転生したらTSして悪魔になったので、ロールプレイします 作:メスシリンダーガキ
ちょっといつもより長めです!
「レイラちゃん。明日はお休みでいいよぉ」
「え……あ、そっか。マスターさんお出掛けする日だもんね」
一年に一回、酒場のマスターが必ず休んで酒場から出る日がある。
長い付き合いの天秤の悪魔はその理由を知っているが、レイラはまだ知らなかった。
気にならないと言えば嘘になる。
しかし、例え無口でもマスターが真面目な性格なのはレイラでも既に知っている。
その真面目なマスターが、自身の仕事を休んでまで出掛ける用事。
きっとそれは大事なことで、安易に踏み込んではいけない気がした。
だから今までレイラは、その理由を聞こうとはしなかった。
しなかったのだが——
「…………」
「あれぇ、すっごい『気になって胸がドキドキするの』って顔してるよぉ」
「いや、別にドキドキまではしてないよ?」
やはり気になるものは気になるのだ。
「じゃあ『気になる』までは合ってるんだぁ。へいマスター! 気になって午睡と夜しか寝れないレイラちゃんの為に教えてあげたらぁ?」
「それ普通に寝れてない?」
天秤の悪魔がグラスを持ったまま、人差し指だけグラスから離してマスターに向けた。
「…………」
当然、マスターは何も語らない。
というか語れない。
「あの、本当に気になっただけだから無理には——」
「別に良いってさぁ」
「良いんだ!?」
天秤の悪魔が適当に言っているだけかとも思ったが、マスター自身がジェスチャーで"構わない"と伝えている。
「…………」
「——『友人に会いに行くだけ』だってぇ」
天秤の悪魔がマスターの言葉を代弁する。
「友人……?」
頭のないデュラハンのマスターの友人……?
レイラの頭の中には、マスターのようなデュラハンがもう1人。
マスターとそのデュラハンで何か仲良くしていそうな光景が。
お互いに頭無いのに意思疎通は取れるのか?
というか何か絵面的にヤバくない?
「……何か余計に気になってきちゃった」
「あははは、そうだよねぇ。じゃあ特別に私がその友人について——え? それ以上は言わないでくれ? 何だか気恥ずかしい? 純情乙女か」
天秤の悪魔がグラスを置いた。
「——残念だねレイラちゃん。それ以上はまだマスターとの親密度が足りなくてイベントにロックが掛かってるみたいよぉ。地道に上げていこうねぇ」
「それって具体的にどれくらい……?」
「——80年後とか?」
「私もうお婆ちゃんか……」
そもそも寿命が足りるだろうか。
「ちなみに私のイベント全部解放するには、千五百年くらいかなぁ。未来の子孫に託していけばきっといけるよぉ」
「……私の子どもの子どもの子どもの——」
——そんな中身の無い、なんてことない2人のやり取りを、マスターは黙って見守る。
……ちなみに、本当に気恥ずかしいだけだ。
別に秘密にする必要も理由もない。
たが、仮に他人に話すのなら当の本人に許可を貰いに行くべきだろう。
だから、明日の
彼の墓標に聞くとしよう。
とある時代、とある領土、とある小国、とある孤児院。
2人の男児がいた。
2人の男児は戦争孤児だった。
同い年で、同じ村で産まれた。
片方は黒髪、片方は銀の混じった白髪。
黒髪の男児は物静かで、白髪の男児は周囲を笑わせるほど明るかった。
他人から見てもほぼ対照的な2人の男児。
仲は意外にも悪くはなさそうで、一緒にいる姿がよく見られたという。
——そんな2人にも共通点があった。
それは、剣士という憧れ。
孤児院をたまたま訪れた旅人が手にしていた剣に憧れ、目を奪われた2人。
最初は玩具の木刀から始まり、孤児院を出る年頃になって、ようやく2人は本物の剣を手にした。
「——なぁアルベール!」
「……なんだよ、グラム」
白髪の青年グラムが、黒髪の青年アルベールに言う。
「俺たち、どっちが強くなると思う!?」
「知らない、分からない」
孤児院から少し離れた森の中。
ほぼ崩壊した遺跡の跡地。
ここは2人の昔からの秘密基地だった。
「俺はな……お前の方が強くなる気がするぜ」
「そこは自分だって豪語するところだろ」
「へへ、だからよ。そんなお前を乗り越えて俺が最終的に強くなるってわけよ」
グラムが剣を素振りする。
「……そもそもこの先会えるか分からないだろ。俺は西へ、お前は東へ行くって決めたんだから」
「それなんだけどよ。年に一回、この日この場所で落ち合わないか? んで互いに剣の腕を確かめる。それで先に十回勝った方が最強ってことで!」
「——お前にしては良い提案だな。いいよ、乗ってやる」
最短で10年目、最大で19年目。
この期間でどちらが強いか——強くなったのか決められるのだ。
「おう、約束な。んじゃあ祝杯だぜ」
グラムが孤児院からくすねてきたブドウ酒を鞄から取り出した。
ご丁寧に2人が孤児院で使っていたカップまで。
「乾杯!」
「——乾杯」
青年アルベールは西へと旅立った。
特にアテはない。
とにかく剣の腕を上げられれば何でも良かった。
最初の数年は傭兵まがいの仕事をしていた。
そして約束の日には2人の秘密基地へ赴き、剣の腕を見せ合った。
そんな日々を送っていたある日、偶然彼はとある貴族を魔獣の襲撃から守った。
理由は簡単で、単純に助けたら謝礼金を多く貰えそうだと思ったから。
だが、アルベールの目論見は予想しなかった方へと進んだ。
礼をしたいからと、貴族の屋敷へと招待されたアルベール。
食事を摂り、一晩泊めてもらい、謝礼金を受け取った。
そのまま去ろうとしたら、その貴族に何故かえらく気に入られ、物凄い勢いで引き止められた。
そして、とある小国の騎士団の団長を紹介された。
さらにその団長にもえらく気に入られたアルベールは、殆ど流されるまま騎士団に入団させられ、彼は騎士となった。
騎士になってから初めて約束の日を迎え、落ち合い先の2人の秘密基地へ向かった。
与えられた黒色の鎧姿を見て、グラムにどんな反応されるだろうか。
おそらく笑われるだろうと思っていたら、何とグラムも鎧姿だった。
自分とは正反対の、白色の鎧。
お互いに目を見開いて、数秒間呆けてしまった。
そして互いに笑った。
偶然にも、グラムも自分も似たような経緯で別の国の騎士になったらしい。
「おう、じゃあ今回からこれは決闘になるわけだな!」
「確かにな。なら互いに仕える国のために、余計に負けられなくなったな」
鎧姿で剣を構える2人の騎士。
片や大剣、片や二刀の片手剣。
2人の剣の腕はまだ互角だった。
一勝しては、次の年には負ける。
その流れを繰り返して、繰り返して——
18回目の決闘で、互いに9勝9敗になった。
次の年、19回目の決闘で全てが決まり終わる。
——しかし、運命というのは酷いものだ。
その年から、騎士アルベールが仕える小国と、騎士グラムが仕える小国が対立し、戦争が始まろうとしていた。
「…………」
胸に棘が刺さったままのような気分のまま、アルベールは日々を過ごす。
気が付けば騎士団の団長にまで上り詰めた彼は、張り詰めて固まってしまった身体や心をほぐすために、鎧は脱いで城下町を歩いていた。
重圧、責任感から少しだけ逃避したかったのだ。
——そんな逃避からの散歩中に、少女に絡んでいる2人組の男がいた。
少し離れて会話を聞くと、どうやら2人組の男が一方的に少女を誘っているようで、何とも下品な言葉が耳に入ってきた。
戦争が始まるかもしれないという噂や雰囲気が民にも伝わり、結果的に治安が少し悪化している。
そして国の外からもこうした輩が我が物顔で入国してくるのだ。
鎧は今は着ていないが、治安維持も騎士の務めだ。
アルベールは介入し、2人組の男を鎮圧した。
ちなみに話し合いは無理だったので、最終的に力技になってしまったが。
「——ありがとぉ、お兄さん。そろそろ渾身の蹴りを出さなきゃいけないところだったよぉ」
絡まれていたのは、ピンク髪の少女だった。
確かにこの容姿なら男に言い寄られてもおかしくはない。
「……家は近いか? 念のため送ろう」
何もない場所に蹴りを繰り出す少女に提案する。
「大丈夫だよぉ。それに買い出しの帰りだから、今向かってるのは酒場なんだぁ」
「酒場?」
「そぉ、勉強のために酒場で働いてるのぉ。そんなわけで今度飲みにきてねぇ。お礼するからさぁ」
そうして少女は酒場の場所を口頭で伝え、手を振りながら元気よく去っていった。
思ったよりも逞しい性格なようだ。
助けはいらなかったのかもしれない。
「——戻るか」
気分転換の散歩もそろそろ終わらさなければ。
——戦争が起きたら、己は戦場で友を斬れるのか?
その答えは結局出せなかった。
……だから、せめて2人の決闘に決着は付けておきたい。
アルベールの心からの願いだった。
そして、19年目の約束の日。
アルベールとグラムはいつもの場所で落ち合った。
「……戦争は始まってしまう。だが、その前にこの日を迎えられて幸運だったな。グラム」
「——あぁ」
ついに宣戦布告も出され、互いの国が衝突の準備を進めていく中、幸運にも2人の約束の日はその準備が終わる前に迎えられた。
戦場で友と戦い、斬り合うよりも——
互いの約束の決闘を、その結果を出せるこの日を迎えられた。
結果がどうあれ、この決闘さえ乗り越えれば未練はなくなる。
例えこの後の戦争で命を落とそうとも。
例えその最中に友と斬り合うことになっても。
——例え、この決闘で死ぬことになっても。
心残りはなくなる。
「……そんじゃあ、これが最後の乾杯になるかな」
グラムがいつものように、ブドウ酒を取り出して、2つのカップに注いだ。
何故か毎年恒例になってしまい、決闘前のルーティンにもなっていた。
「「乾杯」」
最後の乾杯はどちらも少し物寂しさを感じるものだった。
「…………なぁ、アルベール」
ワイン酒を一気に飲み干し、剣のチェックをしていたアルベールに、乾杯したというのに未だにカップに口すら付けていないグラムが声を掛けた。
「なん…………っ!?」
アルベールが返事をしようとして、異変に気が付いた。
言葉が急に出なくなったどころか、身体中すら麻痺していた。
2振りの剣が手から落ち、アルベールの身体も地面に倒れ込んだ。
——アルベールの身体は毒に侵されていた。
「——アルベール」
カップを放り投げ、剣を手にグラムが倒れたアルベールに近付く。
「悪い、死んでくれ」
アルベールは友の悲痛に満ちたその声を最後に耳にして、その首を斬り落とされた。
2人の19回目の決闘はこうして終わりを迎えたのだった。
"お前の方が強くなる気がする"
あの言葉は本当に何となくそう感じたから。
でも、2年目の決闘でお前に負けてすぐに理解した。してしまった。
お前の方が俺より強いって。
自分の直感が正しかったのだ。
嬉しかったさ、もちろん。
戦争のせいで孤児になって、自分は泣きたいのを我慢して、泣き止まなかったお前の手を引いてひたすらに街まで歩いた。
歳は同じでも、自分の方がお兄ちゃんなんだって。
お前より強いから、お前を守ってやるんだって。
孤児院を訪れた旅人がその剣を見せてくれた時、自分も剣を極めてもっと強くなって、ずっとお前を守ってやるんだって。
——けど、俺はお前より弱かった。
だからすぐに追い抜こうと、必死に努力した。
次の年の決闘でお前に勝てたときは、安堵したよ。
これでまたお前を守れるようになれるって。
けどお前は、また次の年で俺を負かすんだ。
俺がどんなに努力しようが、お前は平気な顔でそれを簡単に飛び越えてくる。
年を重ねる毎に、お前との距離はどんどん離れていってしまう。
それでも必死に喰らい付いた。
勝って、負けて、勝って、負けて——
けど、限界というのは来るものだ。
ある年の決闘、ついにお前に2年続けて負けちまう。
そう直感したとき、あろうことかお前は
……いや、わざとではないのだろう。
無意識で手を抜いてしまったことくらい俺には分かっていた。
だが何故だ? この決闘の決着を出来るだけ長引かせたいからか?
19回目を迎えるまで引き延ばすつもりか?
——そんなに弱い俺を嘲笑いたかったのか?
なぜ、なぜ、なぜ俺は弱くてお前は強い?
俺が守る筈のお前が、なぜ俺より強いんだ?
——弱者が虚勢を張る姿がそんなに面白いか?
アルベール、弱いお前のままで居てくれ。
そうでないのなら、今すぐ死ね。
俺より完全に強くなる前に。
何も見えない、何も聞こえない、何も感じない。
狭く息苦しい小さな木箱に押し込められているような気分だった。
一言で言うと、とても最悪だ。
そんな空間で、ただ意識があるような感覚。
しかし絶え間なく、抗い難い眠気のようなものが押し寄せてくる。
気を少しでも緩めれば、すぐに眠ってしまうほどの。
しかし、何となくわかる。
眠ってしまえば、二度と起きれないと。
それはダメだ、俺にはまだやる事がある。
だが何もできない。
ひたすらに眠気に耐えることしか。
——どれくらいの時間が過ぎたのか。
時間が経つにつれ、眠気に耐えるための意識すら薄れていく。
諦めない、俺は諦めない。
何も成せずとも、最後まで足掻き通して——
「——もしもーし?」
——通して?
「わぁびっくり。まさかと思ったけどまだ魂がしがみついてるよぉ。未練タラタラちゃんなんだねお兄さん」
声が聞こえた。
何処かで聞いた少女の声だった。
「ぜーんぜん酒場に来てくれないし、戦争始まってあっという間に国は負けちゃうし、何かお兄さんの首が晒しものにされてたし——でもマーキングは生きてるから、探してみたらあらまびっくり。未練のせいでアンデッドになり掛けてるのに、要の頭がないせいで中途半端な死体になってるお兄さんのボディがこんな場所に遺棄されてるだなんて……暗殺でもされたのぉ?」
こっちは驚いて——驚かなくてもそうだが——何もできないのに、少女は一方的に語り掛けてくる。
「まぁとりあえず落ち着いて話そうよぉ。こんな場所よりもっと良い場所あるからさぁ」
暗闇から光が漏れだした。
白く細い手がこちらに伸びてきた。
その手を、ゆっくりと掴んだ。
「一名様ごあんなーい♡」
そして、思いっきり引っ張り上げられた。
「——ここは?」
見渡す限りの赤色。
空と地面も真っ赤。
「……俺は——」
「もう死んでるよぉ。体にしがみついてた魂だけ連れてきたんだよぉ」
気が付けば、目の前の岩に腰を掛けた少女がいた。
「君は確か……」
「はぁい、お久しぶりー」
手をヒラヒラと振る少女。
その動作で完全に思い出した。
「——————」
「わかるよぉ。聞きたいこといっぱいあるもんねぇ。でもごめんね? 正直お兄さんの魂も限界だから、先に本題を話すねぇ」
有無を言わせないといったように、何処からともなく少女と自身の間に金と銀の天秤が出現し、落下することなくその場に浮かぶ。
魔法の類だろうか?
「——このままだと、お兄さんの魂は未練を抱えたまま体から離れてしまいまーす。そうなると自我すら消えて、ひたすらに生者を襲うゴーストになるルートかなぁ。きゃーたいへーん」
少女が緊張感のない声で続ける。
「でもお兄さんは幸運だねっ! この私と縁が出来てたお陰で何と——お兄さんをちゃんとしたアンデッドにできちゃいまーす! いえーいパチパチ」
「…………君が何者かは分からないが、そこは生き返らせるとかではないのか?」
「えー、死者蘇生は無理だよぉ。仮に出来たとしても、人間1人が出せる代価じゃ絶対に足りないからね——だから、お兄さんの魂と死体を利用したアンデッド化。ちゃんと意識も自我も保ったままね」
浮かんでいる天秤が少女の手元へと勝手に移動する。
「というわけで、めいくゆあちょいす! このまま自我のないゴーストになるか、それともアンデッド化してワンチャン未練を何とかして楽になるか——選んでいいよぉ?」
「……選んだとして、君に何の得がある?」
見も知らぬ——というわけではないが、ほぼ他人の、しかも既に死んだという男に何故ここまでかまうのか。
「んー? 当然、見返りとして代価をもらうよぉ。それよりほらぁ、ちょっと急がないと時間がないよぉ?」
少女のその言葉と同時に、目眩のような感覚が襲ってきた。
先程の少女の言葉が本当なら、己はもう死んでいて、その魂も限界だという。
——消えるのか、ゴーストに成り果てるのか。
どちらも嫌だった。
このまま何も果たせないまま、己が消えていくのは。
それならば——
「——俺をアンデッドにしてくれ」
その宣言と同時に、天秤が金の方へ傾いた。
「はーい♡ じゃあ代価をくださーい。何くれるのぉ? 何を差し出すのぉ? 悩んでもいいけど時間はないよぉ?」
何処か楽しそうにする少女。
……確かに悩む時間もなさそうだ。
だが、元より差し出すものは即決できた。
「——全てだ」
「ほ?」
「俺の全てだ。アンデッドになり、もし未練を解消できたら——君の、君だけの騎士になろう。この魂が擦り切れ、完全に消えてしまうその時まで」
そもそも、差し出せるものはそれしかないのだ。
「…………」
少女は呆気に取られた様子だが、天秤が勝手に動く。
銀の方が勢いよく傾いた。
「——いいよぉ! 取引成立だね! やったぁ! ちょうど都合の良い奴隷——下僕? ……従者を探してたんだよぉ!」
腰を掛けていた岩から少女が飛び降りる。
そしてこちらに駆け寄った。
少女の細い手が自身の胸部に触れた。
「——そういえばお兄さん、名前は?」
「……アルベールだ。君は?」
「私? かわいい悪魔ちゃんだよぉ」
そうして、遅くなった自己紹介を交わした。
戦争は終結した。
殆ど一方的で、短期間の戦争だった。
敵国の主戦力である騎士団。
その士気に関わる
そしてグラムは、アルベールの兜を持って2人の秘密基地へと向かっていた。
切断した頭部の方は既に晒しものにしたあと、焼却されたので兜しか残っていなかった。
"いまさらなんのつもりだ"
"お前が殺したんだぞ"
己の心が己を責めてくる。
だが、友だった男の墓くらいは作るべきだ。
形に残るから。
それが己の罪なんだと、一生忘れないでいられるから。
「——わぁ自分勝手ぇ。でもそれが人間だもんね! 私は良いと思うよぉ!」
——やがて目的地の近くになると、ピンク髪の少女が遺跡の残骸にもたれかかって、果実を口にしていた。
「…………誰だ?」
「誰と言われてたら、私だよと答えるまでさ……それより本当に戻ってくるなんてねぇ。犯人は現場に戻ってくるてきな? 私はこっちから出向いてあげたらって言ったんだけどねぇ……おかげで何日も待つ羽目になったよぉ」
少女が果実の最後の一口を、やけに艶やかな仕草で食べる。
舌で絡め取り、口の中へと。
それは獲物を丸呑みする蛇のようだった。
「——ほら、お友達が待ってるよぉ? はやくいけよ」
そして瞬きの間に少女が消えてしまった。
……幻覚の類だったのか?
「…………は?」
あの場所へ戻ってきた。
兜の部分だけない、アルベールの鎧があった。
当然だ、彼の兜は自分の手にあるのだから。
しかし、その鎧はただ地面に倒れていたわけではなかった。
二振りの剣を自らの支えとするように地面深くに突き立て、その柄に籠手を置いている。
両膝を折り、地面に付けて、鎧に包まれた身体をわずかに前傾させ、そこに鎧は静かに佇んでいた。
それはまるで、意思のある姿勢。
何かを待っているかのような——
「まさか……アンデッド化!? そんな筈が——だってお前の頭はもうない筈——」
首のない死体。
伝承にはデュラハンというアンデッドがいる。
だがそのデュラハンも、処刑で首を落とされた直後、己の落ちた首をその手に抱えてアンデッドとして蘇ったとされている。
頭部が近くになければ、アンデッドにはならない、なれないはずだ。
じゃあ、あれは何だ?
今にも動き出しそうな、あのアルベールの鎧は何だというのだ?
「…………アルベール、なのか?」
名前を呼んだ。
鎧が、僅かに動いた。
それは、視線をこちらに向けるような僅かな仕草。
だがアルベールの鎧には、兜も頭部もなかった。
それでも、俺は今奴と視線が合った気がした。
「…………」
鎧が立ち上がった。
地面に突き立てた剣を支えに、片膝ずつゆっくりと立ち上がって。
「——何だよ」
手にした兜を地面に落としてしまう。
その勢いでコロコロと、兜は鎧の方へと。
やがて鉄靴に当たった兜を、鎧は拾い上げて、己の頭部に被った。
——兜の隙間から、赤い光が二つこちらを見つめてきた。
「なんだよ、なんなんだよお前は——死んでも俺をそんなに笑いたいのか……?」
それとも、復讐か?
あぁそうだろう。
自分を裏切って殺した男なんて憎いに決まってる。
「いいぜアルベール、こいよ……! 俺の新しい剣を見ろ! 今回の功績で陛下から頂いた聖剣だ! アンデッドになったお前にちょうどいいよな!」
剣を抜く。
鎧も地面に突き立てた二振りの剣を引き抜いた。
その構えは、確かにアルベールだった。
友よ、何がそんなにお前を追い詰めて変えてしまった?
——いや、俺のせいなのだろうよ。
すまなかった友よ。
気付けなかった己の不甲斐なさを恥じよう。
俺はただ、守られるだけの自分でいるのは嫌だった。
だからお前より強くなって、今度何かあったら俺がお前を守ってやれるようにと。
心の奥ではその想いがあった。
けど、お前と剣を打ち合わせる喜びは何にも勝るものだった。
心の底から、あの時間、あの決闘が楽しかった。
それだけだった。
しかしそれがお前を傷付けてしまっていたのなら、俺はとんだ間抜けだ。
お前も同じ気持ちだろうと思い込んで、自分だけ楽しんでいた。
赦してくれ友よ——
「——ぁ」
己の二振りの剣が、友を貫いた。
噴き出た血が刀身を伝ってくる。
「ある、べーる……」
グラムが力無く倒れる。
それを鎧が地面に倒れる前に支えた。
「…………すまん、なにしてるんだろうな俺は」
その表情は、憑き物が落ちたように穏やかだった。
「いや……なにがしたかったんだろうな——こうやって死にかけないと冷静にもなれない馬鹿で、ほんとうにすまん」
「…………」
お前が謝ることは何もない——いや、やっぱりある。
毒を盛ったのは流石にどうかと思うので、悔い改めてほしい。
「はは……ちゃんと地獄で反省しとくよ——あれ、お前の声がきこえるきがするな——なんでだろ」
何でだろうな。
頭部がないから声を発することはできない。
しかし、何故か視界は以前のように視える。
お前の顔が最後に見られて幸いだったよ。
「そうか——おれはもう視界が真っ白で何もわかんねぇ……」
…………無粋な提案なのは分かっている。
だが一応聞いておきたい。
お前はまだ生きていたいか?
俺はもう手遅れだが、今ならお前だけでもあの少女に頼んで——
「少女……? ……いや、いや……いい——俺みたいなクズはここでくたばっておくのが良い」
グラムの命の灯火が消えていく。
「おまえが来るまで、さきにまってるぜ。ずっと、待って——それがおれのつぐないに……」
グラムの乾いた口が最後に言葉をふり絞る。
「……なぁ、おれのいったとおりだったろ? おまえのほうが——」
灯火が消えた。
鎧は友の開いたままの瞼を、籠手を使って閉じた。
「——終わったぁ?」
あぁ、終わったとも。
だが最後に少し待ってくれ。
墓だけは作ってやりたい。
「いいよぉ、手伝おうかぁ?」
いや、大丈夫だ。
——そうして粗末だが、墓ができた。
「アルベールくんって意外と不器用さん? これじゃあすぐに風化してなくなっちゃうよ?」
……とはいえこれ以上どうしろというのか。
せめてマトモな道具があればもう少し良くできたかもしれないが。
「もぉ、しょうがないにゃあ」
少女が指を鳴らした。
……特に何も起きないが?
「人避けと、劣化防止してあげたんだよぉ。少なくとも数千年は持つよ!」
……それは凄いな。
ひょっとしなくても、人外の類なのか?
「いやだから悪魔ちゃんだって言ったじゃん」
……アクマチャンって名前ではなかったのか?
「は……? いやそれは種族名にちゃん付けしただけ——え、ガチで名前だと?」
……違ったのか。
「天然さん過ぎなーい? まぁ強いからいいけど……おーけー、じゃあもう一度だけ説明するね?」
少女が再び指を鳴らした。
すると、少女の頭に山羊の角が突然現れた。
「——名乗る名前はもうない。ただのかわいい山羊の悪魔だよぉ」
——悪魔か。
そういう存在がいるとは聞いたことがあるが、実在していたとはな。
「それよりぃ、取引の内容忘れてないよねぇ?」
あぁ、もちろんだとも。
剣を置いて、少女——悪魔の細い手を取り、面兜を押し当てた。
——騎士アルベール、この魂が朽ちるまであなたの剣となろう。
我が主人よ。
「……よろしくねぇ、騎士アルベール。私の騎士様」
主人が微笑む。
その笑みは、悪魔とは思えない人間らしさに溢れたものだった。
「じゃあ早速、酒場のマスターやってね!」
——なんて?
というわけで、自分の中で設定していた条件が達成されていたので、以前のアンケートのマスターの過去編でした。
皆さんの沢山の応援のおかげで、投稿することができました。ありがとうございます。まぁエタりそうだったら最後に投げるつもりでもありましたが…(小声
……変だな、すぐに投稿するつもりがちょっと手直ししたくて、気が付いたら5000文字くらい増えてしまったぞ……?