割れたガラス窓から吹き込む風が、色褪せた絨毯の上を通り抜けていく。
ロビーのあちこちには、ドラム缶の火を囲み、鋭い眼光をこちらに向けてくる若者たちの姿があった。一見すると危険な暴漢の集まりのようだが、22匹の大家族を率いる頭領(ボス)であるミソラの目は、彼らの佇まいの奥にある「危うさ」を見抜いていた。
「おいおい、見慣れない顔だな。ここは俺たちの縄張りだぜ?」
最初に声をかけてきたのは、お揃いの革ジャンを着た若い男女だった。
肩を寄せ合う彼らは、ミアレシティでの華やかな生活に馴染めず、お互いの存在だけを心の拠り所にして不良の道へと堕ちていったカップルだ。自分たちを強く見せるために、虚勢を張ってミソラを睨みつけている。
その少し奥には、気まずそうに視線を外す少年がいた。
彼は決して悪い子ではなかったが、仲の良かった友人がグレていくのを見捨てられず、ただ「つられて」この場所に居座るようになってしまった迷い子の一人だ。手元のモンスターボールを、所在なさげにいじり続けている。
そしてカウンターの隅には、膝を抱えて座り込む一人の少女がいた。
彼女の家は、代々名だたる実力者を輩出してきたエリートトレーナーの家系。しかし、家族からの「強くなれ」「完璧であれ」という息の詰まるようなプレッシャーに耐えかね、すべてを投げ出してこの廃墟へ逃げ込んできたのだという。
(みんな、自分の居場所を探して、ここに流れ着いたのね……)
そんな彼らの複雑な事情が、言葉を交わさずとも空気から伝わってくる。手持ちのポケモンたちの治療が最優先であるミソラは、争う意思がないことを示すように、ゆっくりと手を挙げて言った。
「悪かったわね、勝手に入り込んで。外の霧がひどくて、ポケモンたちを少し休ませたいだけなの。長居するつもりはないわ」
「フン……口の減らない姉ちゃんだ。だが、ここのルールはあんたが決めるんじゃない。――おい、ボスのお出ましだぞ」
不良たちが一斉に道をあける。奥の暗がりから、カツ、カツ、と静かな足音が近づいてきた。
現れたのは、仕立てのいい、しかし酷く着古されたジャケットを羽織った初老の男だった。
白髪交じりの髪を後ろに流し、年齢を感じさせない引き締まった体躯。その足元には、年季の入ったインラインスケートが静かに輝いている。
彼こそが、かつてミアレシティ中を沸かせ、カロス地方のストリートの頂点に君臨したという伝説のスケーターだった。
今は一線を退き、社会のレールから外れてしまったこの若者たちを「ここなら誰にも邪魔されない」と静かに束ね、見守り続けているのだ。
「……見慣れぬ旅のトレーナーか。お前の連れているブラッキーとルカリオ……いい目をしているな」
初老の男は、ミソラの足元で油断なく身構える二匹の相棒を、値踏みするように見つめた。その眼光は、ただの不良とは一線を画す、修羅場をくぐり抜けてきた本物の強者のそれだった。
「私の名前はミソラ。この子たちは私の大切な家族よ。外でポケモンレンジャーたちと少しやり合いすぎてね、みんな疲れているの。怪我人を刺激するつもりはないわ」
ミソラが凛とした、しかし敵意のない声で告げると、老スケーターはふっと口元を緩めた。
「家族、か。いい言葉だ。だが、ここは大人の理屈が通じる場所ではない。若者たちが自分の力だけを頼りに生きる、剥き出しの遊び場だ。――なぁ、お嬢さん。お前がその子たちを守るだけの『本物の頭領(ボス)』かどうか、少し試させてもらっても構わないかね?」
老スケーターが不敵に微笑み、腰のボールに手をかける。
不良たちの視線が一斉にミソラへと集まる。あぶれた若者たちが集う荒れ果てホテルで、ミソラと大家族は、彼らの誇りをかけた「ストリートの洗礼」を真正面から受けることになるのだった。