チョイ不安。
神(っぽいオッサン)のカード、ワイトとの衝撃の出会いからだいたい十年。俺は家の応接間にて、机越しに一人の少年と向かい合っていた。
「僕のターン、ドロー! 僕は強欲なツボを発動、更に二枚のカードをドローするよ」
まだ声変わりを迎えていないソプラノな音声でそう言いはなつと、少年は机に置かれたデッキから二枚のカードを引く。少年の名前は骨山慧(ほねやま けい)、現在小学五年生な俺の弟である。
世間でデュエルと言えば、やはりデュエルディスクを使った派手なパフォーマンスの物が一般的なのだろう。だが、あんな高価な機械を二機も買えるほど潤沢な資金に恵まれていない我が家では、前世の時と同じように机の上にカードを並べてやるのが普通である。
「僕は超時空戦闘機ビック・バイパーを攻撃表示で召喚、さらに手札よりオプションを特殊召喚するよ」
慧はそう宣言すると、三枚の手札から机の上に二枚のモンスターカードを並べる。
超時空戦闘機ビック・バイパーは某シューティングゲームの主人公機をモチーフにした、光属性・星四・攻撃力一ニ○○・守備力八○○のバニラモンスターだ。オプションはフィールドにビック・バイパーが存在する時に特殊召喚できる効果モンスターで、攻撃力と守備力が常にビック・バイパーと同じになるという効果を持っている。
現在、慧のフィールドには二枚のモンスターカードに加え、魔法・罠ゾーンに一枚のカードがセットされている。
対して、俺のフィールドには守備表示のワイト一枚と、魔法・罠ゾーンにセットしたカードが二枚だ。俺の残りライフは一五○○、何も無ければこのターンは生き残れるが……。
「お兄、安心するのはまだ早いよ! 僕は、手札から装備魔法サイクロンレーザーを超時空戦闘機ビック・バイパーに装備」
まるで俺の心境を読んだかの様な台詞を吐くと共にニヤリと笑うと、慧は残っていた最後の手札を切った。一気に勝負をつける気なのだろう。
「ちぃ、面倒な……」
俺は悪態をつくと、自分フィールドにセットしたカードを一瞥した。
サイクロンレーザーは、超時空戦闘機ビック・バイパーにのみ装備可能な装備魔法カードだ。装備モンスターの攻撃力を三○○上昇させ、さらに守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値分相手のライフに戦闘ダメージを与える貫通効果付与の効果を持っている。
つまり、何らかの行動を起こさないと、このターンで俺の負けが確定するのだ。
「僕は超時空戦闘機ビック・バイパーでワイトを攻撃、サイクロンレーザー!!」
「この瞬間、俺はトラップカードを発動する。聖なるバリア ―ミラーフォース―」
慧の攻撃宣言に反応して、俺は自分フィールドにセットしていたカードを表にひっくり返しその効果を発動した。
「甘いよ、お兄。カウンタートラップ、トラップ・ジャマーを発動! 聖なるバリア ―ミラーフォース―の発動を無効にして、破壊する!!」
聖なるバリア ―ミラーフォース―は、相手の攻撃宣言時に発動できる罠カードだ。相手フィールド上の攻撃表示モンスターを全て破壊する効果を持つ。対して、慧の使ったトラップ・ジャマーはバトルフェイズ中に発動したトラップを無効化して破壊するカウンター罠カード。
慧のフィールドのモンスターを全滅させて、そこから逆転を狙うという俺の目論見はもろくも崩れ去ったと言う訳だ。
「くそ……俺はカウンタートラップ、攻撃の無力化を発動。超時空戦闘機ビック・バイパーの攻撃を無効にして、バトルフェイズを終了する」
もう一枚のセットカードを表にひっくり返し、その効果を発動した。
「ちぇー、しとめ切れなかったか。何か仕掛けてあるとは思ったけど、二段構えだとは思わなかったよ。さすがお兄、やるね」
そう言って俺に対するわずかな賛辞をのべると、慧はターンを終了した。
「…………」
残りライフは変わらず一五○○。自分のフィールドにはワイトが一枚、手札も零。対して、慧のフィールドには俺のライフを一撃で零にできるモンスターが二体。
俺は互いのフィールドを確認すると、デッキに手を添える。
「……サレンダーする。降参だ」
そしてそのままドローせず、俺は降参を宣言した。
「ちょっ、何でサレンダーしちゃうのさ!?」
俺が降参したのが不満らしく、カードを片付けようと伸ばした手を掴み慧は声を荒げる。
「うるせーな、この状況で何ができるって言うんだよ」
空いた手で強引に慧の腕を払い、墓地のカードを回収する。
攻撃力もなく、特に効果も持たないワイト。そんなカード一枚でどうしろというのだ……。
「今のドローで、逆転のカードが引けたかも知れないだろ。お兄は、何でいつも途中であきらめちゃうんだよ!」
「逆転、ねぇ……」
ギャンギャンと慧があまりにうるさいので、デッキの一番上のカードに手をかける。
そして―――
「無駄無駄、逆転なんてどうせ出来っこねーよ」
少し持ち上げた所でカードを捲るのを止め、山札を墓地とフィールドのカードと一緒にして回収する。
自室に戻って、デッキの見直しでもしよう。
そんな事を考えて立ち上がると、ムッとした表情の慧が口を開いた。
「明日、デュエルアカデミア入試の実技試験なんでしょ。いくら筆記試験の成績が良かったからって、そんなんじゃ落ちるんじゃない?」
受験生に落ちるは禁句だというのに、何とデリカシーの無い弟なのだろうか。
「……余計なお世話だ」
ギリギリ聞こえないくらいの小声でそう呟くと、俺は逃げるように自室へ引っ込むのだった。
※ ※ ※
「積。吾が輩という最強のカードを持ちながら、負けるとは一体なにごとだ? しかも途中であきらめ降参とは、なんと嘆かわしい!」
自室に戻った俺が見直しのためにデッキを床に広げると、その四十枚のカードの内の一枚からまた喧しいのが出現した。半透明の骸骨、自称骨の中の骨……ワイトである。
「最強、ねぇ……」
攻撃力四○○○、五○○○はざらで、最高攻撃力は一二○○○。序盤の回転速度は遅いが、墓地にカードが溜まった中盤以降に爆発力を発揮する。最強と言われると首を捻らざるをえないが、確かにワイトデッキは強い。
ただし、それは十分なサポートカードが揃っていた場合である。ワイトのサポートカードを所持していない俺の現状では、ただのレベル一モンスターでしかないのだ。
「攻撃力三○○が何言ってんだよ。世間の一般常識じゃあ、お前は雑魚モンスターに分類されているんだぜ?」
「ふん、そんなものは吾が輩を使いこなせていない、にわか共の戯言に過ぎん。積、お前もその辺の有象無象と変わらないのか?」
「しょうがねーだろ。カードが無いんだよ、カードが!」
ワイトの物言いが気にさわり声を荒げると、俺は机の隅に置かれたプラスティック製も長方形の箱を指差した。本当はCDボックスなのだが、手ごろな大きさなのでカードケースとして活用しているものだ。
ワイトを煽ったつもりが、逆に自分の心が乱されている。コイツと話すといつもこんな感じで調子が狂う。まったく、厄介な同居者だ。
最初に手に入れた六十一枚に加え、一月五百円という正直物足りない小遣いで毎月少しずつ購入してきた五百六十枚。合わせて六百二十一枚、それが俺の所持するカードの枚数である。それは、小さなCDケースに余裕で収まってしまうほどに少ない。六百枚以上も持っているのだから十分だろと思う人もいるかもしれないが、同年代のやつらの持っている枚数と比べると全然少ない。
加えて―――
「そんなものはただの言い訳だぞ、積。例え数少ないカードしか持っていなくとも、そこから巧みにコンボを見つけ出すのが真のデュエリストであろう?」
俺の思考をぶった切るように、ややうっとうしい仕草を交えて話しかけてくるワイト。
「ハァ……。その少ないカードの種類を減らして、さらに選択肢を狭めたのはどこのどいつだよ……」
ワイトとの会話が面倒になった俺は、一つため息をつくとその場に寝転んだ。
「積、寝るならベッドで横になったほうが良いぞ。そのままでは風邪を引いてしまう」
「別にまだ寝ないよ……」
本当に調子の狂うヤツだ。
腕を枕に目を閉じながら、俺はこの骸骨について考えを巡らせる。
遊戯王という物語において、デュエルモンスターズというのはただのカードゲームではない。魔術とか呪術とかカードの精霊だとか、そういう不思議な力を宿すカードが多数存在している。中には現実に影響を及ぼし、持ち主に害を与える物もある。
有り体に言うと、神っぽいオッサンがおまけでくれたワイトのカードは、持ち主に呪いを与える呪いのカードだったのだ。
少し目を開き、グルグルと落ち着きなく部屋中を動きまわるワイトをボーっと眺める。そうしてワイトを目で追いながら、俺はこの骸骨に呪われた日の事を思いだしていた。
あれは、俺がこの骸骨と出会ってから、丁度一ヶ月が過ぎた日のことだ。
※ ※ ※
その日、小学校の授業を終えた俺は、放課後の教室で数名の友人達とデュエルモンスターズで遊んでいた。全員デュエル繋がりで出来た友人である。
小学一年でデュエルモンスターズをやっている奴なんて、俺以外に居ないだろう何て思っていたが、案外数がいて驚いたのは良い思い出だ。
その日は、初めて皆で集まってデュエル大会のような事をやったのだ。
所詮小学一年生、そう高をくくって六十枚のカードから適当に抜き出したデッキでデュエルをした。そしたらどうだ、結果は全敗。モンスターカードのレベルに合わせ、“最下級の積”などという不名誉なあだ名をつけられ、トボトボと帰宅した。
自室へ戻り部屋の隅で体育座りをする俺に、ワイトが声をかける。
「そう落ち込むな、積。吾が輩の様な最下級だって、状況次第では最上級を屠ることもあるのだ」
それはきっとワイトなりに俺を励まそうとした言葉だったはずだ。だが、その時の俺には彼の言葉がただの嫌みにしか聞こえなかった。
「っは、ワイトが何を言ってるんだよ。ワイトデッキだって、強いのはワイトキングだ。ワイトなんて真っ先に墓地へ捨てられる、ただの捨て札だろ」
ワイトの言葉を鼻で笑い、暴言を吐き捨てる。イライラする自分の気持ちをぶつけるように、わざわざ彼が傷つくであろう言葉を選んだ。
「…………、ふむ」
ワイトは右手の人差し指で額を二三度叩くと、何かを思いついたかのように頷いた。
「な、なんだよ……」
無言の圧力とでも言えばいいのか、その時の俺は目の前のワイトが妙に恐ろしく思えた。自分が馬鹿にした相手にビビッたのである。
「少し性根が腐っておるようなのでな、これで悔い改めよ。ワイト・ビィム!」
そう言うと突然ワイトは両手をチョキの形にして、隠すように髑髏の目の部分に手の甲を当てる。そして珍妙な台詞と共に両手をずらし、隠れていた髑髏の目の部分が指の隙間から現れる。
すると、その瞬間。ワイトの髑髏の目の部分からどす黒い光線のような何かが放たれ、俺と俺のカードに降り注いだ。
「う、うわっ!?」
突然の事態に驚くが、体には何の異変も無い。
「お、お前。今何しやがった!」
「ふん、少しは反省するといい」
詰め寄る俺を無視して、そんな言葉を残しカードの束へ消えるワイト。
「あ、おい待て!」
そんなワイトを捕まえようと、彼が逃げ込んだカードの束に飛びつく。しかし、勢い良く飛びついたせいか、カードが部屋中に飛び散ってしまった。
「ああもう、くそ。お前も手伝えよな……」
手近に落ちていたワイトのカードを拾い、中で聞いているであろう彼に言う。
「……ちぇ、無視かよ」
しばらく待っても何の反応も返さないワイト。まあ、実体を持たない彼が手伝える事など実際は何も無いのだが、ただ不満を言う相手が欲しかったのだ。
しょうがないので、一人でカードの回収を開始する。
「あれ?」
そうしてまた一番手近なカードを手に取った時、俺はそのカードに疑問を覚えた。それは何の変哲の無いワイトのカードだ。
「ワイト?」
右左の手に一枚ずつ、両手にワイト。
おかしい、異常事態だ。神っぽいオッサンに貰ったワイト以外、俺はワイトのカードを一枚も持っていないはずなのだ。
「ちょっと、まて……」
この異常事態に戸惑う俺は、散らばるカードの中に更なる異変を見つけた。三枚目の、ワイトである。いや、それどころか畳に散らばるモンスターカードの大半が、ワイトに変貌しているのだ。
「ふざけんなよ、おい……」
あまりの仕打ちに、俺はそれ以上言葉をつむげなかった。
後で調べた結果、レベル一のバニラモンスター以外のモンスターカードが全てワイトに変わってしまったことが判明した。デュエルできるギリギリの枚数は残ったものの、俺のデッキのモンスターは全て最下級モンスターに統一されてしまった。
それ以来小学校を卒業するまで、最下級の積という俺のあだ名は不動のものとなった。
※ ※ ※
「最悪の思い出だ……」
回想を終えると、俺は起き上がりベッドへと移動する。あの後、一応ワイトとは和解したのだが、呪いが解けるにはしばらく時間がかかるらしく。手に入れたカードの内、レベル一のバニラモンスター以外のモンスターカードがワイトに変化するという呪いは、いまだに俺を苦しめている。
「む、積。寝るのか?」
俺がベッドへ移動したのを見るや、再びワイトが尋ねてくる。
「ああ、こんな最悪な気分の時は寝るに限る……」
そうワイトに返答すると、俺は掛け布団の中に頭まで潜り目を閉じた。ふて寝である。
※ ※ ※
翌日―――
「ちょっと早く着すぎたな……」
デュエル・アカデミア入試、その実技試験会場である海馬ランドを目前に、俺はボソッと一人呟いた。
昨日かなり早い時間に寝た俺は、いつもよりだいぶ早い時間に目を覚ました。そして実技試験当日だという緊張からいてもたってもいられず、こうして一人開始ニ時間前の会場へ来てしまったのである。
遅刻するのは問題外だが、早く行き過ぎるのも考えものだ。
「どこかで時間を潰せば良いではないか」
顎に手をあててどうすべきか考えていると、突然現れたワイトが俺に一つの案を提示する。
「まあ、それが良いかな」
ワイトの案を採用すると、俺は辺りを見回す。すると、近くにカードショップを発見した。
「カードパックでも買って、デッキの最終調整でもするかな……」
時間つぶしの方法を決定すると、俺はカードショップへと足を向ける。
単品売りのショーケース、ずらり陳列されたカードパックの数々。やはり都会のカードショップは、田舎のものとは質が違う。
店に入りカードパックを二袋購入。店員の許可を貰えたので、奥のフリースペースでパックを開封する事にする。
「……ハァ」
開封したカードを確認して、一つため息を付く。ニ袋共にワイトが一枚ずつ混入していたのだ。どうやら、まだ俺にかかった呪いは解けていないらしい。
「ため息なんぞ吐いて、どうしたのだ?」
いつの間にか俺の後ろに立ち、そう言いながら肩越しにカードを覗き込むワイト。
「おお、吾が輩のカードが二枚も……。これで今日の試験デュエルは、勝利間違いなしだな!」
何故そこまで自分に自信が持てるのか、弾んだ声でそう言うワイト。
「同じカードは、三枚までしかデッキに入らないからな……」
一応カードの精霊っぽいんだから、基本的なデュエルのルールくらい覚えてほしいものだ。
そんな事を考えてながらデッキの調整を行っていると、あっという間に時間が経過していった。
「さて、そろそろいい時間だな」
時計を確認して、広げたデッキを回収する。今から向かえば、開始五分前には会場に到着するだろう。
カードショップの店員に礼を言うと、俺は試験会場へ向けて歩きだした。
こんなタイトルなのに、主人公のデッキがしばらくワイトデッキではないという詐欺。