感想ありがとうございます、嬉しいです!
そして数日後。
オレたちは、ヒーロー基礎学の『レスキュー訓練』が行われる演習場、USJ(ウソの災害や事故ルーム)へと向かうバスに揺られていた。
バスの車内は、遠足気分のような和やかな空気に包まれていた。
「緑谷ちゃん。私、思ったこと何でも言っちゃうんだけど」
カエルっぽい容姿の蛙吹梅雨が、ケロ、と鳴いて隣の出久に話しかけた。
「あなたの個性、オールマイトに似てるわね」
「えっ!? そ、そうかな!? ぼ、僕なんか全然……!」
図星を突かれたのか、出久が尋常ではないほど動揺して両手を振っている。
通路を挟んで斜め前の席に座っていた切島が、それに反論する。
「待てよ梅雨ちゃん、オールマイトは怪我しねーだろ! 似たような強化型でもそこが違うぜ。……でもいいよなァ、単純な強化型は! 派手だし、色々できるし!」
切島は自身の腕を硬化させて見せながら、少し羨ましそうにオレと爆豪の方を見た。
「俺の『硬化』も対人じゃ強いけど、いまいち地味っていうか……。プロとして人気出る派手さなら、やっぱ爆豪やユノだよな!」
「当然よ! どこに出たってユノの魔法……個性が一番派手で最強に決まってるじゃない!」
オレの肩に座るベルが、ドヤ顔で胸を張る。
「あァ!? んなもん俺の方が上に決まってんだろ! その羽ごと爆破すんぞコラ!」
「やってみなさいよツンツン頭! あんたなんかユノの風で一瞬で吹き飛ぶわ!」
「んだとテメェ!!」
爆豪が立ち上がりかけて手のひらから爆発を起こし、ベルがオレの耳元でギャーギャーと煽り返す。
「……ベル。狭い車内で騒ぐな」
オレが指先でベルの額を小突くと、彼女は「むーっ」と頬を膨らませてオレの襟元に潜り込んだ。
相変わらず騒がしい連中だ。だが、この数日で少しずつクラスメイトたちの個性や性格も分かってきた。
オレは視線を窓の外へ移しながら、ふと出久の姿を視界の端に捉えた。
(……出久の個性)
無個性だったあいつが、突如として手に入れた規格外の力。個性把握テストや戦闘訓練での反動を見る限り、あれは完全に身の丈に合っていない出力だ。
オレもベルに魔力を引き出してもらう際、肉体のキャパシティを超えれば激しい疲労とダメージを負う。だが、出久のそれは比ではない。文字通り、自らの肉体を破壊して放つ諸刃の剣だ。
(……あいつ、本当に無茶ばっかりしやがる)
少しだけ呆れながらも、その危ういまでのひたむきさが、出久らしいとも思えた。
「……もう着くぞ。いい加減静かにしろ」
最前列に座る相澤先生の気怠げな声で、車内の喧騒がスッと引いていく。
バスを降りると、そこには巨大なドーム型の施設が広がっていた。
入り口で出迎えてくれたのは、宇宙服のようなコスチュームに身を包んだスペースヒーロー・13号だ。水難、土砂災害、火災など、あらゆる災害を想定したこの施設『ウソの災害や事故ルーム』──略して『USJ』を作った張本人である。
「皆さんに、一つ、二つ、三つ……」
「増える……!」
13号は指を折りながら、静かで、しかし重みのある声で話し始めた。
「皆さんもご存知の通り、私の個性は『ブラックホール』です。どんなものでも吸い込み、チリにしてしまう。……ですが、これは簡単に人を殺せる力です。皆さんの個性の中にも、そういう力があるはずです」
13号の言葉に、クラスの空気がピリッと引き締まった。
(……人を殺せる力、か)
それは、オレの魔法も例外ではない。一歩間違えれば、巨大な暴風は周囲のすべてを切り刻み、オレ自身の命すらも削り尽くす。
力を振るう責任。ヒーローという職業の重みを改めて実感させられる言葉だった。
「私からの話は以上です! ご清聴ありがとうござ──」
13号が頭を下げた、その時だった。
ジジッ……ジジジッ。
ドーム内の照明が不自然に点滅し、広場の中央にある巨大な噴水が、まるでノイズが走ったように水しぶきを止めた。
「……ん? なんだろ、急に電波悪く……」
近くに立っていた耳郎響香が、自身のイヤホンジャックを弄りながら微かに首を傾げる。
そして、広場の中央。何もなかったはずの空間に、黒く澱んだ靄がポッカリと穴を開けるように膨れ上がった。
「集まれ! 動くな!!」
それまで気怠げだった相澤先生が、鋭い声で叫び、首に巻かれた捕縛布を構えた。
「13号、生徒を守れ!」
「先生、あれは何ですか!? また入試の時みたいな、訓練用の……」
出久が身を乗り出して尋ねるが、相澤先生はゴーグルを装着し、ギリッと奥歯を噛み締めて言い放った。
「動くなと言ってる! あれは……『ヴィラン』だ!」
黒い靄の中から、無数の異形たちが這い出してくる。
そしてその中心には、全身に気味の悪い手首をいくつも張り付けた男と、脳味噌が剥き出しになった黒い巨体のバケモノが、こちらを静かに見上げていた。
「散れ、そして、なぶり殺せ」
黒い靄のヴィランが大きく身を広げた瞬間、オレたちの周囲の空間が不気味な闇に覆い尽くされた。
「うわあああ、吸い込まれる!?」
クラスの誰かの悲鳴が響く。
「ユノ君、危ないッ!」
オレを庇おうと手を伸ばした出久の指先が、制服の袖をかすめた。咄嗟に風を纏って飛び退こうとしたが、全方位から迫る闇の吸引力に抗いきれず、オレたちの身体は一瞬にして空間の裂け目へと吸い込まれた。
──ドッポォォォン!!
強烈な衝撃と共に、全身を冷たい水が包み込む。
(……水の中か!?)
急激な水圧に視界が歪む。上を見上げると、水面のはるか上方に、この施設内に作られた巨大な人工湖と、そこに浮かぶ一本の救助用シップが見えた。
水中に渦巻く水流に逆らいながら、オレは魔力を練り上げる。
背中から爆発的な風を噴射し、水圧を強引に切り裂いて水面へと急浮上した。パシャリと顔を出したすぐ横で、同じく水面に上がってきた出久が激しく咳き込んでいる。
「ケロ、二人ともこっちよ!」
すでに船の上に避難していた梅雨ちゃんが、長い舌を伸ばして出久の体をフネへと引き上げた。オレは風の足場を蹴って、そのまま静かに船の甲板へと着地する。
「ぶはっ! 死ぬかと思ったわ! 服がベタベタじゃないのよ!」
オレの襟元から飛び出してきたベルが、羽についた水をパタパタと払いながら不機嫌そうに喚く。
「……助かった、蛙吹」
「どういたしまして。それと、梅雨ちゃんと呼んで」
「……2人とも、安心してる暇は無さそうだよ」
出久が指差す水面を見下ろし、オレは僅かに目を細めた。
船を取り囲むように、水面から不気味な影がいくつも浮上してきている。水中で戦うことに特化した、魚や水棲生物の異形個性を持つヴィランたちだ。その数は数十。完全に包囲されていた。
「ひぃぃぃぃ! なんでこんなにいるんだよぉ! 終わった、オイラのきらめく高校生活がここで終わるんだァァ!」
船の隅で、峰田が頭のぶどうを毟り取りながら涙目でガタガタと震えている。
「落ち着け、峰田。……出久、状況を整理するぞ」
「う、うん……! 敵は僕たちの個性を把握してない。もし知っていたら、水の中が得意な梅雨ちゃんをここに飛ばすはずがないんだ。つまり、あいつらは単に数で圧倒して各個撃破するために、僕たちをランダムに散らしたんだよ」
出久は折れそうな心を必死に繋ぎ止め、怯えながらも驚異的な速度で思考を巡らせていく。その瞳には、まだ諦めの色は一切ない。
「敵の狙いは、おそらく広場にいる相澤先生だ。オレたちの足止めにこれだけの戦力を割いてる。時間をかければかけるほど、先生が危ない」
オレが冷徹に告げると、出久がゴクリと息を呑んで頷いた。
「この状況を切り抜けるには……船の上から一気に敵を無力化して、広場へ向かうルートを作るしかない。ユノ君、君の風なら、この水上の敵をまとめて吹き飛ばせる?」
「水中に入り込まれた奴らには風の威力が減衰する。だが……水面に誘い出せるなら、一網打尽にできる」
「それなら、僕に作戦があるんだ!」
出久が鋭い目をオレに向けた。
「僕が個性の衝撃波で水面に巨大な渦を作る。そうすれば、周囲のヴィランは全員中心に巻き上げられるはず。そこを、ユノ君の風で──!」
「なるほどな。敵の機動力を奪い、一箇所に集めるか」
悪くない作戦だ。出久のあの自傷を伴う破壊力なら、この巨大なプールに渦を作ることも不可能ではない。
「アンタたち、お喋りはそこまでよ! 来るわ!」
ベルの警告と同時に、数人のヴィランが水面を蹴り、鋭い爪や牙を剥いて船へと跳躍してきた。
「峰田、梅雨ちゃん、船を守れ!」
「ケロ!」
「うわあああ! これでも喰らえェ!」
峰田が泣き叫びながら頭のぶどう(もぎもぎ)を投げつけ、敵の足場を船の壁面に固定する。そこへ梅雨ちゃんが強烈な蹴りを見舞って水へと叩き落とした。
「……出久、やれ!」
オレは右手を掲げ、船の周囲の空気を凝縮させ始める。
「うん……! 応えてみせるよ、ユノ君!」
出久が船のへりに立ち、右手の指先を水面へと向けた。その指に、赤黒い光の筋が宿る。
「デラウェア……スマッシュッ!!」
指弾から放たれた凄まじい風圧が水面を直撃し、大爆発を起こした。
その衝撃によって、人工湖の水が激しく円を描き、巨大な大渦が発生する。水中にいたヴィランたちが「うわああ!?」「身体が浮き上がる!」と悲鳴を上げながら、渦の中心へと強制的に吸い上げられていった。
「今だ、ユノ君!」
指を骨折した激痛に耐えながら、出久が叫ぶ。
オレはすでに、魔力を練り上げていた。出久が作った水流の回転に合わせるように、風の魔力を一気に解放する。
「風魔法──『暴嵐の塔』!!」
ドゴォォォォォォ!!
オレの掌から放たれた猛烈な竜巻が、出久の作った水の大渦と完全に同調した。
水と風が凄まじい勢いで絡み合い、巨大な水竜巻となってドームの天井近くまで立ち昇る。渦の中心に集められていた数十人のヴィランたちは、為す術もなく暴風の塔に飲み込まれ、悲鳴と共に遥か上空へと巻き上げられていった。
「今だ、峰田!」
オレが叫ぶ。
「うおおおおお! オイラの『もぎもぎ』を喰らえェェ!」
峰田が頭からぶどう状の球体を次々と毟り取り、上空で錐揉み状態になっているヴィランたちに向かって乱れ撃つ。強力な粘着性を持つ球体が気絶したヴィランたちを次々と絡め取り、彼らは完全に身動きが取れないまま、巨大な数珠繋ぎの塊となって水面に落下した。
「いい連携だったわね。ケロ」
「……ああ。悪くない連携だった」
オレが静かに告げると、出久たちが弾かれたようにこちらを見た。
「出久の機転、峰田の拘束、……梅雨ちゃんの機動力。どれが欠けても切り抜けられなかったはずだ。よくやった」
「ユノ君……!」
「へへっ、オイラも捨てたもんじゃないだろ!?」
出久がパッと顔を輝かせ、峰田が少しだけ得意げに涙と鼻水を拭いながら胸を張る。だが、まだ安心できる状況ではない。オレは広場の方角へと鋭い視線を向けた。
「喜ぶのはまだ早い。このまま中央広場へ向かうぞ。敵の本隊を一人で抑えている相澤先生の状況を確認し、必要なら援護に回る」
オレの言葉に、三人が表情を引き締めて力強く頷いた。
梅雨ちゃんが長い舌を使って出久と峰田を抱え上げ、水中を猛スピードで泳ぎ出す。オレも足元に風の魔力を集中させ、水面を滑るように進んで、中央広場へと続く岸辺へと急いだ。
✦ ━━━━━━━━━━━━━━ ✦
岸辺の浅瀬から顔を出し、物陰に身を隠して中央広場の様子を窺う。
そこには、一人で数十人のヴィランを相手に凄まじい立ち回りを演じる相澤先生の姿があった。
「すごい……相澤先生、一人で大勢を制圧してる……!」
出久が目を輝かせる。確かに、ゴーグルを装着して敵の個性を消しながら戦うその姿は、プロヒーローとしての圧倒的な実力を示していた。
だが、オレとベルの背筋には、チリチリとした冷たい悪寒が走っていた。
「……出久、状況は最悪だ」
「え……?」
「よく見て。あの手だらけの男と、後ろの巨大なバケモノ。あいつらはまだ、一歩も動いてない。底知れない嫌なプレッシャーを感じるわ」
ベルがオレの肩口から顔を出し、顔を青ざめさせて広場の中央を睨みつける。
直後だった。
「……24秒……20秒……」
手だらけの男が、不気味な声で呟きながら相澤先生の死角へ潜り込んだ。
相澤先生の捕縛布を躱し、その肘を掴む。
次の瞬間、相澤先生の肘の皮膚が、ボロボロと砂のように崩れ落ちた。
「先生ッ!?」
出久が息を呑む。
さらに男が「脳無」と短く指示を出した瞬間、後ろに控えていた黒い巨体のバケモノが、瞬きする間もなく相澤先生の背後に回り込んだ。
バキィッ!!
耳を塞ぎたくなるような、鈍く重い骨の砕ける音。
脳無と呼ばれたバケモノの丸太のような腕が、相澤先生の体を無造作に地面へ叩きつけ、その腕をへし折っていた。
「あ、あああ……」
「ウソでしょ……先生が、一瞬で……!」
峰田が絶望に顔を歪め、梅雨ちゃんが信じられないというように目を見開く。
圧倒的な暴力。理不尽なまでの力。
遠目から見ても分かる。あれは、個性の優劣や小手先の戦術でどうにかなる相手ではない。純粋な身体能力のバケモノだ。
(……助けないと。先生が殺される)
恐怖よりも先に、思考が極めて冷静に答えを弾き出す。
ここで動けるのは、最大火力の遠距離攻撃を持ったオレしかいない。
「ベル、やるぞ」
「分かってるわ!」
オレは極限まで圧縮した魔力を全身に巡らせる。
「ユノ君!?」
突風を纏い、オレは中央広場の石畳を蹴って上空へと跳躍した。
眼下では、バケモノが血まみれの相澤先生をさらに痛めつけようと、その巨大な拳を振り上げている。
「死柄木弔。水難ゾーンに散らした者たちが全滅したようです。おや……あそこに優秀な生徒が紛れ込んでいるようですね」
靄の姿をしたヴィランが静かに上空のオレを見上げて報告する。
「あーあ……なんだよ。雑魚とはいえ、一瞬で全滅かよ。……チッ、変なバグが紛れ込んでるなァ」
死柄木と呼ばれた男がガリガリと苛立たしげに首を掻きむしり、顔に張り付いた手首の隙間からオレを不気味に睨みつけた。
オレはそんな視線を冷徹に無視し、空中で右腕を大きく引き絞った。
「ベル、ありったけを寄越せ」
「任せなさいッ! ユノ、あのバケモノを撃ち抜いちゃえ!!」
ベルがオレの体力を急速に吸い上げ、超高密度の魔力へと変換して供給する。
そして、オレの右手に、眩い緑色の光を放つ、巨大な風の弓と、一本の矢が形を成していく。
「風創成魔法──『疾風の白弓』」
雄英受験の時のように、手数の矢で押すわけではない。この一本に、魔力を凝縮させる。
ギチギチと、大気を引き裂くような音がドーム内に響き渡る。
「……貫け」
オレが手を離し、ベルが息を吹きかけると共に、風の矢が一直線に放たれた。
音速を超えた一撃は、大気を爆裂させながら、相澤先生に振り下ろされようとしていたバケモノへと正確に突き刺さった。