そらのおとしもの -sigma-   作:effutod

24 / 24
#24 襲来!!

襲来!!

 

ニンフは、商店街の上空を飛んでいた。

 

手には、小さな袋がある。

 

中に入っているのは、携帯テレビ用の予備電池と、録画用の小さな記録媒体。

 

別に、昼ドラを楽しみにしているわけではない。

 

録画に失敗すると不愉快なだけだ。

 

そういうことにしておいた。

 

「まったく、面倒ね」

 

ニンフは小さく呟く。

 

商店街を抜け、人気の少ない建物の上を通る。

 

夕方の風が、羽を揺らした。

 

その時、ニンフはわずかに視線を動かした。

 

少し離れた上空。

 

白い羽が見えた気がした。

 

さらに別方向。

 

建物の影に紛れるような高度に、紫の光が一瞬だけ揺れる。

 

「……過保護なのよ」

 

ニンフは聞こえないくらい小さく言った。

 

アルファとシグマ。

 

最近、あの二人はニンフを完全には一人にしない。

 

学校へ行く時も。

 

帰る時も。

 

こうして買い物へ出る時も。

 

少し距離を置きながら、必ずどちらかがいる。

 

鬱陶しい。

 

そう思う。

 

思うのに。

 

完全に嫌ではないのが、さらに鬱陶しかった。

 

「別に、頼んでないっていうのに」

 

そう言って、ニンフは前を向いた。

 

その時だった。

 

風が変わった。

 

ニンフは空中で止まる。

 

反射的に周囲を走査する。

 

通信。

 

熱源。

 

飛行音。

 

空気の乱れ。

 

そして、すぐに気づいた。

 

こちらへ近づく影がある。

 

速い。

 

戦闘用。

 

それも、地上のものではない。

 

「……何よ」

 

ニンフは袋を抱え直し、顔を上げた。

 

次の瞬間、二つの影が上空から降りてくる。

 

鋭い翼。

 

細い身体。

 

こちらを見下ろす、笑っているような目。

 

ガンマだった。

 

「久しぶりね、タイプベータ」

 

その声に、ニンフの表情がわずかに強張る。

 

「……ガンマ」

 

「探したわよ」

 

「わざわざ地上まで?」

 

「ええ」

 

ガンマの一体が、楽しそうに笑った。

 

「迎えに来たの」

 

ニンフは鼻で笑う。

 

「迎え?」

 

「そう。確認とも言うけど」

 

もう一体が、ニンフを上から下まで見る。

 

「壊れたのか、裏切ったのか」

 

「ずいぶんな言い方ね」

 

「事実でしょ?」

 

ニンフは答えなかった。

 

代わりに、周囲の通信を探る。

 

ミーノースからの直接命令。

 

遠隔接続。

 

拘束信号。

 

それらしいものは、まだない。

 

だが、ガンマの片方が持っている小さな装置が気になった。

 

見覚えのない形。

 

けれど、嫌な感じがする。

 

「それ、何?」

 

ニンフが聞くと、ガンマは笑みを深めた。

 

「気づくんだ」

 

「当たり前でしょ」

 

「タイプベータ用だって」

 

その言葉に、ニンフの目が細くなる。

 

「……ガンマが作ったものじゃないわね」

 

「ええ。私たちは使うだけ」

 

「雑ね」

 

「でも、効けばいい」

 

ガンマは装置を軽く振った。

 

「戻ってきなさい、タイプベータ」

 

ニンフは何も言わない。

 

「命令が届きにくくなってるだけでしょ?」

 

「……」

 

「地上人に何かされた?」

 

「……」

 

「それとも、あの可変ウィングのせい?」

 

ニンフの眉が動く。

 

ガンマはそれを見逃さなかった。

 

「図星?」

 

「うるさいわね」

 

「戻れば壊されないわ」

 

「壊すつもりだったんじゃない」

 

「命令次第よ」

 

あまりにも軽い言い方だった。

 

けれど、それがシナプス側の普通だった。

 

命令なら戻す。

 

戻らなければ壊す。

 

それだけ。

 

ニンフは、いつの間にか強く袋を握っていた。

 

中の箱が少し潰れる音がする。

 

「戻る場所なんてないわよ」

 

ガンマの笑みが消えた。

 

「何それ」

 

「私は、もうあんたたちの命令で動いてない」

 

「だから壊れたの?」

 

「違う」

 

ニンフは睨み返す。

 

「私は私で判断してるだけよ」

 

言ってから、自分で少し驚いた。

 

そんな言葉が出るとは思っていなかった。

 

判断。

 

自分で。

 

ガンマたちは、一瞬だけ黙った。

 

それから、つまらなそうに言った。

 

「じゃあ、やっぱり裏切りね」

 

「好きに言えば」

 

「タイプベータ」

 

ガンマの声が低くなる。

 

「あなた、戦えないでしょ」

 

次の瞬間、ガンマが動いた。

 

速かった。

 

ニンフは反応した。

 

超々超音波振動子(パラダイス=ソング)を発動し、同時に距離を取ろうとする。

 

視界の端。

 

下から回り込む軌道。

 

「っ――」

 

腹部に衝撃が走る。

 

ガンマの蹴りが、ニンフの身体を下から跳ね上げた。

 

一瞬、羽の制御が乱れる。

 

「しまっ――」

 

体勢を立て直す前に、もう一体のガンマが上から回り込んでいた。

 

踵が、ニンフの背中を捉える。

 

「がっ……!」

 

ニンフの身体が、今度こそ空から落ちた。

 

建物の屋上に叩きつけられ、数メートル転がる。

 

袋が手から離れ、中身が床に散らばる。

 

小型の電池。

 

記録媒体。

 

昼ドラの録画に使うはずだったもの。

 

ニンフは咳き込みながら、身体を起こそうとした。

 

「ほら」

 

ガンマが空中から見下ろす。

 

「近づけば、どうにでもなる」

 

ニンフは歯を食いしばる。

 

「……うるさい」

 

「電子戦なら強いんでしょうけど」

 

もう一体が、例の装置を起動する。

 

空気に、嫌なノイズが混じった。

 

「これ、使うわね」

 

「っ……!」

 

ニンフは即座に解析を始めた。

 

対タイプベータ用の拘束コード。

 

通信経路への割り込み。

 

命令系統の再接続。

 

雑だ。

 

構造は雑。

 

でも、マスター製。

 

こちらの仕様を知った上で作られている。

 

破れる。

 

破れるが、数秒はかかる。

 

その数秒が、戦闘では致命的だった。

 

「こんな雑なコードで……!」

 

ニンフは片膝をつきながら、歯を食いしばる。

 

「私を縛れると思ってるの……!」

 

「縛るだけでいいのよ」

 

ガンマが高度を下げる。

 

「その間に壊せるもの」

 

その瞬間。

 

ニンフの前に、白い羽が降りた。

 

見覚えのある背中だった。

 

鬱陶しいほど、いつも近くにいた背中。

 

アルファが、ニンフとガンマの間に立っていた。

 

その表情はいつもと変わらない。

 

けれど、背中の翼がすでに展開している。

 

「対象ニンフへの攻撃を確認」

 

静かな声だった。

 

「戦闘行動と判断」

 

ガンマの一体が、舌打ちする。

 

「タイプアルファ……」

 

そして、屋上の端に紫の光が落ちる。

 

見なくても分かった。

 

買い物へ出る時も、少し離れてついてきていた気配。

 

シグマが、そこに立っていた。

 

羽を広げ、首筋の発光環を静かに回している。

 

「対象ニンフ、生存確認」

 

ニンフは顔を上げる。

 

「ちょっと……」

 

声が掠れた。

 

「誰が助けてって言ったのよ」

 

シグマはニンフを見ずに答える。

 

「救援要請の有無は不要」

 

「何よ、それ」

 

「破壊されると困る」

 

「言い方!」

 

ニンフは怒鳴ろうとして、咳き込んだ。

 

その間にも、シグマは拘束コードへ干渉している。

 

「外部命令系統。ミーノース製拘束コード」

 

指先が淡く光る。

 

「遮断可能」

 

「勝手に私の領域に入らないでよ!」

 

「処理遅延を確認」

 

「うるさい!」

 

それでも、拘束コードのノイズは薄れていく。

 

ニンフは悔しそうに顔を歪めた。

 

自分だけで破れた。

 

時間さえあれば。

 

でも、その時間を作ったのは、アルファとシグマだった。

 

ガンマたちの動きが、わずかに止まった。

 

さっきまでの余裕が、消えている。

 

ニンフ一人なら、拘束して、そのまま壊すつもりだったのだろう。

 

けれど、今はアルファがいる。

 

シグマもいる。

 

ガンマたちは、明らかに判断を迷っていた。

 

「タイプベータ」

 

ガンマの一体が言う。

 

「本当に、そっちにいるの?」

 

ニンフは答えない。

 

答えられない。

 

「地上人のところに?」

 

「……」

 

「命令もないのに?」

 

ニンフは唇を噛む。

 

その問いは、ニンフ自身もまだ答えを持っていないものだった。

 

だが。

 

アルファが一歩前に出た。

 

「ニンフへの再攻撃は許可しません」

 

「誰の許可よ」

 

ガンマが笑う。

 

アルファは答える。

 

「マスター周辺の保護対象です」

 

「保護対象?」

 

ガンマの笑みが、歪む。

 

「タイプベータが?」

 

シグマが続ける。

 

「現時点で、対象ニンフは地上側環境に適応中」

 

「適応?」

 

「破壊は不利益」

 

「だから言い方!」

 

ニンフが叫ぶ。

 

けれど、その声にはさっきより少しだけ力が戻っていた。

 

ガンマたちは顔を見合わせる。

 

任務継続。

 

ニンフの回収。

 

または破壊。

 

だが、タイプアルファとシグマを同時に相手にするには、情報が足りない。

 

その上、タイプベータの拘束コードも遮断されつつある。

 

「……今回は、確認だけで十分ね」

 

「逃げるの?」

 

ニンフが睨む。

 

ガンマは笑った。

 

「情報を持ち帰るだけよ」

 

もう一体が続ける。

 

「タイプベータの離反傾向を確認」

 

「タイプシグマの介入を確認」

 

「タイプアルファの保護行動を確認」

 

シグマの発光環が回る。

 

「撤退判断と推定」

 

「ええ」

 

ガンマは上昇する。

 

「次は、確認だけじゃ済まないわよ」

 

ニンフは何も言わない。

 

言い返したかった。

 

だが、言葉が出なかった。

 

ガンマは空へ消えていく。

 

しばらくして、屋上には風だけが残った。

 

アルファはニンフを見る。

 

「損傷確認」

 

「触らないで」

 

ニンフは手を払う。

 

だが、立ち上がろうとして少しよろめいた。

 

アルファが手を伸ばす。

 

ニンフはその手を見た。

 

取らない。

 

でも、払いもしなかった。

 

シグマは散らばった袋の中身を拾い上げる。

 

潰れた箱。

 

予備電池。

 

記録媒体。

 

「記録媒体、外装変形。内部損傷は軽微」

 

「……それ、返して」

 

シグマはニンフへ差し出す。

 

ニンフは乱暴に受け取った。

 

「別に、助けてほしいなんて言ってないから」

 

「言わなくてよい」

 

シグマは淡々と返す。

 

「必要なら介入する」

 

「必要って何よ」

 

「ニンフが破壊されると、智樹が困る」

 

ニンフは黙った。

 

その名前を出されると、言い返しにくかった。

 

アルファも静かに言う。

 

「マスターは、ニンフの破壊を望みません」

 

「……勝手に決めないでよ」

 

声は小さかった。

 

けれど、さっきよりずっと弱かった。

 

遠くで、夕方のチャイムが鳴る。

 

ニンフは握りしめた袋を見下ろした。

 

少し潰れた箱。

 

買い直さなくて済む程度の傷。

 

それを見て、なぜか少しだけ胸がざわついた。

 

戻る場所なんてない。

 

そう言った。

 

けれど。

 

少なくとも、帰る場所はできてしまっているのかもしれない。

 

ニンフはそれを認めるのが嫌で、そっぽを向いた。

 

「……帰るわよ」

 

アルファが頷く。

 

「はい」

 

シグマも頷く。

 

「帰投」

 

「その言い方やめて」

 

「帰る」

 

「最初からそれでいいのよ」

 

三人は、夕方の空へ飛び上がった。

 

ニンフは先頭を飛ばなかった。

 

かといって、後ろにも下がらなかった。

 

アルファとシグマの少し前。

 

振り返れば、二人がいる距離。

 

それが妙に落ち着かない。

 

でも、今日はそれでいい気がした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

神様とかムカつくんで斬っていいですか?(作者:一般通過小説好キー)(原作:GOD EATER)

僕はゴッドイーターシリーズが大好きだった。▼完璧に全てを「ぱふぇる」ことはなかったし、チャレンジミッションもいくつか穴抜け。▼でもこの世界感は好きだからモバイル版とパチ以外は全てプレイした。▼厳しい世界の中で、人々の絆が、逆境に立ち向かう精神が、そして救いのあるエンディング。▼全てが好ましい世界だった。▼だから僕はきっとGE4が発売されると果てしなくあり得な…


総合評価:968/評価:8.72/連載:20話/更新日時:2026年06月03日(水) 20:00 小説情報

長生きしまくったさ、エルフとして(作者:おおは)(原作:葬送のフリーレン)

数を減らしたエルフ。▼その一人に、神話の時代から生きていたかもしれないエルフがいた……▼まぁ文字通りの物語。▼※現在これの執筆用パソコンが水没して修理中の為更新は4月中くらいになります▼※pixivにも投稿しています


総合評価:518/評価:6.67/連載:6話/更新日時:2026年03月26日(木) 20:31 小説情報

騎士王は迷宮都市でひっそり暮らしたいけど、エクスカリバーのビームの撃ち方とかわかりません(作者:meiTo)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

▼・一般人の30代男性▼・Fateはネットや広告などで知ってる程度▼・ダンまちも殆ど知らない『にわか系』です。▼※勢いと創作意欲がある時だけ書きます


総合評価:1135/評価:6.52/連載:15話/更新日時:2026年03月29日(日) 16:17 小説情報

コズミックイラのマチュ ~ロリニュータイプの日本再興記~(作者:アキ山)(原作:ガンダム)

拙作、『ダイクン家の二女はアホの子』に載せていたコズミック・イラの話を独立させました。▼ マチュことマリ・ヤマトはハルマ・ヤマトとカリダ・ヤマトの間に生まれた一粒種。▼ 兄のキラと仲良く暮らす元気いっぱいのゲーマー小学生だ。▼ しかし、彼女には兄には話せないもう一つの顔があった。▼ その身に流れる高貴な血の運命と祖国再興という命題。▼ コズミック・イラという…


総合評価:1287/評価:7.86/連載:7話/更新日時:2026年04月13日(月) 13:52 小説情報

『刹那! トランザムは使うなよ!』『了解! トランザム!!』(作者:とんこつラーメン)(原作:僕のヒーローアカデミア)

ガンダム好きの人間がいきなり転生!▼転生先の世界の事はよく分からないけど、ガンダム愛さえあれば何でも出来る!!▼ガンダムは最強! ガンダムは無敵! ガンダムに不可能はない!!▼そう! 俺が! 私が!!▼私たちが…ガンダムだ!!!▼


総合評価:1728/評価:7.87/連載:7話/更新日時:2026年06月12日(金) 20:31 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>