「ここは大人の理屈が通じる場所ではない。――なぁ、お嬢さん。お前がその子たちを守るだけの『本物の頭領(ボス)』かどうか、少し試させてもらっても構わないかね?」
初老の男が不敵に微笑むと、不良たちの間から地鳴りのような歓声が上がった。ラジカセの重低音が響く中、男は滑らかなスケート捌きでバックステップを踏み、一瞬で距離を取ってボールを投じた。
「おいで、キリキザン!」
現れたのは、鋭い刃を全身に纏った鋼と悪の兵。伝説と呼ばれた男に相応しい、研ぎ澄まされた威圧感を放っている。
「先鋒は私がいくわ。アブソル、お願い!」
ミソラが静かに告げると、アブソルが芝生ならぬ色褪せた絨毯を蹴って前方へ躍り出た。ポケモンレンジャーたちとの連戦で消耗していたとはいえ、目の前の強敵を前に、その瞳には冷徹な闘志が宿っている。
「キリキザン、『アイアンヘッド』!」
「かわして、『ちょうはつ』よ!」
キリキザンが鋼の頭部を突き出し、弾丸のような速度で突進してくる。しかしアブソルは、緊迫した空間を恐れることなく、紙一重のステップでその一撃を回避。すれ違いざまに放った鋭い眼光の『ちょうはつ』がキリキザンを射抜き、相手のトリッキーな補助技を完全に封じ込めた。
「そこよ、動きが単調になったわ!『つじぎり』!」
アブソルが影を引くような速度で反転し、漆黒の角でキリキザンの隙を完璧に切り裂いた。金属音と共にキリキザンが膝をつき、そのまま戦闘不能となる。
「ほう……絡め手を封じて一撃で落とすか。だが、これはどうかな? ゆけ、ヘルガー!」
次に現れたのは、地獄の炎を宿したヘルガー。メガシンカをも予感させる鋭い咆哮が廃墟に響き渡る。アブソルは深く息を吐き、これ以上の連戦は無理をさせないと判断したミソラは、すかさず相棒を呼び戻した。
「よくやったわ、アブソル。――次はあんたの番よ、ブラッキー!」
「ブラァァッ!!」
満を持して進み出たのは、漆黒の身体に黄金の輪紋を輝かせたブラッキー。
ヘルガーの激しい火炎放射がロビーを赤く染めるが、ブラッキーは持ち前の圧倒的な耐久力でそれを真正面から受け止める。ドラム缶の火に照らされたその佇まいは、まるで闇そのものを味方につけているかのように強固だった。
「耐えきって、仕掛けるわよ。『どくどく』!」
炎の煙幕を割って放たれた紫色の猛毒が、正確にヘルガーを捉える。じわじわと体力を奪われる呪いに焦ったヘルガーが再び猛攻を仕掛けてくるが、ミソラは冷徹にタイミングを見計らっていた。
「大きく削られたその瞬間が、私たちの勝ち筋よ!『しっぺがえし』!!」
激しい衝撃をその身に刻みながらも、ブラッキーの目は死んでいない。後手に回ったことで威力が「2倍」となった執念の一撃が、黄金の光と共にヘルガーの懐へと炸裂した。
ズガァァァン!!
轟音と共にヘルガーが吹き飛び、絨毯の上に倒れ伏す。
静寂が戻ったロビーには、荒い息を吐きながらも、威風堂々と立ち続けるブラッキーの姿だけがあった。
「……見事だ。完敗だよ」
老スケーターは静かにヘルガーを戻すと、車輪の音を鳴らしてミソラの前へと滑り寄ってきた。その表情には、確かな賞賛の笑みが浮かんでいる。
バトルの結末を見届けた不良たちの間には、言葉を失ったような静寂が広がっていた。
彼らが何よりも驚愕し、そして惹きつけられたのは、ミソラが繰り出したのが、自分たちと同じ「悪タイプ」のポケモンたちだったということだ。
社会のルールから外れ、日陰者として生きる彼らにとって、悪タイプは自らの境遇を投影する特別な存在。それをこれほどまでに誇り高く、圧倒的な強さで、しかも深い絆で率いているミソラの姿は、彼らの目には文字通り「本物の頭領(ボス)」として映ったのだ。
「す、すげえ……悪タイプであんな戦い方ができるなんて……」
家族のプレッシャーから逃げてきた少女が、憧れの混じった目でブラッキーを見つめる。
「あの姉ちゃん、ただの旅のトレーナーじゃねえな……」
カップルの男も、虚勢を捨てて一目置くような視線を送ってきた。
「若者たちが畏怖を覚えるのも無理はない。お前の中に流れる、家族を守るための覚悟……しっかりと見せてもらった」
老スケーターが深く頷き、ミソラを歓迎するように腕を広げた。
「ここでは誰もあんたたちの邪魔はさせない。ポケモンたちを、気の済むまで休めていくといい」
「……ありがとう。助かるわ」
ミソラはふっと肩の力を抜き、ブラッキーの頭を優しく撫でた。
不良たちがたむろする荒涼とした廃墟。しかし、そこは実力と絆を示したミソラと大家族にとって、これ以上ないほど安全で、温かい敬意に満ちた臨時の休息所へと変わるのだった。