転生したらTSして悪魔になったので、ロールプレイします 作:メスシリンダーガキ
男は英雄だった。
祖国に仕え、祖国のために剣を振るい、祖国のためにその身を捧げ続けた。
たった一人、その強さ故に国からも人々からも恐れられた英雄は、その命を終えようとしていた。
「ぅ……まだ、生きているのか俺は――」
深い渓谷の谷底で英雄は呟く。
英雄は祖国に裏切られたのだ。
兵たちに渓谷の上から突き落とされ、そしてその頑丈さと強さ、生まれ持っての加護のせいでまだしぶとく生き残っていた。
……だが、英雄にはわかった。
この大怪我ではこの場から動く事もできず、やがてはその身に宿した加護の力も限界を迎えるだろう。
英雄はどう足掻いてもやがて死を迎えるのだ。
「…………」
英雄はそれを受け入れる。
全く後悔がない、といえば嘘にはなる。
だが祖国や人々に恨みの感情は抱かなかった。
最終的には恐れられてしまったが、かつては彼らが英雄を深く尊敬し、敬愛し、頼りにしてくれたこと。
その事実がある以上、英雄に未練はなかった。
――それに死の淵に立つことで、己の本音が少し理解してできた。
あぁ、やっと終われるのだと。
祖国に仕えて90年ほど、英雄は少しばかり長生きし過ぎたのだ。
英雄はそっと目を閉じて、その終わりが来るのを静かに待った――
「こんにちはー」
……静かに待った。
「あれぇ、もうくたばっちゃった? おーい、こんにちはぁ」
……静かに待てなかった。
英雄はその女の声に、目を再び見開いた。
目の前には、いつの間にか山羊の角を頭から生やした少女がいた。
「……これは、幻覚と幻聴か? やれやれ、歳は取りたくないものだ」
「え、わかるぅ。長生きするともうキャラがブレブレ、最早最初の自分がどんなだったかもう思い出せない今日この頃。あ、でもちゃんと童貞は卒業してた……はず!」
言っている事は理解できなかったが、幻覚は英雄の言葉に反応してそう返した。
「……何者だ?」
「何だかんだと聞かれたら答えてあげるが世の情け――はぁい、おじぃさんより長生きしてる悪魔でーす。よろしくぅ」
悪魔、それは悪鬼羅刹の類だと英雄は教わっていた。
英雄は突き落とされてなお、手放さなかった剣を鞘から抜いて
「……その怪我で何で動けるのぉ? さっき語り部で動けないって言ってたよね、ね?」
英雄は剣を構えて、その場で振るった。
剣戟は常識を逸脱し、衝撃となって悪魔を名乗る少女――の背後に居た野生の魔獣を切り裂いた。
「……ほぇ?」
「話の邪魔になりそうだったのでな」
英雄はそう言って、剣を鞘に戻してから倒れ込むように地面に座った。
「うわぁ、マジもんの
「悪魔を名乗る輩にそう言われるのは心外だな――それで? 悪魔が死に掛けの老体に何の用かな?」
英雄が悪魔に問い掛ける。
「うーん、何か
「……取引、か」
「そぉ、取引。このまま呆気なく死にたくないでしょ? 私と取引してくれればぁ……怪我も完治ついでに若返って第二の人生を! とか、おじぃさんを裏切った国を滅ぼしたり――」
悪魔がその続きを言うことはできなかった。
英雄から発せられた殺気にも似た気配に気付いたから。
「――ちょっとお仕置き……いや意趣返ししたりとか――できますよ?」
だから悪魔は当たり障りのない言葉に言い換えた。
「すまないが、どちらも興味はないな」
そして英雄の答えは決まっていた。
だからこその即答だった。
「……そっかぁ、つまんなーいのぉ。じゃあ帰りまーす」
悪魔が口を尖らせて、拗ねたように言う。
「待たれよ」
それを英雄が引き留めた。
「提示された取引には興味はないが、せっかくこんな場所まで来てくれたのだ。
「え、本当に? いいよいいよ、そうこなくっちゃ。それでどんな取引がお望み? おっぱい触る? デフォルトだと大きめだけど、小さいのがお好みなら頑張って調整して――」
「それも興味はない――そうだな、『俺が命を終えるまで話し相手になってくれ』というのはどうだ?」
「ちっ、枯れてるなぁ……逆に聞くけど本当にそんな取引で良いの?」
「構わない、死に掛けには充分すぎる取引だ」
「ふーん……じゃあ取引始めようか。めいくゆあちょーいす。今回も選ぶ余地ないけどね!」
悪魔が指を鳴らす。
英雄の前に金と銀の天秤が現れた。
「――あぁなるほど、天秤の悪魔とやらか」
「そー、なんかあのクソ本出てから知名度上がってるなぁ……じゃあ代価に何をくれるのかなぁ?」
金の皿には既に一枚のカードが浮かんでおり、天秤は金の方に傾いていた。
「ではこれを」
英雄は躊躇いもなく、己の剣を天秤にかざした。
銀の方に勢いよく天秤が傾いた。
「……またこのパターンかよ、もう五話目なのに天秤ちゃんが天秤してないじゃん。詐称詐欺で法廷にも問答無用で来てもらうしかないなもう」
天秤の悪魔の言うことは英雄には理解できなかった。
だが英雄がかつて読んだ著者不明の本にも、天秤の悪魔の言うことはほぼ意味のない独り言という記載があった。
つまりこれがそうなのだろう。
「取引はこれで成立できるのかな?」
「まぁおじぃちゃんがそれで良ければ」
「では取引成立だな」
「……取引成立ー」
ここに天秤の悪魔の取引が成立した。
代価である英雄の剣が英雄の手から離れて、天秤の悪魔の手に渡る。
すると――
「ぃ……!? あっつ!?」
剣を手にした天秤の悪魔の手が、じゅうじゅうと焼けるような音がして、慌てて剣を手放した。
その細く白い手には火傷が残っていた。
「む……大丈夫かね?」
「――おじぃさん、これ相当ヤバい神剣じゃん。どこで手に入れたのこんなもの」
「気が付いたら俺の元にあった」
「なにそれぇ……ていうか代価に神剣出されたの初めてだよぉ。何でこんなの代価にしたのぉ? 出血ゲージ溜め過ぎて発狂でもしちゃった?」
天秤の悪魔が正気を疑う目で英雄を見つめる。
オッドアイの金色の瞳の方、その瞳は既に人のモノではなく、瞳孔は山羊のような細長いモノに変貌していた。
その瞳にほんのりと敵意、警戒の念が込められているのが英雄には分かった。
「すまない、害する意図はなかった。代価にしたのは、その剣は人の手には余る代物だ。ここで俺の屍と一緒に晒しては、また人の手に渡ってしまうだろう」
「だからって
「はは、どうだろうな」
天秤の悪魔の瞳孔が人のモノへと戻る。
「はぁ……お間抜けな私が悪いかぁ」
天秤の悪魔が地面に放置されていた神剣に手をかざす。
すると神剣が姿を消した。
「まぁいっか。代価には基本的に執着しないけど、
悪魔が仕切り直すように、両手で手を叩く。
火傷の跡が綺麗さっぱり無くなっていた。
「じゃあお話しよっか、あなたが死ぬまで。あ、お酒あるけど飲む?」
そうして、英雄は終わりを迎える時まで、天秤の悪魔と呼ばれる存在と過ごした。
「――逝ったか」
天秤の悪魔が立ち上がった。
既に骸になったソレを見据える。
「はー、喋り過ぎて疲れた。ていうか死に掛けとか言いながら結構時間掛かってるじゃん」
陽光で照らされていた渓谷の谷底は、既に闇に包まれていた。
取引は終わった、あとは仕事終わりの一杯をして、新しいコレクションの飾り方を考えよう。
そう考えながら立ち去ろうする悪魔。
しかし後ろ髪を引かれたように、かつて英雄だった骸に視線を向ける。
「…………」
まぁ、代価が代価だったしサービスだ。
天秤の悪魔はその場に墓を一つ作ってから、今度こそ立ち去った。