見てのとおり、ハーメルンに自作のホラー小説を投稿させていただきました。
不定期更新ではありますが、よろしくお願いいたします。
オッドアイ
なんてこった。
まさかこれ程までに後ろの荷物が重いとは。予想外、計算外、合わせて予算外だ。いやなんでもない。
この子単体なら重量はそこまで無いと思われる。せいぜい30キロ台か。しかしまぁ、この子供は後ろに大層な大荷物を持っちょる訳で。せめてその大きなバッグの中の物を半分に減らしてくれれば、俺も少しは楽にコイツを楽に運べた気がする。
「…………」
それにしても、コイツ本当に何も喋らないな。そういう障害でも持ってんのか? いや、単に俺と喋るのが嫌なだけか。
俺は今、小さなダンボールに入った小さな少女と大きな大きな大荷物を、それらに繋げられた一本の頼りなさげな縄で引っ張り、自分の家へ運ぼうとしている最中なのである。その間に、俺とこのダンボール少女が会話を交わしたのは一度だけ。
平凡なサラリーマンとダンボール少女が交わした奇跡の会話をお届けする前に、まずはこういう状況になった経緯を説明したいかと思う。
それは、つい数十分前に遡る。
・・・一話 『オッドアイ』
会社からの残業帰り。近所の良い子達ならとっくに布団に潜り込でいるであろう時間帯に一人、真っ暗な夜道を歩く俺は、
通勤、会社帰りに歩く道は街灯が少なく、それが原因か、空が暗い時間帯は通行者も少なかった。空が明るい内は、ジョギングをしている若い子や、犬の散歩をしている老人が通る。ところが最近、ここら辺で黒ずくめの格好をした不審者がよく見掛けられるようになり、ここを通学路とする学生は少なくなった。
そんな噂はさほど気にしない俺は、真夜中の残業帰りでも、普通にこの道を使って我が家を目指していた。
しかし俺はその日、不審者らしき何かを見かける事になる。
数少ない街灯がわずかに照らす道の端に、謎の四角い何かが放置されていたのだ。大分距離の離れた場所からよ~く凝視すれば、それは古い小さなダンボール。ただのダンボールなら、誰かが捨てたのだと適当に考えてスルーする事だろう。ところがそのダンボールは、ただのダンボールではなかった。
街灯に照らされているとはいえ、遠目から見ればそれは暗く見えて、それはまるで黒い何かが蠢いているようだった。そんな謎の黒い物体を見た俺が、普通に情けない悲鳴を上げそうになったのは言うまでもない。
心の底から湧き出る恐怖と戦い、ゆっくりとダンボールに近づいて、もっとしっかりとダンボールの中に居る何かを見つめてみれば、それは人。
──少女が蹲っていたのだ。その小さなダンボールの中に。
彼女は俯いているために顔はよく窺えないが、たしかに少女だった。
見たところ、歳は6才くらい。もう少しで腰にまで届きそうな長い黒髪に、前髪を留める小さな可愛らしいヘアピン。俯いているために顔はよく窺えないが、親に捨てられた原因として挙げられるほど、醜い容姿という訳ではなかった。
いや、彼女はむしろ可愛いだろう。表情こそ見えないが、少女がほんの少しだけもぞっと動くだけでサラサラと動く髪に、か細い腕に、白く透き通るような肌。
姿が醜いというだけで生まれてきた子供を捨てる非情な親は世界にいくらでも居るが、彼女はそんな理由で捨てられるような子ではない気がする。
とにかく話をしてみなければ、それこそ話が進まない。
もしこの子が家出少女であれば警察に頼むなどして親元へ戻し、もし親が子供を捨てるような人間であれば声を張り上げて抗議してやるべきだろう。
「……あの、どうかしたの?」
少女の前にしゃがみ込むと、警戒はさせないようにと俺はできるだけ柔らかい口調で話しかけてみる。
すると少女はハッとしたように顔を上げた。どうやら今まで俯いていたのは、俺が近づいてきた事に気づかなかっただけのようだ。
いやそんな事より、こんな事があってもいいものだろうか。
──可愛い。
顔を上げた少女は、俺が想像していた以上に可愛かった。いや、可愛いというよりは、綺麗と評すべきかもしれない。
おそらく小学生低学年程度と思われる背丈、身体の割には、やや大人びた顔。整った目鼻立ちに、何かを秘めたように大きな瞳。高校生くらいにでも成長すれば、確実に容姿端麗、眉目秀麗と周りに囃し立てられてもおかしくないであろう顔立ちだった。
容姿の限り、とても家族に捨てられるような子とは思えない。
──ただ一つ。
左は赤、右は青と光る瞳を除いて。
ずっと眺めていれば引き込まれてしまいそうなその少女の瞳に、俺は少しの間見惚れてしまった。
これはオッドアイだ。
オッドアイとは、左右の目の色が異なる事。医学的には『虹彩異色症』と呼ばれるそうだ。
この子は、これが原因で捨てられた?
可能性としてはあり得るだろうが、ただそれだけで子供を捨てるような人間が居るだろうか。
たしかに実際に間近で見るオッドアイは、とても不思議だ。人によっては、これを見た第一印象は良くないだろう。小学生なら、これのせいでクラスから虐められる事もあるかもしれない。
「……綺麗だ」
しかし、俺はそうは思えない。
何故なら、この少女の瞳はとても綺麗だから。
片方は赤、もう片方は青に光る両目は、本当に何かを秘めているように思えてしまう。そんな引き込まれるような瞳に見惚れてしまった俺は、とてもこの少女を貶そうとは思えないのだ。
と、こんな事を考えている場合ではない。
もしこの状況を、偶然通りかかった通行人に見られてしまえば、黒い服を来た男が言葉巧みに少女を連れ去ろうとしていると勘違いされてもおかしくはない。この服、会社のスーツだけど。
不思議そうにこちらを無言で見つめてくる少女。俺は一度、小さく咳払いをしてから改めて話しかけた。
「何を、しているのかな?」
俺が質問して大分間を置いてから、少女はゆっくりと口を開いた。
「…………………………家出」
一応予想はしてたけどトンデモ衝撃発言。誰かに捨てられたんじゃなくて自ら捨てられに来た子だった。
この会話が、本日最後の奇跡の会話になるとも知らず、俺は言った。
「理由は敢えて訊かないとして、家出は駄目だよ。早く家に帰りな?
きっと、お父さんやお母さんが心配してるよ」
少女は答えない。
俺の言葉を聴くとまたもや俯き、もはや俺の顔さえ見なくなってしまった。
名前も知らない大人に突然話しかけられたところで心が開けないのは分かるが、そこで無視されるのはちょっと辛い。良心から流れ出た言葉をそのまま流されるのはさすがに応えます。お兄さん、泣いちゃいそう。
それでも返答を待つ俺と、答えようとしない少女。そこから生まれる沈黙は、しばし続いた。
ふと腕時計で時間を確認してみると、時刻はとっくに九時を過ぎていた。明日も早い内に会社に出勤せねばならないので、今日のところはここから離れるしかない。
「俺はもう行くけど、気が変わったら早く家に帰るんだよ。
あと誘拐には気を付けな。そういう奴らはだいたい飴ちゃん持ってるから」
今回は返答を待たずに、こちらを見向きもしない少女に軽く手を振ってから俺は立ち上がると、さっさと家に戻ることにした。
ところが、ダンボールを見守るたった一つの街灯から数メートルほど離れた所で俺の背中に掛かる声。即座に振り向けば、ついさっきまで俯いていた筈の少女がこちらを見ていた。
その透き通るようなオッドアイに再度見つめられた俺は、少々立ち竦む。彼女の瞳には、なにか不思議な力が宿っているように思えたのだ。
学生の頃の厨二がまだ消え去っていないのかと心の中で苦笑いする俺を、少女はずっと見つめていた。
ここは敢えて「なんだよ」とは訊かず、彼女の言葉を待ってじっと堪える。
体内時計が狂ってしまいそうなほど長い時間見つめ合っていると、不意に少女が口を開いた。
「…………………………て」
しかし距離が離れているために、少女の小さな声はここまでは届かない。
そんな彼女に、俺は一言。
「大きく」
「…………家に、連れてって」
そんな事を言い出す少女の真横には、謎の大荷物。
かくして、俺の『ダンボール少女と大荷物のセットを自分の家まで運搬大作戦』は幕を開けたのだった。
…………重い、思い、思ひ、想い、おもい、重い。
思わず頷いてしまったあの時の自分を、いまの俺は大荷物だけに大きく振りかぶって殴り飛ばしてやりたい。
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