そらのおとしもの -sigma-   作:effutod

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#17 帰宅!!

翌朝。

 

五月田根家(さつきたねけ)の朝食は、やっぱり豪華だった。

 

昨日、家が壊れた。

獄門湯で龍の竜巻に殺されかけた。

悠は天女扱いされた。

 

それだけでも十分すぎるほど濃い一日だったのに、朝食は何事もなかったように出てきた。

 

俺は味噌汁を飲みながら、隣の悠を見た。

 

悠は箸を持っている。

 

食べ方は普通だ。

 

いや、普通に見える。

 

けれど、完全に戻ったわけではなかった。

 

「悠」

 

俺が呼ぶと、悠は少し遅れてこちらを見た。

 

反応した。

 

昨日までなら、無反応だった。

 

でも、返事はまだ硬い。

 

「呼称、紫月悠への反応を確認」

 

「そういう返事じゃなくて」

 

「応答内容、調整中」

 

「朝から調整するな」

 

そはらが、少しだけ笑った。

 

その笑い方にも、安心と不安が混ざっている。

 

イカロスは向かい側で、静かにご飯を食べていた。

 

昨日より、少しだけ表情が柔らかい気がする。

 

「イカロス」

 

俺が聞く。

 

「昨日、眠れたのか?」

 

「はい」

 

「夢は?」

 

「見ました」

 

守形先輩の箸が止まった。

 

「内容は」

 

「エリュシオンと戦闘していました」

 

「朝飯中にする話か、それ」

 

イカロスは表情を変えない。

 

「私はガトリング型コルク銃を使用していました」

 

「まだ引きずってる!」

 

「エリュシオンは回避しました。しかし、最終的に私は弾を多数命中させました」

 

悠の箸が、ほんの少し止まった。

 

「当機に?」

 

声は硬い。

 

でも、前より遠くない。

 

イカロスは悠を見る。

 

「はい。夢の中では、私が勝ちました」

 

「勝利条件は?」

 

「不明です」

 

「不明なのに勝ったのかよ」

 

「はい」

 

イカロスは少しだけ目を伏せた。

 

「ですが、勝った後、マスターは悲しんでいませんでした」

 

俺は言葉に詰まった。

 

イカロスは続ける。

 

「そのため、悪い夢ではないと判断します」

 

悠は黙った。

 

箸を持ったまま、少しだけ視線を落とす。

 

「それは」

 

まだ硬い声だった。

 

けれど、言葉を選んでいるようにも聞こえた。

 

「削除しなくていい記録です」

 

イカロスは悠を見る。

 

「消さなくて良い記録」

 

「はい」

 

悠は小さく頷いた。

 

「マスターが悲しんでいない記録なら、残す価値があります」

 

俺は思わず口を挟んだ。

 

「記録じゃなくて、思い出だろ」

 

悠がこちらを見た。

 

「思い出」

 

「そうだよ」

 

俺は味噌汁の椀を置く。

 

「夢で見たことでも、起きてから覚えてて、消したくないなら、それはもう思い出でいいだろ」

 

イカロスは少しだけ目を瞬かせた。

 

「夢も、思い出になりますか」

 

「なるんじゃないか?」

 

俺は少し照れくさくなって、視線を逸らした。

 

「少なくとも、消さなくていいなら」

 

イカロスは黙った。

 

それから、小さく頷く。

 

「では、これは思い出として保持します」

 

悠はその言葉を聞いて、何かを考えているようだった。

 

金魚を水槽に戻したこと。

花火を見たこと。

獄門湯の龍を消したこと。

俺が無事だったこと。

 

たぶん、そういうものが、悠の中でゆっくり繋がっていく。

 

「思い出」

 

悠はもう一度、そう呟いた。

 

声はまだ硬い。

 

けれど、さっきより少しだけ低く、柔らかかった。

 

そはらが、そっと呼んだ。

 

「ユゥ」

 

いつもなら反応しない。

 

昨日までは、そうだった。

 

けれど悠は、箸を持ったまま顔を上げた。

 

「なに?」

 

部屋が止まった。

 

俺も、そはらも、イカロスも、会長も、守形先輩も。

 

全員が悠を見た。

 

悠自身も、少し遅れて目を瞬かせる。

 

「……あれ」

 

その声は、昨日までの冷たいものではなかった。

 

まだ少し硬い。

 

けれど、紫月悠の声だった。

 

そはらの目が大きく開く。

 

「ユゥ?」

 

悠はそはらを見る。

 

今度は、ちゃんと見ていた。

 

対象としてでも、情報としてでもない。

 

そはらを、そはらとして見ていた。

 

「そはら」

 

その名前を聞いた瞬間、そはらの顔がくしゃっと歪んだ。

 

「戻った……?」

 

悠は少しだけ困ったように笑った。

 

「たぶん」

 

「たぶんって何よ」

 

「完全かどうかは、まだ分からない」

 

悠は自分の胸元に手を当てる。

 

「でも、今は、ユゥって呼ばれたら分かる」

 

俺は息を吐いた。

 

長く止めていた息を、ようやく吐けた気がした。

 

「悠」

 

俺が呼ぶ。

 

悠はこちらを見た。

 

少し遅れたけれど、ちゃんと反応した。

 

「智樹」

 

それだけだった。

 

それだけで十分だった。

 

会長が楽しそうに笑う。

 

「朝から良いものを見たわ」

 

守形先輩は静かに頷いた。

 

「紫月悠としての応答が復帰したか」

 

悠は少しだけ眉を寄せる。

 

「まだ、エリュシオン側の処理も残っています」

 

「だろうな」

 

「でも」

 

悠は箸を置いた。

 

「全部、消さなくていいと思う」

 

「全部?」

 

そはらが聞く。

 

悠は少しだけ考えた。

 

「金魚を戻したこと。花火を見たこと。智樹が無事だったこと。イカロスが夢を見たこと」

 

そこで、少しだけ目を伏せる。

 

「あと、ボクが戻れなかったことも」

 

部屋が静かになった。

 

悠は続けた。

 

「怖い記録。でも、消したら、たぶん同じことを繰り返す」

 

俺は何も言えなかった。

 

イカロスが静かに言う。

 

「それも、思い出ですか」

 

悠は少しだけ困ったように笑った。

 

「たぶん、そう」

 

まだ危うい。

 

まだ完全に元通りではない。

 

でも、悠は戻ってきた。

 

記録としてではなく。

 

処理としてでもなく。

 

消さなくていいものを、思い出として持ったまま。

 

俺たちの前に、紫月悠として戻ってきた。

 

-----

 

数日後。

 

俺の家は、直っていた。

 

いや、直っていたというより、元より綺麗になっていた。

 

壁。

屋根。

畳。

柱。

家具。

 

爆撃みたいな崩壊をしたはずなのに、何事もなかったみたいに戻っている。

 

むしろ前より頑丈そうだった。

 

「……どういうことだよ」

 

俺が呟くと、外から妙に威勢のいい声が聞こえた。

 

「エリュシオンさん、チーッス!!」

 

「天女様、チーッス!!」

 

五月田根家(さつきたねけ)一同、一生ついていきまーッス!!」

 

「ヒィッ!?」

 

俺は思わず後ずさった。

 

玄関前には、黒服の人たちがずらりと並んでいた。

 

全員、やたら姿勢がいい。

 

全員、やたら声が大きい。

 

そして全員、なぜか悠に向かって頭を下げている。

 

悠は少し困ったように立っていた。

 

完全に戻ったとはいえ、こういう状況にはまだ弱いらしい。

 

「……あの」

 

悠が小さく言う。

 

黒服たちは一斉に背筋を伸ばした。

 

「はいっ!」

 

「呼び方ですが」

 

「はいっ!」

 

悠は少しだけ目を伏せた。

 

「エリュシオンさん、ではなく」

 

そこで、ほんの少しだけ間を置く。

 

「紫月悠って呼んでくれると嬉しいな」

 

黒服たちが固まった。

 

数秒後。

 

「紫月悠さん、チーッス!!」

 

「紫月悠様、チーッス!!」

 

「紫月悠の姉御、チーッス!!」

 

「姉御は違う!」

 

俺が叫ぶと、悠は困ったように笑った。

 

「紫月悠さん、でお願いします」

 

「はいっ! 紫月悠さん!」

 

「返事まで揃えるな!」

 

そこへ会長が、いつもの笑みで現れた。

 

「あら、よかったじゃない。家も直ったし、紫月くんも人気者ね」

 

「人気の方向がおかしい!」

 

「だって、獄門湯の龍を鎮めた天女様だもの」

 

「天女じゃないって言ってるでしょうが!」

 

悠は少しだけ首を傾げた。

 

「当機は……」

 

そこで言いかけて、止まった。

 

そして、言い直す。

 

「ボクは、紫月悠です」

 

黒服たちは、また一斉に頭を下げた。

 

「紫月悠さん、チーッス!!」

 

悠は困った顔をしていた。

 

けれど、嫌そうではなかった。

 

「……うん。よろしく」

 

俺はそれを見て、深く息を吐いた。

 

今日も、俺の平和は元気にデストロイ。

 

けれど。

 

隣で困ったように笑っているのが悠なら、まあ、それでいい気もした。

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