──ドガァァァァァァンッ!!!
USJのドーム全体が激しく震動し、中央広場に凄まじい暴風と煙が巻き起こった。周囲の地面が放射状に抉れ、凄まじい風圧に死柄木と呼ばれていた男も後ずさる。
「やったのか……!?」
物陰から見ていた峰田が歓声を上げる。出久もまた、目を見張ってその着弾点を見つめていた。
だが、オレの頭横を飛んでいるベルが、恐怖に顔をこわばらせて悲鳴を上げた。
「嘘……! ユノ、嘘でしょ!? あいつ、傷が……!」
「……何?」
煙が晴れた直後。オレは信じられない光景に息を呑んだ。
バケモノの体に空いたはずの巨大な風穴が、グチャグチャと不気味な音を立てながら、まるでビデオを巻き戻すように一瞬で肉を編み、塞がっていく。
「あーあ……なんだよ。せっかくの『ショック吸収』を貫通するなんて、随分とチートな攻撃力じゃんか」
死柄木が、ガリガリと苛立たしげに自身の首を掻きむしりながら呟いた。
「でも無駄だぜ。こいつは平和の象徴を殺すための改人『脳無』。物理無効の『ショック吸収』だけじゃない。チートにはチート、『超再生』の個性も持ってるんだ。お前の風でどんだけ風穴を開けようが、HPを削り切る前にこっちが回復しちまうんだよ」
「……超再生だと?」
(打撃を無効化する『ショック吸収』に、傷を瞬時に塞ぐ『超再生』。つまり、風による斬撃や衝撃波の類は、どれだけ威力を上げようとあのバケモノには一切通じない……!?)
「……脳無。まずはあの鬱陶しいハエを叩き落とせ」
次の瞬間、脳無の巨体が地面を爆発させるような勢いで跳躍し、空中へ逃げ場のないオレの目の前へと一瞬にして肉薄していた。
(速いッ──!!)
目で追うことすら不可能な、純粋な身体能力による超高速移動。
気配を感じ取った時にはすでに、脳無はオレの眼前へと迫っていた。
「風創成魔法──『風刃の叢雨』!!」
咄嗟に無数の風の刃を雨のように降らせ、迎撃を試みる。
だが、脳無は自身の肉体が幾重にも切り刻まれることなど意にも介さず、超再生で瞬時に傷を塞ぎながら、その風の弾幕を真正面から強引に突破してきた。そして、その巨腕が振り下ろされる。
「がっ……!?」
躱すことは間に合わない。日々の特訓で限界まで鍛え上げた両腕を交差させ、辛うじて急所への直撃を防ぐのが精一杯だった。
叩き込まれた重い一撃は、まるでダンプカーに撥ねられたような次元の違う衝撃だった。鍛え抜かれた腕の骨がミシミシと悲鳴を上げ、視界が真っ白に飛ぶ。
「ユノォォォッ!!」
ベルの叫び声と共に、オレの身体は中央広場の石畳をバウンドしながら派手に吹き飛ばされ、そのまま広場の端にある瓦礫の山へと激突した。
「ぐっ、あああ……ッ」
全身の骨が軋み、口から血の味が広がる。
受け身を取ったにも関わらず、両腕の感覚が完全に麻痺していた。これ以上の魔力使用は、肉体の限界を超えている。息が詰まり、立ち上がることすらままならない。
「……ゲームオーバーだ」
死柄木の冷酷な呟きと共に、ズン……ズン……と重い足音を立てて脳無が近づいてくる。
霞む視界の先。脳無がゆっくりと、オレの頭を叩き潰そうとその巨大な両腕を頭上に振り上げた。
「やめて! ユノに近づかないでぇぇっ!!」
ベルがオレの前に飛び出し、小さな体で懸命に庇おうとする。
だが、無慈悲な殺意を孕んだ影が、オレたちを完全に覆い尽くした。
(……ここまで、か)
死を覚悟し、オレが僅かに目を伏せた、まさにその直後だった。
「──デトロイトォォォ……!!」
広場に、腹の底から絞り出したような絶叫が響き渡る。
オレの頭上へ振り下ろされようとしていた脳無の巨腕。その横腹めがけて、緑色の稲妻を纏った人影が猛スピードで突進してきた。
「スマァァァッシュッ!!!」
──ドゴォォォォォォンッ!!!
鼓膜を破るほどの凄まじい轟音。
出久の右拳から放たれた100%の衝撃波が、ショック吸収を持つ脳無の巨体をも強引に横へと弾き飛ばした。
巨体と巨躯がぶつかり合ったような猛烈な突風が吹き荒れ、オレの髪を激しく揺らす。
「い、出久……!?」
「はぁっ、はぁっ……! ユノ、君……無事、で……!」
オレの目の前に着地した出久は、ぜぇぜぇと荒い息を吐きながら膝をついた。
その右腕は、見るも無惨な赤紫色に腫れ上がり、あらぬ方向へと曲がっている。あの一撃で、自らの腕の骨を完全に粉砕したのだ。
「お前、なんで……!」
「だって、君が、助けを求める顔をしてたからっ!」
出久は、激痛に顔を歪めながらも、オレを庇うように構え、再び立ち上がろうとする脳無を真っ直ぐに見据えていた。
「それに……僕達の勝負は、まだ終わってない!」
「ッ!」
その言葉が、オレの胸の奥を激しく打った。
力なら、オレの方が圧倒的に上のはずだった。魔力も、戦闘技術も、オレの方がずっと先を歩いていると信じて疑わなかった。
それなのに、死という絶望を前にして手も足も出なかったオレを庇い、あいつは自分の腕を犠牲にしてまでためらいなく飛び込んできた。
理屈じゃない。損得でもない。
その泥臭くて、自己犠牲に満ちた背中こそが──オレの憧れた『最高のヒーロー』の姿そのものだった。
「……誰が守ってくれと言った」
オレの口から、低い声が漏れる。
出久はずっと、オレにとってのヒーローだ。
──だからこそ、負けられない。オレはもう、お前に守られる存在じゃない。あの日。お前より先に、誰よりも高みへ登ると誓った。
「ユノ君……?」
「出久、そこを退け。……オレはまだ、負けてない」
オレの頭の中で、あの日の誓いが蘇る。
『どっちが先に、最高のヒーローになるか、勝負だ』
『……うん! 負けないよ、ユノ君!』
麻痺していた両腕に、強引に力を込める。
軋む骨、限界を訴える肉体。だが、オレの胸の奥で爆発的に膨れ上がった『闘志』と『プライド』が、限界という名の壁を粉々に打ち砕いた。
「オレは……お前にだけは、負けられない……!」
「……っ!」
「ユノ……!」
オレの肩に飛び乗ったベルが、その小さな瞳に熱い涙を浮かべながら、たまらないといった表情でオレの頬に身を擦り寄せてきた。
「ああ、もう……私、そういう負けず嫌いなユノが、だぁぁい好きッ!!」
直後、周囲の大気が異常なまでに重くなった。
USJ内の空気が、文字通りオレを中心に渦を巻き始める。
「ユノ!私の力、全部あげる! 私の全てを──ユノのものにしてッ!!」
ベルの体が眩い緑色の光へと変わり、オレの胸の奥へと吸い込まれていく。
途端に、全身の細胞が歓喜に震えるような、次元の違う魔力が爆発的に駆け巡った。痛覚が消え、肉体の限界が底なしに拡張されていく。
「何だ……!? あの風のガキ、まだ動けるのか……!?」
死柄木が苛立たしげに声を荒らげる。
「風精霊魔法──」
オレの左半身を、エメラルドに輝く魔力の奔流が覆い尽くす。
背中からは巨大な片翼が顕現し、頭上には淡く発光する風で、半分の王冠が形作られた。
精霊の力を己の肉体に降ろす、究極の魔法。
「──『精霊同化(スピリットダイブ)』!!」
オレが静かにその名を紡いだ瞬間、USJのドームの天井を吹き飛ばすほどの、神々しい竜巻が立ち昇った。
「な……なんだよ、それ」
吹き荒れる暴風の中、死柄木が信じられないものを見るように後ずさる。
緑色の魔力の光が収束し、竜巻が晴れた後。そこには、エメラルドの片翼を羽ばたかせ、足元に僅かな風を纏って宙に浮遊するオレの姿があった。
砕けていたはずの両腕の痛みはない。全身に満ち溢れる強大な魔力が、肉体の損傷を強引に繋ぎ止め、本来の限界を遥かに超えた力を引き出している。
「あの野郎……回復しただけじゃねぇ。さっきまでとは桁違いのプレッシャーだぞ……! 脳無!! その目障りなバグを今すぐ叩き潰せ!!」
死柄木の金切り声に応じ、脳無が石畳をクレーターのように陥没させて跳躍した。
先ほどまでなら、目で追うことすらできなかった超高速の突進。
だが──。
(……遅い)
全身の感覚が、大気そのものと完全に同調している。
脳無が動く際の空気の僅かな揺らぎ、筋肉の収縮、次に放たれる拳の軌道。そのすべてが、オレの脳内に手に取るように伝わってくる。
オレは空中で最小限の動きだけを見せ、脳無の丸太のような右ストレートを紙一重で躱した。
「なッ……!?」
「今、ここで──オレは限界を超える……!」
すれ違いざま、オレは空中で身体を反転させ、巨大な隙を晒した脳無の背中へと、左の手のひらを向けた。
オレの中の魔力が、凄まじい勢いでオレの左手へと収束していく。
「風精霊魔法──『スピリット・ストーム』!!」
放たれたのは、風の斬撃でも衝撃波でもない。
極限まで圧縮された風の魔力そのものを撃ち出す、超極太の風のレーザーだった。
至近距離から直撃を受けた脳無の巨体が、悲鳴を上げる間もなく空の彼方へと一直線に吹き飛ばされていく。
「バカな……! ショック吸収が……! 超再生が……!」
死柄木が恐怖に顔を引きつらせて叫ぶ。
無理もない。オレの放った『スピリット・ストーム』は、ショック吸収の上限を完全に超過し、さらに超再生の回復速度すらも上回る凄まじい連続ダメージを与え続けているのだ。
「消し飛べぇぇぇぇっ!!」
オレがさらに魔力出力を上げると、光の奔流はドームの分厚い天井を紙屑のように吹き飛ばし、脳無の巨体をUSJの遥か上空の雲の彼方へと完全に押し流した。
やがて空にキラリと光が瞬き、バケモノの気配が完全に消滅する。
静寂が、USJに降り降りた。
「すごい……あのバケモノを、一人で……!」
出久が、へたり込んだまま呆然と上空を見上げている。
「チッ……ああああ! クソッ、クソッ! チート野郎が……!!」
死柄木が発狂したように自身の首を激しく掻きむしった。
オレは冷たくそれを見下ろし、止めを刺そうと地に降り立った。──その時だった。
パリンッ……!
オレの頭上にあった風の王冠が、まるでガラスのように唐突に砕け散った。
「……ッ!」
背中の片翼が霧散し、オレの左半身を包んでいたエメラルドの光がフッと掻き消える。
強引に限界を突破していた代償が、遅れて一気に押し寄せてきた。全身の骨と筋肉が断裂するような凄まじい激痛と疲労感がオレを襲う。
「がっ……はぁっ、はぁっ……!」
オレは耐えきれずにドサリと膝をつき、激しく咳き込んだ。同化が解けたベルも「ふぇぇ……もう魔力すっからかん……」と目を回し、オレの膝の上にポスッと落ちて動かなくなってしまった。
「ユノ君!?」
出久が折れた腕を庇いながら、這うようにしてオレの元へ駆け寄る。
「……あ? なんだ、バフ切れか。……脅かしやがって」
首を掻きむしるのをやめた死柄木が、不気味な笑みを浮かべてオレたちを見下ろした。
「MPが空っぽの魔法使いなんて、ただの的だ。今すぐ死ね」
死柄木が狂気を含んだ瞳で、動けないオレと出久に向けて飛びかかってきた。黒い靄のヴィランもそれに合わせて背後から靄を広げ、退路を断つ。
(くそっ、体が……動かない……!)
指一本すら持ち上がらない。迫り来る死柄木の凶悪な手が、オレと出久の顔面に触れようとした。
万事休すかと思われた、まさにその直後──。
ドォン!
USJの入り口の分厚い扉が、外側から乱暴に破壊された。
「……飯田少年から話は聞いた。遅くなってしまったよ」
吹き荒れる土煙。逆光の中に立っていたのは、怒りに満ちた表情でスーツを破り捨てた、筋骨隆々の大男だった。No1ヒーロー、オールマイトの到着。
「もう大丈夫だ。私が来た!」
その声が響いた瞬間だった。
オレと出久に触れようとしていた死柄木の体が、凄まじい突風と共に大きく弾き飛ばされた。
(……見えなかった)
精霊と同化していた先ほどのオレですら、一切の反応ができなかった。
気がつけば、オレと出久、そして重傷を負って倒れていた相澤先生の体は、広場の端の安全な場所へと移動させられていた。
「みんな、無事か!」
オレたちの前に立ち塞がった巨大な背中。
いつもテレビの画面越しに見ていた、能天気な笑顔はない。その顔には、生徒を傷つけられたことに対する静かで激しい怒りが満ちていた。
「オール、マイト……!」
出久が、安堵のあまり涙声になる。
一方、吹き飛ばされた死柄木は、地面を転がりながら顔に張り付いていた手首を落としていた。
「ああ……ごめんなさい、お父さん……」
死柄木はひどく狼狽した様子で落ちた手首を拾い上げ、再び自らの顔面へと覆い被せる。そして、ゆらりと立ち上がり、オールマイトを睨みつけた。
「ああ……来たな、ラスボス。……でも、俺の『チート』はそこのクソバグ野郎のせいでどっかに消えちまった。最悪だ、本当に最悪だ」
死柄木がガリガリと血が出るほど首を掻きむしる。
そこへ、黒い靄のヴィランが音もなく死柄木の傍らへと滑り込んできた。
「死柄木弔。落ち着いてください。脳無を失った上、オールマイトが到着したということは、じきに他のプロヒーローたちも大挙して押し寄せてくるでしょう。……我々に勝機はありません。ここは撤退すべきです」
「……あーあ。ゲームオーバーか」
死柄木は首を掻く手を止め、深く、ひどくつまらなそうにため息を吐いた。
「クソゲーだぜ、本当に。……帰ろう、黒霧」
黒霧と呼ばれたヴィランの体が大きく膨張し、広場に巨大な闇のゲートを作り出す。死柄木はその闇の中に足を踏み入れながら、肩越しにこちらを振り返った。
「今回は見逃してやるよ、平和の象徴。……だが次は必ず、その息の根を止めてやる」
そして、その狂気を孕んだ赤い瞳が、オールマイトの背後に座り込むオレを真っ直ぐに射抜いた。
「それから……そこの風のガキ。お前の顔、覚えたからな。次会った時は、一番にぶっ殺してやる」
「……やれるもんなら、やってみろ」
魔力切れで指一本動かせない状態だが、オレは決して視線を逸らさず、不敵に睨み返した。
死柄木の目が微かに細められ──次の瞬間、二人のヴィランの姿は黒い靄と共に完全にUSJから消失した。
残されたのは、ひび割れた石畳と、戦闘の爪痕だけ。
今度こそ本当に、ピンチは去ったのだ。
「……よく頑張ったな、少年たち」
張り詰めていた空気が一気に緩む。オールマイトが振り返り、オレと出久に向けて優しく、そして力強く親指を立てた。
「君たちの勇気と力が、相澤くんを、そして皆の命を救った。……あとは私たちプロに任せなさい」
その温かい言葉を聞いた途端、オレの意識は、プツリと糸が切れたように深い暗闇の中へと沈んでいった。
こうして、雄英高校1年A組の生徒たちが初めて直面した、本物の『悪意』との戦い。
USJ襲撃事件は、誰一人として欠けることなく、幕を下ろしたのだった。
ユノ強すぎぃ。
ちなみに、まだ強化イベント残してます。