雄英高校体育祭、当日の朝。
オレが育った孤児院の玄関には、朝早くから騒がしい声が響いていた。
「ユノ兄ちゃん、今日テレビで見るからね! がんばって!」
「絶対1位になってね!」
小さな子供たちが、オレのズボンの裾を引っ張りながら目をキラキラと輝かせている。
「ああ。当然だ」
オレが短く答えて子供たちの頭を軽く撫でると、奥からシスターが穏やかな微笑みを浮かべて歩いてきた。
「ユノ。怪我には気をつけて。……でも、あなたならきっと大丈夫ですね。みんなで応援していますよ」
「ありがとうございます、シスター。行ってきます」
「ちょっとちょっと! ユノの隣にはこの最高に優秀な精霊の私がいるんだから、心配なんていらないわよ! ね、ユノ!」
オレの肩の上でベルがドヤ顔で胸を張ると、子供たちが「妖精さんだ!」「ベルちゃんもがんばってー!」とさらに群がってくる。
「ふふんっ、任せなさい!」
騒がしい子供たちの相手をベルに任せ、オレは孤児院の古い木製の扉を開けた。
見上げれば、抜けるような青空が広がっている。今日、オレは日本中の前で、己の力を証明するのだ。
「……行くぞ、ベル」
オレは短く告げ、最高のヒーローになるための舞台──雄英高校へと歩み出した。
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そして、体育祭本番前。オレ達1年A組の生徒は、出番を待つための控室でそれぞれの緊張と闘志を高めていた。
「皆! 準備はいいか! もうすぐ入場だぞ!」
学級委員長の飯田が、相変わらずのロボットのような動きでクラスをまとめている。
オレは壁に寄りかかり、静かに目を閉じて魔力を循環させていた。
「緑谷」
不意に、静かな声が控室に響いた。
声の主は、轟焦凍だ。彼は真っ直ぐに出久の元へ歩み寄ると、そのオッドアイの瞳で出久を冷徹に見下ろした。
「と、轟君? どうしたの?」
「客観的に見て、実力は俺の方が上だと思う」
「えっ……う、うん」
「だが、お前、オールマイトに目をかけられてるだろ。そこを詮索するつもりはねぇが……お前には勝つ」
明確な宣戦布告。
切島が慌てて「おいおい、本番前に喧嘩腰はやめろって」と止めに入るが、轟は意に介さず、今度は壁際で目を閉じているオレの方へとゆっくり視線を向けた。
「……グリンベリオール。お前もだ」
オレはゆっくりと目を開け、轟を真っ直ぐに見据え返した。
「屋内戦闘訓練の時、お前は俺に言ったな。つまらない意地で半分の力しか出さないなら、一生お前には勝てない、と」
「……ああ。言ったな」
「俺は、クソ親父の力なんか絶対に使わねぇ。右の力だけで、お前のその風ごと凍らせて、一番になる。それで、あの時の借りを返す」
圧倒的な自信と、自らの血筋に対する激しい拒絶。そして、オレに対する雪辱の意志。
「……そうか」
オレは壁から背中を離し、轟に向き合う。
「お前にどんな事情があるのかは知らない。だが、自分の全力も出さずにオレに勝つ気でいるのなら……舐めるな」
「……」
「オレは持てる全てを使ってトップになる。お前も、全力で来い」
その言葉に、轟の瞳が僅かに細められる。
「……勘違いするな。俺の全力は、この右側だけだ。炎なんかに頼らなくても、俺はお前を完全にへし折る」
ひどく冷たく、だが奥底にマグマのような怒りを秘めた声で、轟はそれだけを言い捨てた。
その直後、二人のやり取りを聞いて下を向いていた出久が、ハッとしたように顔を上げ、強く拳を握りしめた。
「……僕もだ。僕だって、負けるつもりはないよ。本気でトップを狙いに行く!」
「てめェら……! 俺を無視してんじゃねェぞ、クソナードに半分野郎、それに風野郎ォ!!」
出久の宣言に、少し離れた場所で聞いていた爆豪がギリッと歯を食いしばり、凶悪な殺気を放ち始めた。
轟、爆豪、出久、そしてオレ。室内にバチバチとした火花が散り、極限まで緊張感が高まっていく。
そんな中、ふと控室の扉が開かれ、外の廊下が異様なほど騒がしいことに気がついた。
「な、なんだこれ……!?」
麗日の声に目を開けると、A組の控室の扉の前を、他クラスの生徒たちがぎっしりと塞ぐように群がっていた。
「チッ。敵情視察か。退けよ、モブ共」
爆豪が、ポケットに手を突っ込み凄みのある声で群衆を睨みつけた。
ヴィランの襲撃を耐え抜いたA組の様子を窺いに来た他クラスの生徒たちに対し、爆豪は全く意に介さず、群衆を掻き分けて強引に進もうとする。その傲慢な態度に、周囲の空気が一触即発に張り詰めた。
「……A組ってどんなもんかと見に来たけど、随分と傲慢な奴がいるもんだな」
群衆を割って前に出てきたのは、ボサボサの紫色の髪に、ひどく寝不足のような暗い目をした男だった。ヒーロー科の生徒ではない。
「ヒーロー科に在籍している全員が、ヒーローになれるわけじゃない。……知ってるか? 体育祭の結果次第で、俺たち普通科や他の科の生徒も、ヒーロー科への編入が審査される。……そして、その逆も然りだ」
紫髪の男の言葉に、A組の連中が息を呑む。
「敵情視察? いや違うな。俺は、お前らの足元を掬いに来た。……宣戦布告だ」
静かだが、底知れない執念を感じる声。その目は、明らかにオレたちA組の全員を『喰う』つもりで睨みつけていた。
「おいおい! 普通科にばっかいい顔させねェぞ! 俺たちヒーロー科B組だって、A組をぶっ倒しに来たんだからな!」
「ふーん……。これがA組ねぇ。随分と余裕そうだけど、本番で恥をかかないといいけどねぇ」
紫髪の男の宣戦布告に乗っかるように、熱血そうな男や、綺麗な金髪の男といった面々も前に出てきて吠え始めた。
あれは確か、B組の鉄哲徹鐵と物間寧人だ。
オレは小さく息を吐き、群衆に向かって静かに歩み出た。
「……少し、道を開けろ」
オレが冷徹な声で告げると、群衆の何人かが道を譲る。
どうやら、入試の成績やUSJでの一件から、オレの名前は同学年の間では結構有名らしい。
「君が、入試トップのユノ・グリンベリオールか。ふん、優秀な個性に胡坐をかいて──」
物間が嫌味ったらしく口を開きかけた、その時だった。
「……ん。ユノ」
B組の群衆の後ろから、小柄な人影がひょっこりと顔を出した。
黒髪ボブヘアーの少女──小大唯だ。彼女はオレの姿を見つけると、小さく手を振った。
「……小大」
「ちょっとユイ! なんであんたがここにいるのよ! ユノの敵情視察!? 」
オレの肩から飛び出したベルが、ぷりぷりと怒りながら小大に指を突きつける。
小大はパチクリと瞬きをしてから、小さく首を横に振った。
「……ん。偵察じゃない。……ユノ、図書室でのこと、忘れてない」
「ああ。オレも負けるつもりはない」
オレが短く返すと、小大は「ん」と満足そうに頷き、一歩後ろへと下がった。
その光景を見ていた物間が、「えっ? 小大、A組の奴と知り合いなの!? ちょっと、裏切り!?」と素で驚いている。
オレは再び視線を前に戻し、紫髪の男へと向けて淡々と告げた。
「編入のシステムは合理的だな。だが、オレ達の足元を掬えると思っているなら……見くびりすぎだ」
「……」
オレが冷たく言い放つと、他クラスの生徒たちから「なんだと!?」「上から目線が!」と怒号が飛ぶ。だが、オレは気にも留めず、入場口へと歩き出した。
爆豪がチッと舌打ちをしてオレを睨み、出久がギュッと拳を握り締めて後を追う。紫髪の男もまた、暗い目でオレの背中をじっと見送っていた。
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いよいよ、日本中が熱狂する祭典が幕を開ける。
『さぁさぁ皆様ァ! メディアのカメラも準備はいいかァ!? 待ちに待った青春の祭典! 雄英高校体育祭の開幕だァァァ!!』
スタジアムを揺るがすような、プレゼント・マイクの絶叫。
鼓膜が破れそうなほどの大歓声の中、オレたち1年A組が入場ゲートを潜り抜けた。
「うわぁ……すごい人……!」
イズクが圧倒されたように周囲を見渡す。360度、巨大なスタジアムを埋め尽くす観客たち。そのすべてが、オレたち未来のヒーローの一挙手一投足に注目している。
全クラスがグラウンドの中央に整列すると、壇上には1年の主審を務める18禁ヒーロー、ミッドナイトがムチを振るいながら現れた。
「選手宣誓!!」
ミッドナイトの艶やかな声が響き渡る。
「新入生代表! ヒーロー科1年A組──ユノ・グリンベリオール!!」
その名が呼ばれた瞬間、スタジアムがどよめき、A組の連中の視線が一斉にオレに集まった。
入試成績トップ。つまり、この学年で最も優れていると公式に認められた証。
「……行くぞ」
「ええ! ユノの偉大さを、この世界中のみんなに見せつけてやりなさい!」
オレは静かに列を抜け、階段を上ってマイクの前に立った。
何万という観衆の視線。他クラスの生徒たちからの嫉妬や対抗心。
グラウンドを見下ろすと、出久が真っ直ぐにオレを見上げ、爆豪がギリッと歯を食いしばっているのが見えた。
オレはマイクに向かい、静かに、だがスタジアムの隅々まで届くようなはっきりとした声で口を開いた。
「宣誓。……オレは、最高のヒーローになる」
そのシンプルすぎる一言に、スタジアムの空気が一瞬ピタリと止まった。
「オレは、誰にも負けない。ここにいる全員、オレを出し抜けると思っているなら、持てる力のすべてを使ってかかってこい。……だが、最後にトップに立つのは、オレだ」
直後、スタジアムは大ブーイングの嵐に包まれた。
「ふざけんな!」「見下してんじゃねーぞ!!」という怒号が四方八方から飛び交う。
「宣誓というか、ただの宣戦布告じゃねーか!」と上鳴が頭を抱え、飯田が「なんという堂々とした……いや、少し傲慢な発言だ!」とロボットのように腕を振っている。
オレは悪意を持って他者をけなしたわけではない。ただ揺るぎない事実を口にしただけだ。だが、そのあまりにも堂々とした態度が、結果的に全校生徒の闘争心に火をつける形となったのだ。
オレはブーイングを背に受けながら、グラウンドを見下ろす。
「……っ!」
出久の瞳には、一切の揺らぎがない。オレの宣戦布告を正面から受け止め、闘志を爆発させている。
爆豪もまた、「上等だ……ぶっ殺す!」と手のひらから煙を上げてオレを睨みつけていた。轟も、静かに左手を握りしめている。
これでいい。全員がオレを標的とし、死に物狂いで掛かってくる。
そうでなければ、オレが一番に立つ意味がない。
「それでは、さっそく第一種目へと参りましょう!!」
ミッドナイトが背後の巨大スクリーンを指差す。
ルーレットが回転し、表示された文字は──『障害物競走』。
「スタジアムの外周、約4キロを舞台にしたサバイバルレース! コースアウトさえしなければ、何をしても自由よ! さぁ、位置につきなさい!」
参加者全員が、スタート地点である巨大なゲートの前に押し寄せる。
横幅が極端に狭いゲート。全員が一斉にスタートすれば、間違いなく大渋滞によるパニックが起きる。
「……ユノ、来るわよ」
「ああ」
肩の上のベルが空気を読み取り、オレは足元に魔力を集中させた。
「スリー、ツー、ワン……スタートォォ!!」
開始の合図と共に、全員が一斉にゲートへと殺到した。
予想通りの大渋滞。だが、その瞬間。
ピキィィィィンッ!!!
ゲート内の地面が、凄まじい勢いで凍結し始めた。轟の氷結だ。
足を凍らされた生徒たちが次々と身動きを取れなくなり、悲鳴を上げる。
「悪いな」
轟が冷気を纏いながら、一人だけ悠々と先頭へ躍り出た。
──だが。
オレは凍りついた地面の足元から爆発的な突風を放った。
轟の氷結を風で粉砕しながら、オレの身体は重力を無視して空高くへと打ち上がる。
「……!」
先行していた轟が頭上を見上げ、驚愕に目を見開く。
「悪いが、轟。……空には氷は届かないぞ」
オレは空中の足場を蹴り、加速しながら飛行する。そして、そのまま一気にトップへと躍り出た。
今日もう一話更新します。