りのすべてを、ブラッキーは自らのエネルギーへと変換する。
「いっけえぇぇーッ!!」
痛みに耐え抜いたブラッキーが、砂煙を割ってニンフィアの懐へと凄まじい速度で突撃した。黄金の輪紋が爆発的な光を放ち、極限まで倍加された漆黒の衝撃が、ニンフィアの胸元へと炸裂する!
「ニュ、ニュフッ……!?」
絶大な威力の『しっぺがえし』を至近距離で浴びたニンフィアが、大きく吹き飛ぶ。そこへ、さらに『どくどく』の猛毒が決定打として身体を強く蝕み、ニンフィアの体力は一気に底をついた。
激しい砂煙がゆっくりと収まっていく。
そこには、膝をつきながらも、荒い息を吐きながら立ち続ける漆黒のブラッキーの姿があった。
そして、ニンフィアはその場に横たわり、静かに目を回していた。
「ニンフィア戦闘不能! ゆえに、勝者、挑戦者ミソラ!」
審判のコールが響き渡る。
圧倒的なタイプ不利。しかし、成り行きから始まった悪の双璧との戦いは、初手の完璧な防御、猛毒の罠、そして痛みを勝利へと変える執念の『しっぺがえし』によって、完全なる勝利をもぎ取ったのだった。