そらのおとしもの -sigma-   作:effutod

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#14 爆破!!

夏休みの宿題は、いったん見なかったことにした。

 

正確には、見た。

 

見て、そっと閉じた。

 

今の状態で宿題を始めたら、数学の小テストどころでは済まない気がしたからだ。

 

悠は戻っていない。

 

いや、そこにいるのは悠の姿をしている。

 

けれど、俺が「悠」と呼んでも反応しない。

 

「ユゥ」とそはらが呼んでも、反応しない。

 

「紫月悠」と呼んでも、わずかに瞳が揺れるだけだった。

 

反応するのは、別の名前だった。

 

「エリュシオン」

 

「はい」

 

即答だった。

 

その速さが、毎回少しだけ胸に刺さる。

 

そんな状態のまま、夏祭りの日が来た。

 

「本当に連れていくの?」

 

そはらが、不安そうに聞いた。

 

俺は玄関先で、浴衣姿の悠を見る。

 

会長がどこからか用意した浴衣だった。

 

紫がかった銀色の髪は、今は偽装して黒に近い紫になっている。

羽も装甲も出ていない。

 

見た目だけなら、少し無表情な悠だった。

 

見た目だけなら。

 

「家に置いていく方が怖いだろ」

 

俺が言うと、そはらは否定しなかった。

 

イカロスは隣で静かに立っている。

 

プロテクトが解除されてから、イカロスも少し変わった。

 

命令には従う。

 

マスターは俺だと言う。

 

でも、前よりも少しだけ、自分で何かを見ている気がする。

 

「エリュシオン」

 

俺が呼ぶと、悠はこちらを見る。

 

「はい」

 

「今日は夏祭りだ」

 

「認識」

 

「人が多い。音も大きい。屋台もある。花火も上がる」

 

「周辺、ダウナー多数」

 

「ダウナー?」

 

「行動予測を低下させる要因。騒音、興奮、欲望、恐怖、接触、視線」

 

「祭りをそんな風に見るな」

 

「周辺環境負荷が高いと予測」

 

「そういう言い方やめろ」

 

悠は少しだけ首を傾げた。

 

「不適切?」

 

「祭りなんだから、もう少し楽しそうに言え」

 

「楽しそう」

 

悠は、その言葉を反復した。

 

「現在、該当反応の優先順位は低い」

 

そはらが小さく息を呑む。

 

俺は返す言葉を探したが、見つからなかった。

 

仕方なく、俺は歩き出す。

 

「とにかく行くぞ」

 

「命令形式を確認」

 

「違う」

 

俺は即座に言った。

 

「ただの声かけだ」

 

悠は一拍置いた。

 

「了解。同行します」

 

その返事は正しい。

 

正しいのに、やっぱり悠ではなかった。

 

-----

 

射的JUDASという店は、鳩に覆われていた。

 

店先が白い鳩で埋まっている。

 

その奥から、低い声が聞こえた。

 

「人は死んだら何処に行く……?」

 

「へ?」

 

俺が間抜けな声を出した瞬間、鳩が一斉に飛び立った。

 

ばさばさばさ、と羽音が夜店の明かりを揺らす。

 

そして、その奥から店主が顔を出した。

 

「――いらっしゃい」

 

「ねぇトモちゃん……」

 

そはらが、俺の袖を引く。

 

「なんかヘンだよこの射的屋さん……」

 

「俺もそう思う」

 

「店の中、銃ばっかりで……」

 

言われて見れば、棚に並んでいるのは銃ばかりだった。

 

短い銃。

長い銃。

連射できそうな銃。

明らかに町内会の射的屋で出てきてはいけない形の銃。

 

けれど、肝心の景品がない。

 

守形先輩が店内を見回し、静かに言った。

 

「フム。景品が一つも見当たらないな」

 

「あれっ!? ホントだっ!!」

 

俺が叫んだその時、背後から楽しそうな声がした。

 

「祭りとは――何?」

 

振り返ると、会長がいた。

 

いつもの笑みを浮かべ、夜店の明かりを背に立っている。

 

嫌な予感しかしない。

 

「祭りとは本来……町中が一体となって楽しむものではなくて?」

 

「いや、まあ、そうかもしれませんけど」

 

「なのに昨今の祭りときたら、各々が勝手に夜店をまわるだけ……」

 

会長はそこで、にこりと笑った。

 

「そこで――」

 

俺は聞きたくなかった。

 

「我が五月田根家(さつきたねけ)でプロのテキ屋を呼んでみました♪」

 

「町中で一緒に楽しめるように♡」

 

「嫌な予感しかしない!」

 

会長は俺の叫びを完全に無視した。

 

「ルールは簡単。このコルク銃でサバイバルゲームを行い、最後まで生き残った一人に豪華景品をプレゼント」

 

「豪華景品?」

 

俺が聞くと、会長は嬉しそうに頷いた。

 

「ええ」

 

一拍置いて、会長は言った。

 

「現金一千万」

 

その瞬間、空気が変わった。

 

町内会の大人たちの目が光った。

 

子どもたちまで本気の顔になった。

 

そして、老人たちまで立ち上がった。

 

「一千万……」

 

「現生……」

 

「勝てば一千万……!」

 

「老後資金じゃ……!」

 

祭りの空気が、一気に殺気立つ。

 

俺は頭を抱えた。

 

「会長! 祭りの規模じゃないです!」

 

「盛り上がっているでしょう?」

 

「盛り上がり方が違う!」

 

会長は手を叩いた。

 

「では、参加者は好きなコルク銃を選んでちょうだい」

 

参加者たちが店に群がる。

 

俺も仕方なく銃を取った。

 

そはらは普通の短い銃。

 

イカロスは、当然のようにガトリング型のコルク銃を持っていた。

 

「待て」

 

「はい、マスター」

 

「それは何だ」

 

「コルク銃です」

 

「形が違いすぎる!」

 

イカロスは首を傾げる。

 

「連射性能が高いです」

 

「祭りで性能を見るな!」

 

そして、悠は狙撃銃型のコルク銃を二丁持っていた。

 

一丁ではない。

 

二丁だった。

 

「おい」

 

俺は嫌な予感を覚えながら言った。

 

「何で二丁持ってる」

 

「射撃間隔を短縮するため」

 

「狙撃銃を両手に持つな!」

 

「左右別目標への同時対応が可能」

 

「町内会の撃ち合いでやることじゃない!」

 

悠は反応を変えない。

 

首筋の発光環が静かに回る。

 

「勝利条件確認。最後まで生存すること」

 

「いや、遊びだからな?」

 

「生存競争と判断」

 

「判断するな!」

 

会長が楽しそうに旗を上げた。

 

「それでは、競技――初めっっ!!」

 

その瞬間、参加者たちが一斉に動いた。

 

屋台の裏。

神社の階段。

鳥居の影。

提灯の下。

森の中。

 

全員が必死に隠れる。

 

少なくとも、開始三秒までは。

 

悠の背中に、紫の羽が広がった。

 

「待て」

 

俺が止めるより早く、悠は飛んだ。

 

紫の影が、祭りの通りの上へ上がる。

 

「飛ぶなああああ!」

 

俺の叫びは届かなかった。

 

悠は空中で姿勢を固定し、両手の狙撃銃型コルク銃を別々の方向へ向けた。

 

照準器は覗かない。

 

ただ、祭りの範囲全体を見下ろしている。

 

「参加者位置、確認」

 

ぱす。

 

右手の銃が鳴った。

 

遠くの屋台裏で、一人落ちる。

 

「一名脱落」

 

ぱす。

 

左手の銃が鳴った。

 

神社の階段下で、もう一人が落ちた。

 

「二名脱落」

 

ぱす、ぱす、ぱす、ぱす。

 

右。

左。

右。

左。

 

屋台の裏。

鳥居の影。

提灯の下。

森の中。

 

隠れていた参加者たちが、次々と悲鳴を上げる。

 

「どこから撃たれた!?」

 

「上だ!」

 

「上って何だよ!」

 

「飛んでる!」

 

「神が……」

 

老人の一人が膝をついた。

 

「神がワシらを……滅ぼしに来たんじゃあ……!」

 

別の参加者が空を見上げ、震える声で呟く。

 

「この世の……終わりじゃ……」

 

悠は空中から淡々と告げる。

 

「勝利条件達成のため、全対象の無力化を継続」

 

「無慈悲に遂行するな!」

 

その時、別方向から重い連射音が響いた。

 

だだだだだだだだだだっ。

 

イカロスだった。

 

ガトリング型コルク銃を抱えたまま、白い羽を広げて空中に浮いている。

 

「マスター。敵性反応を排除します」

 

「お前も飛ぶな!」

 

イカロスのガトリングが、空中から祭りの会場を掃いた。

 

屋台の陰に隠れていた参加者。

神社の階段を駆け上がろうとしていた参加者。

提灯の下で伏せていた参加者。

 

どんどん脱落していく。

 

「空から撃ってくるぞ!」

 

「もう終わりじゃ!」

 

「この世の……終わりじゃ……!」

 

「神がワシらを……滅ぼしに来たんじゃあ……!」

 

「神が二人いるぞ!」

 

悠の狙撃が空から降る。

 

イカロスのガトリングも空から降る。

 

町内会の祭りは、完全に戦場だった。

 

会長は腹を抱えて笑っている。

 

「いいわね。予想以上だわ」

 

「会長!これ町内会の祭りですよね!?」

 

「ええ」

 

会長はにこりと笑う。

 

守形先輩は真顔で手帳に書き込んでいた。

 

「イカロスは火力制圧型。エリュシオンは空中狙撃制圧型。運用思想が異なる」

 

「分析してないで止めてください!」

 

その瞬間、イカロスのガトリングが横へ流れた。

 

弾が一斉に屋台の通りをなぎ払う。

 

「あら」

 

「む」

 

会長と守形先輩が同時に脱落した。

 

「守形先輩!?会長!?」

 

会長は少しだけ目を丸くした。

 

「あら、本当に当たったわ」

 

「脱落か」

 

「冷静に言ってる場合ですか!」

 

空中の悠が、次の標的を探す。

 

同じく空中のイカロスが、ガトリングを回す。

 

そして、二人の視線がぶつかった。

 

「対象イカロス、競技参加中」

 

悠が言う。

 

「勝利条件上、排除対象」

 

「待て待て待て!」

 

イカロスも静かにガトリングを向けた。

 

「エリュシオンを敵性参加者と判断します」

 

「お前らで戦うな!」

 

次の瞬間、空中で撃ち合いが始まった。

 

イカロスのガトリングが夜空を薙ぐ。

 

悠は羽を翻し、最低限の動きで回避する。

 

避けた弾は、地上の参加者に当たった。

 

「ぐわっ!」

 

「流れ弾!?」

 

「安全地帯はどこじゃあ!?」

 

「この世の……終わりじゃ……!」

 

悠が右手の銃を撃つ。

 

イカロスは羽を動かして回避する。

 

外れた弾は、屋台の陰に隠れていた老人に直撃した。

 

「なんでワシに当たるんじゃあ!」

 

続けて左手。

 

イカロスが身体を傾けて避ける。

 

その弾も、別の参加者に当たる。

 

「もう嫌じゃあ!」

 

「神がワシらを……滅ぼしに来たんじゃあ……!」

 

「神じゃない! 町内会のイベントだ!」

 

俺が叫んでも、誰も聞いていない。

 

イカロスは空中で無表情のまま撃ち続ける。

 

悠は同じく空中で淡々と軌道を変え、左右の狙撃銃を交互に撃つ。

 

祭りの会場中から、悲鳴が聞こえた。

 

「残存参加者、減少」

 

「減少させてるのはお前らだ!」

 

イカロスのガトリングがさらに回る。

 

だが、次の瞬間。

 

かちん。

 

音が止まった。

 

「……あ」

 

イカロスが、珍しく小さく声を漏らした。

 

ガトリングの弾が切れていた。

 

その一瞬。

 

悠は逃さなかった。

 

空中で両手の銃を揃える。

 

照準器は覗かない。

 

ただ、銃口だけがイカロスを向く。

 

ぱす。

 

乾いた音が一つ。

 

悠の撃った弾がイカロスに着弾した。

 

祭りの通りが、一瞬だけ静まり返る。

 

「対象イカロス、脱落」

 

悠は淡々と言った。

 

イカロスは落ちた札を見下ろす。

 

「脱落しました」

 

俺は頭を抱えた。

 

地上には、脱落した参加者たち。

 

空には、紫の羽を広げた悠。

 

会長はまだ楽しそうに笑っている。

 

守形先輩はまだメモを取っている。

 

そはらは口元を引きつらせていた。

 

「トモちゃん……これ、夏祭りだよね?」

 

「俺にも分からなくなってきた」

 

悠は空中で周囲を見回す。

 

「残存参加者、確認中」

 

「まだやるのか!?」

 

「勝利条件未達成」

 

「もう十分だ!」

 

悠の視線が、こちらを向いた。

 

嫌な予感がした。

 

とても嫌な予感がした。

 

「対象、桜井智樹。競技参加中」

 

「……おい」

 

「対象、見月そはら。競技参加中」

 

そはらの顔が引きつる。

 

「え、私たちも?」

 

「勝利条件上、排除対象」

 

「待て! 俺たちは味方だろ!」

 

「競技上の味方識別は設定されていません」

 

「設定しろ!」

 

「現時点では全参加者が排除対象」

 

悠は両手の銃をこちらへ向けた。

 

「トモちゃん!」

 

「逃げろ!」

 

俺とそはらは同時に走り出した。

 

ぱす。

 

乾いた音がした。

 

俺に弾が当たった。

 

「速っ!」

 

続けて、もう一発。

 

ぱす。

 

そはらにも弾が当たった。

 

「きゃっ!」

 

俺たちはほぼ同時に立ち止まる。

 

悠は空中からこちらを見下ろしていた。

 

「対象、桜井智樹、脱落。対象、見月そはら、脱落」

 

「お前、幼馴染を撃ったぞ!」

 

「非致傷弾です」

 

「そういう問題じゃない!」

 

そはらは泣きそうな顔で悠を見上げた。

 

「ユゥ……」

 

悠は反応しない。

 

首筋の発光環が、静かに回っている。

 

「残存参加者、再確認」

 

そのときテキ屋のおっさんが現れた。

 

口には煙草。

片手には、古びたコルク銃。

 

さっきまで屋台にいたはずの男が、いつの間にか競技者として立っていた。

 

「忘れられちゃ困るな」

 

テキ屋のおっさんは煙草をくわえたまま、低く笑った。

 

「テキ屋ってのは、最後に出てくるもんだ」

 

「いや、出てこなくていいです!」

 

俺の叫びを無視して、テキ屋のおっさんは銃を構えた。

 

速かった。

 

町内会の遊びではない。

 

少なくとも、ただのテキ屋の動きではなかった。

 

ぱす、ぱす、ぱす。

 

連続して放たれたコルク弾が、空中の悠へ向かう。

 

悠は動いた。

 

大きく避けたわけではない。

 

身体をわずかに傾ける。

肩を引く。

羽の角度を変える。

 

それだけで、弾は全て悠のすぐ横を通り過ぎた。

 

「避けた!?」

 

そはらが声を上げる。

 

けれど、悠は避けただけではなかった。

 

避けた体勢のまま、両手の狙撃銃型コルク銃を下へ向ける。

 

照準器は覗かない。

 

視線も、ほとんど動かない。

 

ぱす。

 

音は一つに聞こえた。

 

けれど、弾は二つだった。

 

右手と左手。

 

ほぼ同時に撃たれた二発のコルク弾が、同じ瞬間、テキ屋のおっさんに着弾した。

 

近かった。

 

避けた直後の、ありえない体勢からの、近距離同時射撃だった。

 

テキ屋のおっさんは、煙草をくわえたまま静かに膝をついた。

 

煙草が、ぽとりと地面に落ちる。

 

「――成仏」

 

「してない! ただ脱落しただけ!」

 

テキ屋のおっさんは、煙草の落ちた地面を見つめながら、ゆっくり倒れた。

 

会長が楽しそうに拍手する。

 

「勝者、エリュシオン!」

 

その言葉に、悠の首筋の発光環が静かに回った。

 

「勝利条件達成を確認」

 

俺は空を見上げた。

 

紫の羽を広げた悠が、祭りの明かりの上に浮かんでいる。

 

一千万を勝ち取ったのは、間違いなく悠だった。

 

けれど、そこにいるのはやっぱり悠ではなかった。

 

そう思った、その時だった。

 

悠の視線が、倒れたテキ屋のおっさんから、地上の俺たちへ向く。

 

そはらが、泣きそうな顔のまま見上げていた。

 

「ユゥ……」

 

いつもなら反応しない呼び方。

 

そのはずだった。

 

けれど、悠の瞳が、ほんの少しだけ揺れた。

 

「……」

 

悠は何も言わない。

 

ただ、少しだけ首を傾げる。

 

それから。

 

ほんの一瞬だけ、口元が緩んだ。

 

笑った、ように見えた。

 

冷たい処理の結果ではない。

 

勝利条件を達成したからでもない。

 

どこか困ったような、少しだけ楽しそうな、昔の悠に近い笑い方だった。

 

「今……」

 

俺は息を止めた。

 

そはらも目を見開く。

 

「ユゥ?」

 

悠はすぐに表情を戻した。

 

首筋の発光環が静かに回る。

 

「賞金受領手続きへ移行」

 

「戻るの早いな!」

 

思わず突っ込んだ。

 

でも、胸の奥に少しだけ熱いものが残った。

 

完全には戻っていない。

 

まだ、悠と呼んでも返事はしない。

 

それでも。

 

今、ほんの少しだけ。

 

そこに悠がいた気がした。

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