転生したらTSして悪魔になったので、ロールプレイします   作:メスシリンダーガキ

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十六話

 

 

 

 

 

「待て! 女、いい加減止まれ!」

 

 背後から聞こえるその声を無視して、ひたすら走る。

 今宵は月も雲で隠れてしまい、夜道はとても暗かった。

 だがこの貧民街で生まれ育った自分にとって、例え道が暗くて見えなくとも、迷わず走り抜ける事なんて造作もなかった。

 

「っ……しつこいな!」

 

 そんな自分にとって有利な場所でも、数の暴力とは恐ろしいもので、追手たちを撒けずにいた。

 いや、もうすぐで撒ける。

 次の曲がり角の先で下水に降りよう。

 痕跡を撹乱しつつ、一旦街の外に出ればまだ立て直せる。

 だから、勢いそのままで曲がり角を曲がった。

 

「っ……!? いっ……!」

 

「あたっ」

 

 そして衝突した。

 同じように曲がり角を曲がろうとしていた人影とぶつかってしまい、互いに尻餅をついてしまう。

 

「ちょっと〜、ちゃんと前見て歩きなさいよねっ! これが恋愛ゲームだったら大事なイベントだけど、現実では単なる衝突事故なんだからねっ! 勘違いしないでよねっ!」

 

「は……?」

 

 ぶつかった相手が支離滅裂な言葉をぶつけてくる。

 声は女のものだった。

 夜目に慣れてきたその目が、声の主を捉える。

 髪の色は多分ピンク、そして……

 

「角……?」

 

「きゃー! どこ見てるのよぉ。今私のご立派な角みて如何わしいこと考えてたでしょ!」

 

「か、考えるか! お前いったいなに――くそっ、こんな事してる場合じゃなかった!」

 

「なに? 笹食ってる場合じゃねぇ?」

 

 自分が今追われていることを思い出して、立ち上がる。

 しかし遅かった。

 

「――ようやく追い詰めたぞ、侵入者め」

 

 自分が来た道から、そしてぶつかったピンク髪の女が来た道、もう一つの道。

 全て武装した連中に塞がれ、既に囲まれていた。

 やられた、誘い込まれたのだ。

 よりによって自分の庭のようなこの貧民街(場所)で。

 とてつもない屈辱と敗北感が押し寄せてくる。

 

「……修羅場?」

 

 唯一部外者のピンク髪の女が首を傾げながら呟いた。

 

「……こっちの女は? 何か角が頭に付いてるが……」

 

「侵入者の仲間じゃないか? 亜人種のハーフ……にしては上玉だな」

 

 武装した男の1人がランタンをピンク髪の女に近付けて、値踏みするように観察する。

 

「ま、待て! こいつは何の関係もない――がっ……!」

 

 背後から槍の持ち手で首を絞められて取り押さえられてしまう。

 

「どうする?」

 

「仲間にしろそうじゃないにしろ、一緒に捕まえとけ。逃して騒がれても面倒だからな――おいお前、大人しくしてろよ」

 

 意識が途切れていく。

 脳が酸素を求めるが、首を圧迫されていてはそれもマトモにできない。

 くそっ……こんな、ところで――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が徐々に覚醒する。

 ボヤけた視界に最初に飛び込んできたのは、石の床と自分の素足だった。

 ……ズボンとブーツはどこに?

 というか妙に肌寒い……

 

「…………は?」

 

 少しずつだが脳が状況を理解していく。

 簡潔に言ってしまえば、自分は今下着姿だった。

 さらに情報を得ようと脳が命令してきて、とりあえず立ちあがろうするが――

 両手が背後の何かに繋がれて上手く動かせず、立ち上がれなかった。

 首は動くので、視界を右手の方にまず向けてみた。

 ――自分の右手首が、縄で手首と結ばれていた。

 その手首は、自分の左手首のものではなかった。

 誰か別の左手首、自分よりも細くて白い柔肌の――

 

 

 

 

「――起きたぁ?」

 

 背後から、あのピンク髪の女の声がした。

 

「簡単に状況教えてあげるねぇ。私たち下着姿かつ背中合わせにされて、互いの手首を繋げるように縛られてまーす。きゃー、これで一蓮托生、絶対絶滅。いやでも良かったねぇ。もしこれが小説じゃなくて絵とか付いてる系だったら、今頃私たち読者さんたちのオカ――うん流石に自重しよう!」

 

 喧しい上に意味不明だった。

 錯乱している……のだろうか?

 この状況なら無理もないが……

 

「あ、ちなみに服ひん剥かれただけで、変なことはお互いされてないよぉ。何かボスの許可がどうのこうの言ってたけどぉ。R18の方じゃなくてセーフセーフ」

 

「…………そうか、巻き込んでしまって悪いな」

 

「別にいいよぉ、偶にはこういうのも悪くないからねぇ。この前は確か……国境を越えようとしたら反乱軍と間違われて、一緒に処刑されそうになった時だっけかなぁ――いや待てよ、牢獄から皇帝と一緒に脱出した方だっけ?」

 

 あれだっけこれだっけと、どんどんエピソードがピンク髪の女の口から出てくる。

 流石に冗談の類……だよな?

 それともこの女が噂に聞く亜人種のハーフなら、見た目通りの年齢ではないのか?

 

「……それよりここは――」

 

「何かでかい屋敷の地下牢みたいだよぉ。門のところにネコちゃんみたいな紋章があったよ」

 

「……なんだと?」

 

 それが事実なら、()()()だ。

 はやくここから脱出して、目的を果たさなければ。

 自分たちを捕らえた連中は実に抜けている。

 侵入者を、それが侵入しようとした場所に監禁するなんて。

 

「ち、ちょっとぉ? 暴れないでよぉ。いたたた」

 

 再び立ちあがろうとするが、やはりどうしても背中のピンク髪の女(荷物)がそれを阻害する。

 

「いいからっ、タイミング合わせて立つぞ。このままじゃ2人とも、人買いの所とかに連れてかれるぞ!」

 

「えぇー、そうなのぉ? 同じご主人様に買われる(クラスメイトになる)といいねぇ。部活何にするか決めた?」

 

 わかった、こいつ錯乱とかしてるわけではない。

 能天気過ぎるか、確信犯だ。

 

「頼む、アタシにはやらなきゃならない事があるんだ!」

 

「うーん…………じゃあここを脱出するまで協力しろってことぉ?」

 

 そうだ、と返答する。

 

「そっかぁ、じゃあ代価ちょーだい」

 

「代価……? こんな状況で何を――」

 

「状況なんて関係ないなぁ。私はこのまま流れに身を任せても良いって思ってるしぃ。あなたが私に何かを求めるなら、それ相応の代価がいるって話だよぉ。どぅーゆーあんだーすたん?」

 

「……お前、傭兵とかか?」

 

「いや? かわいい悪魔ちゃんだよぉ」

 

 こんな時までふざけた事を抜かす。

 ……だが今ここで言い合っても時間の無駄だ。

 この屋敷の主人が戻ってくる前に、早いところ目的を達成しなくては。

 

「――いくらだ?」

 

「えーお金で払うのぉ? ……じゃあ金貨5枚かなぁ」

 

「ごま……ぼったくりも大概にしろ!」

 

 とんでもない大金だ。

 どうみても足元を見られてる。

 

「別にお金以外でも価値があれば何でもいいよぉ?」

 

「価値……? 悪いがそういうのは、金のみを信頼してる」

 

「そっかぁ、まぁ分かりやすいもんねぇ。もー、じゃあぶつかった件で少し値引きしてあげるよぉ。金貨4枚ね」

 

 あんまり変わってないではないか。

 

「……1枚」

 

「4枚」

 

「――2枚」

 

「4枚」

 

「…………3枚、頼む」

 

 これ以上は無理だと懇願するかのように言う。

 

「――はぁ、じゃー3枚ねぇ。その代わり最低保証プラン。簡単な指示にしか言う事きかないからねぇ。言うなればバッジなしでレベル100をバトルに出してるみたいな?」

 

 やはり言葉の意味は理解不能だった。

 

「決まりだな――とりあえず立つぞ。ケツが冷えて仕方ない」

 

 せーの、という合図で互いに背中を強く押し当てて支える。

 そして脚の力を使って、何とか立ち上がる事に成功する。

 

「それでぇ? この牢屋からはどうやって出るのぉ? お手ても結ばれたままだよぉ」

 

「…………」

 

 緊張感のない声で事実を言われる。

 幸いにも足は拘束されてない。

 横歩きなら移動できなくもないが……

 そもそも牢屋の鍵をどう開けるか。

 開けれそうか調べるにしろ、先に手を自由にするべきか……

 

「何か縄を切れそうなもの持ってないか?」

 

 一応聞いてみた。

 

「言葉のナイフならあるよぉ。ざぁこ♡よわよわ♡」

 

「すまん聞いたアタシが悪かった。黙っててくれ」

 

「ひどぉい」

 

 辺りを見回す。

 使えそうなものは――壁掛けの小さな蝋燭が目に入る。

 縄を焼き切れるか?

 だがこんな状態では両手を上げることも難しい。

 取れたとしても、火傷の問題がある。

 自分は良いとしても、巻き込んだこの女の柔肌に火傷を残してしまうのは少し抵抗があった。

 

「――そういえば見張りはいるのか?」

 

「いるよぉ。この牢屋をもし出たとしたら、右側に扉があって、そこの小さな詰所みたいな部屋に1人。ちなみに私たちの荷物とか服もそこにあるよぉ」

 

 ――それなら、賭けになるが見張りを利用するしかない。

 

「男か?」

 

「男の人だったよぉ。20代後半くらいの」

 

 ……ならば、やるしかない。

 

「なぁ、見張りを呼び出して牢の鍵を開けさせるっていうのはどうだ?」

 

「どうやってぇ?」

 

「何でもいいから、気を引くような――その、例えばだな……あー」

 

 その先を言葉にするのが躊躇われた。

 

「――あー、色仕掛けてきなぁ?」

 

 ピンク髪の女が察したのか、恥ずかしがる様子もなく言う。

 

「まぁ、そうだな……上手くいく保証はないが――不躾だと理解しているが、その……頼めたりしないか? アンタの方が見た目も良いし」

 

「別にいいよぉ」

 

 随分とあっさりと引き受けてくれた。

 自分のようなもうすぐで30を迎える女よりは、角が生えているとはいえ、容姿も整って若そうなこの女の方が適任だろう。

 

「んっ、ん……ねー! 見張りさーん! ちょっと来て欲しいなぁー!」

 

 媚びるような声色で、隣の詰所まで聞こえるようにピンク髪の女が声を出した。

 

「――なんだ。いっとくが、ボスが来るまでは絶対に出さないぞ」

 

 扉の開く音がして、すぐに牢屋の前に見張りの男が現れた。

 

「私ねぇ……おしっこしたい! お手洗い行かせて!」

 

「…………ダメだ、我慢できないならそこでしろ」

 

 当然、警戒される。

 そう簡単にはこちらの嘘には乗らないだろう。

 

「えぇー……じゃあせめてぇ、バケツとかにさせて欲しいなぁ。おねがーい、もしそうしてくれたらぁ――お兄さんが()()()()()()()()、ボスさんには内緒にしといてあげるよぉ」

 

「…………分かった、少し待ってろ」

 

 見張りの男が一度牢屋の前から立ち去り、間も無くしてその手に木製のバケツを持って戻ってきた。

 

「はやくはやくぅ」

 

「格子には近付くな、そこで待ってろよ」

 

 見張りの男が牢屋の鍵を開けて、中まで入ってきた。

 

「……本当に黙ってるんだな?」

 

「もちろーん」

 

 見張りの男の視線がピンク髪の女の柔肌を見つめる。

 バケツを放り投げるように置く。

 空いた手を伸ばして、その柔らかさを確かめようとする――

 

 

 

 そして、ピンク髪の女と位置を入れ替えるように勢いよく回転。

 その勢いを利用した自分の渾身の回し蹴りが見張りの男の顎を叩いた。

 ドサリと音を立てて、見張りの男は倒れる。

 

「……正直こんなに上手くいくとは思ってなかった」

 

「私もぉ、こんなお約束に引っかかる人本当にいるんだねぇ。びっくりー、色々と溜まってたのかなぁ? うちの読者さん達でもこんなのに引っかからないよ」

 

 気絶した見張りの男を見据えて、そんな感想を2人でこぼした。

 そして見張りの男からナイフを拝借、悪戦苦闘しながらも手首の縄を切ることに成功した。

 そして牢屋を出て、気絶した見張りの男を中に入れたまま鍵を閉めた。

 これで目を覚ましても多少時間稼ぎができるだろう。

 隣の詰所の部屋へ移動して、互いの服や荷物を回収する。

 

「準備できたか?」

 

「まってぇ、リボンの角度がいまいち――」

 

「あとにしろそんなの……!」

 

 なんてやり取りもしつつ、石の階段を静かに上がる。

 そして外に通じるドアを開けた。

 どうやら屋敷の内部ではなく、敷地内(屋外)の牢獄だったらしい。

 ――周囲に見張りの類は居なかった。

 たった1人の見張りとは随分と甘くみられたものだ。

 しかし屋敷の中は、大勢の見張りがまだいるだろう。

 捕まる前、自分は屋敷の中までは入れたのだが……想定より多い見張りの数に苦戦してしまい、あのように追いかけ回される羽目になった。

 今度はしくじらない。

 今度こそこの屋敷の主人の不祥事(秘密)を暴くのだ――

 

 

 

「ねぇ、次はどうするのぉ?」

 

 ピンク髪の女の声で現実に意識が向く。

 

「――そこの積み上がってる木箱を使って、塀の上まで登れそうか?」

 

「造作もないよぉ」

 

「じゃあお前はそれで脱出しろ」

 

 自分の言葉にピンク髪の女は首を傾げた。

 

「あなたはぁ?」

 

「まだやることがある、このまま逃げることはできない――街の噴水がある場所はわかるか?」

 

「わかるよぉ」

 

「よく見ると縁が浮いてる部分がある。それを持ち上げてみろ。アタシのへそくり(金貨3枚)が隠してあるから、持っていけ。達者でな」

 

 そんな一方的な別れを告げる

 そして自分は腰を低くして、忍び足で屋敷の方へと向かった。

 

「…………何で着いてくる?」

 

 だが、ピンク髪の女は自分の後ろをピッタリと着いてくる。

 

「いや、だってここを脱出するまで手伝うって契約(取引)だし。あなたが脱出しないなら私もできないよぉ。言うなれば、クエスト発生中は同行し続けるイベントキャラだねぇ」

 

「何を言って……いいから、アタシのことは放っておけ」

 

「だから無理なんだってぇ、脱出させたいならあなたも一回ここから出てよぉ」

 

「せっかく敷地内にいるんだぞ。時間も限られているし、そんな事出来るわけない」

 

「好きにしなよぉ。別に足手纏いにはならないよぉ? むしろ貴重なイベントキャラを使わないなんて勿体無いよ?」

 

 あーでもない、こーでもないと小さな声で言い合う。

 ――結局折れたのは自分だった。

 

「……言っとくが何かあっても見捨てるからな」

 

「はーい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 やぁ、かわいい悪魔ちゃんだよぉ。

 最近めいくゆあちょいすが出来てなくて、天秤ちゃんが空気だね!

 もう質屋に入れちゃおうかな!

 

「ここが例の主人の私室ね!」

 

「おい、静かにしてくれ」

 

 あの後何なかんやあって、屋敷の内部のとある部屋の中にいるよ。

 道中で軽く事情を聞いたんだけど、この街を執り仕切る集団――この場合ギャングみたいな組織って言った方がわかるかな?

 そんなギャングのグループが3つあって、お互いが上手い具合にバランスを保って秩序を形成。

 ここはそのうちの1つのギャングの屋敷なんだって。

 でもそいつが最近、他の2グループの縄張りを荒らしたり嫌がらせしたりと暴走。

 仕舞いには、どんな手品を使ったのか2グループの大事な金庫から中身をぜーんぶ盗んだんだって!

 すごいね!

 それで被害に遭った2グループが手を組んで、お灸を据えようとしたけど、遠回しの妨害や工作は何故か悉くが失敗。

 そこで正攻法で、不祥事や盗んだ金庫の中身の隠し場所を知り大義名分やらで社会的に抹殺するために腕利きの盗賊――私と一緒に捕まってた女の人だね!

 盗賊さんを雇ったんだって!

 

「――でも盗賊さん、その2グループのどちらでもない人なんでしょ? よくこんな危険な事引き受けたねぇ」

 

 盗賊さんが部屋を物色している間暇なので、そう聞いてみた。

 

「……盗賊稼業も本当はもう足を洗ったんだ。今は小さなキャバレーを経営してる」

 

 物色する手を全く緩めずに、盗賊さんが語り続ける。

 

「行き場のない女の子たちを拾っては、恩で縛り付けて働かせてる最低な店主だがね」

 

「えー、良い事してるのにそうやって悪ぶるのやめたらぁ? もっと自信持って!」

 

 ――今お前が言うなって思ったやついるな?

 そこのお前だよお前。

 雨の日に歩いてたら、靴底からじんわりと水が染み込んできて結局靴下がずぶ濡れになる呪いかけてやるからな。

 

「――先日、うちの店の子が1人暴行にあった。犯人は調べたらすぐに分かったよ。でも証拠不十分で法的には何も出来なかった。だから今アタシはここにいるのさ」

 

「へー、やっぱり優しい……ん、誰か来たよ」

 

「なに……?」

 

 部屋の扉が開いた。

 部屋に入ってくる人影が二つ。

 髭面の男と――馬面だ。

 馬をムキムキにして、二足歩行で歩いているような異形の存在だった。

 

「――これはこれは、牢屋から逃げたと思ったらここにいるとは驚きだ」

 

 髭面の男が髭を触りながら言う。

 

「――な、んだ。そっちのバケモノは……?」

 

 盗賊さんが馬の異形を目にして、その瞳を丸くする。

 

「彼女かい? 私のビジネスパートナーさ。挨拶してあげなさい」

 

 髭面が馬の異形を前に立たせる。

 

「――初めましてマダム、ワタクシは()()でございます」

 

 馬の異形から、女の声で自己紹介がされた。

 

「悪魔……だって? まさかお前――」

 

「そうとも、彼女と契約を結んで色々と仕事を頼んでいるんだよ」

 

 ――それが、髭面の男のここ最近の暴走の理由でもあり、説明でもあった。

 彼は悪魔の力を使い、他のギャングたちを出し抜いていたのだ。

 

「へー、まぁ何となくそんな気がしてたけどぉ」

 

「おや、もう1人おられたのですね。ご挨拶が遅れました、レディ――ん?」

 

 馬の悪魔が突然固まる。

 何か、信じられないものを見てしまったかのように。

 

「ん、んんー? ……………………あの」

 

「どぉしたのぉ? 私の顔に何かついてるぅ?」

 

 馬のような見た目なのに、その馬の顔からは人間のように滝汗が吹き出始めた。

 そしてか細い声で絞り出すように言う。

 

「――何故、ここにおられるので……?」

 

「えぇー、頭の中相変わらず高級ニンジンしかないのぉ? お前は仕事でここに、私も仕事でここに。それだけの話でしょ? 理解できたか?」

 

「っ…………! う、ぐっ――ちなみに仕事の内容をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

「この盗賊さんのお手伝いでーす♡お前はぁ? ほら、教えなよぉ」

 

「……こちらの紳士の、手伝いです」

 

「わぁ、よく言えましたぁ。えらーい、じゃあ互いの立ち位置もハッキリわかるよな?」

 

「……………………」

 

 もはや馬の悪魔は虫の息のような表情――馬だけど――をしていた。

 

「な、なんだどうした? あんな小娘が何だっていう? ほら、早く盗人どもを捕まえろ!」

 

 髭面が馬の悪魔に命令する。

 

「……失礼ながら契約者よ。その盗人どもには、あの方も含まれてたり……?」

 

 馬の悪魔が蹄の手を震えさせながら、山羊の角の少女に向けた。

 蹄を向けられた少女はニコニコと笑っていた。

 

「当然だろう! 早くしろ!」

 

「すぅー…………あー、まじかぁ――」

 

 それは、その命令は。

 馬の悪魔にとっては、死刑宣告、無理難題の類にしか聞こえなかった。

 ――だが契約をしている以上、高級ニンジン(対価)を前払いで貰っている以上。

 やるしかない、やらねばならないのだ。

 

「う、うぅ……お覚悟を!」

 

 ワンチャン――馬だけど――何とかなるかもしれない。

 悪魔の癖にそんな神頼みで、馬の悪魔は駆け出した。

 それは、死地に向かう覚悟ができた者にしかできない行動だった。

 勇敢、そして蛮勇を評価する者がもしいたのなら、間違いなく彼女を讃えるだろう。

 ――しかし、まぁあれだ。

 単純に、()()()()()()()()

 彼女はただ、のんびりと厩舎で過ごしていたら、突然やってきた暴風(理不尽)に厩舎ごと吹き飛ばされた。

 ただの、そんな不運だったのだ。

 一言でいうと、ドンマイ。

 山羊の角の少女が、指を鳴らした。

 

 

 

 「しぬがよい♡」

 

 

 

 「イワーーーーーーーク!!」

 

 

 

 馬の悪魔は突然足元に現れた火柱に飲み込まれ、炭となったのだ。

 ――その後、この街のギャングのグループが1つ減った。

 この街の歴史からすれば、それは大した事のない日常みたいなものだ。

 また均衡のために、別のギャングが現れるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………良物件だったのに……高級ニンジン食べ放題だったのに――」

 

「まぁまぁ、そのうちいい事あるさ」

 

 酒場のカウンターで、落ち込む馬の悪魔を、ガーゴイルの悪魔が慰める。

 

「そうだよぉ、また次頑張ろ! ふぁいと!」

 

「ワタクシを消し炭にした張本人に言われても……あ、何でもないです。消し炭にしてくださりありがとうございました!」

 

 

 

 

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