「よし、それじゃあ出発――」
クノエジムでの激戦を終え、悪の双璧をしっかりと労ったミソラは、22匹の大家族をボールへと戻し、次なる目的地「ヒャッコクシティ」へ向かうべくポケモンセンターを出ようとした。その時、ポケットの中のホロキャスターが小気味よい電子音を鳴らして震えた。
画面を起動すると、立体映像として現れたのは、熱心に電子手帳を持ったトロバの姿だった。
『あ、ミソラさん! 聞こえますか? 実はクノエシティのすぐ北にある「ボール工場」の特別見学ができるそうなんです。僕たちの持っているボールの仕組みや、製造の歴史を知る良い機会だと思います。もしよろしければ、工場の前でサナさんたちと一緒に合流しませんか?』
「工場の見学、ねぇ……」
ミソラは顎に手を当て、少し考え込んだ。
ポケモンたちが普段休んでいるボールがどうやって作られているのかを知っておくのは、みんなを預かる身として決して悪いことではない。何より、少しはみんなの息抜きになるかもしれない。
「わかったわ、トロバ。今からそっちに向かうから、工場の前で待ち合わせね」
通話を切り、ミソラはクノエシティの北へと続く並木道を歩き始めた。足元では、ボールの外に出たがったブラッキーが、周囲の様子を窺いながら静かにミソラの隣を歩調を合わせて進んでいる。
歩くこと数十分、木々の合間から、巨大な歯車のオブジェを冠した近代的で立派な工場群が見えてきた。
「ここが集合場所ね。……って、あれ?」
ミソラが工場の正門前に辿り着いた、まさにその瞬間だった。
「キャァァァーッ! 助けてー! 変な赤い服の人たちが追いかけてくるのーっ!!」
「サナさん、前を見て走ってください! 捕まったら何をされるか……!」
「……え?」
工場の敷地内から悲鳴を上げながら飛び出してきたのは、血相を変えて走るサナとトロバだった。そして、そのすぐ後ろからは「待て!」と声を荒らげながら、あの見覚えのある真っ赤なスーツに身を包んだ集団――フレア団のしたっぱたちが、数人がかりで二人を追い回している。
サナとトロバは、正門前にいるミソラの横を突風のような勢いで通り過ぎ、そのままクノエシティの街の方へと走り去っていった。
「ちょっと、何があったの……」
あまりにも突然のドタバタ劇に、ミソラは呆気に取られて立ち尽くしてしまう。ブラッキーもまた、驚いた様子で走り去る赤い集団を見送っていた。
「おい、ミソラ! 無事か!?」
「サナちゃんたちの悲鳴が聞こえた気がしたんだけど……!」
そこへ、背後から息を切らせて駆け込んできたのは、カルムとティエルノだった。
「カルム、ティエルノ。ちょうどいいところに……。サナとトロバなら、さっきフレア団の人たちに追いかけられながら、街の方に走っていったわよ」
ミソラが指をさすと、ティエルノがハッと目を見開いた。
「ええっ!? フレア団だって!? 街の方に逃げたなら、ボクが追って二人を助けるよ! あいつらのステップじゃ、ボクのダンスにはついてこれないからね!」
ティエルノはそう言うと、持ち前の身軽さでサナたちの後を追って即座に走り去っていった。
残されたのは、ミソラとカルム、そしてブラッキー。
すでに旅の途中で何度か遭遇しているフレア団。自分たちの目的のために周囲を巻き込む彼らのやり方には、ミソラも胸を痛め、同時に静かな怒りを覚えていた。大切な仲間たちが危険な目に遭わされ、さらにポケモンたちのためのボールを作る大切な工場が占拠されている。
「工場の中には、まだフレア団の連中が残っているはずだ。従業員の人たちも閉じ込められているかもしれない」
カルムが腰のモンスターボールに手をかけ、真剣な眼光で工場を見据える。
「ええ。サナたちのことはティエルノに任せて、私たちはこの中にいる人たちを助けに行きましょう。これ以上、みんなの大切な場所を荒らさせるわけにはいかないわ。……カルム、行きましょう」
「ああ、油断するなよ」
「ブラッ」
ブラッキーが頼もしく頷き、ミソラの足元で身構える。
大切な居場所を守り、困っている人たちを助けるため――ミソラはカルムと視線を交わし、不穏な静寂に包まれたボール工場の中へと、静かに、しかし迷いのない足取りで一歩を踏み出すのだった。