そらのおとしもの -sigma-   作:effutod

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#25 改変!!

「うーん銭湯ねぇ」

 

「トモちゃんがどうしても皆で銭湯に行きたいって」

 

そはらが苦笑しながら説明する。

 

「どうしてもって言うほどじゃねえよ」

 

智樹は慌てて手を振った。

 

「会長の家に悠が定期的にお邪魔してるだろ? たまには広い風呂に入るのもいいかなって思っただけだ」

 

悠は少しだけ考えた。

 

「水温も、広さも、羽の洗浄効率も、いずれも良好」

 

「言い方!」

 

「広い浴槽は、身体への負荷が低い」

 

「だから言い方!」

 

イカロスは自分の羽を少しだけ見た。

 

「羽の洗浄効率も向上すると推定されます」

 

「お前まで効率で語るな」

 

ニンフは腕を組む。

 

「別に私は普通ので十分だけど?」

 

「お前も羽あるだろ」

 

「あるけど、そんな大げさに洗うものじゃないわよ」

 

悠がニンフを見る。

 

「ニンフの羽は細部可動部が多い。広い場所の方が洗浄に適する」

 

「勝手に分析しないでよ!」

 

そはらは苦笑する。

 

「でも、みんなで行くの楽しそうだよね」

 

ニンフはそっぽを向いた。

 

「私は別に」

 

「別に?」

 

「……行かないとは言ってないでしょ」

 

智樹は少しだけ安心した。

 

イカロスは静かに頷く。

 

「マスターが行くのであれば、同行します」

 

「いや、風呂くらい命令じゃなくて普通に入れよ」

 

「普通に」

 

イカロスは少し考えた。

 

「入浴します」

 

「そうそう」

 

悠は首を傾げる。

 

「公共浴場。人が多い可能性」

 

「まあ、時間を選べばいいだろ」

 

「羽による注目」

 

「そこはもう今さらだ」

 

智樹は遠い目をした。

 

「祭りであれだけ飛んで撃ち合ってるんだぞ。今さら羽くらいでどうこう言う町じゃねえよ」

 

「空美町の適応力は異常」

 

「それはそう」

 

そはらが否定できずに頷いた。

 

ニンフは小さく笑った。

 

「変な町ね」

 

「お前が言うな」

 

「何よ」

 

「いや、何でもない」

 

智樹はため息をつく。

 

「とにかく、行くなら変なことはするなよ。銭湯は戦場じゃないからな」

 

悠が頷く。

 

「戦闘禁止」

 

「そういう意味じゃねえけど、まあいい」

 

智樹はそこで、ふっと笑った。

 

――なんてな。

 

銭湯。

 

女湯。

 

そして、イカロスのカード。

 

あとはカードを使えば、こっちのもんだ!

 

「それじゃあイカロスさん」

 

そはらが、にこりと笑った。

 

「持ってるカード、全部出して」

 

「はい」

 

イカロスは素直にカードを取り出した。

 

「あっ……!」

 

智樹の顔が固まる。

 

そはらはカードを受け取りながら、満面の笑みを浮かべた。

 

「残念でした! トモちゃんの考えてることなんて全部お見通しだよ」

 

「うがぁ!!」

 

智樹はその場に崩れ落ちた。

 

「銭湯はまた今度、女の子だけで行くことにするわ」

 

会長は続けて言う。

 

「桜井くんももう少し考えたほうがいいとおもうわ」

 

悠は智樹を見下ろす。

 

「哀れ」

 

ニンフは呆れたように腕を組んだ。

 

「馬鹿ね、魂胆見え見え」

 

「ぐっ……!」

 

「じゃあね、トモちゃん」

 

「待て! 俺の銭湯計画が!」

 

「最初から失敗してたよ」

 

「そんなぁぁぁぁ!!」

 

智樹の叫びだけが、むなしく響いた。

 

「悠、お願いだ」

 

智樹は、真剣な顔で言った。

 

真剣な顔だった。

 

真剣な顔なのに、ろくでもないことを考えている顔だった。

 

「お前の持っているカードを使って、俺を女にしてくれ」

 

「何言ってるの?」

 

悠は素直に聞き返した。

 

そはらも、ニンフも、イカロスも、一斉に智樹を見る。

 

「トモちゃん?」

 

「いや、違う! これは違うんだ!」

 

「何が違うのよ」

 

ニンフが呆れた顔で言う。

 

「だって、銭湯は女の子だけで行くって言うから……」

 

「言うから?」

 

そはらの声が低くなる。

 

智樹は一瞬だけ目を逸らした。

 

「俺も女になれば行けるんじゃないかと」

 

「最低」

 

そはらの声が即座に落ちた。

 

次の瞬間、そはらの手刀が智樹の脳天に落ちた。

 

「ぐぼぁっ!?」

 

智樹はその場に膝をつく。

 

「待て! まだ何もしてない!」

 

「考えた時点で最低だよ!」

 

「ぐっ……!」

 

そはらはにこりと笑った。

 

「トモちゃん?」

 

「はい」

 

「もう一回言ってみる?」

 

「申し訳ありませんでした」

 

智樹は即座に頭を下げた。

 

ニンフが半目でそれを見る。

 

「見事に慣れてるわね」

 

「トモちゃんだから」

 

「理由になってないわよ」

 

悠は少しだけ首を傾げた。

 

「女性化」

 

「そうだ!」

 

智樹は悠の手を掴みそうな勢いで詰め寄る。

 

「頼む! 一回だけ! 一回だけでいい!」

 

「本当にいいの?」

 

悠は確認した。

 

「後悔しない?」

 

「しない!」

 

「身体構造が変化する」

 

「覚悟の上だ!」

 

「自己認識との整合性が必要になる」

 

「よく分からんが任せた!」

 

「本当に?」

 

「本当に!」

 

悠は、まだ少し不思議そうだった。

 

けれど、智樹本人が強く望んでいる。

 

確認も取った。

 

処理としては可能。

 

悠はカードを取り出した。

 

「了解」

 

「ちょっとユゥ!?」

 

そはらが止めようとした時には、もう遅かった。

 

カードが光る。

 

智樹の姿が、淡い光に包まれた。

 

数秒後。

 

そこに立っていたのは、智樹ではなかった。

 

智樹の面影を残した、一人の少女だった。

 

髪は少し長くなり、体格も変わっている。

 

服装も、身体に合わせて変わっていた。

 

制服の形。

靴。

鞄の持ち方。

 

すべてが、今の姿に合わせて整えられている。

 

その時、夕方の風が吹いた。

 

少女の髪がふわりと揺れる。

 

少女は反射的に片手で髪を押さえ、もう片方の手でスカートの裾を軽く押さえた。

 

動きに迷いがない。

 

まるで、最初からそうするのが自然だったみたいに。

 

そはらが目を瞬かせる。

 

ニンフも、少しだけ目を細めた。

 

「……動きまで変わってない?」

 

「整合済み」

 

悠が淡々と答える。

 

「整合の範囲が広すぎるよ!」

 

けれど、それ以上に違ったのは、立ち方だった。

 

さっきまでの欲望で前のめりな雰囲気が、完全に消えている。

 

少女は、自分の手を見下ろした。

 

それから、ゆっくり周囲を見る。

 

「……え」

 

そはらが固まる。

 

ニンフも目を細めた。

 

「何か、雰囲気まで変わってない?」

 

少女は少しだけ眉を寄せる。

 

「……変なことを考えていた気がする」

 

声は智樹ではない。

 

けれど、どこか智樹の名残がある。

 

「でも、今考えると最低だと思う」

 

そはらがゆっくり瞬きした。

 

「トモちゃん?」

 

少女は顔を上げる。

 

「智樹、ではあると思う」

 

少し考えてから、首を横に振った。

 

「でも、今は……智子、かな」

 

「名前まで!?」

 

智子は真面目な顔で言った。

 

「女湯に入るために女になるって、普通に駄目だと思う」

 

「本人が一番まともになってる……」

 

ニンフが呆れたように呟く。

 

智子はそはらの方を見る。

 

「ごめん、そはら。元の私、かなり最低だった」

 

「自分で言った……」

 

そはらは困惑したまま、少しだけ頷いた。

 

「う、うん。反省してるならいいけど……」

 

悠はカードを見ていた。

 

「変換成功」

 

「どこがよ」

 

ニンフが即座に言った。

 

そはらは固まったまま、ゆっくり悠を見る。

 

「ユゥ」

 

「何?」

 

「今、何をしたの?」

 

「身体構造、性自認、羞恥反応、対人距離、性的関心を整合した」

 

帰り道が、静かになった。

 

智子も黙った。

 

イカロスは静かに智子を見ている。

 

「マスターの性別状態、女性へ変化」

 

「そこは報告しなくていいから!」

 

そはらが慌てて止める。

 

悠は不思議そうに首を傾げた。

 

「身体だけ変えると、自己認識との不整合が発生する可能性がある」

 

「うん」

 

「ボクの時も、身体変化に伴って自己認識が変化された」

 

「うん……?」

 

「だから、女性化するなら、認識も女性として安定する方が自然だと思った」

 

「自然だと思った」

 

「違うの?」

 

そはらは言葉に詰まった。

 

ニンフが腕を組む。

 

「違うでしょ」

 

「違う?」

 

「少なくとも、普通はそこまで勝手にいじらないわよ」

 

悠は少し考えた。

 

「本人の許可は確認した」

 

智子は自分の手を見下ろしたまま、小さく言う。

 

「……許可したのは、元の私」

 

「トモちゃん……」

 

「でも、今の私は、元の私の目的にちょっと引いてる」

 

ニンフはため息をついた。

 

「自業自得ね」

 

智子は素直に頷いた。

 

「返す言葉もないかな」

 

そはらは頭を抱える。

 

「トモちゃんが自分で自分に反省してる……」

 

悠はさらに不思議そうに言う。

 

「目的達成には不要だった?」

 

「不要というか」

 

そはらは疲れた顔で答えた。

 

「目的が最初から駄目だったかな」

 

「理解」

 

悠は頷いた。

 

「次回から、目的の倫理確認を追加する」

 

「次回がある前提で言わないで!」

 

智子は、少しだけ目を伏せた。

 

「でも、確認はした方がいいと思う」

 

「トモちゃんまで!?」

 

「今の私としては、元の私をあんまり信用しない方がいいかなって」

 

「自分への評価が低すぎる!」

 

ニンフは小さく笑った。

 

「まあ、妥当じゃない?」

 

「ニンフちゃんまで!」

 

智子は深く息を吐いた。

 

「戻ったら、ちゃんと反省しよ……」

 

その言葉だけは、誰も否定しなかった。

 

-----

 

家に着くまで、智子は妙に静かだった。

 

いや、静かというより、落ち着いていた。

 

さっきまで智樹だったとは思えないくらい、歩き方も、鞄の持ち方も、視線の動かし方も違う。

 

そはらは何度も横目で見ていた。

 

ニンフは呆れた顔をしていた。

 

イカロスは、ずっと智子を観察していた。

 

悠だけが、いつも通りだった。

 

「ただいま」

 

玄関の前で、智子が普通に言った。

 

その声に、そはらがまた固まる。

 

「トモちゃんが、普通にただいまって……」

 

「おかしい?」

 

智子が首を傾げる。

 

「おかしいというか、普通すぎておかしいというか……」

 

ニンフが腕を組んだ。

 

「中身まで整えられてるんだから、そりゃそうでしょ」

 

「整えられてるって言い方も怖いよ」

 

悠は靴を脱ぎながら答える。

 

「行動の整合化は正常」

 

「正常じゃない!」

 

イカロスが静かに報告する。

 

「マスターは現在、女性状態です」

 

「イカロスさんも報告しなくていいから!」

 

智子は少しだけ顔を伏せた。

 

「元の私が、かなり駄目な理由で変わろうとした」

 

「本人が説明してる……」

 

ニンフが呟く。

 

智子は続ける。

 

「今の私は、その目的には納得できない」

 

そはらは困ったように笑った。

 

「うん……反省してるなら、いいけど」

 

「戻ったら、ちゃんと反省する」

 

「戻る前から反省してる……」

 

ニンフは智子を見る。

 

「ねえ、あんた本当にトモキなの?」

 

「記憶はあるよ」

 

智子は答えた。

 

「でも、今の私は、元の私をちょっと信用できないかな」

 

「正しい判断ね」

 

「ニンフちゃんまで!」

 

悠は小さく頷いた。

 

「目的の倫理確認は必要」

 

「ユゥは反省して!」

 

「反省中」

 

「本当に?」

 

「次回から確認する」

 

「だから次回を作らないで!」

 

そこで、智子は家の奥を見た。

 

「服装は変わってるけど、家の中の物は元のままだと思う」

 

そはらが少し不安そうに言う。

 

「トモちゃんの部屋、大丈夫かな……」

 

「何が?」

 

智子が聞く。

 

そはらは目を逸らした。

 

「色々」

 

ニンフがぼそっと言う。

 

「本人が見たら一番ダメージ受けそうね」

 

「やめて」

 

智子の声が少し弱くなった。

 

その反応が妙に普通で、そはらは少しだけ安心した。

 

完全に別人になったわけではない。

 

でも、智樹そのものでもない。

 

智子は、智樹の記憶を持ったまま、智樹の最低な部分を外から見ているようだった。

 

それが一番、智樹にとってはきついのかもしれない。

 

智子は一度深呼吸した。

 

「部屋、見てくる」

 

「覚悟決めるほどなの?」

 

そはらが聞く。

 

「元の私の部屋だから」

 

ニンフが小さく笑った。

 

「自分の部屋に行くだけでそんな顔するなんて、変なの」

 

智子は真面目に答える。

 

「今の私には、見たくないものがありそう」

 

「自分の部屋をそんな扱いしないで!」

 

そはらの叫びが、玄関に響いた。

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