「本当にありがとうございました。あなたのおかげで、みんな息を吹き返しました」
命の恩人である女性トレーナーに深く頭を下げ、防寒具のフードを深く被り直したミソラは、再びブラッキーを隣に伴ってテントを後にした。まだ少し体に残る寒さを吹き飛ばすように、一歩一歩、氷の床を踏みしめて洞窟の最奥へと進む。
修行中の格闘トレーナーたちの熱気も届かない、本当の最深部。そこは、巨大な氷柱が天井から何本も垂れ下がる、神秘的で、かつ異様な緊迫感に満ちた大空洞だった。
「――やめてください! そんな乱暴な方法で捕獲するなんて、絶対に間違っています!」
静寂を切り裂いたのは、聞き覚えのある少年の叫び声だった。
「トロバ君!?」
ミソラが氷の物陰から飛び出すと、そこには案の定、大きなカメラを抱えたトロバが、恐怖に足を震わせながらも必死に声を張り上げていた。
その視線の先には、奇抜なオレンジ色のスーツを着たフレア団の科学者・モミジと、数人のしたっぱたち。そして彼らに囲まれ、特殊な拘束機械によって身動きを封じられている、この洞窟の主とも言える巨大なポケモン――ユキノオーの姿があった。
「うるさいガキね。このユキノオーが持つ強大な氷のエネルギーは、我がフレア団の『偉大な計画』に不可欠なのよ。邪魔をするなら、あんたから先に消してあげるわ。ヘルガー、やりなさい!」
「ひっ……!」
怯えるトロバに向けて、ヘルガーが容赦なく牙を剥く。
「そこまでよ、フレア団! トロバ君に手を出すんじゃないわ!」
「ブラァァッ!!」
突如として現れたミソラの声と同時に、漆黒の相棒が疾風のごとき速度で滑り込み、ヘルガーの前に立ちはだかった。
「ミ、ミソラさん……! 助けに来てくれたんですね!」
トロバが涙目でミソラを見上げる。ミソラは力強く頷くと、フレア団の科学者を鋭い眼光で射すくめた。
「フロストケイブの異変は、あんたたちが原因だったのね。ポケモンの住処を荒らす不届き者は、私がまとめて叩き出すわ!」
「チッ、またあの時の小娘ね……。したっぱども、まとめて片付けなさい!」
モミジの命令で、周囲のしたっぱたちが一斉にグラエナやレパルダス、マルマインを繰り出してくる。氷の洞窟という、先ほどの格闘地獄とは一転して自分に有利なフィールド。ミソラは迷うことなく、信頼する「相棒」へすべての指示を預けた。
「ブラッキー、ここはあなたの独壇場よ! 連戦になるけれど、みんなの想いを乗せて突っ走って!『どくどく』!」
「ブラッ!!」
ブラッキーの額の輪紋が妖しく輝き、次々と繰り出される敵のポケモンたちへ、正確に猛毒の呪いを巻き散らしていく。相手が焦って放つ攻撃は、これまでの旅で極限まで高められたブラッキーの圧倒的な耐久力とミソラの『まもる』の指示によって、ことごとく冷徹にいなされていく。
じわじわと毒に蝕まれ、動きが鈍ったグラエナたちに対し、ブラッキーの執念の『しっぺがえし』が炸裂する。
ズガァァァン!!
氷の壁に叩きつけられ、次々と目を回していくフレア団のポケモンたち。ビバークで完璧に体力をチャージしたブラッキーの堅実極まる戦術の前に、したっぱたちは手も足も出ず、瞬く間に一網打尽にされていった。
「な、何て手強さなの……! これ以上は無駄ね、引き揚げるわよ!」
形勢不利と悟った科学者モミジは、悔しげに地団駄を踏むと、拘束機械のスイッチを強制解除し、煙幕と共に足早に洞窟の奥へと逃げ去っていった。
静寂を取り戻した大空洞で、ブラッキーはふぅと白い息を吐き、ミソラを見上げて誇らしげに目を細めた。
「ありがとう、ブラッキー。本当に最高の相棒よ」
ミソラは駆け寄り、拘束から解放されてぐったりとしているユキノオーの元へ急いだ。バッグから最高級のキズぐすりや木の実を取り出し、トロバと一緒に優しく傷口に塗ってあげる。
「ゴ、グオォォン……」
巨体を震わせ、ユキノオーが感謝を伝えるように静かに、しかし温かく鳴いた。その瞳からは、恐怖から解放された安堵の涙が、一粒の氷の結晶となってハラリとこぼれ落ちる。
「良かったです……。ミソラさんが来てくれなければ、この洞窟の生態系は完全に破壊されて、僕もどうなっていたか……」
トロバは胸をなでおろし、改めてミソラに深く感謝した。
「いいのよ、仲間なんだから。それに、この子を守れて本当に良かった」
ユキノオーの穏やかな呼吸を感じながら、ミソラは自慢のブラッキーの頭を愛おしそうに何度も撫でた。過酷な連戦、壊滅寸前の大ピンチ、そしてビバークでの人の優しさを経て、ミソラと大家族は、また一つカロスの地で「誰かを守るための本当の強さ」を証明したのだった。