薄暗い工場の通路を進むミソラとカルムの耳に、規則的なベルトコンベアの駆動音とは異なる、慌ただしい足音が聞こえてきた。
「ちょっと、外の見張りは何をやってるのかしら。これじゃあ見張りにもなってないじゃない」
奥の扉から気だるげに現れたのは、赤い髪を奇抜にセットしたフレア団の女団員だった。ミソラたちの姿を認めると、彼女はサングラスの奥の目を鋭く光らせる。
「あら、さっきの子供たちの仲間ね。ここから先は立ち入り禁止よ」
「それはこっちのセリフよ。勝手に工場を占拠して、従業員の人たちをどこへやったの?」
ミソラは一歩前に出ながら、落ち着いた声で問い詰める。だが、相手は聞く耳を持たずにモンスターボールを投げつけてきた。
「問答無用よ、お行きなさい!」
「ブラッキー、お願い。ここは私たちが引き受けるわ」
「ブラッ!」
ミソラの呼びかけに、漆黒の相棒が音もなく前線へと躍り出た。
ここから、フレア団のしたっぱたちによる執拗な連戦が始まった。次々と繰り出されるマルマインやヘルガー、グラエナといったポケモンたち。
悪タイプに対して耐性を持つ相手も多かったが、ミソラのブラッキーは持ち前の圧倒的な耐久力と、これまでの旅で培った抜群の安定感で、相手の猛攻をことごとく受け流していく。『まもる』で確実に攻撃を凌ぎ、じわじわと相手の隙を突いては確実に数を減らしていく堅実な戦術だ。
「さすがね、ブラッキー。頼りになるわ」
ミソラの的確な指示のもと、フレア団のポケモンを次々と連続撃破していくブラッキー。しかし、クノエジムでの激戦からそれほど時間が経っていないこともあり、どれだけ高い耐久力を誇るブラッキーといえども、絶え間ない連戦の疲労は確実にその身体を削っていた。
ハァ、ハァ……と、漆黒の身体が小さく上下する。額と四肢の黄金の輪紋が、エネルギーの消耗を示すように微かに明滅していた。
「……よく頑張ってくれたわ。ブラッキー、一回戻って休んで」
ミソラがボールを構えたその時、隣を歩いていたアブソルが、今度は自分が先陣を切るとばかりに、鋭い角を突き出して一歩前に出ようとした。
だが、そのアブソルの前に、一筋の青い影がものすごい勢いで割り込んだ。
「ルカッ……!!」
鋭い眼光を放ちながら姿を現したのは、ルカリオだった。
ミソラの戦い方やその優しさに惹かれ、「この人のもとで一緒に戦いたい!」と熱い決意を持って大家族に加わった男の子。しかし、ミソラの手持ちにはアブソルやブラッキーをはじめ、リザードン、マリルリ、マフォクシーといった、すでに自分より高レベルの強者たちがずらりと揃っている。そのため、実力はあってもこれまでの旅ではなかなかバトルの表舞台に立つ機会に恵まれず、ずっと悔しい思いを胸に燻ぶらせていたのだ。
(みんなが強いのは分かってる。でも、俺だってミソラのために戦えるんだ……!)
そのルカリオが、自らの両拳を力強く打ち鳴らし、熱い闘志が滾る瞳でじっとミソラを見つめてくる。その背中は、「ここは俺の番だ。みんなを休ませて、俺を使ってくれ!」と必死に訴えかけているようだった。
ミソラはルカリオの真っ直ぐな想いと、ずっと溜め込んできたバトルの飢えを瞬時に察し、ふっと目元を和ませた。
「――そうね。ずっと出番を待たせてごめんね。あなたのその底力、ここで思いきり見せてもらいましょう。お願いね、ルカリオ!」
「ルカァッ!!」
主からの信頼の言葉を受け、ルカリオの波導が爆発的に膨れ上がった。
彼は短く吠えると、待ち兼ねていたと言わんばかりの凄まじい踏み込みで前線へと飛び出した。
「『はっけい』!」
ミソラの指示と同時に、ルカリオは相手の放つ攻撃を鋭いステップで紙一重でかわし、一瞬で懐へと潜り込む。鍛え上げられた掌がグラエナの胸元に炸裂し、凄まじい衝撃波とともに一撃で吹き飛ばした。
「すごいキレね……! そのまま『はどうだん』!」
「ルカァッ!」
ルカリオが両手を合わせると、青く澄んだ波導の弾が瞬時に形成され、次々と繰り出されるフレア団のポケモンたちを正確に撃ち抜いていく。これまで出番がなかった鬱憤をすべて晴らすかのような、圧倒的で容赦のない猛攻。通路を塞いでいた残りの団員たちを、ルカリオは単騎で瞬く間に一網打尽にしていった。
その圧倒的な熱量と誇り高き波導の力に、カルムも「すごい気迫だな……」と小さく目を見開く。
「ありがとう、ルカリオ。本当に心強いわ。やっぱり、あんたを家族に迎えて良かった」
ミソラが駆け寄って声をかけると、ルカリオはふうと熱い息を吐き、静かに拳を収めた。そして、嬉しさを隠しきれないように、少し誇らしげに胸を張って小さく頷いた。
行く手を阻む団員たちをすべて退け、二人が辿り着いたのは、工場の最深部――重厚な装飾が施された「社長室」の扉の前だった。
「この奥ね……」
ミソラが静かにノブに手をかける。カロス地方のモンスターボールの全てを司るこの場所で、フレア団が一体何を企んでいるのか。ミソラは、今や最高の自信に満ち溢れたルカリオを傍らに従え、カルムと共に、事件の核心が待つ社長室の扉を厳かに押し開けるのだった。